ジューシージュエル


 さびしい。

 目覚めると、そう感じている自分がいることにすぐに気づいた。

 なにが?

 …わかってる、そんなの聞くまでもない。

 心がどこか、空っぽだ。
 ああ、これは、寂しいというより、空しい、が、正しいのか。

 憧れで、大好きなあの人と、気づけば一緒にいることが多い。あっちも自分の責務で忙しいはずなのに、気づいたら一緒にいるんだ。
 あの人が笑えば、私も笑う。これは、当然。
 私が笑えば、あの人も笑ってくれる。これは、幸せ。

 でも、それは。
 あくまで、『友人』…もとい、『姉妹』に抱く感情としてのものなのだろう。
 あの人はいつも、にこにこしていて、手をつないでくれるけれど、抱きしめてくれるけれど、ときにはキスだってほっぺたや、おでこにしてくれるけれど、それは多分、妹を可愛がるようなものなのだろう。(現にもともと、スキンシップが大好きだと言っていた。)
 私も、お姉さんができて嬉しい。
 ううん、でも本当は、抱きしめて欲しいんじゃなくて、

 抱いて、欲しい。
 あなたが、欲しい。

 …『そういうっ気』があるとか、そういうんじゃない。
 魅力が溢れすぎている、あの人が悪いのよ。

 ぎゅ、と自分を抱きしめる。
 目を、閉じる。すると、あの人の姿が思い浮かんだ。

 金色の、静かに優しくこちらを照りつけるような、長い長い髪。
 銀色の、静かな情熱をたたえて見つめてくる、強い強い眼。
 それはとてもとても眩しい、でも決して目にはきつくない、やさしいヒカリをもつ女性(ひと)。

 …想うだけで、身体の奥がどくん、ってうずくとか、どれだけ欲求不満なのだろう。
 自分がいやらしくて、矮小(わいしょう)な生き物のような気がして、各々の腕に、爪をぎゅ、と立てた。
 一緒にいれば、いるほど。会えない時は、つらい。
 別に会えないわけではなくても、会っていないのがつらい。

 つうっ、と、目から冷たい液体が、ひとしずく。
 頬にはすでにそれが流れたような感触…水が渇いて何かが貼り付いているような感触があった。
 …私は眠りながら、泣いていたのか。そして…今も?
 驚いた。…私、こんなに弱い子だったっけ?



「…なんだ。起きていたの?」



 唐突に、耳へ飛び込んできた柔らかいアルトの声に対して、私はしばらく動けなかった。

「……え?」

 自分の部屋の、入り口を見やれば、そこには。

「……シロナおねえさまっ?!」

 我ながら、すっ頓狂な声を出してしまった…いや、だって、だって、だって…ここは、私の部屋でしょう?!
 それなのに、どうしてこんなところに、シンオウチャンピオンたる人がいるわけ…?!
 これは夢のつづきなのだろうか、と、思考が停止した私を置いてけぼりにして、チャンピオンはずけずけと部屋の中に入ってきて、辺りを見回した。

「へぇ〜、ここがシオネの部屋かー。かっわいい〜、エネコドールにルリリドール、いっぱいいるのね」
「ちょっ、ちょ! さ、最近掃除していないんだから、部屋をじっくり見ないで!! …あああ、じゃなくて!」

 彼女は、ベッドの上で混乱している私の元へ、金色の髪をさらさらと揺らしながら、向かってくる。
 私は、ベッドから降りることもできずに、ただ、その銀色の目を見つめて言った。

「どうして……?」
「キミに、会いたくなったから」

 …今、さらりと、なんていった?

「シオネに、会いたくなったから。ここまで飛んできちゃった」

 まるで同い年の女の子のように、茶目っ気を込めて、思い切り笑って。チャンピオンはそう言ってのけた。
 …今、私はどんな顔をしてるだろう。
 とりあえず、顔中がやけどを負ったみたいに、大変なことになってるだろう。…火照っているのが、わかる。

「あ〜あ、そんなに顔を赤くして。そんなに、あたしが会いに来てくれたのが嬉しい?」

 こちらに向けられた銀色の目が、にやりと笑った。うまく言えないけれど目がそういう風に動いた、そんな感じがした。

「なっ、な、そ、そんなこと! ……う、嬉しいけど」
「うふふふふ」

 微笑みながら彼女はおもむろに私の肩に手をかけて、私の耳元に顔をよせた。
 どくん、と、私の鼓動がうなった。そして、彼女は低く囁いた。

「…ね。キスしたくなっちゃった」

 その発音を聞いて。
 え? と、声を上げる前に。もしくは、理解をする前に。

「…ん、っ」

 唇に、なにか、柔らかい、感触。
 …それが、なんなのかわかるまで、どれだけ時間を要しただろう。むしろ理解する前に、

「ん?! ん、んんっ、ん…ぅ」

 唇を舐め上げられて、生温かいものが唇を割って、入ってきて、それで、それで、それで……。
 でも、気づいたら、私も夢中でそれに舌を絡めていた。

「ん、は…、ぅ、くはっ」

 長い長いキスが終わった途端、少し咳こんだ。そんな私の背中を彼女は優しく撫で、

「うふふ、ごちそうさま」

 そう、いつもの微笑みをたたえて、言った。その微笑に私の鼓動はまた、どきん、と、うなって。

「…なん、で」

 それだけを言うのが、私にはやっとだった。それにもかかわらず、彼女はとんでもないことに、

「だって、キスしたくなっちゃったんだもの」
 
 なんてことだろう、あまりにもそのまんまな回答を言ってのけた! 思わず言葉がでなくて、だけれど、なんとか口をうごかして私は怒鳴りたてた。

「わ、私、そんな都合のいい子なんかじゃ、ないもん!」

 キスしたくなったから、キスするなんて!
 し、し、しかも、し、し、舌! いま、舌入って…た…っ!!
 私は口元を抑えつつ、彼女を思い切り睨んだ。
 朦朧とした意識の中で、嬉しい、と、思った自分がとても悔しい。悔しくてたまらない。
 すると、彼女はきょとんとして、でもすぐに、ああ、と、悪戯っぽく微笑んで、

「あたしはね、”シオネに”キスしたくなったのよ?」

 と、言った。……え?

「何か、勘違いしているみたいだけれど。あたしは”シオネが”大好きでたまらないから、会いに来たの。キスもしたの。…決してシオネのことを、自分に都合のいいお人形さんだなんて、思っていないわ。私は、」

 にっこりと、笑って。

「キミのことを、愛してるわ」

 ……。
 ……えと。
 今の自分の顔。
 多分あれだ、あんなかんじ。えっと、ポッポが…みずでっぽうくらっただっけ? あれ、違うか。

 ……じゃなくて!!

「な、な、ななな、な、ななななな」
「…ナナカマド博士?」
「ちっがーう!!」

 今、てか、また、さらりとなんて言った?
 この人、何か、とんでもないことを、

 …ずっと、欲しくてたまらなかった言葉が聞こえたのは、気のせい?

「なに、ポッポが豆鉄砲くらったような顔してるの? …本当に、面白いね、キミは」

 ああ、それそれ、それだ。
 ……だから、そうじゃなくて!!

 すっかり、混乱している私のその手を、彼女のきめ細やかな手が遠慮なく握った。彼女の目は、それはもう、とてもとてもきらきらと輝いていた。

「そんなわけで、さっそくデートしましょ? どこがいい?」
「へ? え?」
「やっぱりシオネは、トバリデパートとかそういうところがいいのかな。それともソノオの花畑? ヨスガのふれあい広場? …あ、意外にサファリパークとかが好き?」

 シンオウチャンピオンがエサと泥とサファリボールを持って、泥まみれになりながらポケモンを捕獲しているって、どんな図だろうか。
 …いや、違う、だから…だからもう、そうじゃなくて!!

「い、一体なにが、なんだか…わ、わからないわよ、おねえさま! そもそも、なんで、私の家知ってるわけ?! なんで私の部屋にいるわけ?!」
「ナナカマド博士に教えてもらったのよ。で、チャイムを押したら、あなたのお母様が出て、シオネなら部屋でまだ寝てると思うから叩き起こしてあげてくださいな、って言われたから」

 さすが我が養母(はは)。なんかもう、いろいろとふっ飛ばしてる。

「…で、何で来たかっていうと、私に…その…」
「会いたくなったから」
「…で、唇にキスしたのは…」
「キミを愛してるから」
「……で、でで、で、そ、それで私の気持ちとか何も考えないで、いきなり、で、ででデートって、な、なんだってのよー!」
「なんかケイキ君みたいね」
「質問に答えてない!!」

 むすっとほっぺたを膨らませてる私に、あらあらと柔らかに微笑む彼女。顔だけは聖母様のようなのに、その内心は…こ、こんにゃろ。

「だって、あたしのキスに応えてくれたでしょう?」

 ふ、と、囁くような柔らかい声が、天から舞い降りたような気がした。同時に、天から舞い降りた、とは表現したものの、その実際の質としては悪質だとも思った。

「あ、あれは…その……」
「シオネの性格なら、嫌だったら舌を噛むなり、あたしを突き飛ばすなりするでしょう? でも抵抗しなかったどころか、むしろ、」
「そ、そりゃ、そうだけ…ど! だ、だからって、いきな」
「それに、あたし、聞いちゃったもの」

 に、と。
 唐突に目を細めて、口の端をつりあげて。

「『おねえさま…すき』って、寝言」

 再び、私の思考が止まった。というより、時が止まった。

「……いつ?」
「ついさっき」
「わ、私そんなこと言ってない!」
「そりゃあ、寝言だもの、覚えていないでしょうよ」
「だ、だからって! 『好き』は『好き』でも、”その”『好き』じゃなかったら」
「涙を流していう『好き』が、”その”『好き』じゃないとは、とても思えないわ」
「…うぅ…」

 思わず、私は視線を反らしてそっぽを向いた。私、本当にそんなこと言っていたんだろうか。
 でも確かに…こう、虚勢は張っているけれど、”それ”に偽りは、ない。まったくもって、ない。けれど…なんだろう。なんか、面白くない。
 彼女からすれば、そう思うことが『子供』ってことなんだろうけれど、そう判断されるのが面白くないって思う自分が、一番面白くない。
 あれ、何がなんだかわからなくなってきた。

「…それとも、あたしの勘違いだったかしら?」
「…え?」

 唐突に、彼女の声がトーンダウンしたのに気づいて、思わず、顔を上げた。…そして、目にしたのは……。

「シオネはやっぱり…あたしのことは、あくまで友達かおねえさんみたいな感覚として、好きってことだった?」

 …は、反則よ! なんでそんなに、悲しそうな顔をするのよ…っ!

「そ、そんなわけないじゃない!」
「…どんなわけ?」
「だ、だから!」

 とにかく、私は必死だったのだ。彼女があんな顔をするだなんて、思いもしなかったから。
 だから、気づかなかったのだ。

「私もおねえさまのこと、大好きだもの! おねえさまが私のことを『好き』って気持ち以上に『好き』だもん!!」

 まんまと、ハメられたことに。

「……ふーん?」

 チェックメイト。そんな声が、どこからともなく聞こえた気がした。

「……あ」









「…サバイバルエリアで、ポケモンバトルの修業?」
「そうよ」
「…それが、記念すべき最初のデートなの?」
「そうよ! 今日一日中、ずっとだからねっ!」
「えーっ?! それじゃあ、つまんないわよーっ! …せっかくリーグでちゃんとした休日とれたんだから、もっと、普通のカップルっぽいことしましょうよぉー」

 そう、ぶうたれているのは、もちろん私ではなく、シンオウチャンピオンこと私をまんまとハメた張本人。彼女は、それこそ『子供』のように、ほっぺたを膨らませて、ぶうたれた。

「なぁあに言ってるのよ! い、いきなりべろちゅうはされるわ、あんな本心の探り方されるわで怒っているのは、こっちの方なんだからね!? 普通なら、一カ月は口聞いてあげないところなんだから!」
「…ぶぅ」
「なにがぶぅよ! あんたはガキんちょか!!」
「…むぅ」
「どっちも同じでしょ!」

 …まったく。
 今に始まったことではないが、どちらが『子供』なのか、本気でわからなくなるときがたびたびある。そして、こういう態度を一度とると結構いつまでもつづけてくるのが、さらに輪をかけてやっかいなのだ。
 …まあ、私も人のこと、まったくもって言えないのだけれど。まあ、正直、少なくとも私の方は自覚あるだけマシよね。

 なので。
 やれやれ。
 しょうがない、今回はすこーしだけ、こちらが『大人』になってやろうじゃない。

「…私、今から自分のごはんつくりにいくけど。オムレツで良かったら、おねえさまも食べる?」
「…中身は?」
「おねえさまが好きなのでいいわよ。ハムなりチーズなりポテトなり」
「じゃあ、それ全部」
「……ああそう。じゃあ、とりあえず着替えるから、部屋の前で待ってて」
「え、ここにいちゃだめなの?」
「あたりまえでしょおがああぁっ!!」

 そう叫んで、追い出して、ドアを勢いよく閉めて、カギをかけて、ドアに背を預けた。
 …なんていうか。今までぐるぐる悩んでいた私って、なんだったんだろ。
 そして、

「……ばかぁ」

 不意に口から出たその言葉が、彼女に対してなのか、自分に対してなのか、私にもわからなかった。






「……ありがとう、シオネ」

 部屋を追い出されたシンオウリーグのチャンピオンは、呟くように言った。

「あたしのことを…夢の中でも、『すき』と言ってくれて」

 その微笑みは、とてもとても優しいものだった。



 外はすがすがしい、晴天。
 デート日和で、バトル日和。



END






実は百合らしい百合なCPの話を書いたのは、これがはじめてだったりします。
シロナさんはいろんな意味で欲張りなんだよ、って話です。


※お手数ですが、ブラウザバックでお戻りください。


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