M
E
B
I U S
MEBIUS
夢を、見ました。
定期的に行われるメンテナンスの日。
固く冷たい手術台の上で体を起こしながらそう言った私を、ホグバック様は手を拭きながら怪訝そうな顔で見た。
「ゾンビも夢を見るのか」
「えぇ、もちろん」
「へぇ、そりゃ知らなかった。…まぁでも犬も寝ながら吠えるらしいし、無い話じゃねぇな」
「ヨホホ、犬と比べるとは随分なお言葉で。」
あぁすまねぇと天才外科医はからから笑い、今度はメスやコッヘルを白い布で拭い始めた。
私はそれをからっぽの眼で、じっと眺める。
「夢ぐらい見ますよ」
「ん?」
欲望が、あるのですから
少しの間、ひんやりとした手術室と同じだけひんやりとした静寂が流れたが、
しかしすぐ何事もなかったようにホグバック様が器具の片付けを再開した。
出したつもりで声なんて出ていなかったのかもしれない。
それとも、ホグバック様が聞かなかったフリをしたのだろうか。
「で、どんな夢を見たんだ?」
台から降り立ち着物を直す私の背中に、そんな質問が投げられる。
視線を上げて思い出すのは、
「…忘れました。」
「フォスフォスフォス、便利な言い訳だな」
ヨホホと笑って、薄暗い部屋を後にした。
ついてくるのは、カランコロンと下駄の音だけ。
夢に見たのは、元ご主人。
まばゆく、儚く、か弱く、気高い
あの、白。
私があなたを欲するのは必然。
だって私とあなたはひとつであるべきなのだから。
私は元々影であるという。
人の理から既に外れた骸骨剣士の
これ以上削ぎ落しようのないその身から、さらに何もかもを奪いとられた
ぺたりと地面に貼り付いている
ただそこに在るだけの(故にそれは何も無いと同義な)、影。
だから私が産まれたのはあなたが居たからこそで、私はあなたであるはずなのだけど、
しかし私が私であるということは、私があなたでは無いということだ。
ぐるぐると思考は繋がって、ぐるぐると、
繋がっているかと思えば捻じれている。
まるでメビウス。
まるで不透明な私の何もかもは、霧深き森を映す朝露の一雫のようで、それが美しいと私は思ってしまう。
それは私があなたであるから。
それは私があなたで無いから。
石造りの壁に穿たれた穴のような窓の向こうで、烏が二羽連れ立って飛び去った。
時の無いこの海で夜明けを報すその鳥は、その身に夜を閉じ込めたように黒かった。
私もあなたも、望んでいるのは一つだけ。
もう一度、影と体を一つのものに。
同じ物を願うのに、決して相入れない二人の思い。
あぁなんておかしな話。
あなたと再び一つになるのは正直そんなに悪くないけど
もしも私があなたのものなら、
あなたが私のものになってもいいと
ただそう思っただけ。
私だってあなたを求めているから
私はあなたを欲しているから
私はあなたが、
好きなのだから
なんて倒錯。
なんてナルシシズム。
それでも
「愛しているのですよ、元ご主人」
最近覚えたお気に入りの言葉を呟いて、廊下の静寂を静かに揺らす。
元ご主人の主人になる。
あの真白な体を組み敷いて、支配する。
そんな愚かで甘美な夢を見ながら、足音はカラコロ、部屋を目指す。
倒錯的な思考は
歪んだ愛で唄となり
捻れて
捻れて、
朝が来る。