What do you want?

 白、白、白。銀世界と形容されるにふさわしい一面の雪の絨毯が辺りには広がっている。まるで、ドラマの
撮影に来ている出演者やスタッフ全員が、まっさらな紙の上に点在する落書きか何かのようだ。俺達のような
プロデューサーやタレントのマネージャーといった連中は撮影中にすることも無くこうしてストーブでぬくぬ
くと暖を取りながら、撮影風景を眺めつつ談笑もしていられるが、数メートル離れた先に見える、ビデオカメ
ラやレフ板といった撮影用の機材達に囲まれて何度かのリテイクをしているらしい出演者達と監督を始めとし
た撮影スタッフ達は、さぞかし寒い思いをしながら収録に臨んでいるのだろう。ここからでも、雪歩が手を擦
り合わせているのが見える。
「萩原さんってどうも弱気で大人しいイメージばっかりが頭にこびりついてたけど、やる時はやる娘なんです
ねぇ」
「酷い時は本当に酷いですけどね。ムラッ気があるんですよ。今日は絶好調みたいです」
「それに引き換え、ウチのと来たら……女の子からのファンレターがいっぱい来てるからってちょっと気が抜
けてますね。あいつのせいで撮り直しが二、三回増えてるし、後で分からせてやらなくっちゃ」
 雪歩の共演者である男性アイドル、そのマネージャーの女性が、白い溜息を吐いた。縁の無い眼鏡が曇る。


 活動開始から二年目。プロデューサーである俺は勿論、雪歩にとっても、タレントとして活動することが当
たり前の日常になって久しい。ここ二、三日は、月9の時間帯に放映されるドラマの収録で、雪の積もる真冬
の北海道に滞在している。札幌にでも観光に行きたい所だが、果たして日程がそれを許してくれるかどうか。
 やがて太陽が傾き始め、空が微かに茜色の様相を呈してきた所で、「お疲れ様でした」の大合唱と共に本日
の収録は無事終了となった。スタッフにぺこぺこと頭を下げながら、雪歩が駆け足でこちらに寄ってくる。
「お疲れ、雪歩。ほら、こいつ羽織ってろ」
 俺が畳んで持っていたダウンジャケットを細い肩にかけると、
「あ、あああ、ありっ、ありがとうございますっ」
 涙目になって歯をカチカチ鳴らしながら、雪歩は前のめりに肩を縮こまらせた。水晶のように透き通った瞳
が俺を見上げる所へ、黒いニット帽を被せた。
「寒かったろ」
「は、はい。あまり着膨れできなかったのもありますけど、指先がとにかく冷たくって……」
 か細い声と共に差し出された手は赤くなってしまっていて、触れてみるとさながら氷の冷たさだ。足の先ま
で伝わってくるような冬の空気に囚われたそれを軽く掌で包むと、雪歩の手がしがみついてきた。
「うう〜……温かいです」
「つっ、冷たいな、こりゃ」
 手袋をつけて撮影に臨めれば良かったのにな、と声をかけていると、さっきまでスタッフの集まっていた場
所にはもう人もまばらで、一刻も早く宿泊先に帰ろうと誰もが急ぎ足で撮影現場を後にしている所だった。
「俺達も行こうか。こんな寒い所に留まってる理由も無い」
 俺が踵を返そうとすると、くいくいと右手を引っ張られる感覚があった。
「あ……あの……」
 俺のよりもずっと細いしなやかな指が、絡みついてくる。下がっていく眉尻に、何かを請う目つき。
「……後でな。ここじゃ人目もあるから」
「はっ……はい。すみません……」
 申し訳無さそうに深々と頭を下げる雪歩の頭を軽く撫でて、俺はポケットに忍ばせていたホッカイロを、可
愛らしく指を曲げた掌に握らせてあげた。


 スケジュールの都合などから、俺と雪歩は他のスタッフが宿泊する旅館とは別のホテルに滞在している。氷
点下が当たり前の北海道とはいえ、建物の中に入ってしまえば快適なのは変わらない。むしろ、隙間風の一切
を許さない防寒の行き届いた造りの建築物は、東京の下手なビルよりもよっぽど過ごし易いかもしれない。
「疲れたか?」
 一旦互いの部屋に戻ってから合流し、ホテルのレストランでいつもよりやや豪勢な食事を済ませ、体の芯ま
ですっかり温まったという様子の雪歩に言うと、やはり首が横に振れた。ボブカットの髪がそれに合わせてさ
らさらと踊る。
「いえ、ステージがありませんでしたから、体力的にはそれほどでも。でも……いいんでしょうか」
「配役のことか?」
「はい。だ、だって、主役じゃないですか、私。セリフも一番多いし、今日もNG出しちゃわないかどうかばっ
かりが気になっちゃって……」
「いや、でも上手くやってたよ。なんだかんだ言ってNGは出してないし。監督も言ってたけど、あの脚本には
雪歩みたいな女の子がヒロインにはぴったりだろう」
「……そうでしょうか。でも、私なんかが……」
 目を縁取る睫毛が伏せられた。あくまでも雪歩の言葉は控えめ、むしろ弱気だ。
 エレベーターのドアがゆっくりと開く。
「大丈夫だよ。もう雪歩は弱虫なんかじゃないんだ。ファンの数、イベントでの動員数、回ってくる仕事、業
界での扱い……昔とは随分違うだろ。そういうのは、雪歩の持っている力がもたらしたものなんだよ」
 百万人以上のファンを抱え、ドラマの主役という大きな仕事が回ってくるようになっても「私なんか」の口
癖が一向に抜けない。そんな雪歩の腰をポンポンと叩いてエレベーターの外へと促すと、小さく息を漏らしな
がら彼女は先に出てくれた。
 ホテルの廊下の前なんてものは、基本的に部屋を利用する人しか通行することが無い。人が二人向かい合っ
て立っていても、口を開かなければ、横方向に広いこの空間にあるのは耳鳴りがしそうな静寂のみだ。目の前
に立っている雪歩の呼吸、それどころか、鼓動の音まで聞こえるんじゃないか……そんな気がした。
「プロデューサー」
 先に口を開いたのは雪歩だった。胸元できゅっと拳を握り締め、保護欲をかきたてるような頼り無い上目遣
いで、じっと俺の顔を見上げる。
「私……本当に今日はよくやれてましたか?」
「勿論だ。今日だけと言わず、昨日もな。本番に強い雪歩のいい所が出てた」
「だ、だったら……」
 瑞々しさにはちきれそうな唇を内側へ巻き込み、雪歩が一瞬だけ目を閉じた。
「……ごほうび……」
 ただでさえ細い声は静寂の中へと掻き消えてしまいそうで、「ください」と紡ぐ唇の動きを見ていなければ
きっと俺は尋ね返していただろうと思う。ただ、視線だけは決して俺の顔から離すことなく、なけなしの勇気
を振り絞った瞳は意志力の輝きに煌いていた。ファンの嵐のような声援に乗って、普段の弱気もどこへやらと
吹き飛ばして力強さに満ち溢れたステージを見せるようになっても、これが雪歩の精一杯のアピールなのだ。
 そう思うと、気の小ささに呆れつつも、その頑張りを褒めてあげたい気持ちが勝つ。
 同時に、胸の奥底で獣が舌なめずりをした。
「昨日は打ち合わせで時間が取れなかったからな……おいで、雪歩」
 胸元で形作られていた拳をほぐし、指先を差し入れて、花を優しく摘むように雪歩の手を掴んで、顎で進行
方向を指しながら足を踏み出す。雪歩は遅れること無く、歩幅を合わせてついてきてくれた。
 俺の泊まっている部屋の前まで来てもう一度雪歩の方を見てみると、視線の先はここでは無いどこかへと彷
徨っていた。俯かせた表情を覆い隠す栗色の髪の隙間から、赤くなった耳がひっそりと顔を出していた。


 このホテルの電灯は、廊下やホールを始めとして、雪を連想させる白さの蛍光灯では無く、どこか温かみを
感じさせる橙色の灯りが多く使われている。空調の行き届いて暖かい客室の灯りも、ほんのりと黄色を含んで
いる。後ろ手に鍵を閉めながら、男の部屋に少女を連れ込むことの意味が今一度頭の中を駆け抜ける。
 何度か素肌を重ねて逢瀬の時を過ごしてきた今では、二人との間に流れる空気の微妙な変化を雪歩もある程
度は察するようになった。二人きりの空間でパーソナルスペースの内側へ踏み込み、数秒も見詰め合えば自然
と閉じられていく目蓋が、それを物語る。
「……ん」
 唇同士が触れ合うと、華奢な体が硬直した。息継ぎをしながら何度か口づけを交わすと、ゆっくりともたれ
かかってくる。腕の中にすっぽりと収まってくるそれを受け止めながら、柔らかい髪を手で梳かす。
「満足したか?」
 わざと俺はそう尋ねた。俺は勿論のこと、雪歩もキスだけで満足しないことを知っていて、だ。
「え……」
「雪歩の欲しかったご褒美って、これのことだよな」
 指先でぷにっとした唇に触れながら、なるべく高圧的な言い方にならないように、慎重に言葉を選ぶ。
「あ、あの…………そのぅ」
 コーラを飲めばゲップが出る、雪歩が起こすだろう反応はそのぐらい確実に予想できた。俺の腕に捕まえら
れて籠の鳥になった雪歩が、かぶりを振った。頬がぽっと桜色に咲き、大きな瞳が潤む。
「じゃあ、何だい」
「あ、うぅ……」
「どうせ今は俺しかいないよ。思い切って言ってごらん」
「で、でもぉ……っ」
 恥ずかしさに言い澱む雪歩に、こっちがじれったくなってきてしまう。俺としては、ご褒美だの何だのとい
う口実も無しに今すぐにでも雪歩を抱きたい。縮こまって怯える雪歩をいたわりたい。長方形のステージで快
楽に翻弄される様を、早く見たい。俺以外に誰も手をつけていない雪歩の『おんな』を、もっと手垢で汚して
しまいたい、そんなことすらも思う。
 ここで俺から求めれば、雪歩は受け入れてくれるだろう。しかし、俺は雪歩の口から始めの合図を聞きたい
のだ。欲を言えば雪歩の方から求められてみたいものだが、さすがにそれは難しいだろう。
「……キスだけじゃなくて……その……し……」
「し?」
 視線をあちらこちらへと泳がせながら時々俺の目を見て「言わなきゃ駄目ですか?」と口には出さず訴えか
けてくる。スタートを告げるピストルが引っ込み思案な雪歩の口から出てくる瞬間を、俺は新鮮な生肉を前に
した猛獣の心境で待つ。
「……したい……です──ひゃう!」
 何がしたいんだ、と、うなじを指先でくすぐりながら、耳元に囁く。
「な、何が、って……うぅ……言えないですよぉ」
 YesかNoかで答えるだけでは、まだ物足りない。男にまるで免疫の無かった雪歩の口から具体的な回答を貰い
たくて、「言ってもらわなきゃ分からないよ」と、うなじから耳へと指を上らせながら言った。
「……え、えっちなこと……したいです……」
 やっとのことで雪歩が口から弱弱しく搾り出すと、目尻に雫が浮かび上がった。清楚でウブなイメージで通
っている雪歩にこんなことを口にさせたという満足感と、こんなことを口にさせてしまったという罪悪感とが
混ざり合って、興奮が高まる。
「仕方ないな。雪歩が『エッチしたい』って言うんなら、俺もお相手しなくっちゃ」
 少々ズルいと思いながらも雪歩にそう言って、細い腰を抱き締めた。大人というにはまだあどけない彼女を
ベッドに押し倒し、その肌にむしゃぶり付きたい──そんな思いの塊を、なだらかなお腹に押し付ける。
「やっ……あ、当たってますぅ……」
「雪歩があんなこと言うから、すぐ元気になっちまった」
「そ、そんなぁ……」
 本当は部屋に入った直後からむくむくと逸物を膨らませていたことは、当然のことながら内緒だ。すっかり
俺の言葉を信じて「自分の言葉が相手を興奮させてしまった」と恥じらう姿がなんとも可愛い。
「やっぱりおかしいんだ、女の子がこんなこと言ったら……うぅ、どうしよう、私……あ──」
 一挙に視野が狭まるのが見て取れるようだった。きっと、穴掘って埋まって、などと後に続くのだろう。そ
うはさせまいと、唇を塞いで、有無を言わさずに舌を差し入れる。雪歩からもリアクションが返ってくるのに
そう時間はかからなかった。
「おかしくなんてないさ」
 唾液で橋を架けながら雪歩に言い聞かせる。
 寄りかかってきたのを合図にして、軽い体をひょいと持ち上げて、雪原のように広がるシーツの海へ寝かせ
た。上から覆い被さると、雪歩は微かに身を縮めた。カーディガンのボタンを外しながら、ブラウスの襟から
覗く鎖骨へ尖らせた舌を這わせる。濃い石鹸の匂いが、衣服の内側から立ち上ってきた。
「雪歩、さっきシャワー浴びた?」
「あっ、は、はい……。ご飯、食べに行く前に」
 さぞ丁寧に体を洗ったのだろうと思って俺が訊くと、雪歩は眉尻を下げながら小声で答えた。
「抱かれる用意はできてる、ってことか」
「……っ」
 雪歩が荒い息を詰まらせた。大方図星だろう。
 言葉を交わす間に、柔らかな体を包む衣服を少しずつ剥がしていき、ブラウスの第二ボタンに指がかかった
所で、雪歩の表情に緊張が走った。
「脱がしても、いいよな?」
「い、いいですけど……」
「雪歩のハダカが見たいんだ。いいだろ」
 それ以上の答えは待たずに、ボタンを外した。ブラウスの薄い布地から透けてはいたが、こうして見てみる
と、レースをあしらった下着に漂うさりげない高級感が目を引く。
「手触りいいな、これ。結構値が張るんじゃないのか?」
 肩紐をずらし、剥き出しになっていく丸い肩から視線を外さずに尋ねる。
「な、中身が貧しいですから、せめてブラぐらいは……」
「中身って、これのことか? これで貧しいなんて、雪歩は欲張りだな」
 本人の言葉の割には手ごたえのあるサイズの乳房をブラ越しに掴み、中心部目掛けて指を沈める。ぐりぐり
と人差し指に捻る動きを加えると、雪歩の体が震えた。
「ひ……やんっ、そこ……」
 薄い壁の向こうで、みるみる内に、指先を押し返してくる弾力が姿を現し始めた。
「俺は、これぐらいの程良いサイズが好みなんだけどな」
 ブラの内へ手を滑り込ませ、掌に収めきれる柔肌を堪能しながら、背中のホックを外して上半身を曝け出さ
せると、首から上がぱっと羞恥の赤に染まった。
 言葉を発していた口を、薄い桜色の頂へ近づけて、ぱくりと頂く。「いや」だの「ダメ」だの口では言って
いても、その体は俺の愛撫を拒むことは無い。緊張した乳首を指先でこりこりやっていると、か細い声に甘さ
が混じってきた。
 少しずつ、雪歩の体が温まってきている。そう考えると、ズボンの中がより一層狭くなった。プリーツスカ
ートを外してレギンスの上から弾力豊かな太腿を撫でながら、その奥の心地よさが頭の中に思い浮かぶ。腰か
ら薄手の布地を引き下ろしていく俺の動作にも、雪歩が目立って抵抗する様子は無かった。
「雪歩」
 うっすらと色の変わったショーツに指先でちょんと触れながら呼びかけると、潤んだ瞳が俺の目を見た。
「ここ、触ってほしい?」
「え……?」
「それとも、舐めてほしい?」
 我ながら少々意地の悪い質問かもしれないと思いながらも、淫らな二択を雪歩に迫ってみた。
「う……っ、そ、そんなこと言えないですぅ……」
「どうしてだ? どっちがいいか訊いてるだけじゃないか。二者択一の簡単な質問だよ。雪歩の意思表示をし
てくれれば、それでいい」
 雪歩の頬が赤みを増した。俺の手は、丸いお尻に添えたままだ。
「……言えません……うぅ、そんなこと言ったら、嫌われちゃいます……」
「ははっ、その台詞は、雪歩が裸になった回数と同じぐらい聞いたよ」
 何度も何度も聞いた言葉に、「嫌うわけ無いだろ」と返すことも忘れ、意識せず笑いが漏れた。
「さあ、言ってみな。ちゃんと言えたらご褒美をあげよう」
 雪歩の好きなキーワードを交えてみると、もじもじさせていた指がぴたりと止まった。
 押し黙って、暖かな灯りを吸い込む二つの目が俺をじっと見つめる。
 ぴたり。俺と雪歩の間でだけ、時間が静止した。
「…………さ……触ってください」
 数秒の沈黙の後、結ばれていた唇が微かに動いた。達成感のような喜びが胸中に弾け、俺は唇を吊り上げな
がら「いいだろう」と告げた。




次へ


Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!