そのままでいて欲しいと思うことは、単なる我侭なのだろうか?
4.身長
ある日。
「炎の英雄」となり、実質この軍のリーダーとなったヒューゴのとある噂を耳にした。
それは。
「ヒューゴが身長を伸ばすために、部屋の窓にぶら下がっているらしい」と言うものだった。
常日頃から、ヒューゴが身長が低いことをとても気にしていることは知っている。
思わずその光景を想像してしまい、「可愛いな」と思ってしまったが、部屋の窓にぶら下がっていると言うことが事実なのだったら、危険だから止めなければ。
俺は、ヒューゴがいるであろう自室に向けて足を運んだ。
何を隠そう、俺―――ことパーシヴァルとヒューゴはつい先日恋人同士になった。
ヒューゴは恥ずかしがりやなのでまだ周りに一切公表していない。
俺としては、ヒューゴを虎視眈々と狙うものが多いため、直ぐにでもバラしたい気持ち満々なのだが、これでもし俺がばらしてしまったらきっとヒューゴは恥ずかしがって近寄ってさえくれなくなってしまうだろう。
ま、そんなことはさておき、恋人同士になったと言っても曲がりなりにもリーダーと言う立場の人間の部屋だ。
ちゃんと礼儀は弁えている。
「ヒューゴ殿、入りますよ」
「あ、はい。ど、どうぞ」
俺の大好きな、少年らしい凛とした声。
何となくいつもと感じが違う気もしたが、とりあえず了承を得たので入ってみる。
そして、そのいつもと違ったことの原因を知った。
「ヒューゴぉぉぉ、お前はそれ以上大きくならなくて良いんだって!」
「だから!何でだよ、シーザー!?」
傍から見れば一目瞭然なのだが、どうやらヒューゴは全く気づかないらしい。
いや、正確に言えば、分からないのはシーザーの男心だろう。
好きな子より自分の方が背が低いと言うのは、男にとっては沽券に関わることである。
「俺が追い越し辛くなるだろ!」
「俺は関係ないだろう!?シーザーだって大きくなれば良いじゃないか!」
「俺が大きくなったって、お前も大きくなったら意味ないだろ〜〜〜」
「何で意味ないんだよ!」
どうやら先ほどからこの繰り返しらしい。
「好きな奴より大きくなりたいって言うのは、男として当然だろ〜〜〜!」
どさくさに紛れて告白してるシーザーに俺は慌てたのだが。
「その気持ちは分かるけど、だからって何で俺が関係あるんだよ?」
ヒューゴが鈍感でよかったと、しみじみ思う。
シーザーの告白は無残にもヒューゴの目の前で失速し、届かぬまま地面へと墜落して行った。
「シ〜〜〜〜ザ〜〜〜〜」
見事に撃沈させられたシーザーに追い討ちをかけるかのように、バタンっ!という扉が破壊されたんじゃないかと思うような音がしたかと思うと、まるで地獄のそこから響いてくるかのような、女性の声とは思えないような低い声が部屋の中に聞こえてきた。
「やっとぉぉ見〜〜つ〜〜け〜〜た〜〜わ〜〜よ〜〜!!」
「ひーーーーっっ!!あ、あ、あ、アップルさん!?」
いつもの理知的で優しげな表情は消えうせ、まるで般若を背負っているかの形相でシーザーの片腕でありお姉さん的存在のアップルがその探し人を睨みつけている。
そんなアップルの様子に、シーザーはその怒りの原因が自分だと自覚はしても、あまりにも怖すぎて素直にその人の前に立つ事ができず、咄嗟にヒューゴの後ろに隠れた。
「山積みになってる仕事をほったらかしにして、どこに行ったのかと思えば、またヒューゴに迷惑かけて!!」
シーザーの盾にされて、その所為でアップルとの板ばさみになり、困ってわたわたしているヒューゴを何とか救おうと思う気持ちもあったが、何よりさり気にシーザーの手がヒューゴの細い腰に掛かってるのが気に入らなくて。
「シーザー殿…ヒューゴより背が小さくて良かったですね」
「え?パーシヴァルさん?」
「ヒューゴの後ろに隠れやすくて…すっぽり隠れられますから、ね」
俺は口元だけでにっこり笑って、そう言い切った。シーザーが一番気にしていることを、わざと。
それはシーザーをへこませるには充分だったらしく、大人しくアップルに引きずられていった。
静かになった部屋の中で、改めて恋人であるヒューゴとゆっくり甘いときを過ごそうと振り向いた先には、その彼の思いがけない表情があった。
不機嫌そうな表情。
「ヒューゴ?」
「今のは、シーザーがかわいそうだ…」
「え?」
「パーシヴァルさんみたいに、背も高くて力もある人には分からないんだ…」
少し涙目になって睨みつけるヒューゴに、不謹慎ながらもときめいてしまう。
でも好きな子を怒らせて泣かせるのは本意ではない。
「すまない…確かに失言だった…」
ほんの小さなやきもちで、身体に関して傷つけるようなことをいうのは大人として、いや人間として最低なことだったと反省する。
「だけど、ヒューゴもシーザーもまだまだ成長期なんだから、そんなに焦らなくても少しずつ背は伸びるだろう?」
現に、出会ったばかりの頃より少し視線が交わる位置が高くなってきてると思うのだけれど。
「それは…」
「それは?」
優しく促すように同じ言葉を繰り返す。
「早く皆を守れるくらいに、大きく…強くなりたい…」
「ヒューゴ…」
この少年の細い肩に掛かる「リーダー」という重責。
「お前は充分に強いよ…焦らずとも、きっとまだまだ強くなる…だから焦らなくていい」
堪らなく愛しすぎて、俺は細い身体を引き寄せるとそのまま腕の中に抱き締めた。
「一人で戦ってるんじゃないだろう?俺が…俺たちがいる…」
いずれこの少年は伸びやかに成長して強くなっていくのだろう。それは俺にも、誰にも止める事は出来ない。
だからせめてこの腕の中にすっぽり納まっている間だけでもいいから、守りたいと思った。
「焦って怪我でもしたら誰も守れなくなるだろう?だから、窓の外にぶら下がるのはだめだ」
「う…パーシヴァルさんも知ってたんだ?」
「当然…ヒューゴのことだからな」
「うん…もうしないよ」
ヒューゴの腕が俺の背中へと回ってくるのを感じて、更に俺はすっぽりと腕に収まってしまう小さな身体を抱き締めながら思う。
ヒューゴには悪いとは思うが。
どうかまだ暫くは、この腕で守れるよう時間が長く続くように、ゆっくりと成長してくれればいいと。