著者 : 名無しさん@ピンキー ID:Wxh3ScBz 氏

その3 ー >>547
開始:05/12/21
最終:06/03/19
その3 − >>722

【 らんま×あかね 】


昼休み。友人と共に屋上で昼食にしようと向かう天道あかねは、
廊下にあった小さな掲示板にふと目を留めた。
中間試験の成績上位者一覧が貼り出されていた。
掲示板の中央を陣取るA4サイズの紙には、30名の氏名が合計点数の多い方から順に並んでいる。
一学年に約300名の生徒がいる中での上位30名だ。
その一割に入るには、簡単そうでいてとても難しい。
事実、あかねも僅差でその名前一覧には載れなかった。
 
「こんなの、あたしたちには縁のないリストよねぇ……。」
 
女友達の溜め息に、あかねは苦笑しながら同意する素振りを見せる。
30位との点数差はわずかに5点。
残り時間が足りなくて解けなかった英語の和訳問題や、公式を思い出せずに解けなかった
数学の問題、最後まで迷った化学の選択問題のことなどを未練がましく思い起こしてしまう。
だが、結果は結果。
今更悔やんでもどうしようもないことなのだし、次に頑張ればいいだけだ。
 
「ね、もういこ。早くしないと休み時間終わっちゃうよ。」
 
あかねが催促すると、溜め息をついていた友達とは別の子が、悲鳴のような大声をあげた。
 
「えーーー!! うっそーーー!! ちょっとあかね、ここ見てよ。」
 
思わずあかねも、そのほかの友達も声をあげた彼女の元に駆け寄る。
指し示されたのはリストの中間にある一人の男子生徒の名前だった。
上から数えて13番目、つまり、13位にあったのは、あかねのよく知る名前だった。
 
(う、嘘でしょ……? そんな……乱馬が……。)
 
「早乙女乱馬」。明朝体の文字は確かにそう綴っていた。


考えてみれば、最近の乱馬はおかしかった。
何か一心不乱に勉学に打ち込んでいた。鬼気迫るほどの勢いでのめり込んでいた。
まるで記憶の中の何かを追い出すかのように、ひたすら知識を頭の中に詰め込んでいるようだった。
たまに体をなまらせないため、稽古などをすることもあったが、以前に比べると
極端にその時間は減っていた。
 
(あの日からだわ……。)
 
あかねは一ヶ月以上前のことを思い出していた。
 
(あの日から……乱馬は変わったのよね……。)
 
ある日、一晩中待っていても乱馬は帰ってこなかった。
急なことだったので心配になり、あかねは眠れない一夜を過ごした。
次の日、ふらふらとした足取りで戻ってきたらんまを、朝のジョギングから帰ったばかりで
ちょうど玄関先にいたあかねが迎えた。
 
ふとあかねがらんまの姿を観察してみると、その喉元には赤いあざがあった。
 
(どこかで怪我したのかしら……?)
 
しかし、らんまはあかねの姿を見てもまるで知らん顔で、そそくさと通り過ぎようとする。
らんまのそんな姿に、あかねは声を荒げた。睡眠不足もあって、少し怒りっぽくなっていた。
 
「何よ!? 心配したのよ? 本当にどこに行って……。」
 
最後まで言葉を言い切れないうちに、あかねは頬に濡れた感触を受け、黙ってしまった。
 
「心配なんかしなくて良いってば。」
 
らんまは軽いキスをした後、呆然としているあかねを尻目に、そそくさと家の中に入ってしまった。
数分はぼうっとしていたあかねだったが、我に返ると、らんまの後を追った。
だが、既にらんまは風呂に入ってしまっていたので、あかねは話しかけることもできなくなった。


夕飯を済ませ、自室の机で提出期限の迫っているレポートを前にしながら、
あかねはそんなことを思い返しては、乱馬のことを考えていた。
ただひたすら乱馬のことばかりが気になって、何も手に付かなかった。
ペンは紙の上に一文字も綴ることなく、右手の上でくるくると回されているだけだった。
そんなあかねの思索をノックの音が遮った。
 
「なあ、数学のここ、わかんねーんだけど……。」
 
背中越しに聞こえた声の主はらんまだった。
あかねが椅子に座ったまま振り向くと、らんまは女の姿で、タンクトップとトランクスのみという、
涼し過ぎる格好で、参考書を片手に、ペンでこめかみ辺りをなぞっていた。
 
「な、なんて格好で歩き回ってるのよ! 恥ずかしくないの?」
 
許可を与える前に既にドアを開けられているなんてことは、いつものことなのであえて問わず、
あかねは格好の点についてのみ注意した。
 
「だーって、風呂入ろうと思ったらまだ沸いてねーっつーんだもん。だから、それまで勉強。」
「それにしたって……。」
「ま、いーじゃん。んな細かいことはさ。それより、ここんとこ教えてくれよ。」
 
らんまは遠慮もなく部屋に入ってきて、あかねに参考書を見せた。
学校指定の参考書で、授業でも使っているものだ。
仕方なく、あかねもらんまの指し示す部分に目を走らせる……前に、ページ番号を見る。
 
「ここ、まだ授業でやってないところじゃない。」
「あれ? まだだったのか。道理で全然わかんねーと思った。」
「あんたって人は……。あ、そういえば、中間テスト成績良かったのね。おめでとう。」
 
予想以上にらんまの学習速度が速いことに内心驚きながらも、あかねは話をそらした。
 
「ん? そーいや、そうみてーだな。」
 
らんまは関心が薄そうだ。
あかねはその平然とした態度がなんだか気に入らない。
思わず声に嫌味がこもってしまう。
 
「今まで毎回赤点スレスレだったあんたがねえ。」
「ま、今までのおれは実力を隠してただけってことさ。」
「カンニングしたんじゃないかってくらいよねえ。」
「ぷくくっ。それ、先生とかにも言われた。けど、やってねえよ〜。」
 
終始笑顔で、鼻歌交じり。嫌味に対して気にも留めない。


気に食わない。
あかねは、胸の奥底からふつふつと、黒くて嫌な感情がわいてくるのに気付いていた。
悔しい。どうしようもなく悔しいのだ。
きっと、あの一覧を見た他の生徒の中にもこんな思いをしている人間は少なくはないだろう。
 
「どうしたんだよ? 怖い顔して。」
 
絨毯の上であぐらをかいて、無邪気に微笑んでいるらんまがたまらなく憎い。
だが、らんまは何も悪くはないのだ。ただ、今回あかねより少し試験の成績が良かっただけのこと。
 
「別に。」
 
あかねがそっぽを向くと、らんまは少し気にしたようだが、すぐに参考書に視線を戻してしまった。
わからない問題はとりあえず後回しにして、わかる問題から解こうとしているらしい。
 
「あんたいつの間にそんなに勉強家になったのよ。ついこの間までは……。」
 
あかねがそう問いかけると、それまで飄々としていたらんまが、わずかに表情を変えた。
あかねの背筋にすっと冷たいものが走る。何だろう? この嫌な予感は。
 
「別に何もねえよ。気が向いただけだ。」
 
暗く、低調な声で、のどからしぼり出すように出た台詞。
言葉とは裏腹に、何かを隠しているのは明らかだった。
だが、その正体を知るのはとんでもなく恐ろしいことだと、あかねには感じられた。
 
「あんまり根詰めない方が良いわよ。どう考えたって、あんたの勉強量、異常だわ。」
 
かろうじてそれだけ言えた。だが、心の底では震えていた。
こんな表情のらんまを、かつてあかねは見たことがなかった。
否、あったかもしれない。
表情こそ違えど、その眼差しに秘めるものは、「あの日」にも見たような気がした。
 
「うるせえな。おれがどれだけ勉強しようが勝手だろ?」
「な、何よ……。心配して言ってるのに……。」
 
らんまは目を合わせようとしない。
あかねも、らんまの顔をまっすぐに見るようなことはできなかった。
その言い合いを最後に、沈黙が二人のいる空間を包んだ。
あかねは机の前の椅子に座ったまま、らんまは絨毯の上であぐらをかいたまま。


しばらくすると、絨毯の毛糸を指先でもてあそんでいたらんまが口を開いた。
 
「なあ。」
 
たったそれだけだったが、重い静寂の空気を壊すには十分だった。
 
「何よ?」
 
あかねは少しだけスカートがつんつんとらんまに引っ張られているのに気付き、
椅子から下りて、その近くに座った。
スカートが見えないように気をつけながら膝を折って。
だが、正座をするのは疲れるので、少しだけ崩して。
 
「キスしていい?」
 
あかねが近くに座ったのを確認したらんまが放ったのはその一言だった。
一瞬、何を言われたのか理解できなかったあかねだったが、数十秒おいてその意味に気付くと、
顔をこれでもかというくらいに真っ赤にした。
 
「な、なんで、きゅ、きゅうに、そんなっ……!? わ、私と……!? へっ……!?」
 
あまりのことに、何を言えば良いのかわからなかった。
また、何を言っているのかもわからなかった。
意味を成さない言葉をいくつか並べながら、あかねは視線を泳がせた。
そんなあかねの肩をとらえて、らんまは思いつめたような眼差しで見つめた。
 
「だめか?」
 
甘えるような切ない声に、あかねは思わずうなずいてしまった。
 
「い、いいわ。やれるものならやってみなさいよ。」
 
言葉が挑戦的なものになってしまうのは、不安な気持ちが裏返しで表れているだけだ。
そういえば、以前も何度かこんな風にキスをしそうな雰囲気になったことがあった。
だが、それらはいずれも未遂に終わったことをあかねは思い起こした。


(そ、そうよね。今回だってそのパターンに決まってるわ。)
 
あかねが心の中で半ば諦めのような気持ちでそう呟いた瞬間、唇は柔らかく塞がれていた。
とっさのことで目を閉じる暇もなかったが、眼前に迫る顔のアップは正視に堪えず、
自然とまぶたは閉じられていた。
 
「んっ……んんんーっ!」
 
あかねが抵抗するように声をあげるのも構わず、らんまは更に唇を吸った。
らんまの舌が深くまで入り込もうとするので、あかねはそれを押し出そうと自分の舌を動かすのだが、
結果的に舌同士が絡み合うこととなってしまう。
らんまはあかねの体を優しく抱き締めながら、少しずつあかねの顔を後ろにそらさせ、
自分がその上にかぶさるようにして、更に口付けを深いものにした。
ほのかな甘みを感じる以外、特別何の味もしない唾液が、のどの奥の方に流し込まれる。
あかねは初めて体験する濃厚なキスに、体のどこかが熱く疼くような感覚を得た。
 
(どこで覚えたのよ……。こんなキス……。)
 
初めてだとは考えられなかった。
あかねは軽く嫉妬の心がわいてくるのを感じながらも、らんまの背中に腕を回した。
徐々に押し倒されてきていたあかねの体が、とうとう絨毯につくと、
余韻を楽しむかのように少しだけ唇で唇をなぞった後、らんまは顔を離した。
再び、お互いが顔を正視できなくなった。
らんまは体を起こすと、どこともなく空虚を見つめた。
 
「風呂、そろそろ沸いたよな。それじゃな。」
 
しばしの時が過ぎると、らんまは戸惑うあかねを放り出して、風呂へと向かってしまった。
少しあかねは寂しくなったが、考えてみれば、らんまは女の姿だったのだ。
 
(や、やだ……。私、女の子とキスしちゃったの……?)
 
自分が物凄く変態であるかのように感じられたが、その一方で嫌な気分は全くしないのだった。
唾液の残る唇を指先でなぞってみると、先ほどまでの感覚がよみがえってくる気がした。
 
(らんまとキス……しちゃったのよね……。)
 
今更ながらに恥ずかしさがこみ上げてきて、あかねは耳まで赤く染まっていくのを感じていた。
鼓動が秒針の二倍以上もの速さで胸を打つ。
あかねは絨毯の上に寝転がったまま、ぼんやりと部屋を照らす蛍光灯の光を眺めていた。


次の日。
いつものように学校への道を遅刻を恐れて走りながら、乱馬があかねに話しかけた。
 
「あ、あのよー、昨日のこと……怒ってる?」
 
乱馬に問われ、あかねは顔を赤らめながら、そっぽを向いた。
 
「別に……。怒ってなんかいないわよ。」
 
そう口では言ったが、内心は違っていた。
らんまが風呂へと立った後、あかねはぼんやりと床に寝転がりながら待っていた。
湯を浴びて男の乱馬の姿になり、再びあかねの元へと来るのではないかと、若干期待していたのだ。
だが、乱馬は風呂から上がると、すぐさま父親と一緒に使っている自分の部屋に戻った。
あかねが待ちくたびれて風呂に向かった頃には、既に乱馬の姿はそこにはなく、
部屋に行ってみれば、父親と共に寝入ってしまっていた。
 
(何よ……。これじゃ私が馬鹿みたいじゃない。)
 
あてが外れたのは残念だったが、その気持ちを乱馬にぶつけるのは恥ずかしい。
それで、あかねはどうすることもできず不貞寝したのだった。
 
「そ、そっか。良かった。」
 
乱馬が苦笑しながらも安堵の表情を浮かべている。
あかねはますます複雑な感情がわいてきて、胸の辺りが気持ち悪くなった。
 
「どうしてあんなことしたのよ?」
 
そう問われると、乱馬は少し考えてから、あかねが更に気にするような一言を放った。
 
「忘れたかったから、かな。」
 
それはどういう意味なのかとあかねが問いかけようとしたとき、
二人は学校の近くに着いていた。
周囲には他の生徒も多く、とても込み入った話などできる雰囲気ではない。
 
(家に帰った後ででも聞こ……。)
 
あかねは諦め、すれ違う友達と挨拶を交わすという日課をこなすことにした。


放課後、少し道草を食ってからあかねが家に帰ると、
なびきが何やら大荷物を脇に抱えて、靴をはいているところに出くわした。
 
「え? お姉ちゃん、出かけるの?」
「そ。明日から連休だしね。優しーい友達がちょっと良いところ連れて行ってくれるのよ。」
 
その口ぶりから、なんとなくその友達というのが女友達ではないというのを直感したが、
あかねは深くは聞かないことにした。愛想笑いをしてごまかす。
なびきは靴ひもを結びながら、あかねに割と重要な連絡事項を告げる。
 
「あ、なんかかすみお姉ちゃんも出かけるみたいなこと言ってたわね。
 そうなると、あんた、連休中乱馬君と二人っきりか。」
「そうなの? そういえばお父さんたち、今日から旅行に行くって言ってたっけ。」
 
あかねは朝食のときに父親たちから旅行に行く話を聞いたのを思い出す。
今日の午後に出発すると言っていたので、もう出かけているのだろう。
 
「上手くやりなさいよ。ま、あんたなら大丈夫だろうけど。」
 
肩をぽんと叩きながらなびきが言うと、あかねは赤面した。
 
「う、上手くって何よ……。べ、別にあたしと乱馬は……。」


狼狽の色を見せるあかねに、きょとんとした顔でなびきは説明する。
 
「お父さんたちが電話してきたら、上手くアリバイ作っておいてってことよ?」
 
あかねの表情に、勘が鋭いなびきは薄笑いを浮かべる。
そして、口元に手を当てながら、あかねの耳元でこっそり囁く。
 
「ま、そっちの方も頑張ってね。」
 
あかねはぴくっと体を硬直させ、顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせた。
なびきは、荷物を担ぎ上げると、荷物の無い方の手をひらひらさせながら、
あかねが入ったときに開いたままの玄関の扉から出て行く。
 
「じゃ、行って来るわねー。」
「…………行ってらっしゃい。」
 
なびきの後姿を見送りながら、あかねは聞こえるか聞こえないかの声で言った。
 
(乱馬と二人っきり……。)
 
昨日触れられたばかりの唇を指先でなぞりながら、鼓動が速く打つのを感じていた。
ふと足元を見れば、乱馬の靴がある。先に帰っているようだ。
あかねは、いつになく緊張しながら、家に上がった。


「あ、おかえりー。今日かすみさんも皆もいないんだってなー。飯どうする?」
 
乱馬は居間で教科書や参考書を広げていた。
最近ではよく見る光景だったが、未だにあかねは違和感を覚える。
格闘のことしか頭に無かった乱馬の、こんな急激な変化にはついていけない。
あかねは乱馬の近くに座り、つい嫌味を言いたくなるのを堪えて、溜め息をつく。
 
「出前でも頼むか? それとも食べに行くか? うっちゃんかシャンプーの店にでも……。」
 
何の気なしに乱馬が挙げた名前に、あかねは嫉妬する。
思わず声がうわずるのを感じながらも、別の提案をした。
 
「出前も外食もお金が勿体無いじゃない。私が作るわよ。」
 
その言葉に、乱馬の表情が凍りつく。
あかねの肩をしっかりと掴み、諭すようにいう。
 
「い、いや、あかねはレポートあるんだろ? わざわざ飯作るために時間割かなくても良いよ。」
「え? でも……。」
「おれが作るから。お前は部屋でレポートやってろ、な?」
 
乱馬は冷や汗を流しながら引きつった笑顔を浮かべている。
あかねは不満だったが、レポートが終わっていないことを持ち出されては反論のしようがない。
 
「わかったわ。じゃ、あんたに任せる。よろしくね。」
 
そう言って、あかねが部屋に向かうと、乱馬はそっと胸を撫で下ろした。


レポートにもあまり身が入らないので、気分転換にと、あかねは台所へと足を向かわせた。
良い香りが廊下にまで漂っている。乱馬は一体何を作っているのだろう? 
 
「お、あかね、もうすぐできるから待ってろよ。」
 
摩りガラスの扉越しに聞こえるその声が、女のものであることにあかねは気付いた。
台所に入ってみると、エプロンをつけたらんまがガス台の前に立って、鍋をかき混ぜていた。
 
「もしかして、ビーフシチュー?」
「おー。一回作っときゃしばらくこれだけでもいいしな。」
 
要するに、連休中はほとんどそのビーフシチューの献立が続くということだ。
あかねは呆れて溜め息をついた。
 
「手抜き料理ね……。で、どうして女の姿なのよ?」
「んー? なんとなく。女の姿の方が料理が上手く作れるような気ぃすっから。」
「そ、そう……。」
 
気分の問題なのだろう。そうあかねは納得することにした。
それにしても、美味しそうな香りだ。
一口味見させてもらおうと、あかねがらんまに近寄ったときだった。
 
「おー♪ らーんま!」
 
下着泥棒を終えて帰ってきたばかりの八宝斎が、らんまに飛びついていた。
妖怪のようなこの変態爺さんの存在を失念していた。
この三人で連休を過ごすことになるのだろうか。
少し残念な気持ちと、凄まじいほどの不安があかねの胸中を占める。
 
「久しぶりじゃのぉ、らんまの乳ー♪ 元気じゃったか? すりすり。」
 
鍋をかき回すために手がふさがっていて、とっさに対応が取れなかったらんまは、
八宝斎を避けられず、胸への頬擦りを甘んじて受けるしかなかった。
 
「てんめえ、くそじじい! いきなり何しやがる!」
 
鍋の中身をこぼさないように、手に持っていたおたまを丁寧に戻してから、
らんまは八宝斎を引き剥がして台所の外に放り出した。


「ひ、ひどいぃ。師匠であるこのわしに向かってなんたる仕打ち!」
「泣きながら被害者ぶれる立場かよ、てめえは!」
 
そのまま二人のいつもの小競り合いが始まりそうな雰囲気が漂う。
だが、八宝斎には何か思うところがあったのか、発せられていた闘気が薄れていく。
 
「らんま、ひょっとしておぬし……生娘ではなくなったか?」
「なっ……!?」
 
八宝斎は、らんまの胸に触ったときに、微妙な変化に気付いたのだった。
今まではただ嫌がるだけだったらんまが、少しだけ、ほんの少しだけ、甘い声を漏らしていた。
それを八宝斎は聞き逃さなかった。それに、表情にも少し色気が出ている。
 
「へ、変な言いがかりつけてんじゃねえっ! 二度と戻ってくんなーっ!!」
 
らんまは八宝斎を見えなくなるほど遠くまで蹴り出した。
それ以上余計なことを喋られて、あかねに疑問を持たれるのが怖い。
だが、今の二人の会話だけであかねにとっては十分の材料だった。
 
「生娘って……その……まだ初体験してない女の子のこと……よね……?」
 
背中越しに聞こえるあかねの声。らんまの体が硬直する。
返事をしないらんまに、更にあかねが畳み掛ける。
 
「らんまが生娘じゃないって……ことは……。」
 
恐ろしすぎて、それ以上はとても口にできなかった。
ここ最近の乱馬の異常過ぎる言動の数々があかねの脳裏をよぎる。
 
(忘れたいことって……ひょっとして、そのこと……?)


相手は誰なのだろう? どうしてそんなことになったのだろう? 
次々と様々な疑問が浮かぶが、あかねはそれをらんまに尋ねることができない。
それでも、何も訊かずとも、あかねが青ざめた顔で考え込んでいること自体が、
らんまにとっては苦痛のようだった。
がっくりと肩を落とし、去ろうとするらんまに、慌ててあかねが声をかける。
 
「ご、ごめん! らんま! 私、気にしないから。何も訊かないから。」
 
側に駆け寄り、エプロンの裾を引っ張る。
 
「で、でも……ね……。一つ、お願いしてもいい?」
「……なんだよ?」
 
言ってしまってから、あかねは慌てた。
その日一日中頭をよぎって、他のことが頭に入らないほどだった気持ち。
それを今、伝えようとしている。
少しタイミングは悪いかもしれないが、口にしてしまったのだから仕方が無い。
顔を真っ赤にして、あかねは消え入りそうな声で頼んだ。
 
「もう一度、キス……して……。」
 
らんまはあかねを振り返ると、目を見開いた。
そして、優しく微笑むと、一方の手であかねの背中を抱き、もう一方の手であごを上げさせた。
 
「そんなことかよ。」
 
探し出してたどり着く、といった感じで、時間をかけて顔を寄せた。
そして、唇が重なると、どちらともなく舌を絡ませ合った。
らんまは両腕でしっかりとあかねの体を抱き、時々息継ぎをしながらも、
昨日よりも更に甘く、濃厚に唇を押し付けた。
脳髄が痺れそうなほどの感覚に、あかねはしばし酔いしれていた。


「えっと、その……もう一つ、頼んでもいい?」
 
唇が完全に離され、抱き締める腕も緩められたとき、あかねが言った。
お互いに頬が紅潮している。
しかし、二度目でもあったし、もう目をそらすこともなかった。
 
「何だよ?」
「あのね……前から思ってたんだけど……その……触らせて?」
「どこを?」
「胸……。」
 
以前からあかねは気になっていた。
自分より遥かに大きならんまの胸。一体どんな感触なのだろう。
ただ女の胸を触るだけなら、自分のものがあるのだが、やはり気になる。
 
「いいでしょ? 女同士なんだし。」
「良いよ。」
 
らんまはあかねの手をとり、自分の乳房のある辺りに押し付けた。
その瞬間、しっかりと温かさが感じられ、あかねは思わず手を引っ込めそうになったが、
再び恐る恐る触れる。服の上からでもわかる、確かな弾力。なのに、柔らかい。


「へ、へぇ……。こんな感じなのね……。」
 
触っているうちにあかねも無遠慮になっていき、
揉み解したり、撫で回したりといった動作が容赦のないものになっている。
らんまは声をあげたりしないよう、歯を噛み締めているのだが、あかねは気付かない。
 
「気が済んだか?」
 
服ごしではあるが、乳首にあかねの指先が当たり、たまらなくなったらんまは、その手を剥がした。
あかねはちょっと驚いた顔をしていたが、顔を赤らめてうなずいた。
 
「う、うん……。ありがとう。」
 
その言葉と共にあかねが離れようとするのを阻止して、改めてしっかりと抱き直すと、
らんまも頼みごとを口にした。
 
「おれも触ってもいい?」
 
頼まれたあかねは一瞬その言葉の意味を理解できずにいたが、すぐに察すると更に顔を赤くした。
 
「えっ……?」
「女同士だろ?」
「何言ってんのよ、あんた男じゃない。」
「今は女の姿だもーん。」
 
笑顔であかねの言葉を利用して、からかいながらも引かないらんまに、
あかねもしぶしぶながらも応じてしまう。
 
「わかったわよ。良いわ。」
「へへ。そんじゃ、遠慮なく。」
 
らんまは、再びあかねの唇を自分の唇でふさぐと、
事故以外では触れたことのなかったあかねの胸に手を伸ばした。


唇をふさいだのは声を抑えさせるためだったのだと、あかねが気付いたのは、
ついている数の半分ほどブラウスのボタンを外されてからのことだった。
台所の片隅の壁。そこにもたれかかるようにしてあかねは押し付けられていた。
らんまは器用に片手であかねの両手を押さえながら、もう一方ではボタンを外し、差し入れる。
帰宅した後に制服から着替えた、若草色のブラウスと、濃緑のロングスカート。
ブラウスは肌を隠すという機能を半ば失い、スカートはじたばたしている脚に合わせてひるがえり、
太腿までも露わにさせてしまっている。
 
「んんんんーーーっ! んんぅ! んんんんんんんん……。」
(ちょっと! 脱がせて良いとまでは言ってないじゃない! らんまのばかっ!!)
 
あかねが必死に抗議の声をあげようとしたところで、
ふさがれた唇からは、意味のある言葉は発せられない。
らんまの細い指先があかねのはだけられた胸元をたどり、ブラジャーの隙間に入り込む。
心の準備もできないまま、誰にも触られたことのない場所に触れられてしまう。
 
「んんっ……。」
 
ブラジャーがずらされ、胸を覆っていた部分が脇に避けられるのを感じ、
あかねは身を硬くした。
自分では見えてはいないのだが、冷気の混じった風が肌の上を直接通り過ぎる感覚がそれを教えている。
剥き出しの肌は、ほっそりとしたらんまの指に敏感に反応する。
円を描くように周りをなぞられ、周囲に溶け込むように潰れていた乳首が盛り上がってくる。
あかねは体中の血液が沸き立つかのように感じていた。特に胸全体がじんじんと熱い。
 
「あかね……。」
 
あかねの抵抗が弱くなったところで、らんまは顔を離し、あかねを眺めた。
 
(やっぱり……可愛い……かも。)
 
戸惑いと不安に揺れる瞳が、なんとも切ない気持ちにさせる。
あかねをそんな顔に追い込んでしまったのは自分なのだが、
湧き上がって来るのは罪悪感よりもむしろ、恋しい気持ちなのだった。


「らんま……。」
 
熱を帯びた瞳で見つめられ、あかねもまた、切ない気持ちになっていた。
激しい動悸を繰り返す胸の奥が、更にきつく締め付けられるようだ。
泣きたいくらいに苦しい気持ちなのだが、涙がこぼれるということはなかった。
どうしたら良いのかわからず、次の言葉を探していたあかねは、
柔らかなものに体が包まれるのを感じた。
 
「好きだ。」
 
らんまは、あかねを抱き締めながら、その耳元で囁いた。
温かな吐息と共に伝わった小さな声は、あかねの脳を直接侵略する。
だが、その瞬間に、あかねはらんまの肩を掴んで自分の体から引き剥がしていた。
 
「な、な、何言ってんのよ。どーせこの場の雰囲気で言ってみただけなんでしょ。
 本当にあんたっていーかげんな男なんだから……。」
 
耳まで赤く染めながら、あかねは視線を逸らした。
抱きかかえるように胸を隠した腕は、小刻みに震えている。
便乗して自分の本心を伝える絶好の機会だったのに。
好きな相手からの言葉を、素直に喜んで受け取れない自分の性格が恨めしい。
 
「なんだよ!? 本気だぞ? おれはお前が……。」
 
照れ隠しだとしたって、あかねの反応は可愛げがなかった。
いつものことだとは思いつつも、らんまは割り切れない。
らんまが腕を掴もうと手を伸ばしたところで、あかねが叫んだ。
 
「あーっ!! そういえば、お鍋は!?」
「やべぇ。」
 
火がつきっぱなしだったことを思い出した二人は、慌ててガス台の元に駆け寄った。
鍋の中ではぐつぐつと激しく泡が発生しては消えてという状態を繰り返していた。
香ばしい匂いが辺りに漂っている。


「ん。大丈夫みたいだ。ちょっと底は焦げたみてーだけど。」
 
すぐに火を止め、味見をしたらんまが評した。
 
「食ってみる?」
 
鍋の中身を少しだけ取り分けた小皿を、らんまはあかねに差し出した。
あかねは無言でうなずいて、その皿を受け取った。
恐る恐るなめてみると、とろけるような味わいが口の中に広がっていく。
 
「へへ。うまいだろ?」
「うん……。悔しいけど。」
 
あかねは顔をしかめながら、しぶしぶ認めた。
そんな反応でもらんまは満足した笑顔であかねを眺めた。
すると、はだけたままの胸が目に入った。
あかねは、未だ自分が無理矢理に脱がしたときのままの姿だった。
既にあかねは服を着直してしまっていると思って油断していたらんまは、慌てて目をそらした。
 
だが、すぐに思い直し、再び視線を戻す。
完全に前が開いているブラウス。
その奥のブラジャーは、乳房を覆う部分が脇にずらされているので、
ただその膨らみを強調させるだけの紐状の物と化してしまっている。
あかねのそれは決して大きな膨らみではないが、男の欲望を掻き立てさせるには十分だった。
 
「続き、したいのか? あかね。」
 
あかねの手から、小皿が落ちた。
プラスティック製のその皿は床で割れたりはせず、くるくると円を描きながら転がり、
やがてその回転速度が下がり、止まった。
そこから数十cm離れた場所に、らんまに抱き締められているあかねが立っていた。
 
「おれは大歓迎だけどな。」
 
剥き出しの乳房を撫でながら、らんまはあかねの耳たぶに吸い付いた。
あかねはそこで自分があられもない格好だったことに気がついた。
鍋の元に駆け寄ったとき、慌てていたので、胸のボタンを留めたりはせず、
ただ軽く布を引っ張って隠しただけだった。
きちんと直しておけば良かったなどと、後悔してももう遅い。
しかし、心の底ではこうなることを望んでいたのではないかとも思う。
あかねはそっとらんまの背に手を回した。


どちらともなく唇が重ねられた。最初の一線を越えてしまった今、既にためらいなど皆無だ。
喉の奥に流れ落ちていく雫を、あかねは当然のように飲み込んだ。
胸の前は冷気に晒されているのに、なぜか体が火照る。
らんまに直接胸をまさぐられていることが、ひどく心地よく感じてしまうのだ。
それなのに、素直になれないあかねは、もっとして欲しいと頼むどころか、
何も言葉にすることができずにいた。
 
「どうする? 部屋に行くか?」
 
そう問われてやっと、あかねは小さく頷くことができた。
 
「私の部屋に……。」
 
赤くなってうつむくあかねの頭を、らんまは優しく撫でた。
 
「わかった。じゃあ、おれ、シャワー浴びて来るわ。」
 
立ち去るらんまの姿を見送りながら、あかねは心がはずむのを感じていた。
一人になった途端、緊張感が解け、一気に体中の力が抜けてしまった。
思わずにやけそうになったのを隠すように、あかねは両手を顔に当てた。


(どんな格好で待てば良いのかしら?)
 
自室に戻ったあかねは、どことなく落ち着かずに、立ったり座ったり歩き回ったりを繰り返していた。
さすがに衣服は一度正したものの、どうせ先ほどの続きをするのだからと、
ブラウスのすそはスカートの内側には入れなかった。
らんまがシャワーを浴びている間、何をして待っていようか。
ふと机の上を見れば、資料やレポート用紙が広げられている。
だが、こんな心境で手につくはずもないので、忘れることにした。
 
胸を激しく叩いていた心音は治まったはずなのに、強張るほどに体中がじんじんと痺れていた。
あかねは先ほど鷲づかみにされた胸の上にそっと手を乗せた。溜め息が漏れる。
昨日の今日で、また雰囲気に流されて女の姿のらんまとあんなことになってしまった。
けれど、あかねが本当に触れ合いたいのは、やはり男の姿の乱馬なのだった。
 
当然のことながら、あかねには男性経験がない。
それゆえ、未知との遭遇への恐怖もないわけではない。
だが、それを上回るほどの期待があかねの心に溢れそうなほどに生まれていた。
長く同居生活をしているだけあって、乱馬の裸があかねの目に入ってしまうことは、一度や二度ではなかったのだが、
恥じらいもあって、鍛え上げられたその肉体をまともに見たことはなかった。
そのため、記憶にあるのは不鮮明な残像でしかないのに、ついつい妄想を巡らせてしまう。
 
(あの胸に抱き締められたら、どんなに気持ち良いんだろう……)


温かな感触に包まれる自分が、夢想の中にいた。
乱馬はいつになく優しくて、決して無茶なことを強いたりせず、あかねを丁重に愛してくれる。
辺りの空気が薔薇色に染まる中で、自分も今度ばかりは素直に愛情を伝えることができて、
広く大きな乱馬の胸はそれを穏やかに包み込んでくれる。
お互いがお互いを気遣いながらも、激しく貪欲に体を求め合う。
官能の高みにのぼりつめた二人は熱い口付けを交わしながら一つになる……。
 
(やだっ。あたしったら、何考えてるの!?)
 
これほどまでに淫欲にまみれた想像ができてしまう自分を、あかねは初めて知った。
頬を押さえると、心なしか熱く感じる。
鏡を見て、赤面していないか確認するのは恥ずかしかった。自分の顔など見られない。
一旦治まっていたはずの心臓がまた激しくその活動を開始していた。
 
(ああっ、もう! 早く来てよ、乱馬……)
 
心の準備などできてはいないが、あまりに待たされすぎては、
自分がどうにかなってしまいそうだった。
時計の秒針が動く速度さえ遅く感じる。
そうこうしているうちに、階段を上がる音が聞こえてきたので、
はやる気持ちを抑えつつ、あかねは扉に駆け寄った。
お待ちかねの相手は、男の姿に戻っているはずだ。
あかねはつとめて冷静なふりを装って、扉を開けた。
 
「は、早かったわね、らん……」
 
視線の先に立っていたのは、バスタオルに身を包んだ女だった。


らんまは一度お湯のシャワーを浴びたものの、わざわざ水をかぶり、
また再び女に戻ってから、ここにやってきたのだった。
あかねは驚かずにはいられない。
 
「な、なんで……?」
「ん? 男のおれの方が良かったか?」
「え、いや、その……。じゃ、じゃあ、なんでわざわざお風呂に行ったのよ」
「なんとなく気分的にな。あかねも、抱かれるならきれいな体の方が良いだろ?」
 
『抱かれる』という言葉に、なぜか胸がざわついてしまう。
下品なほど直接的でもなく、かと言って意味が通じないほど婉曲的なわけでもない。
なんとも言えない淫靡な響きを含む言葉だった。
つまりはそういうことなのだと、あかねは再認識した。
 
(これから抱かれるのね……。らんまに)
 
心のうちで確認をするように呟くと、あかねは更に赤面した。
らんまに投げかけられた言葉が、頭の中で何度も繰り返し響いた。
いつの間にか居場所は扉の側からベッドへと移っていた。
気付けばあかねは毎日眠っている布団に仰向けにされ、その身に乗られていた。
バスタオルをまとっただけのらんまが、服をちゃんと着込んだあかねをしっかりと抱いている。
耳にふうっと息を甘く吹きかけておいてから、鼓膜をくすぐるほど近くでらんまが囁いた。
その声はひどく意地悪なものにあかねには感じられた。
 
「そんなに男のおれに抱かれたかった?」
「そ、そんなんじゃないわよ」
 
爪の先までしびれてしまいそうなほど、全身の血液が脈打っている。
あかねは本心とは逆のことを口にしていた。
抱かれたい相手には違いないのだけれど、本当に抱かれたい姿ではない。
しかし、それを言ってしまえば、自分が本当に淫乱な女になってしまうようで、嫌だった。
そんな自分をらんまにからかわれるのも嫌だった。


「まあ、そのうちな。今日はこのまま。いいだろ?」
「じゃ、じゃあ、私もシャワー浴びて来ないと……」
 
起き上がろうとする体を更に押さえつけ、確かめるかのように
らんまの冷え切っていた指があかねの顔をなぞった。
唇の上を滑る指が若干震えているのに、あかねは気付いた。
らんまも緊張しているのだろうか。
変な話だが、あかねは少し安心していた。
緊張しているのは自分だけではない。
 
「いーよ、お前はそのままで。おれは気にしないし」
「ええ? そんなわけには……」
「良いんだよ。水かぶってさみーから早く温めてくれよ」
「そんなのあんたの都合じゃ……んぅっ……」
 
これ以上の反論は許さないとでもいうように、らんまの唇があかねの唇の上に重くのしかかった。
喉の奥まで届きそうなほどの濃厚なキスをしながら、らんまはあかねのブラウスのボタンを外していく。
一個一個、じらすように。
そして、純白のブラジャーに包まれた胸を影の内側から蛍光灯の白い光の下に晒すと、
らんまは勝ち誇ったようにあかねを見下ろしながら、そっとブラジャーの紐の辺りをなぞった。
 
「どうして欲しい?」
 
わかりやすいほどにあかねが顔を赤くしたのを見て、
らんまの瞳の色が肉食動物の草食動物に対するものに変わった。
あかねにはそう感じられた。
顔面がみるみるうちに羞恥の色に染まる。熱い液体が体中を駆け巡る。
今後の展開について女の口から言わされることに対する屈辱。
そんなものに屈する気はあかねにはなかった。
 
(何よ。全然余裕だってわけ? 見てなさい。)


あかねは素早く起き上がり、逆にらんまを押し倒した。
枕側に足を向ける格好で仰向けになったらんまは、あかねの行動に多少驚いて見上げた。
 
「え? ちょっ……あかね……!?」
 
あかねは無言のまま、荒々しくらんまの肌を包む布を剥ぎ取ると、
ためらうことなく豊満なその胸に顔を埋めた。
既に愛撫をその身に受けたことのあるらんまの体は、あかねの数倍は感じやすく変化していた。
胸の先端を柔らかな唇に包まれて、たまらずらんまは嬌声をあげた。
 
「あっ……あんっ……あかね……駄目……っ!」
 
正確にはあかねの唇に触れられた瞬間にはまだ快感を得ていたわけではなかったが、
近いうちに訪れるであろう官能の波への期待から、その細く高い声は生まれていた。
 
「やっ……いやっ……あ、あかねっ……やめてぇ……ああんっ……」
 
そして徐々に本当の快楽が襲ってきた頃には、らんまは雌猫のように鳴き声をあげ続けるだけだった。
あかねはその羨まし過ぎるほど大きな乳房に舌を這わせながら、
どこか懐かしいような気持ちになっていた。
そうだ。女の子だって生まれたときには母親の乳房を恋しく思っていたのだ。
だから、今、自分が女の状態であるらんまの体をこんなにも愛しく感じているのは、
別段おかしなことでもない。
あかねはそのように無理矢理自分を納得させた。雑念なしにこの淫らな遊戯に興じたい。
冷水で冷やされたらんまの体が、あかねが触れるごとに熱を帯びていく。なんだか楽しい。
 
「可愛らしい声するのねぇ? らんま。女の子みたい」
「やぁん……。だって……あかねが……」
「んっ……ぅ……あたしが……何よ? はしたない声をあげてるのはあんたよ、らんま」
「あっ……はぁっ……ち……ちがっ……」
「んぅ……そう……なんっ……でしょう? 認めなさいよ」
 
ぴちゃぴちゃと淫猥な水音を立てながら、あかねは言葉でもらんまを責め立てていく。
洗い立てのらんまの体は何の味もしないのに、なぜかずっと舐めていたいと思ってしまう。
最大の理由はらんまの反応だ。
身をよじらせ、あかねの愛撫に屈しまいと歪めるらんまの顔に、たまらなく色気を感じる。
そしてその高い鳴き声を聞き続けていると、まるで自分の側が責め苦を受けているような錯覚にも陥る。
あかねの指がらんまの股間へと伸びる。当然、そこを覆っているものは何も無い。


「ふふ。本当に可愛いわね、らんま」
「お、男に可愛いなんて……屈辱だっ……!」
「こんな姿でどこが男だって言えるの?」
 
とめどなく液の溢れ出している部分に何本もの指をこすりつけられ、
強すぎる刺激にらんまは大きく体をのけぞらせた。
ひたいにはうっすらと汗が浮かぶ。
責め立てている側のあかねも息を乱し始め、頬を紅潮させている。
 
「ひぃっ……ああんっ……! やっ……やぁぁ……」
「これが濡れてるってことなんでしょう? いやらしい……」
「はぁんっ……! あっ……あかねの耳年増っ……!」
「なんとでも言いなさいよ。その私に感じてるくせに」
「くっ……」
 
らんまは負けじとあかねの胸に手を伸ばした。
その意図に気付くとあかねは伸ばされた手をとらえ、ベッドの上に押さえ付けた。
そのとき、らんまが一瞬だけ落胆の表情を見せた。
しかし、あかねはらんまの体の上に自分の身を折り重ねると、
一旦は拒絶したその手をブラジャーに包まれた胸へと導いた。

 
うるんだ瞳で見つめられ、らんまの鼓動が高鳴る。
しかし、あかねは意地悪くも、らんまの手を、胸に触れる寸前で自身の指に絡めてしまった。
そして、痛みを感じない程度に強く握られる。きつくはないが、指先の自由は完全に奪われていた。
 
「そんなに触りたい?」
 
らんまの視線の先には、あかねの口元があった。
一言発するたびに、口の奥で濡れた舌先がうごめいているのが見える。
淫靡な魅力を放つ存在がこんなにも近くにあるのに、触れることすら叶わない。
そんな事実に気が狂いそうだった。
ためらいがちにらんまがうなずくと、あかねはにんまりと嫌な種類の笑顔を浮かべた。
 
「触らせてあげても良いわよ。但し、条件があるわ」
 
そして、どんな無理難題を押し付けてやろうかと思案をめぐらせていたときだった。
 
「ちょっ……! や、やめなさい、らんまっ!」
 
素早い反撃に、あかねは思わず狼狽して大声をあげてしまった。
らんまは身を起こし、あかねの胸に顔を埋めていた。
許可など必要ない。あかねがらんまに愛されたがっているのは明らかだった。
先ほどまであかねがらんまにしていたことは、こんな風にされたいのだという
願望の裏返しなのだということもわかっていた。
あかねの乳房はブラジャーに包まれたままだったが、内側の肌が剥き出しになった部分にだけ、
らんまは唇を押し付けていた。
両手はあかねの背中に回され、腹部の肌には豊満な乳房が密着していた。


「ああ……だめ……だめよ……らんま……。」
 
拒否を示す言葉とは裏腹に、あかねは抵抗を見せたりせず、
むしろ積極的にらんまの体の触れやすい部分を撫で回していた。
あかねの胸にはいくつもの赤いあざができた。
一部分だけでは満足し切れなくなったらんまは、背中に回していた両手で、
ブラジャーのホックを外しにかかった。
 
「いや……見ないで……。私のなんて、ちっちゃいし、形だって良くないし……。」
 
ほどなくブラジャーが外され、素肌があらわれた。
片手で顔を覆い、残りの方の手で肌蹴られた胸を隠そうとするが、
らんまは容赦なくその手を引き剥がし、まじまじと観察する。
 
「そんなことない。綺麗だよ、あかね。」
 
だが、らんまはすぐにそこに飛びついたりはせず、未だまとったままだったスカートの中に手を入れた。
ショーツは既にぐっしょりと濡れていて、湿り気がらんまの指に絡みついた。
 
「すげえ。こんなに濡れてたら下着の意味なんてないだろ?」
 
あかねが反論する間もなく、らんまはそのショーツを引き剥がすように脱がせた。
これであかねが身に着けているのはロングスカート一枚だけとなった。
しかし、らんまの方は全裸なのだから、大した違いはなかった。
下着を脱がされたときの勢いで、あかねは放心したようにベッドに身を投げ出したままになっていた。
 
「お前の感じやすい部分はわかるんだぜ。」
 
らんまは仰向けのあかねの上にかぶさると、花のつぼみのような小さな乳首に自分の唇をかぶせた。
とろけそうなほど熱く湿った感触に、胸の先端を包まれ、思わずあかねはため息を漏らした。
未体験の感覚は想像以上に刺激的で、優しく包まれているのに痺れるようだった。
空いた方の胸もらんまが遊ばせておくはずもなく、指先でころころと転がすようにこねている。
両側から来る刺激に、あかねのあえぐようなため息が止まらない。


「はぁ……やっ……いやぁ……もう……あたし……だめぇ……許して……」
 
すすり泣くような声も無視して、らんまは舌の動きを早めた。
見た目には小さく見えても、女の乳首はやはり男のそれよりは断然大きい。
口に含んでみると、ミントのタブレットほどの大きさかと思っていた乳首は、
少し舐めて小さくなった飴玉ほどの大きさはあることがわかった。
らんまは飴玉を舐めるよりも丁寧に、満遍なく全体に行き届くように舌を動かした。
味などしないはずなのに、なぜか甘く感じられて、いつまででも口にしていたい気分だった。
 
「あっ……はぁっ……!」
 
ひときわ大きくあかねが身体をのけぞらせた。
乳首を甘噛みされて、痛みが走ったのだ。
だが、痛むはずの乳首は、そのあと与えられる舌の動きに対して、
更なる快感を得て盛り上がった。
 
「ねぇっ……これって……いつになったら終わるの?」
 
なおも続く官能の波に耐え切れず、荒い息の下であかねが尋ねる。
その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
 
「おれが飽きるまでだろ。しばらく飽きねえけど」
 
とは言え、らんまもいい加減疲れて来てはいるのだった。
口や舌は痺れているし、身体全体も重く、気を抜けばあかねの身体に倒れ込みそうだった。
だが、気力を振り絞って、あかねの腕を引っ張り、身を起こさせた。
 
「もう疲れたってんなら、これでやめてもいいけど」
 
それを聞いた瞬間、あかねは少し寂しそうな顔をしたが、すぐにこくりとうなずいた。
 
「うん、じゃあ、これで終わり、ね」


だが、身体を離そうとしたあかねに対し、らんまは容赦なくあかねの身体を抱き寄せ、
自分の片方のふとももの上に、あかねがまたがるような形で乗せた。
 
「な、何!?」
「うわ、すげーな、すげーぬるぬるする」
「!? は、離しなさい、らんま! いやっ……!」
「離さねー。誰が離すもんか」
 
らんまは強くあかねの身体を抱き締めると、乳首の辺りにふっと息をかけた。
その瞬間、離れようとらんまの肩を押していたあかねの腕の力が緩んだ。
下着を取り払われたあかねのむき出しの股間が、直接らんまのふとももにこすりつけられているのだ。
離れようとしたり、引き寄せられたりすることで、前後に動いてしまうので、
少なからずそこには刺激が与えられる。
そして、更なる雫があふれ出て来るのだった。
 
「んっ……!」
 
その状態のまま、らんまはあかねの唇を奪った。
らんまのふとももにあかねが乗った部分は、ロングスカートでふわりと隠されてしまっていて見えない。
しかし、見えていたらどんなに卑猥な状態に見えることだろう。
あかねは目を閉じ、らんまの舌が口をこじ開け、滑り込んで来るのも抵抗もせず受け入れた。
そして、徐々に自ら快楽を求めて、濃厚なキスを交わしつつ、腰をゆっくりと動かし始めた。
 
「んふっ……きもちいい?」
「こっ……こんなのきも……ちいいわけっ……ないでしょっ……ふっ……」
「んっ……ふっ……あかねは……素直じゃねーからな……」
「な……何よ……んんぅ……ばかっ……」
 
キスをやめることなく、二人は会話をした。
そして、お互いに遠慮なく相手の身体を触りたいだけ触った。
やがて、あかねは秘部に与えられる刺激に感極まって、背中をのけぞらせながら嬌声をあげた後、
ベッドの上に崩れ落ちるように倒れた。
らんまも後を追うように、その隣にゆっくりと横たわった。


あかねがらんまのおさげ髪を、物珍しそうに指先でもてあそんでいる。
らんまはあかねの首の下から手を回し、短く切り揃えられた髪を撫でていた。
二人とも何も身につけていなかった。
皺がつくのが嫌だからと、あかねは唯一身にまとっていたスカートも脱いで、
ベッドの下に無造作に落としてしまっていた。
 
「普通……明かりは消すもの……よね?」
「あ、そういえば、そうかもな。でも、良いんじゃね?」
 
そのときになって初めて、流されるままに二人とも、明るい蛍光灯の光の下で
交わっていたことに気付いたのだった。
らんまの方は元が男なだけに、裸を見られることに無頓着だったが、
あかねの方も、なぜかさほど自分が恥ずかしいとは感じていないことに気付いた。
相手が女の姿のらんまだからだろうか。
これが男の姿だったら今ほど平静ではいられなかっただろうか。
 
「どうして男の姿になってくれなかったの?」
 
思い出したようにあかねは尋ねた。
 
「なんだよ。やっぱり男のおれの方が良かったのか」
「だって……」
「すんげー痛いよ?」
 
脅すようならんまの口調に、あかねは改めて思い出す。
本当にらんまは男との経験があるのだ。
あれほどまでに女の姿を嫌がっていたらんまが、男の姿で女と交わるよりも先に、
身体を許した相手とは一体誰なのだろう。
 
「よっぽど好きな相手じゃないと耐えられねーよ。それに、後悔するだろ?」
 
今更そんな風に気を使われたって、嬉しくなどない。
そう言うなら最初から襲ってこなければ良いのだ。
胸を触って来なければ良かったのだ。キスしたりしなければ良かったのだ。
ふくれるあかねの頭の中には、自分から誘ったような部分もあるという記憶はすっかり消えている。
 
「い、良いわよ。どうせ、あんたには裸見せちゃったんだし、同じことよ」
 
「あんたのことが好きだから良いのよ」などとは言えない、天邪鬼な自分が悔しくもあり、
逆にありがたくもあった。
自分からそう打ち明けてしまうのは、何か負けたような気がして癪だ。


「それより、相手は誰なの?」
 
唐突な直球の質問に、優しげに髪を撫でていたらんまの手が止まった。
あかねの方も言ってしまってから、らんまの暗い表情に気付いたが、
好奇心に勝つことができず、お構いなく畳み掛けた。
 
「クラスの男子? それとも、良牙くん? うーん……誰だろ……」
 
ついつい、良牙の顔を思い浮かべてしまい、らんまの背筋に悪寒が走る。
そして、実感する。やはり自分は男より女の方が好きなのだと。
九能との忌まわしい記憶がフラッシュバックして、虫唾が走り、鳥肌が立つ。
 
「……おめーの知らないヤツだよ」
 
それだけ言って、あかねから目をそらし、天井を見上げる。
彼女が九能の名を思いつきもしないことが救いだった。
自分が犯される姿を想像なんかされたらたまらない。
 
「え? 嘘。知らない人なわけないじゃない。そうよ、良牙くんよ! 良牙くんよね?」
 
あかねは間違った自分の推理をさも当たっているかのように確信している。
なぜ根拠もないのにそう大きな自信を持てるのだろうか。
らんまは呆れて、あかねの方をじろっと睨みつけた。
 
「違うっつーの! あんま聞くと、ほんとに男に戻ってやっちまうぞ?」
 
あかねははっとして、数日前の乱馬の言葉を思い出した。
「忘れたかった」と彼は言った。
どうやら好き好んでしたことではないらしい。
自分に置き換えて考えてみる。好きな異性と交わる前に、同性と交わってしまう。
それはとても恐ろしくて、屈辱的なこと……
 
かと思ったが、考えてみればあかねの初めての相手は、たった今向き合っている女の姿のらんまだった。
別にそれほど嫌なことでもなかったし、むしろ脳天を突き抜けるほどの快感を十分に味わったのだ。
らんまの気持ちなどわかるはずもない。
様々な思いが交錯する中、あかねはこう答えた。
 
「良いわよ。好きにすれば」
 
割と素直に許可を出されてしまったので、らんまは面食らった。
 
「う、嘘だよ。おれ、もう疲れたし」
 
一転して弱気になったらんまは、あかねに背を向け、寒そうに身を縮める。
実際、もうへとへとに疲れていた。気を抜けばすぐにでも眠りに落ちそうだった。
あかねは、そんならんまの様子を見て、ため息をつくと、布団を引っ張り出して来た。
そして、裸のまま横たわるらんまの上にそれをかけ、同じふとんの中に自分も裸のまま入り込んだ。


(エピローグ)


「おっ。おはよー、あかね」
 
次の日、日もだいぶ高くなった頃にあかねは目覚めた。
きちんと服を着込んでから、階段を下りたところで、乱馬と出くわした。
乱馬は男の姿に戻っていた。心なしか晴れやかな顔つきをしている。
目が合った瞬間、あかねの脳裏に昨日の出来事が走馬灯のように駆け巡った。
 
「よく眠れたみてーじゃん。もう昼だぜ」
 
無邪気に笑う乱馬に対して、とてつもなく恥ずかしいと思う気持ちが沸き起こってくる。
姿は違っても、昨日裸で抱き合った相手は間違いなく目の前の人物だった。
あかねは乱馬の裸を見たわけではないが、乱馬はあかねのそれをしっかりと見ている。
あかねは乱馬の肌の感触など知らないが、乱馬はあかねのそれをよく知っている。
そんな一方的とも言える事実に気付いたのだ。
あかねは顔から火が出そうなほど恥ずかしくなった。
 
「おれさ、コンビニでなんか買って来ようかと思うけど、何が良い?」
 
玄関で靴をはきながら、乱馬が訊いた。
乱馬は昨日のことについて何も触れないが、覚えていないわけがないだろう。
あかねはなんだか無性に腹が立って仕方がない。しかし、怒るわけにはいかない気がする。
 
「別に。何もないわよ。それより、こっち向きなさいよ」
 
ふくれた顔で、あかねは要求した。
靴を履き終わって立ち上がった乱馬が、怪訝な顔で振り向くと、その頬に暖かいものが触れた。
 
「い、いってらっしゃいっ!」
 
目を合わせないようにしながら、ぶっきらぼうにあかねは言った。
乱馬はしばし呆然としていたが、われに返ると、緩んだ顔に満面の笑みを浮かべた。
 
「行って来る」
 
乱馬が行ってしまい、玄関の扉が閉まると同時に、あかねはその場にへたり込んだ。
そして、唇をそっとなぞりながら、誰に言うともなく呟いた。
 
「……絶対、負けないんだから」
 
暖かい陽射しが玄関の扉のガラスを通じて入り込んでいた。
陽光の中、あかねはしばらくその場から動けなかった。
 
(終わり)



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