more call


いつかは、そんな日が来ると思っていた。
この世の中に、永遠だという保障があるものなんて、ないってずっと昔に僕は知っていたから。

なのに、この胸に落ちる寂しさはなんなのだろう。





週末の、蕩けるほどに甘ったるい逢瀬を終えて、家まで送ってもらった車の中。
降りようとして、ドアノブにかけた方とは逆の腕を急に引っ張られたかと思った次の瞬間には、もうその腕の中に抱きしめられた。

「まだ、帰したくない…」

そんな風に、苦しそうに耳元囁いて、苦しいほど抱きしめて。

「ずっと、一緒にいられたら良いのにな…」

何分、いや何十分そうしていたのか、ラビの携帯のメール着信音が邪魔するまで、二人そうしていた。
ラビが携帯に気をとられたその一瞬に、腕からするりと抜け出して車から飛び出したアレンを恨めしそうに見て、すぐに今度は甘く熱い視線でもって「お休み」って、アレンが家に入るまで見送ってくれた。
なのに、明けて月曜日。



いつもの時間、お昼休み。
ラビから届いたメールは、

『ゴメン。暫く迎えに行けない』

ただそれだけの、いつもと違う素っ気無いものだった。
それ以来、あんなに頻繁にかかってきていた電話も、メールですら届かない。





一日目。
バイトが始まるまでの時間を、ぶらぶらと一人で街の中を歩いたり、久しぶりに電車に乗ったりして、ラビには悪いけれど、久しぶりの自分ひとりだけの時間を楽しんだ。

二日目。
いつも迎えに来るラビが傍にいず、一人で帰るアレンを見つけたクラスメートに誘われて、久しぶりに同年代の友達と街に出て遊んだ。

三日目。
不意に隣が寂しく感じた。
何となく街に出る気にもなれなくて、学校の教室でぼんやりしていたらクラスメートが集まってきて、皆でいろいろお喋りして楽しいはずなのに、どこか物足りなさを感じてしまった。

四日目。
自分ではそんなつもりはなかった筈なんだけど、聡いリナリーはいつもと違うアレンを感じたらしくて、「イライラしてるね」って言われてしまった。
指摘されたからってわけではないだろうが、確かに気付くと、イライラと言うかもやもやっとした何かがアレンの胸の中を支配していた。電話もメールも寄越さなくなったラビに?
ちょっと『うざい』とか思っていたのに?

五日目。
そして不安になった。
ラビが掛けてこないなら自分から掛けてみれば良いとも思うのに、何か大事な用事の最中だったら邪魔になるとか思うと、掛けられない。
いや、違う。
ラビに、本当に大事な人が他に出来たんじゃないか。
その誰かと一緒にいたら、邪魔になる。
そうアレンは思った。

六日目。
そのアレンの不安は、現実となってアレンの瞳に飛び込んできた。





いつもはラビと過ごす土曜日。
相変わらずラビからは、何の連絡もなくて、アレンはひとりきりだった。
一人で過ごす休日というのも勿論久しぶりだったから、この機会にいつもはできないところまで部屋の掃除をして、ついでに気分転換に部屋の模様替えをしようかな。
なんて思っていたのに、気がつけばアレンはぼんやりと何の音も発さない、黙ったままの携帯電話を見つめていた。
そんなに気になるのなら、自分から掛けてみれば良い。
そう思い、携帯電話を手に持ちフラップを開けるところまでしてみても、ダイアルを打ち込む指に力が入らない。
ただラビの電話番号の最初の数字を指先が滑るだけ、そしてまたフラップはぱちんと閉じられてしまう。
ラビと約束つきの曖昧な関係を始めて、もう一年はとうに過ぎた。
キスだってしたし、身体の関係も持った。
なのに未だに曖昧なのは、アレンがはっきりとした答えを出さないせいだ。
アレンとの約束通り、ラビが他の誰かと浮気をした様子はない。
確信などないけれど、そう断言できてしまうくらいにラビは可能な限りアレンと一緒にいて、離れてる時だって、周りが呆れ返るほどに電話やメールでもって、アレンと繋がろうとしていたのだ。
ラビは約束を守ったのに、アレンはそんな彼に、未だに自分の気持ちを伝えていない。
そんなアレンに、ラビはいい加減に愛想が尽きたのかもしれない。
好きだとも言えない。
甘えることさえできないアレンでは、きっと物足りなくなったのかもしれない。
そんな考えにばかり囚われて、アレンは動けずにいる。

「あー、だめだ!こんなんじゃ!」

こんな日当たりの悪い薄暗くて狭い部屋で、ひとりぼんやりしているからラビの事ばかり考えてしまうのだろう。
アレンは薄っぺらい財布と携帯をポケットに突っ込んで、明るい陽射しが降り注いでいる外へと飛び出した。



土曜の街は、休日と言う人が多いためか、どことなくのんびりで陽気な雰囲気が漂っている気がする。
家族連れだとか、友達同士だとか、恋人同士だとか楽しそうな人々でごったがえしている街を、歩きながらアレンはきゅうと胸が引き絞られるような痛みを覚えた。
一人でいることなんて慣れていた筈なのに、寧ろ、一人でいたほうが楽だった筈なのに、いつからこんなに一人で居ることが“寂しい”と感じるようになってしまったのだろう。
本当は、そんなのとうに分かりきっている。
それでも、それを認めようとしないのは何故なのだろう。アレンは自分でも自分の心を計れずにいる。
またしても絡み付いてしまう思考を、無理矢理振り払うようにアレンは、普段乗らないような電車に適当に飛び乗り、全く来た事もないような街に降り立ってしまった。
そして、見事に迷った。
アレンはすっかり失念していたらしい。
自分が自他共に認める、物凄い方向音痴だということを。
見慣れた街でさえ時々迷うことがあるというのに、こんな初めて来たような街で、感情に任せて闇雲に歩いてしまった結果がこれだ。
いつの間にか人通りの多い道から逸れてしまったらしく、辺りを見渡せばとても閑散とした通りだった。

「はあ…それもこれも、きっと師匠の所為だ…」

師匠は誰か金持ちのパトロンでも見つけたのか、最近借金の額はかなり減ってきている。
それに今は、高校生にして借金を抱える羽目になってしまったアレンに同情したラビが、ご飯を奢ってくれたり、バイト先まで送ってくれ、更に帰りは自宅まで送り届けてくれるため電車賃が浮いたことで出費が減ったためか、週末はバイトに入ることも少なくなった。
後でまとめて借金の明細書が送られてくる可能性もあるので、貯金に回しているため相変わらずアレンの生活は質素だったが。
それでも今までの生活がかなり苦しかったことを思えば、とても良かったことなのだろう。
だが、今日ばかりはバイトを入れておけば良かったとアレンは思った。
バイトに入っていればこんな見知らぬ街まで来ようなんて、そんな暴挙に出なかっただろうし、働いていれば忙しさに紛れて余計なことを考えている暇だって、多分なかっただろう。
だから、バイトがないのは師匠の所為だ。
そんなむちゃくちゃな考えに辿り着いてしまったらしい。
だけどそんなことを今更思ったところで、後の祭りであることは分かっている。
アレンは気を取り直して、まずは人通りの多い場所を探そうと歩き始めた。
ようやく人通りの多い道へと辿り着いたのは、あれから既に一時間も経った後だった。
だがアレンの小さな旅はこれで終わりではない。
これから駅まで辿り着かなくてはならないのだ。
周りに駅らしき建物は見えないか、それでなければせめて駅のある場所を示す看板か何かでも見つからないだろうかと、視線をめぐらすがそれらしきものは目に入ってこない。
それならば誰か知っている人に、出くわさないだろうかと思う。

「そんな簡単に見つかる分けないか…」

こんなにたくさんの人がいても、見知った顔に出会う確立なんてかなり低いことを、アレンは知っていた。
だから半ば諦め半分で人ごみをぼんやりと見渡した、その視界の中に飛び込んできたものに、アレンは一瞬自分の目を疑いそうになった。
だけど見間違う筈のない、鮮やかなオレンジ。
思わず駆け寄りそうになって、踏み出した足が2歩目をついたところで凍りつく。
アレンの足を凍りつかせたのは人違いだったからではない。
確かにあの見慣れたオレンジはラビのもの。
アレンが3歩目を踏み出せなかったのは…。





アレンは自分がどこを歩いているのか、分からなかった。
それよりもさっき見た光景と、それを見た自分がかなり動揺しているという事実が、ショックだった。

誰かを待っているのか、ラビは可愛らしい雑貨店の扉の脇に軽く凭れかかる様にして、立っていた。
その姿はとても絵になり、女の子たちが何人も振り返っていくのも見えた。
暫くして、ラビのすぐ隣の扉が開く。
それに気づいてラビが視線を向けたその先には、何やら大きめの袋を抱えて出てきた女の人。
彼女に笑いかけて、腕の中からその大きな荷物をすっと取り上げる。
彼女は当たり前のようにラビの好意を受け入れて、愛らしく笑い返すと、ラビの隣に並んで歩き始めた。
人ごみから守るように、さり気無く彼女の背中をガートするラビの腕。
逸れないようにか、ラビの服を遠慮がちに掴む白く細い指。
その一連の動作は何もかもがごく自然で、二人は付き合い始めたばかりの恋人同士のように見えた。

足が竦んで動けない。
頭が真っ白で、何も考えられない。

アレンの視線の先で、二人の姿はどんどん遠ざかって行き、その内人波に紛れて見えなくなった。





そして気がつけば、アレンはコムイの車に乗せられていた。

どうやらアレンは再び人通りの多い道から外れ、車の通りの多い国道へと出てしまい、そこをとぼとぼと歩いているところを、偶然通りかかったコムイが発見したのだ。
コムイは今でこそ一企業の社長をしているが、その前までは、100年に一度現れるかどうかとまで言われた、天才科学者だった。
その才を買われて、今でも時々、科学者としてあちこちの大学で、特別講師として講義を行っているらしい。
この日も、近くの大学で講義を行ってきた帰りだった。
アレンはそんなコムイの話を、半分上の空で聞いていた。
いや聞いていたかどうかも怪しいが。
普段なら人の話を聞かないなどという、失礼なことは決してしないアレンのいつにない様子も、コムイは敢えて問いただそうとはせずに最愛の妹であるリナリーがバイトしている、カフェへと送り届けると忙しそうに帰って行った。
いつもは客で賑わっている人気のこのカフェも、ひとまずピークは過ぎたのか時間なのか、珍しく客も少なくてのんびりとした空気が漂っていた。
店主であるアニタから休憩しても良いとの承諾を得たリナリーに促されて、アレンは窓際の一番奥の席に力なく腰を下ろした。
いつもは見ている側が気持ち良いくらいにはつらつとしているアレンの、いつになく元気のない様子に、アレンとリナリーの好きな香り豊かな紅茶と評判のショートケーキを運んできたアニタも、心配げな眼差しを送りながら、全てリナリーに託して静かに立ち去っていった。
リナリーはアニタの後姿が遠ざかっていくのを見送って、紅茶を一口口にすると、アレンの方へと視線を戻す。
それこそ毎日欠かすことなく迎えに来ていたラビの姿を、ここ最近見ていないということ。
そして日に日に元気をなくしていくアレンの様子。
たったそれだけの情報でも、リナリーには今回のアレンの酷く落ち込んでいることの原因が、何であるかなんて容易に察しがついていた。
だから、何の前置きもなくリナリーはいきなり切り出した。

「ラビさんと、何かあった?」

正しく直球だ。
真実を知るには、遠まわしに聞くよりも、今のアレンではダイレクトな方が1番手っ取り早いと思ったのだ。
それを裏付けるように、アレンの肩がびくりと跳ね上がり、カップに添えていた手が震えてカチャンと音を立てた。

「何も…ないですよ?」

そんな風に慌てて取り繕っても、今更リナリーに通用する筈がない。
それはアレンが1番知っている。
それでもアレンにはそう言うしかなかった。

「ふうん…そうなの?」

ここで問い詰めてみても、アレンが自分とラビのことを話そうとしないことを、リナリーも知っている。
リナリーとアレンの友人としての付き合いは、然程長いとは言えないけれど、お互いの性格を知り過ぎるほどには一緒にいたと言う自負はあった。
だからリナリーはあっさりと追求を諦める。

「ねえ、アレンくん。明日、ちょっと付き合ってくれないかな?」

「はい?」

「ね?」





男女間の恋愛感情は全くないアレンだったが(いや、かつては仄かな恋心を抱いていた時期もないとは言えないが)、リナリーの可愛らしい笑顔とお願いに、嫌と言える者はいるのだろうかと思うほどに、断ることなどできる筈もなく。
気持ちの良い位に晴れ上がった日曜日。
アレンはリナリーと連れ立ってとある場所まで来ていた。
方向音痴のアレンだったが、ここに来るまでに、通った道は見覚えのあるものだった。
それもその筈、つい昨日勢いだけで来てしまった街だった。
そこより更に先に進んだ先に、アレンはリナリーに連れてこられたのだ。

「あの、リナリー…ここって…?」












「おい、ラビ。おまえ、さっきから、何イライラしてるんだよ?」

「別に、してねえよ…」

言葉とは裏腹に、ラビの態度と表情は先ほどの問いかけを肯定していた。

「さっきからじゃねえもんな、昨日?いや、今週?じゃねえな、もう先週くらいからイライラしてるぜ、こいつ」

もう一人の男が会話に加わってきて、親指を立ててラビを指し示す。

「それに、ラビの不機嫌の原因なんて、一つしかないだろ?」

「ああ、やっぱり…それか」

主語やら何やらを省いてもどうやら通じているらしい彼らは、一応、ラビの大学での友人だ。

「……。分かってんなら、いい加減、俺をお役ごめんにしてくんない?」

「なんだよ〜そんなに一緒にいたいんなら、連れて来れば良かっただろ?」

「うるさいさ」

ラビだって、出来ることならそうしたかった。
大好きなあの子と一緒に、手を繋いで自分の通っている大学を案内しながら、美味しいもの食べて歩きたい。
だけどそれはできない。

「俺だって会ってみたかったのにさ〜」

誰がこいつらなんかに、大事な恋人を紹介するか!
ラビは心の中でそう叫んだ。
大学で知り合ったこの二人が、決して悪い奴じゃないことは、まだ大して長い事付き合ってきたわけではないけれど、洞察力に長けたラビにはもう分かりきっている。
それでも紹介したくないのは、何も自分の恋人が自慢できないような人間だからなんかじゃない。
寧ろその逆で、多大な牽制もこめて、それこそ大勢の人間に自慢しまくりたい、世界の中心で愛を叫んでも良い位だ。
その世界の中心に誰もいないんじゃ、意味がないからしないけれど。
問題は二つ。
まず一つは、友人どもが揃って軟派過ぎる性格だということ。
かつてのラビも他人のことは言えなくて、だからこそ気が合ったわけなのだけれど。
まだ、今のラビのように人生で一度きりと言い切れるほどの、最愛の恋人に巡り会えていない彼らの頭の中はほぼ常に、色んな女の子と遊ぶことで一杯だ。
そしてもう一つは、自分の恋人が、惚れた欲目抜きで魅力的過ぎること。
全く、本人にその自覚がないから余計に厄介なのだ。
あんな可愛らしい顔で無防備に、誰彼構わず笑いかけたりしないで欲しいとラビは常々思っている。
友人たちが自分の恋人に興味を持つかどうかなんて定かではないけれど、持たないとも言い切れないからには、これ以上ライバルを増やさないためにも絶対に会わせたくないと言うのが、ラビの正直な気持ちだ。

「絶対会わせねえさ!」

そんな溺愛する恋人と、もう一週間も会っていない。
一週間がこんなに長いだなんて思ったのは、初めてだ。
前にも何度か、恋人が試験勉強で一週間も会えないということもあったけれど、その時と状況が違うだけでこんなに違うのだ。
愛しいあの子が頑張っているのだからと思えば我慢できた。
でも今回はわけが違う。
会えない理由は愛しいあの子ではなく、自分にあるからだ。
しかも、自分が望んで作った理由ではなく、やむ負えず背負わされたことが理由だから尚更だった。

「くそっ」

時間が経つのがこんなにもどかしいだなんて思うのも初めてだ。
一緒にいられた時は、時間が経つスピードが速すぎて、時計の秒針が進むのですら憎くて堪らなかった程なのに。

「もう、我慢できねえさ!」

「うわっ!びっくりした〜!いきなり何なんだよ!?」

「いきなりじゃねえさ!」

そう。もう充分我慢した。
もう充分役目は果たしたし、借りも返した筈だ。
会いたい気持ちも、せめて声が聞きたいという気持ちも、たくさんたくさん我慢してきたのだ。

「もう俺は帰る!」

「はあ!?」

「おいおいラビ〜、折角の学園祭だぜ?」

学園祭なんてどうでも良い。
大事なのはあの子だけ。

「帰るったら帰るさ!」

立ち上がって鞄を掴み、教室から出ようとしたところでラビの目の前を通り過ぎた女の子たちの会話が、耳に飛び込んできて動きを止める。

「ちょっと前にね、校門のところで、高校生じゃないかな?可愛いカップルを見かけたの〜!」

そして次の言葉に、ラビの心臓が跳ね上がった。

「特に男の子がね〜びっくりなの!髪も肌も白くてね、でも凄く綺麗な子でさ〜」

「へえ、印象的な子だね〜!私も見たーい!」

「じゃあ、予定変更する?」

「うん、するする〜!」

なんであの子がここに!?

「なあ、その子ってどこに行ったんさ!?」

「きゃあ!?ラビくん」

大学内でも有名で、人気者のラビの登場に加え声を掛けられたことに、女の子たちは色めきたった。

「なあ、その白い子、どこで見かけたんさ!?で、どこに向かったんさ?」

「え?え?あの、だ、大講堂のほうに」

でもラビのあまりに必死な様子に、女の子たちも少し戸惑い、人気者に声を掛けられたという嬉しい気持ちも困惑へと変わってしまった様子だ。
だがそんな彼女たちの様子など、ラビにはどうでもいい事で。

「ありがとさ!」

「ちょ!?おい、ラビ!?」

友人たちの驚く声も、女の子たちの残念そうな感嘆の声も聞こえないようで、ラビは講堂へと向かって駆け出した。






アレンが、何でここに!?
講堂までの道のりを人波をすり抜け、ただ愛しい白い子供の事だけを思いながらラビは駆け抜けた。
アレンには今日が学祭だということも、ましてや大学の場所も教えたことはないし連れてきたこともなかった。
理由は前にも述べた通りだ。
一緒にいた可愛い女の子の存在も気になるし、変な男たちに目を付けられてナンパされてないかも気になるし。
それ以上に、会いたくて堪らなかった。
走って走って、見つけた。白い後姿。
その後姿を視界に入れただけで、かあっと体中に火が巡ったかのように熱くなる。
それと同時に湧き上がる、アレンに向けられる視線の数々、そして楽しそうに寄り添う女の子の存在にラビの心の中で一気に荒れ狂うどす黒い感情。

「アレン!」

今だ届かない距離に焦りともどかしさを感じて、ラビは周りから注目されるのにも構わず、ざわめく声たちに負けないほどの大きな声で久しぶりの愛しい名前を叫んだ。
振り向いたそのびっくりした顔。
間違いようもない、会えない間何度も夢にまで見た愛しい可愛い恋人。
戸惑ったような顔をして隣に視線を送ってる。
そこで初めてラビは、隣に居る人物がアレンの友人のリナリーであることに気付いた。
更に距離を縮めようと再び走り出し、あと少しで触れられると思い手を伸ばそうとした時だった。

「ラビくん!」

その腕を突然後ろから掴まれてしまったのだ。

「ラビくん!私ね、グランプリとったのよ!」

「え?」

役割を終えた時にもう既に忘れていた存在の彼女が、嬉しそうにラビの胸の中へと飛び込んできた。

「な!?」

「アレンくん!?」

ラビの戸惑うような声に重なるように、リナリーの声が上がった。
ハッとして視線を戻せば、折角縮めた距離をまた引き離すかのように、走り遠ざかって行く細く白い後姿。

「待つさ!アレン!」

「ラビくん!行かないで!」

再び追いかけようとしたラビの手を、彼女の手が引きとめるけれど、それを振り払って走り出した。





こんなマジな追いかけっこは付き合ってから初めてかもしれない。
アレンの足はラビが想像していた以上に速くて、ようやくその後姿を捕らえる事が出来たのは、行き止まりになっているコの字型の建物に囲まれた小さな庭だった。
ここは普段から日当たりが悪い所為か、殆ど人気がないところだ。

「アレン…」

「なんで追いかけてくるんですか?」

行き止まりの壁に背中を寄せて、硬い声がラビへと向けられる。
久しぶりに聞く、アレンの声。
だけどその硬質な響きに、喜んでばかりはいられなかった。

「アレン…聞いて欲しいんさ…」

アレンが纏う、ラビを拒否するような態度の理由。
それは充分に心当たりがある。
一週間、音沙汰なしになってしまったことの説明と、彼女が抱きついてきたことの言い訳をしようと口を開いたところで、また邪魔が入ってしまった。
足音が一つ、ラビの背後で聞こえた。










ラビを追ってきたのは、さっきラビの胸に飛び込んできた彼女で、そしてアレンがつい昨日目撃した、ラビと一緒にいた女性だった。

「私…ラビくんの為に、頑張ったの…」

必死で走ってきたのだろう。
華奢な肩が速い間隔で上下している。

「ラビくんに振り向いてもらいたくて…綺麗になろうって、頑張ったの…」

前で組まれた指が、色を失くすくらいにぎゅっと握られて震えている。

「ずっと…高校生の頃から、ずっと…ラビくんの事が、好…」

「俺は!」

彼女の告白を最後まで告げさせないように、ラビの強い声が遮った。

「俺には…物凄く大事に思ってる奴がいる……最初に、俺、そう言ったよね?」

彼女の瞳が悲しげに揺れる。
それでもラビの心の中は微塵も揺らぐことはない。
その強い眼差しを見れば、彼女にも伝わらないはずがなかった。

「でも!やっぱり…諦められないっ…」

心の奥深いところから吐き出された、小さく、でも叫ぶような声はアレンの心に小さな傷を付けた。
本当に彼女は、ラビの事が好きで好きで堪らないのだ。
恋愛絡みの感情に疎いアレンにも、その強い想いがひしひしと伝わってくる。
それに比べて自分はどうなんだろう?
ラビに流されるような形で付き合い始めて、未だに好きなのだということを素直に認められていない。
そんな自分じゃなくて、こんなに必死に求めてくれる彼女の方が、ラビには相応しいんじゃないかとアレンは思った。

「俺が好きなのは…」

ラビの瞳がアレンへと向けられる。
彼女の哀しみと憎しみの混じったような瞳も、ついっとアレンへと流れた。
もう彼女にも、ラビの好きな人というのが誰なのかは分かっているようだった。

「ずっと、好きだった…ずっと、ずっと…貴方なんかより、もっとずっと好きなのに!」

「やめろ!」

自分を庇うように立つ背中。
こんな時なのに、嬉しいと思う自分がいる。
ラビの言葉を聞いた時も、胸の中が火傷しそうなくらいに熱くて、嬉しかったのに。
それでもアレンは自分の想いに自信など持てなかった。
彼女の想いには勝てないと思った。
彼女ほどの想いは、自分の中にはないのだと思った。

「僕は…ラビとは…」

「アレン…?」

なのに。

「ラビとは…何の関係も、ありませんから…」

声が震える。
どうしてこんなに苦しいのだろう。
どうしてこんなに胸が裂けそうな程、痛いのだろう。
どうして…。
視界がぼやけていく。
何かが頬を伝い落ちていく。

「アレン!!」

荒々しく壁に押し当てられて、ぶつかるように押し当てられた唇。
乱暴に深く深く、絡めとるかのようにラビにキスされていた。

「ん…やっ…ラ―――」

彼女が見てる前で、と我に返り引き剥がそうとした手もラビの手に掴み取られて、痛いほどに壁へと押し当てられ口付けは更に深くなっていく。

「関係ないって何さ!関係なら、いくらでも持っただろ!?」

いつもの明るく気さくな、優しい色は影を潜め、アレンの目の前にいたのは久しぶりに見た怖いくらいに獰猛さを秘めた瞳をしたラビだった。

「その身体に、たくさん刻み込んでやっただろう?アレンの感じるところだってたくさん知ってるさ?」

「止めてください、ラビ!」

身体の関係をあからさまに知らしめるようなラビの言葉に、アレンの身体が今度は羞恥で熱くなる。

「なんなら、彼女のいる前で証明して見せるさ?」

「な!?何、馬鹿なこと言って―――」

「認めないアレンが悪いんさ…、俺の手を、離そうとしたアレンが悪いんだろ!?」

彼女に負けないくらい。
いや、彼女よりももっとずっと切なく激しい想いを秘めて、心のもっとずっと深い深い所から吐き出されアレンの胸に突き刺さった。

「ラビ…」

「俺だって…アレンのことが、こんなにっ…狂いそうな程、好きで好きで堪らないのに!!」

きつくきつく抱きしめてくる腕が、ラビのその言葉を証明しているかのようだった。
そして今更ながら気付く。
自分の事ばっかりで、ラビを酷く傷つけてしまったことに。
そして本当は、アレンだってラビを離したくなんかなかったのだということに。
その証拠に、先ほどの彼女が握り締めていた手以上に、きつくきつくラビの服をアレンの手はギュッと掴んでいたのだった。

「ごめん…ごめんなさい…」

その謝罪はラビと、そして彼女へと向けられたものだった。



そして、いつの間にか、彼女の姿はそこからいなくなっていた。





二人きりになった小さな庭で、二人は壁に背を預けて座り込んでいた。
ラビの手は絶対に離さないというように、しっかりアレンの手を握り締めていた。
ラビはここ暫く音信不通になっていた理由を話してくれた。

大まかに説明すると。
賞金10万円と言う、サークル対抗ミスコンテストに出場する事を渋る彼女から出された条件と言うのが、月曜日から学祭当日までラビが付き合うというものだったらしい。
勿論、アレンという大事な恋人がいるラビとしてはのめる訳もなく。
はっきりと彼女に、自分にはちゃんと恋人がいることも告げ、断ったのだが、それでも構わないと押し切られた挙句、10万円と言う賞金に目が眩みきった友人どもから、学祭の実行委員会を変わって貰ったことの恩を引き合いに出されてしまったらしい。

「やっぱり、どんな理由があろうと、あんなこと引き受けるもんじゃなかったさ…」

ぽつり呟いたラビの声は、彼女を傷つけたであろうことに、ちょっぴり罪悪感を感じてるみたいだった。
そもそも、なんで実行委員会を変わってもらったのかを聞けば。

「アレンと過ごす時間、少しでも削られたくなかったんさ」

と言い切った。
実行委員会になれば、何週間も前から打ち合わせやら準備やらに借り出され、そうなれば確かに会う時間は格段に減っていたことだろう。
電話やメールの一つも寄越さなかったのは、どんな理由があるにしろ、アレンを裏切っているような後ろめたさと、声を聞いたりアレンから届いた文章を目にしてしまったら速攻会いたくなるから我慢していたのだという。
会いに来ればいいのに、とアレンは思ったのだが、きっと自分を大事に大事に思ってくれるラビの事だから、学校の勉強とバイトで疲れているアレンに無理をさせたくなかったんだろうと、今なら思う。
そんなラビを、アレンは自分から手放そうとして、そして傷つけたのだ。
ぎゅっと掴まれたままだった手を、アレンは握り返した。

「アレン?」

「ごめん…ラビ…」

繋いだままの手を引き寄せられて、アレンはラビの腕の中に抱き込まれた。

「絶対、放す気なんてないから…」

ラビから与えられる熱い吐息と熱い抱擁。
たまらなく心地良かった。
手放さなくて良かったと思った。

アレンは小さく頷いた。

「でも帰ったらお仕置きな♪」

「は!?」

「何ならここでスル?」

「な!?何言って!」

ラビの手が不穏な動きを見せ始める。

「ちょ、何考えてっ!?誰か来たらどうするんですか!?」

「うん?勿論見せ付けてやるんさ。アレンは俺のモノで、俺はアレンのモノなんだってはっきり分からせてやるためにさ…」

さっきまでの暖かい雰囲気はどこへやら、ラビはすっかり獰猛な獣を秘めた、鬼畜モードへと摩り替ってしまっている。

「勿論。もう二度と関係ないなんて言わせない為に、アレンの身体にもたっぷり分からせてやるさ…」

「んな!?ば、バカーーーーーーーー!」










結局あの後、ラビのお仕置きが実行されたのは、リナリーの登場によって回避されることとなった為、ラビの部屋のベットの上。
宣言どおり、アレンはしつこくしつこく、その身体に刻み込まれたのだった。






「本当に、何があっても手放さねえから…覚悟するさ、アレン…」

すいません!
やっぱり最後は訳分からないことに!
しかも相変わらずなベタな展開ですみません(>〜<;)
でもこんなべたなお話が大好きなんです(苦笑)
まだまだリハビリと修行が必要な模様です(T△T)
こんなんですが、これでも一応、20000hitのお礼のつもりで書きました!
いつも来てくださっている皆様に捧げます!
大分遅れましたが、本当にありがとうございましたvv
そしてこれからもよろしくお願いします。

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