<5>
これで良かったのだと思う。
ラビの想いが成就すれば今までのように、簡単に傍にいられなくなるかもしれないけれどそれでも仲間という距離では付き合っていける。
ほんの少しだけ寂しくなるだけだ。
ジュリエットの役を降りたことで、急に時間をもてあますことになってしまったアレンは暫くの間、ぼんやりとそんなことを考えていたのだが、このまま部屋に籠もっていてもうじうじと未練を引きずるだけだと判断して、コムイさんに何か任務を入れてもらおうと立ち上がってドアまで向かった時だった。
廊下を駆けてくる足音が薄いドア越しに聞こえてくる。
通り過ぎるかと思われた足音はアレンの部屋の前で止まる。そして続く荒々しいドアを叩く音。
「アレン!アレン!いるんだろ?」
ラビの声。
居留守を使おうと咄嗟に気配を消すも、人の気配に敏感なエクソシストであるラビにはきっともうアレンが中にいるなんてお見通しだろう。
「アレンが出てくるまでここで待ってるさ」
気配で、ラビが扉に背を向けて寄りかかったのがわかると、アレンは早々に諦めた。
「ラビ…」
「アレン!」
でも絶対に扉は開けない。
「アレン…この前不意打ちでキスしたことは誤るさ…フェアじゃなかった…でも、俺は…」
「別にあのキスのことは何とも思っていませんよ…たまたま唇が触れてしまっただけでしょう?」
「違うさ!!」
不慮の事故で済まそうとしているアレンの言葉を、ラビは全力で否定する。
思いの他、大きく廊下に響いたラビの声に周りの部屋から、人が集まってくる気配がし始めてくる。
「アレン…扉を開けてくれ…ちゃんと俺に、俺の気持ちを話させてくれ」
「ラビ…?ラビの気持ちなら、もう…」
「アレンの勘違いなんさ…ちゃんと、今度こそちゃんと誤魔化さずに話すから…開けてくれ」
いつになく真剣でどこか切なげなラビの声に圧され、アレンは扉を開けた。
部屋に招き入れた途端、アレンはラビの腕に絡めとられそのまま抱きすくめられてしまった。
「ラ、ラビ!?」
突然抱き締められた意味が分からない。それももう逃がさないとでも言うかのように強く痛いほどの力で、抱き締められている意味が。
「俺が好きなんは、アレンさ…」
きちんと伝わるように、ラビはゆっくりと噛み締めるかのように自分の想いを真っ直ぐに伝える。
それが効したのか、勘違いする隙も与えることなくアレンはその言葉を耳にした。だけどそれでも感情だけは追いつかず、戸惑ってしまう。
「え?だ、だって…じゃあ、リナリーは…?」
やっぱりアレンが勘違いしていた『ラビの想い人』がリナリーだったのだと知って、ラビは溜息をつく。
アレンがジュリエットの役をリナリーに頼んだことで、何となくラビには予想はついていたのだ。
「だって“優しくて強い人”だって」
「アレンは優しくて強いさ」
「“可愛い人”だって…」
「アレンは可愛いさ」
「でも!“綺麗な人”だって!」
「アレンは、俺にとって一番“きれい”さ」
見た目だけじゃない。中身も全て。
「確かに、あの日俺が言った形容詞はリナリーにも当てはまるさ」
リナリーは可愛くてきれいで、そして自分のこともアレンのことも心配して応援してくれる優しくて強い人だ。
「でも、俺があの時思って言葉にした形容詞は全てアレンのことさ」
顔に熱が溜まっていく。これはもしかして自分に都合のいい夢なのじゃないかと思っても、抱き締める腕の強さだとか、ラビから伝わる熱だとかいろいろなものが現実なのだと伝えてくれる。
「一昨日、練習だなんていって告白したこともキスしちまったことも、卑怯だったと思う。でもあの言葉にも行動にも嘘はなかった…そしてさっきの告白も嘘じゃない…アレンが、好きさ…」
抱き締める腕を緩めて、アレンを真っ直ぐに見つめるラビの瞳。
引き込まれそうなほど綺麗な翡翠の瞳はとても澄んでいて、嘘偽りの色は一切見当たらなかった。
それくらい真摯な思いで、アレンからの返事を待つ。
アレンがどんな答えを出そうとも受け止める覚悟を持って。
「ありがとう…ラビ…」
「アレン?」
「僕も…ラビが好き…みたいなんです…」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、たどたどしくも自分の気持ちを話してくれるアレンの様子に、益々愛しさが募っていく。
「ラビの恋が実るようにちゃんと協力しようって…でも、本当は凄く苦しくて…いつの間にかラビが、ラビのことが好きになってた…」
嬉しくて、もうどうにかなってしまいそうだった。
抱き締めたくて体が震える。
「好きさ、アレン」
今度こそ、二人は本当のキスを交わした。