三郎が居なくなってからも、僕は以前とあまり変わらない生活を心掛けていた。しかし、一つだけあまり行きたくない場所があった。
「………不破…」
 放課後、耳を澄さないと聞き取れないような小声で呼び止められる。
 振り返ると、中在家長次先輩が厳しい表情で僕を見ていた。
「中在家先輩…なんでしょう?」
 問えば、先輩は無言のまま親指を立てた。
 その方向が示すのは、恐らく図書室だろう。
 そう言えば、昨日の当番は僕だったのに、行くのをすっかり忘れていた。
「あ…すみません、先輩」
「………」
 肩を二回叩かれる。今日代わりに行けと言う事だろう。
 先輩が立ち去った後、僕は小さく溜め息をついた。
 図書室に行くのはあまり乗り気じゃなかった。
 あの場所は、意外と三郎との思い出が少ない。
 僕が図書室に行くのは大体委員会活動で、三郎は借りても返却を忘れるからと言って滅多に借りに来なかった。
 それに、僕が当番の時は大体三郎も学級委員長委員会の仕事をしていた為、仕事中に三郎が来る事は滅多に無かった。
 三郎との思い出が無い場所に行くのは正直苦痛だけど、委員会だから仕方無い。
 僕は重い足取りで図書室へ向かった。

 図書室の前に差し掛かった時、僕が戸に手を掛ける前に戸が開いた。
「わっ!」
「……っ…」
 僕とすれ違うように善法寺伊作先輩が早足で立ち去って行った。
 なんだか、珍しいぐらい凄く不機嫌な顔してたけど、どうしたのだろうか。
 図書室の中に目を向けると、本棚に背を預けて座り込んでいる佐東一郎が赤く腫れた頬をしきりに擦っていた。
「いって…」
「一郎、どうしたんだよ」
「あ、雷蔵…」
 彼が手にしてる本に目を向ける。貸し出し厳禁の毒薬の本だった。
「伊作先輩を怒らせるような事したのか?」
「いや、それが……」
 一郎は困ったように口を噤んだが、やがて小声で言った。
「毒薬の予習しようとして…」
「で?」
「学園の馬で毒の実験しても良いかと聞いたら殴られた」
「…は?」
 そりゃそうだろ。僕は呆れて大きく溜め息をついた。
「お前なぁ…そんな事言ったら退学させられる前に竹谷に殺されるよ?」
「確かに。アイツなら本気で殺し兼ねないな」
「それに、その本に載ってる本の毒薬の製造は学園では禁止されてるよ。予習するんだったら…えーと…」
 僕は薬学の本棚の前に立ち、何冊もある本の中から一冊を選んだ。
「これなら良いんじゃないかな」
「その本はもう読んじまった」
「え?」
 耳を疑うような言葉に、僕は唖然とする。
 彼は決して頭が良い方では無い。予習復習なんてしないし宿題だってサボる。ただ人より耳が良いのと暗殺術が少し長けてるから、その点を生かして此処まで登ってこれたようなものなのに。
 そんな彼が、本一冊を読み切るなんて今まで無かった事だ。
「…一郎、本当に勉強熱心になったね」
「別に」
「それに、あんなに嫌がってた保健委員会の仕事も頑張ってるみたいだし…」
「……」
 何も言わず、ただ俯くだけの一郎。
 表情が読めず、顔をのぞき込んだ。
「…なんか一郎、最近顔色悪いよね。飯はちゃんと食ってる?」
「最近、飯抜き」
「はあ?何で?」
「食っても…どうせ吐くから」
「えっ?体調が悪いなら、早く医務室行きなよ」
「別に、身体が悪い訳じゃねぇし…」
 と言うが、身体にトラブルがあるから嘔吐現象は起きるもの。彼の言葉は俄かに信じがたい。
「なぁ。何かあったのか?」
「何でも無ぇッ!!」
 吐き捨てるように言うと、彼は荒立たしく図書室を去った。
「あ…」
 僕、何か悪い事言ったのだろうか。
 途方に暮れてると、後ろから誰かが近付いて来た。
「一郎先輩、また勉強していたのですか?」
 振り返ると、四年い組の学級委員長、上狛御麿が本を抱えて立っていた。
「先輩、最近変なんです。急に勉強し始めたし、あんまり構ってくれないし、かと思えば急に甘えてくるし…それに以前程笑わなくなりました。何でなのか追求すると今みたいに怒られてしまいますし…」
「確かに変だよね…何があったんだろう」
 僕は本を仕舞うと御麿君に貸し出しカードを手渡した。
「…あくまでも私の勘ですけど」
「ん?」
「一郎先輩の態度が変わってしまったの、鉢屋先輩が関係してるみたいなんです」
「え?」
「多分、鉢屋先輩程の優秀な人が何日も帰って来ない事態になって…不安を感じてるんだと思います」
 確かに、有り得ない話ではない。
 現に僕だって不安に潰されそうになりながら毎日を送っている。
 ましてや彼は今まで脳天気に生きてきた。その分、僕より不安が大きいのだろう。
「あ、すみません。なんだか、辛気臭い話になってしまって」
「ううん、いいよ。あ、貸し出しカードここに入れといて」
 サインされたカードを箱に入れると、彼は「失礼しました」と言って去って行った。
 誰もいない図書室で、僕はもう何度目かわからない溜め息をついた。
 一郎も一郎なりに不安を抱えている。それは兵助なり八左ヱ門なり、皆同じだろう。
 クラスメイトもそうだろうけど、内何人かは既に諦めて、そこから立ち直ってきてる人もいるみたいだ。
 皆や僕も…いつかは彼の事を諦めないといけないのだろうか。
 あー、駄目だ。このままでは悪い方へ考えてしまう。これだから一人は嫌いなんだ。
 どうにかして気を紛らわそうと、僕は当たりを見回した。
 図書室の隅、沢山積み上げられた幾冊の本が視界に入る。
 恐らく以前久作君達が町で買ってきた本だろう。
 そうだ、この本を整理しよう。手を動かせば気は紛れるし、仕事片付くから一石二鳥だ。
 そう思って、僕は本の山に手を伸ばした。
(えーと、これは薬学の本。これは毒と解毒薬の本でこれは……あれ?)
 僕は奇妙な事に気が付いた。
 薬やら毒やら、そう言った類の本が続けて出てきた。
 そんなに大量に薬学の本が売り出されていたのだろうか。しかし、学園にも薬の本はいくらもある。こんなに大量に購入する必要は無い筈だ。
 薬、毒、解毒…。それらの本を並べたその時、僕は胸の中で、何かがモヤモヤと渦を巻くのを感じた。
(なんだ…?この感覚は…)
 胸騒ぎ、とは違う。もっとこう、何かに気付けそうなのに、それがなんなのかわからないような、そんな気味悪い感覚だった。
 それの正体を考えてみるが、やはりわからない。答えが、喉の辺りまで出掛かっているのに。
(…ただの気の所為だよな。あまり気にしないでおこう)
 考えるのを諦め、僕は書籍整理の手を進めた。

 結局胸のモヤモヤが晴れないまま、次の日を迎えた。
 今日の午後は先生が出張の為自習となった。
 皆は各自テキストを開いたり校庭で自主トレに励んでいたけど、僕はどうもやる気が起きない。
 だから僕は、校庭の木の下に向かった。
 木漏れ日が適度に降り注いでいて昼寝には最適と三郎が言っていた場所だった。
 夜あまり眠れない分、少しでも睡眠時間を稼いでおかないと身体が持たない。
 僕は木の幹に身体を預けて目を閉じた。

「…!…!」
「……!」
 夢の中を彷徨っていると、現から声が聞こえた。
 誰だろう。三郎かな?
「雷蔵先輩!」
「…起きないね…」
 あぁ、この声は三郎じゃないな。幼過ぎる。
 だけど可愛い後輩が読んでいるのだから起きなくては。
 夢に別れを告げ、僕はゆっくり目を開いた。
「あ、やっと起きた」
「雷蔵先輩、こんな所で寝てると風邪ひきますよ」
 目の前では、両手に花を抱えた乱太郎と一年ろ組の鶴町伏木蔵が僕の顔をのぞき込んでいた。
 外で寝てる私に注意しにきたらしい。おせっかいだが、それが彼らの優しさでもある。
「あれ?乱太郎に伏木蔵…授業はどうしたんだい?」
「私達、今日午後は授業は無いんです」
「不破先輩は?」
「授業サボってる最中」
「えっ!珍しいですね」
 二人は吃驚した表情で僕を見た。確かに今までは真面目で通していたから、僕がサボると言う事が信じられないようだ。
「君達は何してたんだい?」 
「裏々山で花を摘んでました」
 そう言って、二人は手に持っている花をユサユサ揺らしてみせた。
「へえ、綺麗な花だね」
「えへへ、じゃあ一本あげます」
「ありがとう」
 紫の花がついたそれを受け取る。
 その時、木の隙間から落ちた光が、二人の顔に落ちた。
「!」
 その一瞬、僕は見てしまった。
 日陰になっていて分からなかった、無邪気さの裏に隠した二人の疲れ果てた顔を。
「乱太郎、そろそろ行こう」
「うん、雷蔵先輩。それじゃあまた」
「あ、待って」
 走り去ろうとした二人を呼び止め、僕は立ち上がって二人に近付いた。
 日の下で見れば良くわかる。二人の酷い顔。
「乱太郎、酷い隈だよ。伏木蔵も。ちゃんと夜眠れてるのかい?」
「えっ…」
 一瞬、二人の顔に動揺が走る。やはり眠れていないのか。
「どうしたんだい?何か悩み事でもあるのか?」
「先輩…っ」
「悩みがあるなら言った方が良いよ。先生や友達でも良いし、なんなら僕が聞いてあげるから」
 そう言った瞬間、乱太郎の表情がふにゃりと歪んだ。
 え、僕何か泣かすような事言ったかな?
「っ、雷蔵先輩!」
 涙声で乱太郎が叫ぶ。僕は驚いて丸くした目で彼らを見た。
「先輩、三郎先輩は…ッ!三郎先輩は絶対戻って来ます!!」
「おい、よせよ乱太郎…」
 伏木蔵の制止も構わず、乱太郎は尚も叫ぶ。
「ほ、他の先輩がッ、ぅっく…何で言っても、ッ、三郎先輩はっ…死んでなんかいませんッ!!!」
「よせ…ッてばぁ…」
「だ、だからッ…ひっく、ら、雷蔵先輩もッ…げんっ、元気、出して……ぅ、うわああぁん!!!」
「ゃ、やめろよぉ、乱太ろ、ぅッうええぇぇん!!」
 とうとう二人は僕の目の前で泣き出してしまった。折角摘んだ花を全部地面に落として。
 僕はどうする事も出来ずただ泣き続ける二人の頭を優しく何度も撫でてやった。

 あの後、直ぐに伊作先輩が来て、泣きじゃくる一年生引き取って行った。
 残ったのは僕一人。再び静かな時間がやってきた。
 僕は僕で混乱が抜けなくて、暫くそのまま動けずにいた。
 何故、乱太郎は突然三郎の事で泣き出したのか。それが彼の悩み事だったのだろうか。
 乱太郎達の泣き声が頭の中でわんわん響く。彼は確かに優しい子だけど、三郎が居なくなった事であそこまで余裕がなくなるなんて考えられない。
 寧ろあの子は信じやすいタイプだから、「どんなに大変な事が起きても、鉢屋先輩なら大丈夫」と軽く笑い飛ばしたりしそうなのに。
「…あれ?」
 僕は、乱太郎達が花を落していた辺りに、一つの草を見付けた。
「四つ葉…?」
 シロツメグサ。以前に僕が見付けたものよりいくらか小さいが、立派に四つ葉のシロツメグサだった。既に摘まれていたのを見ると、乱太郎達が落したものらしかった。
 それを見た瞬間、僕はハッとなってさっき貰った紫の花を見た。
「これ…この前新野先生が煎じていたのと同じ…」
 バラバラの欠片が、パズルのように繋がっていく。

 強い睡眠薬を煎じていた新野先生。
 三郎は必ず元気に帰って来ると言い出した川西左近。
 四つ葉のシロツメグサをくれとせがんだ三反田数馬。
 一郎を殴って図書室を出て行った善法寺伊作先輩。
 急に勉強や委員会活動に取組みだした佐東一郎。
 そしてさっきの乱太郎と伏木蔵。

 彼らは皆保健委員だ。最近、保健委員会の動きが不自然過ぎる。それも、三郎の帰還が危ういと噂が広まった辺りからだ。
 不自然な上、皆余裕が無いようにも見えた。
 それに図書室に大量にあった薬学の本。それだって保健委員会と何か関係あるのかも知れない。
 そして、新野先生、川西左近、乱太郎が共通して三郎の帰還を確信するように信じている。
 先生は兎も角、他学年で三郎を信じているのは彼らだけだ。
 もしかしたら…保健委員会と三郎、何か関係があるのでは?
 ただの考え過ぎかも知れない。でも、確率はゼロではない。
 僕は薬草をギュッと握り締めると、医務室に向かって走り出した。



 僕は医務室の前に立ち、ノックをする。以前と同じように「開いてますよ」と返事が帰ってきた。
「失礼します」
「雷蔵君、そろそろ来る頃だと思ってましたよ」
 そう言って新野先生は読んでいた薬学の本を横に置いた。
「念の為に要件を聞いておきましょうか。どうぞ座って下さい」
 促されるまま、僕は先生の前に座る。
 正直、どんな答えが返って来ても怖い。でも、それ以上に真実が知りたかった。
「新野先生は…いえ、保健委員会の皆は、鉢屋三郎の所在を存じているのではないかと…」
 自分でも焦れったい程、ゆっくりと質問を口にする。
 すると、新野先生は苦笑いを浮かべて小さく溜め息をついた。
「…いつから、気付いていたのですか?」
 その言葉を聞いた瞬間、僕は全身が泡立つのを感じた。
 三郎の所在がわかるかもしれないと言う喜びからか、今までそれ隠蔽していた事に対する苛立ちか。今の僕には判断つかない。
「三郎は!今何処に居るんですか!?」
「落ち着いて。まず私の質問に答えて下さい」
「っ…」
 二、三度深呼吸をし、気分を少し落ち着けてから僕は口を開いた。
「一郎達の行動がおかしかったのは気付いていましたが、保健委員の様子がおかしいと気付いたのはついさっき…乱太郎達が目の前で泣き出した時からです」
「そうですか。…やはり乱太郎君達には少し辛過ぎましたか…」
 新野先生が発した言葉に、僕は不安を隠せない。
「…三郎に、何があったんですか?」
「本当は学園長命令で他言は禁止されているのですが、そこまで知られては止む終えないですね。お話ししましょう」

 新野先生から聞かされた話は、大方自分の予想していた通りだった。
 三郎は僕と喧嘩した次の日、彼は学園長の命である城へと出掛けた。
 二つの城が友好を結ぼうとしている。しかし、そんな中それを良く思わない輩は必ず現れるものだ。
 そんな時、最も命を狙われ易いのは城の後継者だ。三郎はその城の若君の護衛を任されたのだ。
 最初は三日間の予定だったが、不穏な影は消えず、一週間が過ぎ、二週間が過ぎてしまった。
 そして、もう一つの城ではその城と同盟を結ぶ為に、催し物が開催される事になった。
 若君も出席すると言う事で、三郎は彼の護衛にあたったと言う。
 同盟が交わされれば三郎の任務も終わる。この護衛がこの城での最後の仕事だった。
 しかし、その道中でも若君は命を狙われる事になった。
 護衛の最中に山賊に扮した忍者に目を付けられ、三郎は自分が身代わりになる事で若君を逃がしたのだ。身代わりになったのは、あくまでも三郎の自己判断らしい。
 そして三郎は、若君として反逆者に捕まった。彼が簡単に捕まってしまうぐらいだから、相手は余程腕の立つ忍者だったのだろう。
 勿論、そんな状況になれば、生きて帰るのは難しい。
「そんな長期的で危険な依頼、何故学園長は許可なさったのでしょう」
 少し皮肉を込めて言うと、新野先生は更に詳しく教えてくれた。
 二つの城は忍術学園を挟んで対極の位置にあった。
 もしこの催し物が成功しなければ、二つの城の関係は急激に悪化するであろう。
 最悪、戦が始まってしまえば、忍術学園周辺も合戦場に変わってしまう。そうなってしまえば、生徒達にも危険が及ぶかもしれない。
 学園長は、誰か一人の命と忍術学園に関係する全ての人の思いを天秤にかけざるをおなかったのだ。
 そして、就活や仕事で忙しい六年生や教師達を除き、尚且つ成績優秀故に授業に多少穴が空いても問題の無い三郎に白羽の矢が立てられた。
 もしかして三郎はその事を知ってて、あの日わざと僕を怒らせたのだろうか。
 僕に嫌われて、もし自分が居なくなっても良いように。
 だとしたら、相当な馬鹿だ。三郎も僕も。僕が本気で三郎の事を嫌いになるなんて、出来る筈が無いのに。
「…話は、まだ続きあるんですよ」
 新野先生が重々しく口を開く。
 僕が予想出来ていたのはここまで。ここから先生が言う言葉を予測する術を、僕は知らない。
 どんな言葉が出ても取り乱したりせぬようにしっかり心臓を抱え、僕はゆっくり頷いた。

 敵忍者に捕まった三郎は、直ぐに眠り薬か何かで気絶させられた。だが、不思議な事に次に彼が目覚めたのは道の真ん中だった。
 身体には傷らしきものも見当たらず、何かされた形跡も無い。
 変装を見破られたのかと思い、それならば若君が危ないと彼は逃げた若君を追った。
 しかし、若君とは無事に合流出来、城に着くまで敵の気配はまるきり無かった。
 やがて宴は始まり、任務は事実上成功を納めた。
 だが、宴の終盤に、それは起きてしまった。
 突然三郎が倒れたのだ。
 直ぐに医者に看せれば、毒を飲まされていた事が判明した。
 しかし、忍務の都合上、彼は宴の食事には一切手を付けていない。
 となると答えは一つ。彼が気を失っている時に毒を飲まされたのだ。
 もし捕らわれていたのが若君ならば、話は必然的に食事に毒が盛られたと言う話になり、両城の関係は間違い無く悪化していただろう。なんと計算された策略か。
「…それで…っ、それで三郎は!?」
 荒くなる声を抑えられず、叫ぶように問うと、新野先生は僕とは対照的に静かな声で言った。
「彼は…今、この忍術学園にいます。彼が倒れて直ぐに学園へ運ばれて来ました」
「…生きて、いるんですか?」
「………はい」
「だったら!」
 僕は急いで立ち上がると、新野先生に背を向けて外へ向かった。
「雷蔵君、何処へ?」
「決まってます。三郎が学園にいると分かった以上、もう此処に用はありません。彼を探しに行きます」
「ま、待って下さい!」
 新野先生が慌てて僕の手を掴む。それを振り払うと、今度は羽交締めにされた。
「ッ!離せっッ!!三郎に会わせろッ!!!」
 暴れる勢いで僕はその腕を振り払おうと身を捩った。
 兎に角、三郎に会いたい一心だった。先生相手と言うのに、敬語も忘れる程に。
「不破雷蔵。今君を三郎の所へ行かせる訳には行かない」
 新野先生を引き摺りながら廊下に出ようとした僕の目の前に、新緑の制服が立ちはだかった。
「伊作…先輩…」
 流石に先輩と先生の二人相手では部が悪い。
 暴れるのを止めて両手をダラリと下ろすと、僕を羽交締めにしていた腕もゆっくりと解かれた。
「雷蔵君…三郎君の居場所を必ず教えると約束しましょう。ですが、今は落ち着いて下さい」

 再び僕は医務室の床の上に座らされる。
 先程と違うのは、善法寺伊作先輩が居る事。
「伊作君、アレを…」
「はい」
 そう言って伊作先輩は一冊の冊子を僕に差し出した。
「保健委員会、の…日誌?」
 先輩と本を交互に見た後、恐る恐るそれを受け取る。
「その冊子には、ここ数日間の保健委員会の活動について書かれています。まぁ、下級生も書いているので所々日記のようになっていますが」
「彼に会う前に、まずそれを読んで欲しい。三郎の場所は、その後に教えるから」
 早く会いたいと思っていたが、二人が薦めるならこの本にも何か意味があるのだろう。
 僕は無言で本を開くと、二人はそっと立ち上がった。
「私達は隣の部屋にいますから」
「読み終わったら声をかけてくれ」
 そう言って、新野先生と伊作先輩は医務室を出た。
 残された僕は、大きく息を吸い込むとゆっくりと本を捲った。

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