君と同盟



櫻花


またこの季節が巡ってくる。
出所してから工場の桜を何度見ただろう。
膨らんだ蕾を見て、今年はいつ花見をするのだろうと 他人事のように思った。


それから数日後、七分咲きの桜の下で 工員総出で飲めや歌えの花見が行われた。
満開になってからの方がいいのではないかという一彰の提案は妻の咲子の

「満開ちょっと前のほうが綺麗やないの」

の一言で却下された。


それから二、三日後に、原口から電話がかかってきた。
瀬戸内の桜が満開だから花見をしに行こうというのだ。
原口のことだから、まさか花見のためだけに瀬戸内に行くはずもない。
いつものコースに花見がおまけについてくるのだろう。
それも飼っている蛇への餌かもしれない。
瀬戸内の射撃場に着いて調整したリボルバーを原口にみせると、 一通り点検して、

「ほんまにええ腕しとる」

と満足気だった。次いで

「どうや、餌は足りとるか?」

と訊くので、

「充分です」

と答えておいた。
そうして試し撃ちに興じると夕刻には引き上げた。


闇夜に月の光を浴びて桜が白く浮かび上がる。
原口の別荘の桜は工場の桜より枝ぶりが良い。
組員を交えた宴会になると思っていたが、 原口は酒と肴を用意させると人払いをした。
一彰は原口の杯に酌をする。
当の原口は脚を投げ出して戸口に凭れかかり、 後ろから一彰を抱いている。

「夜桜に白蛇っちゅうのも乙やな」

と原口が耳元で呟いた。

「桜に絡んで見せましょうか?」

と冗談めいて言うと、

「それもええなぁ」

と笑って耳殻を齧られた。
背筋を痺れが駆けたが、夜風に身体は冷えていた。
それから暫くぱったりと会話は途切れ、 二人とも生気を吸われたように桜を見、酒を呷った。


満開の桜とその周りをはらりはらりと散る花びらを眺めていると、 守山と李歐との三人で過ごした時間が断片的に蘇る。
調子っぱずれの守山の『草原情歌』、 それを笑って自分も歌いながら舞う李歐。
黒曜石のような眼、揺れる黒い髪、空を切る長い手足。
心地よい李歐の歌声。
守山が逝去した今、"ナイトゲート"で出会ったことも、 二人で笹倉の銃を盗み出したことも、 全て幻だったのではないかとすら思う。
大陸に連れて行くと約束した君はどこにいるんだ。


「在那遙遠的地方 有一位好姑娘」

無意識の内に『草原情歌』を口ずさんでいた。

「なんやそれ」

と原口が訊いてくるが、答えずに歌い続けた。
身体は原口の腕の中にあっても、心はここにあらず。
『心和肝』と約束したその日から。

「人們走過?的帳房 都要回頭留恋地張望」




―遠い遠いところに綺麗な人がいる。
―誰もが気もそぞろに振り返る。
李歐、君は今どこにいる?
大陸を駆け抜ける君には
時間は早く過ぎるのかもしれないが、
待つ身にもなってくれ。
せめて桜に魂を抜かれるまでには迎えに来てくれないか。



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