昼間は真っ白な雲が、日没が近付くに連れて色を変える。
 金色に染まったそれは、言葉では言い表せない程綺麗で、思わず手に入れたくなる。
 でも、雲に手が届くはず無く、翼を持ってしてもそこまで辿り着く事は出来ない。
 それでも、私は天を仰ぎ、翼を広げる。



■ C O L O R ■



 チクチクとした草が頬の柔らかい肉を軽く刺し、その刺激でゼッドは目を覚ました。
「……んっ…」
 草の上で大きく伸び、意識を覚醒へと向かわせる。ついでに欠伸も一つ。
 ここはエリオルの城の近くにある小高い丘。春のような陽気に誘われて外に出てこの丘に来たら眠気が襲ってきて、そのまま昼寝をしてしまったのだ。
 しかし、今は春ではなく、冬の始まりを感じる秋。夕方近くになるとこの地の気温はぐっと低くなる。
 いくら寒さに強い人狼でも、Tシャツだけでは流石に寒いらしく、秋風の冷たさに、ゼッドはブルッと身震いをした。
「っ…寒ぃ」
  昼寝のつもりが大分寝てしまった。早く帰らないと。
 そう思いながら、彼はゆっくり起き上がりズボンについた土を払った。

 欲しかった。
 その輝くような色が、欲しかっただけ……。

「……お?」
 帰る途中、ゼッドは数十m離れた城から飛び出した黒い影を目にした。
「…エリオル?」
 それは、間違いなく自分と同じ城に住む吸血鬼だった。
 こんな時間に何処へ行くのだろうか?
 ゼッドは足を止め、目で彼の姿を追う。
 だが、
「あれ?」
 エリオルは前後左右には移動せず、ただ垂直に上昇していた。
 ホワイトランドへ行くつもりなのだろうか?しかしそれは、海を泳いで他国へ行くと同じ位無謀な事だ。
 では、彼は何をしている?
 やがて地上からでは肉眼で認識が難しくなるほど地上から離れた彼は、突然その翼を閉じた。勿論その身体は、地上に向かって落下する。
「あっ!…の馬鹿!!」
 流石にあの高さから落ちれば、いくら不死の身体と言えど重傷は免れない。
 ゼッドは彼が落ちてくるであろう地点に向かい、走り出した。

 分かっている。それは手に入れることが出来ない事ぐらい。
 そして今日も昇るだけ上って、昇って……落ちた。

 ゼッドが足を止めたのは、少し背の高い草が生えている草原。
 その中心では、エリオルが息を荒げて仰向けで寝転んでいた。
「はあッ…はあッ……」
「…何やってんだよ、馬鹿」
 見た感じ、彼に怪我をした様子は無い(恐らく、地面に接触する直前で再び翼を広げたのだろう)。ほっとしたゼッドは、安心したついでに腹立たしさを覚えて悪態をついた。
「…ああ、ゼッドか……」
 荒い息をそのままに、エリオルは目だけをゼッドに向ける。
 翼を使って飛ぶ時、平行移動するよりも上昇する方が体力を消耗すると、以前彼から聞いていた。
「死ぬつもりか?」
「まさか」
「じゃあ、何を…?」
「…あれが、欲しかった」
 あれ、と言って彼が指差したのは、雲。
「…何だよ。雲か?」
「違う。物ではない。色だ」
「色?」
 ゼッドは、その雲の色を眼に映した。
 それは、茜雲になる前の、金色の雲。太陽の光を反射して、眩しいぐらいその光を放っている。
 冬を目と鼻の先に迎えた季節。空気が澄んでいる所為か、それは美しく輝いていた。
「…金色…」
「ああ。私には無い色だ。私の母の髪が丁度あんな色だった。私は幼い頃からあの様な色に酷く憧れていてな、何故この美しい色が私には無いのだろうかと良く疑問に思ったものだ…」
「……」
 意外だった。地位、知識、金の全てを持っている彼が、欲しい物は何でも手に入れてしまう彼が、そんな入手不可能な物を欲しがっていたなんて…。
「あの色が欲しくて、昔は色々した。髪を染めたり、脱色したり…でも、どうしてもあの色は手に入らなかった。私にこの黒を譲った父親を恨んだ事もあったな」
「…ガキ」
「子どもの頃の話だ」
「………」
「だが、今でもあの色が欲しいと思う時もある。お前の眼もアレと同じ色だな。偶にお前の眼も抉って自分の物にしたいと思うだってある」
「ッ!?」
「ふふっ、冗談だ」
 ニヤリと意地悪そうに笑うエリオルを見て、ゼッドは不機嫌そうにふぃっと顔を背ける。
 その反応が、更にエリオルを笑わせた。
「ああ、だが流石にあの色はお前も母も持っていなかったな」
「は?」
 その言葉にゼッドは再びエリオルに目を向けた。彼はまだ雲を見ている。
 いつの間にか金の雲は色を変え、徐々に赤みを帯び始めていた。
 金と赤の狭間と言うべきか、鮮やかなオレンジに近い。
 確かに、あの橙色は自分には無いなとゼッドは思った。
「……クラウド…」
 そのオレンジの雲を見てエリオルが小声で呟く。
「クラウド?雲がどうかしたのか?」
「いや、なんでもない。そろそろ戻るぞ」
 そう言ってエリオルは、よっこらせと身を起こした。
「…いたた……背中がだるい」
「筋肉痛か?年なんだから無理するなよ」
「……今晩は首輪とドックフード、どちらが良いか?」
「冗談。ほらよ」
「ん…」
 エリオルは差し出されたゼッドの手を掴み、立ち上がると身体に付いた塵を払った。
 深呼吸を一つ。夕方の空気は何処か郷愁感を感じる…気がする。
 遠くでは、カラスが鳴いていて、更に物悲しい雰囲気を醸し出している。だが、ゼッドもエリオルも、その空気は嫌いではなかった。
 そして、二人はどちらからと言わず城に向かって歩き出した。
「私は…」
「ん?」
「私は雲に嫉妬しているのかもな。陽の光を受けてお前の色になれる」
 もう何度目か、エリオルは空を見上げる。今は、真っ赤な茜雲だ。
 自分も陽の光を受けて色を変える事が出来れば……彼は溜息をつく。
「ふ〜ん…じゃあ、俺は空に嫉妬してみよっかな」
「?」
「見てみろよ」
 と、ゼッドは親指で空を指す。
 空は夜に変化する直前の、深い青。
 それは、エリオルの眼の色と同じ色。
「空はお前の眼の色になれるし、夜になりゃ真っ黒になる。雲より遠くて届かねぇぜ」
「…はは、そうだな。お前に比べれば、まだ望みはある方かもな」
 雲の上には、自分の知人が住む王国があるぐらいだ。もしかしたら本当に、手に入るかもしれない。だが、ゼッドのそれは、その王国よりもっと高く。
「ま、俺は空なんてデカ過ぎるモンは欲しくないけどよ。雲が手に入るまでは俺で我慢しとけ」
「ああ、そうしとくよ。だが、お前が居るなら、雲はいらない」
 エリオルはそう言うとゼッドの手を掴み、城へ向かう足を速めた。

 黒と青、赤と金。
 自分の色は、それだけで十分だ。

〜fin〜




〜 あ と が き 〜

意外にも子どもっぽい所があるんです。彼にも。




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