君と同盟



バニラ・アイスクリーム氏の悲劇 -side A-


ケンカをした。
今となっては思い出すのも難しいほど、とてもささいなことだった。
頭に血の上りやすい弟を諫めているつもりが、言い合う内に口論になってひどいと手も足も出る大喧嘩。
いつものことだ。
だが、今日はそこまで行く前に、いやになった自分が戦線離脱。
大抵はラファエロが「やってらんねぇ」とその場を立ち去るのに。
そうやって逃げ込んだ自室でもう小一時間ほど何をするでもなく座り込んだままだ。
ケンカの最中だとしてもあの言い方は酷かった。
謝りに行こうか。
いや、でも最初に突っかかってきたのはあっちだ。
しかし、兄として先に折れてやるべきかもしれない。
謝る、謝らないという選択肢に色々な理由をつけて、両極をあっちこっちと彷徨う。

レオナルドが踵を返して出て行った後、ラファエロはそのままリビングに居座り続けていた。
誰もいないリビングのソファの上で仰向けに寝転がり、高い天井を眺め、普段の彼には似つかわしくないため息をひとつ漏らす。
多少冷めた頭の中では、発端は自分にあると分かっている。
ただ、一言「ごめん」と言えば済むこと。
だが、今更しおらしく頭を下げられない。
意地が固まって意固地になっててこでも動かなくなってしまって、気まずさも手伝ってもはや自分でもどうしようもなくなっているのだ。
また、ひとつため息が洩れる。

ひた、と微かな足音が聞こえ、なんだと思って身を起こすと、背もたれ越しにレオナルドが立っているのが見える。
急にぶつかった視線にさっとレオナルドが顔を背ける。
咄嗟に何も言えず、ラファエロはそのまま固まってしまう。
よくよく見るとレオナルドの手には1パイントのアイスクリームと銀色のスプーン。

「…アイス、食べないか?」

緊張しているのか、微かに震えて呟くような声だった。
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
ケンカしていた相手の前に現われて一体何を言い出すかと思えば、普段の会話の一部分のような何でもない言葉。
そうきたか、とラファエロは心内で呟く。

「いいぜ、お前が食わせてくれるってんならな」

ニッと笑って身体を起こしてソファに座る。
レオナルドも「誰が」と嫌そうに言いながらも笑ってラファエロの隣に座る。

蓋をとったアイスクリームは既に半分しかなかった。
甘いバニラの香りが微かにする。

「ほら、スプーン」
「いらねぇ。食べさせてくれんだろ?」

手を挙げて絶対受け取らない、という態度を見せるラファエロにどこまで子どもっぽいんだ、と思いつつ、不承不承スプーンに掬ってやる。
口まで持っていく前に手首を掴まれ、そのまま白い塊はラファエロの口内に消えた。
あまい、と言うその顔が近いのに気づいて心臓が跳ね上がる。

「手、離せよ」

その拘束から逃れようとするが、がっちりと掴まれて振り解けない。

逆に引き寄せられてラファエロに覆いかぶさるような体勢になり、そのまま首根を掴まれて口付けられた。
歯列を割って侵入した舌に自分の舌を絡めとられて息苦しくなる。
酸欠に喘いで、助けを求めて赤いハチマキの端を捉えて引っ張るとようやくキスから解放された。
気づくと、自ら乗ったのか、引き上げられたのかわからないが、知らぬ間にラファエロの膝の上に乗り上げていた。
退こうと思ったが、今日はまぁいいかという気になった。


「お前にも食べさせてやるよ」

そう言うと、ラファエロはアイスクリームの容器を掴むと、右手の指二本で掬い上げた。
目の前に差し出されたそれはラファエロの体温でじわじわと溶け始めていた。
レオナルドは逡巡したが、このまま放っておくと大変なことになると思い、大人しくその手からアイスクリームを口に入れた。
舌先に冷たいアイスクリームと、温かいラファエロの指が触れて奇妙な感じがした。
指から口を離すと、レオナルドの顔を見たラファエロはプッと噴きだし、汚れていない左手でレオナルドの顎を掴んだ。

「口の周りついてるぞ」

と囁くとラファエロはレオナルドの口の端を舐めた。

普段と違う優しい顔でラファエロが笑う。
その優しい顔が好きだった。
いつもこうであればいいのに、と思う反面、そんなのラフじゃないな、と常に穏やかなラファエロを想像して苦笑してしまう。
つられて笑うレオナルドを見て、ラファエロも同じようなことを思っていることを、素直じゃない二人が知ることはないかもしれない。

レオナルドは汚さないように、と宙に浮かせたままのラファエロの右手に気づくと、おもむろにその手を捕った。
そして溶けて液体になったアイスクリームに塗れた手に舌を這わせた。
指の付け根からその先へ。
指が綺麗になると、手のひらの窪みから手首まで伝った液体に丁寧に舌を滑らせた。
ラファエロの体温で暖められたバニラの液体は強い芳香を放ち、レオナルドは酔いそうだと思った。
それはラファエロも同じなのか、顔を上気させている。
すっかり綺麗になった指を離すと、「サンキュー」という言葉と一緒に額にキスが降ってきた。
額だけでなく、頬にもこめかみにもキスは降った。
キスがやむとラファエロはぎゅっとレオナルドを抱きしめた。
レオナルドもラファエロの背中に手を回して抱きしめ、今度は自分から口付けた。

バニラの匂いが染み付いたのか、密着すると互いに甘ったるい匂いがする。
その匂いに自分もラファエロも酔ってしまってるんじゃないかとレオナルドは思った。
そうでなければ耳元で「好きだ」と囁くラファエロの声も、それに応える自分の声もこんなに甘く響くはずがない。

「ラフ…ずっと抱きしめててくれ」

心地よさのあまりに本音が零れる。

「じゃあ、とりあえず続きはお前の部屋でな」

ここじゃ、だれが来るかわかんねぇし、と言いながらレオナルドを抱えあげてソファから立ち上がる。
普段なら降りようと必死に暴れているところだが、今日は大人しくすることにする。
バニラに酔った今夜ぐらいは甘い時間を過ごすのもいいだろう。
かちりとリビングの灯りが消える。






翌日、いつもの起床時間よりかなり遅くに起き出してきたラファエロは、恨みがましいミケランジェロの視線を浴びることになった。

「な、何だよ、その目!」
「オイラが今日食べようと思って半分残しておいたアイスクリームが今朝、でろっでろに溶けてるのがリビングのテーブルで発見されたんだよ!!」

ミケランジェロはうわーん、と大袈裟な泣き声を挙げる。

「あー悪い悪い、俺が昨日夜食に食って戻すの忘れたんだよ」
「やっぱり犯人はラフだったんだ!!酷いよー!!弁償ものだよ!!」

さっき以上に大きな声で怒るミケランジェロに悪いと思いつつも辟易したラファエロは、

「んなの、もう一回凍らせりゃいいだろ?」

と、答えて火に油を注ぐことになった。

「ラフのバカ!!一旦解けたアイスをもう一度凍らせたらカチカチになっておいしくないんだよ!!」
「文句言うな!」

今にも取っ組み合いになりそうなところで、ドナテロが割ってはいる。

「まぁまぁ、落ち着いてよ。過失とはいえ、アイスを駄目にしちゃったんだからラフが新しいの買ってくれば万事上手く収まるんじゃない?」

ね?と暗に脅しを含んだ同意を迫られたが、答えを渋っていると、

「僕だけ一口も食べてないんだよねぇ。それに昨日はアイスクリーム代出してもお釣りがくるぐらいイイ思いしたんじゃないの?レオがまだ起きてこないってことはさぁ」

と本格的な脅しになって払わざるをえなくなった。
とんだ強請りだ、と思いつつも今度は2つ買ってきて、まだ起きてこない共犯者とまた一緒にアイスクリームを食べるのも悪くないとラファエロは思った。



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