■ 出 会 い ■




 ある昼下がり、一人の人狼が買い物袋を抱えて町を歩いていた。
 その袋の中には、一人暮らしの彼には、似合わないぐらいの量の食料が入っている。
 時々、強い風が青年の髪を乱すが、両手が塞がっている彼は、それを整える事すら出来ない。
 そして、更に強い横殴りの風が、彼の横を通り過ぎた。その時、
 ゴロッ………
「おっと」
 青年が抱えている紙袋から、一つのリンゴが落ちた。
 彼は、落ちたリンゴを拾おうと身を屈めた。しかし、
 ゴロゴロゴロッ
 身を屈めた時に袋が傾き、次々にリンゴやミカンが落ちてしまった。
「ああっ!いけねぇっス!」
 彼は一旦買い物袋を地面に置き、落ちた果物を拾い始めた。
 半分ぐらい拾った所で、ふとその手が止まる。
「…あ……」
 彼の目に映ったのはドラムセット。
 楽器を取り扱ってる店なのか、硝子の向こうに、堂々とそれが置かれていた。
「やっぱカッコイイっス…」
 音楽好きの兄の影響で、ドラムが趣味である彼は、溜息を吐いてそれを眺めた。
 しかし、そのドラムセットの下に、ちょこんと立っている値札を見ると、ガクッと肩を落とした。
 今のその青年の生活からは、考えられないほどの金額がそれに付いているのだった。
(…た、高いっス。こんな値段、俺が十年働いたって無理っスね)
 そう思って、彼は先程とは別種の溜息を吐いた。
 だが、彼はバイトで得た収入を無駄に使っている訳ではない。
 しかし、それは今彼が目指している調理師免許の取得の為、あるいは、その練習に使われているのであった。
 今日、彼が大量に購入した食料も、その為である。
 だから彼は、いつも椅子や雑誌を、ドラム替わりにスティックを振っているのであった。
(…駄目っス、駄目っス!贅沢は敵っス!)
 果物を拾い終えた彼は、彼の家へと急いだ。
 が、その足も3歩も進まない内に止まってしまう。
 次に、彼の目に映ったのは、張り紙。

『料理の出来るバンドメンバー募集中!!!』

「…は?」
 思わず、マヌケな声を上げてしまった。
(…何で『料理の出来る』っスか?その前に、ここって張り紙禁止なんじゃ…)
 等、色々頭を過ったが、彼が一番気になったのは、自分がその条件にバッチリ当て嵌まる事だった。
(入ったら、本物のドラムを叩けるんスかねぇ?)
 少し考えた後、彼は思い切ってその張り紙を剥がした。
「まぁ、後でダメ元で行って見るっスか」
 と言って、青年は再び歩こうとした。
 すると、
「ん?」
 サァッと青年に影が落ちた。
 何だ?と思い、彼は空を見上げた。その時

 ガツンッ☆

「うわっ!」
「あでっ!?」
 空から降りてきた何かに、青年はモロにぶつかってしまった。
 折角拾った果物が、再び地面に転がる。
「〜〜〜ッッッ!!!」
 思いっ切り硝子に後頭部を打ち付け、彼は声にならぬ悲鳴を上げながら身悶えた。
 強化加工さされていたのか、硝子が割れなかったのが不幸中の幸いだ。
「…す、すまない」
 ふいに、腹の上から声がした。
 恐る恐る目を開くと、自分の上に人が座っている。
「すまない。本当はもう少し離れた所に着地するつもりだったのだが、風が強くてコントロールが効かなくてな」
 そう言って、彼は青年の上から退くと、パンパンと砂を払った。
「…あの、俺に何か用っスか?」
 そう言いながら、青年も砂を払う。
「ああ、飛んでいたら、お前がその張り紙を剥がす所が見えたからな」
「って事は、あんたはこれの関係者っスか?」
 彼は暫く黙った後、青年にこう言った。
「私の名はユーリ。そのバンドメンバーを募集している張本人だ」
「え?…ええっ!?し、失礼しました!」
 青年は、驚きに声を上げた後、そう言って頭を下げた。
 恐る恐る顔を上げると、ユーリは地面に散らばった果物を拾い始めていた。
「ユ、ユーリさん!いいっスよ。俺がやりますから…」
「私が原因でこうなったのだ。それに、二人で拾ったほうが早いだろう?」
「は、はぁ…ありがとうございます」
 軽く礼を言った後、青年も果物を拾い始めた。



「これで最後だ」
 と言って、ユーリは青年の買い物袋にミカンを入れた。
「…どうもすみませんっス」
「ああ、ところで、その張り紙を剥がしたって事は、希望者か?」
 ユーリは、青年が持っている紙を指差した。
「え?ええ、まぁ、この荷物を家に置いたら行こうと思ったんスけど…。俺、そこそこ料理出来るし…」
「楽器は、何が出来る?」
「え〜と、一応ドラムっス。って言っても、趣味の範囲っスけど」
「そうか、なら話は早い」
「へ?…えっ!ちょ、ちょっと!!」
 ユーリは、青年を抱えると翼を広げた。
「今丁度ドラマーが欲しかったんだ」
 そう言い、彼はそのまま空へ飛び立った。
「うわっ!えっ!?ど、何処行くっスか!?」
「私の城だ」
「城って、あの向こうに見えるアレっスか?」
「ああ、そうだ」
「……結構遠いっス。大丈夫っスか?俺、結構重いっスよ?」
「この程度なら、暴れたりせん限り大丈夫だ。お前、高い所は平気か?もし、高所恐怖症ならもっと低く飛ぶが…」
「いえ、大丈夫っス。だから、くれぐれも落とさないで下さいね」
 そう言って、彼は大人しくユーリに身を任せた。
(……スマイルの時とは大違いだな)
 遥か昔の事を思い出し、彼はふっと笑みを零した。



 やがて城に着き、青年は改めて見る城の大きさに思わず声を上げた。
「は〜…近くで見ると、やっぱデカイっスねぇ……」
「……入れ」
 青年は、ユーリに案内されるままに城の中に入った。
 その時、
「お帰りユーリ!アレ?その人ダレ?」
 突然声がした。しかし、彼の周りには誰も居ない。
 いや、「見えない」が正しいかもしれない。
「バンドの参加希望者だ。姿を見せろ、スマイル」
「は〜い♪」
 すると、何も無かった筈の所から、スゥっと人影が現れた。
 それが、完全な人の形になると、ゆっくりと青年に近付いた。
「へ〜、中々カッコイイじゃん。何て名前?」
「は、はい!俺、アッシュって言うっス!」
「アッシュ君ね。ヨロシク」
「宜しくっス!」
 と言って、二人は握手をした。
「あ、そう言えば面接って何処でやるんスか?」
「ああ、その前に私はお前の料理の腕が見たい。早速で悪いが、作ってはくれんか?」
「え?いいっスけど……それとバンドって何か関係あるんスか?」
 と、アッシュはずっと気になっていた事を尋ねた。
「ヒヒッ、無いよね」
「ああ。私達は料理が出来なくてな。メンバーに入れるなら料理が出来る奴がいいと思ってな」
(そ、そんな理由だったんスか……)
 彼は、ツッコミたい気持ちを押さえ、スマイルに案内され、キッチンへ向かった。



 そして彼は、ドラム、料理の腕共に合格し、晴れてバンドメンバーになったのは、その数日後だった。
 更に、ヴィジュアル系バンド「Deuil」として、そのバンドが世界に広まったのは、それから数ヶ月後である。

〜fin〜




〜 あ と が き 〜

何の変哲もない出会いだったのです。それが言いたかっただけ。
ちょっとだけ伏線を引いてある。




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