■初夜
 わずかにふらつきながらも、少女は静かに、確実に歩んでいた。
 その細く危うい体を、一人の青年がそっと支えながら、手にしたランプで彼女の、自分の足下を照らしながら続く。
 やがて小さな湖のほとり、ひっそりと人気を避けるように佇む建物の前で、少女の歩みは止まる。
 そればかりは慣れた手付きで錠を外しては、扉を開け放つ。終止無言のまま、二人は揃って扉の向こうへと進み、内から錠を降ろした。

 時はすでに深夜。頼りないランプの明かりの下、娘は純白のシーツの引かれたベットの上に腰掛けたまま、顔もあげられずにいた。
 彼女の腰掛けているベットのわきには、もう一つ同様に整えられたベットがある。それは、今日の昼間までにはなかったものである……。
 意識した瞬間、白い頬は鮮やかに朱をさす。幸い、闇夜にただ一つのランプのみの明かりでは、目の前にいるであろう人物には見えないであろう。
「……………………………フローラ。」
 長きの沈黙を破り、はじめに口を開いたのは、そんな彼女の様子をなす術もなく眺めていた青年、ティルのほうであった。その声に、面をあげる…少女の瞳は闇の中、真直ぐにティルを貫く。
 誰もが息を飲む程のその美しい瞳が、唇が。青年の前、全貌をあらわした愛らしい顔に、逆に青年の方が戸惑いと気恥ずかしさに、思わず瞳を逸らしかける。
「ティルさん………」
 ティルはフローラが憧れ続けた人である。そんなティルがビアンカという幼なじみの女性を連れてサラボナを訪れた時には、フローラはとても適うはずがないと…一人悲しみにくれたものであったが。
 そのティルが、今や目の前にいる。それも、夫として。
 華やかな結婚式、幸せになれると言い伝わるリングを結婚指輪として交換したのは、ほんの十数時間前のこと。
 けれども儀式も関係なく、幸せはティルとこうしてそばにいられるだけで十分に感じることが出来る。
 ただ、こうして時を共有出来るだけで、それだけであろうと。
「フローラ……よかった。口、聞いてくれて…。何かヘマしてしまって嫌われたかと思ったよ。」
 ようやく緊張の糸が解けたかのように、ティルは軽く吐息を漏らす。そんな彼を、フローラは微笑を浮かべながら美しい瞳で見つめていた。
「そんな…私、ティルさんに選んでいただいて、本当に嬉しかったです。嫌いになんて、ならないわ…だから、ティルさんのそばにいさせて下さい。」
 フローラの言葉に、ティルは立ち上がると彼女の腰掛けたベットのそばへと跪いては、美しい新妻の瞳を覗き込む。
「ああ。もちろん…僕のそばにいて欲しい。フローラ……僕達は、今日から夫婦になったのだから。」
 左手をかかげたティルの薬指が、わずかな明かりを反射して紅く光を投げかける。同様にフローラの左手の薬指も、静かに青い光をたたえていた。
「ええ………でも。」
 彼女は頷き、そしてじっと夫を見つめた。それは今までにない艶っぽい視線で、一瞬ティルはその瞳を見開く。
「私とティルさんは、まだ……お互いのこと、知らないことがあるわ。」
 遠慮がちに床の上に跪いていたティルの手を取り、フローラはそのすべらかな頬を寄せる。突然のフローラの行動にたちまち真っ赤に頬を染めたティルを、フローラは寝台の上に導いては。
「ティルさん…私、ようやく決心がつきました。」
 きょとんとしているティルを、顔を上げたフローラの視線が貫く。
「ティルさん………あなたのことが、知りたい………」
 何かにあやつられているかの様、ティルはのろのろと、フローラがそうしたように彼女の胸へと手を伸ばした。そこは、ティルのそれとは違い、とても柔らかである。
 小さく悲鳴…拒絶のそれとは異なる甘い悲鳴に、細い体が微かに跳ねる。その仕種を目の当たりにし、ティルは夢中に彼女の体を抱きしめ、シーツの上に横たえる。

「フローラ…いい?」
「はい、ティルさん…」
 わずかな光の下、二人は強く抱き合い、そうして軽く口づけを交わした。

 ティルの大きな手が、薄絹のローブを紐解いていく様を、フローラは凝視することが出来ずにいた。
 ルドマン家の一人娘として育てられ、まだあどけない少女の頃からつい最近まで修道院にて貞淑に日々を送って来たフローラにとっては、男性の眼前に素肌を曝け出した経験などない。
 確かに、ティルと一つになりたいと望んだのは、まぎれもなくフローラである。
 ティルの温もりに包まれたくて、自分ばかりを見つめて欲しくて。
 けれど、意を決して切り出したものの、どうしても躊躇してしまう。羞恥と恐怖に、先程から胸は異常な早さで脈打ち、白い肌は熱く燃え上がる。それでも…。
(ティルさんが、私に触れていてくれる…!)
 確かに恥ずかしい、けれども覚える感情はそれだけではない。
 ティルの視線を意識するたび、肌は熱を持ち、同時に…体の奥深くまでもが熱に支配されていく。
 羞恥を覚えた時のそれとは異なる、今までに味わったことのない感覚に困惑しながらも、美しい翠緑色の瞳は夫の限り無く深く優しい瞳を探る。

「ティル……さん………………」
 熱っぽく潤んだ二つの瞳は、壮絶なまでに美しくも艶かしく、思わずティルはその瞳に釘付けになる。この世の中に、これほどまでに美しいものがあるのだろうか?
「綺麗だ………綺麗だよ、フローラ……………」
 一糸纏わぬ裸身、その全身に注がれるティルの視線に、ティルの言葉に、フローラは小さく首を振るった。両の瞳も、思わず固く閉ざして。
「あ、あまり見ないで…恥ずかしいわ………」
「どうして?こんなに綺麗なのに…」
 頬に頬を寄せ、ちょうど耳元に来た唇が零す吐息も、紡ぐ声も甘く蕩けていく。その声、その吐息、その体温。初めて近くで触れたティルは、大きな腕で体全体で、限り無く優しく暖かく包み込んでくれていた。
「ティルさん…」
 恐る恐る瞳を開き、細く美しい指先がそっとティルの肩に触れると、ティルも顔を上げてはフローラの瞳を覗き込む。両の手のひらでその頬を包み込んでは。
「フローラ、大丈夫…恥ずかしいことなんてないから、もっとよく見せて……」
 慈しむように触れる指先に、ささやく声に。恥じらいを覚えずになどはいられるはずはないが、それでも優しく触れるティルにそうささやかれれば、どことなく安堵を覚える。
 それどころか、胸は高鳴り、わけもわからない感覚が体中を暴れ回っていた。

「フローラ……あぁ………」
 恥じらい、ティルの視線から逃れようともがくのを止めたフローラの素肌は、今や完全にティルの眼前に曝されていた。普段の聡明で強い意志の宿る瞳は熱く潤み、妖しいまでに美しい。
 そうして。ティルの瞳は、二つの豊かな膨らみに吸い寄せられる。
 身体の割には大きめな胸は彼女の母性の象徴のようにも思え、温もりに飢えた生活を送り続けていたティルの精神を、とても激しく、揺さぶりかける。
 無我夢中のうちに、形のよい胸の先を彩る鮮やかなピンクの突起に口付ける。
「あ、あ…!」
 すでに確かな質感を持ったそれにティルの唇が触れた瞬間に、フローラの身体がビクリと震えた。
 けれども、普段の穏やかでどちらかと言えばゆっくりしているティルは、すでに影も形もなく、「男」としての欲望に半ば我を忘れているティルは、跳ね上がるフローラに気付かないままに胸に顔を埋めたままである。
「あっ、あ…ァ……ティル…っ…さん…!」
 片方の胸を舌で愛撫しながら、もう片方の胸にも触れる。柔らかな感触を楽しむように手のひらを動かすと、そのたびにフローラの唇から甘い喘ぎが溢れていく。
「ん…っ、あっ、あぁ…っ、ティ…ルさ…ん、ダメぇ、も…ぅ……!」
 首を振るい、身悶えるフローラの眦がきらきらと輝く。わずかに滲んだ涙に気がついたティルは、舌の先で雫を掬い取り、荒く息をつくフローラに、わずかに我に返ったティルは不思議そうに新妻の顔を覗く。

「フローラ…どうかした……?」
「あ…ティルさん………」
 動作を止めたティルの肩ににかじり付くかのように、フローラはしっかりとその腕を回す。驚くティルの瞳には、また新たな涙を滲ませたフローラが困惑したように見上げていた。
「身体の…奥が、すごく熱くて……私、どうかしてしまいそう……!」
「身体の……奥………?」
 わずかに思考を巡らせ、それからティルは右手の指先を胸をいじっていた時よりもさらに下まで伸ばし、薄い茂みをかき分ける。
「あっ、イヤ…ぁ!そんな、とこ……っ…」
 下肢に触れられ、余程恥ずかしいのだろうか、フローラはますます肌を上気させる。それでもティルは、そんな彼女の訴えには耳を貸さずに指先で小さな突起に触れた。
「あっ、あ、ヤ…だっ、あ――……っ!」
 敏感な箇所に唐突に行われた愛撫に、フローラはその身体を震わせる。知らず知らずにティルの肩に回した手のひらに力がこもり、ティルの肌を傷つけていた。だが、フローラはもちろんティルでさえも気付くことはない。
「フローラはイヤって言うけど、フローラのここは違う、もっと欲しいって…ほら、わかる?」
 ティルが右手をかかげると、何やら透明な雫が手のひらをつたって手首まで達しているのが、フローラにも見える。それが何を意味するかはフローラにはよくはわからない。けれど、何となくフローラは思う。
 胸に触れられている時から何か身体の中が熱かったが、その正体がおそらくティルの指先に纏わりついている透明な雫なのだろう、と。
「ティルさん…私、何か変だわ……助けて、ティルさん……お願い……」
 消え入りそうな程に小さな声で発せられた懇願は、何にも勝ってティルを揺さぶる。
 愛おしく、愛らしく、そしてまた自らもそろそろ押さえも聞かなくなって来ている。
「フローラ…今行くよ…。」
 フローラの上にまたがったまま、ティルは手早く衣服を脱ぎ捨てる。そんなティルの下肢が露になった瞬間、フローラはわずかに身体を強張らせる。
「………………………………。」
 生まれて初めて目にする男性器は、フローラが思った以上に大きく見えた。
 愛するティルの身体にある、自分の身体にはないもの…それは何か、とてつもなく巨大で異形のものにも見えた。
 性の知識などないに等しいフローラではあるが、一つになると言うことがどうすることかは、ぼんやりとは知っている。だが、実際の男性のものがどのようなものなのかまでは、知りもしない。
「フローラ…恐い?」
 見すかすようなティルの言葉に、フローラはそれでも軽く首を横に振る。
 熱は未だに身体を支配し続けているのは事実であるし、ティルのそれを受け入れたい、フローラはそうも願っていた。何ともなく愛し合える行為だと言うことは知っていたので、余計に。
「ティルさん……早く…………」
 それでも真直ぐとティルを貫くフローラの視線に、ティルはベットの上に横たわったままのフローラの身体に覆いかぶさり、きつく抱き締めては、そっとささやく。
「フローラ…僕の、僕だけのフローラ……!」
 先程まで指先で触れていたそこに、十分に潤ったそこに、ティルは己自身をあてがい、ゆっくりと…沈めていく。
「あ…っ………!」
 美しい眉が、瞳が歪められる。背にしっかりと回された指先に力がこもる。初めて味わったフローラの身体は熱く、揺するたびに強い快感が 美しい眉が、瞳が歪められる。背にしっかりと回された指先に力がこもる。
「フローラ…っ……」
 無我夢中に細い身体を抱きしめる。他にどうすればよいかもわからぬまま。ただ愛しさと、身体を重ね合わせる快楽ばかりが次々に押し寄せ、ティルの五感を、精神を支配する。
「あっ、あぁ……っ…」
 細い指先が、ティルの腕を探るように動く。思わずその手を握りしめると、薬指にはめられたリングが一瞬ティルの手のひらの熱を奪い取り、忘れていた意識を呼び覚ます。
 はっと、ティルは愛しい妻の瞳を覗き込んだ。呼吸を乱したフローラは、ゆっくりと閉ざしていた瞳を開く…潤んだ瞳は美しくエメラルド色の光をたたえ、静かにティルを見つめ返していた。
「ティルさん…」
 少女は朦朧としながらも、繰り返しその名を紡ぐ。まるで、己の姿を探るように。
 込み上げてくる想いに、ティルはその小さな唇に口づけては。
「フローラ…好きだよ、フローラ………」
 瞳を細め、そっとささやく。フローラと身体を重ね合わせる、その全てが心地よく、触れること、抱きしめること、そして一つになると言うこと…その何もかもが、ティルの意識を激しく揺さぶる。
「フローラ…一緒にいよう、ずっと…ずっと……」
 たまらなく愛おしい。強く抱きしめた身体に溺れ、意識までもが飲まれていくように…いつかティルは、少女の中に溶けていく。

「フローラ…大丈夫?」
 放心気味の妻の額に口づけ、ティルは指先でシーツを辿る。純白のそこに散った深紅の雫がわずかな明かりの元でもはっきりとその目に映る。
「ええ…私は、平気です。ティルさん…」
 フローラはそっと彼の手を取っては、穏やかに微笑みを浮かべる。
「…だって、早くあなたの赤ちゃんが欲しいわ。だから…」
 ティルも頷き、微笑み、それからフローラの唇に軽くキスをし。
「ともかく、今日はもう休もう。フローラも疲れただろ?」
 そっとその身体を寝台の上に横たえ、掛け布を掛け、ランプの明かりを落としてはティルもベットへと潜り込んだ。
 ただ深い闇の中、この日より共に歩み始めた夫婦は、固く手を握りあったままに静かに眠りに落ちていく…。

END.
後書きらしきものを読んでみる。※同窓はこちらより。


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