二人の撮影会


 「写真集に使うショットはこれで全部でいいんだな?」
 「うん、迷ったけど、これが一番かな」
 日もすっかり落ちて、戸締りを任されて他の社員も帰ってしまった事務所。その会議室の机の上、山のよう
に積もった写真の中からようやく選び抜かれたベストショットが数枚、目の前に並んでいる。
 「ちょっと水着が多いような気がするな、俺としては」
 当初予想していたよりも四枚ほど水着の写真が多い。タレントとしての格も相当に上がった以上、こういっ
た露出はするまでも無い。プロデューサーである俺はそう思っているのだが、彼女はそうではないらしく、写
真集やDVDを出す度に『お色気要素』を盛り込むことは欠かさなかった。
 「うん、やっぱり水着も無いとね」
 「グラビアアイドルとは路線が違うんだから、お色気を狙わなくても充分売れると思うんだが……」
 「プロデューサさんはそう思うだろうけど、ミキの水着を見たがってる人って、今でもいっぱいいるって思
うな。それに……」
 「それに?」
 「服とかお化粧じゃ誤魔化しきれない、そのまんまのミキを見てもらいたいの。色んな人に見てもらうこと
を意識して、ミキは頑張ってるんだから」
 「……なるほどな」
 怠け者だった美希が次第に見せるようになってくれた頑張りが反映されているのは歌唱力やダンスの技術だ
けでは無い。美希が何よりもこだわりを持っているのは、自他共に認める類稀なビジュアルだ。自分のルック
スを更に高めようという意識が芽生えてからは、『よりよく見せる技術を学ぶ』ことではなく『素材を磨く』
ことを頑張っていたのは確かだ。
 そういうことならば、体を隠す面積が極力少ない水着姿を見せたい、というのも頷ける。
 「いいだろう。このチョイスで行こうか」
 目を細めて笑う美希を見やりつつ、並べられた写真を集めて封筒の中へ入れていく。
 「じゃあ、ミーティングは終わり?」
 「ああ。一日長かったけど、これにて本日の業務は終了だ。お疲れ様、美希」
 「はーい、お疲れ様なの」
 座った状態で、一礼。一日の始めと終わりにはしっかり挨拶をしよう、という習慣はデビュー当時に定めて
以来一度も欠かさないようにお互い心がけている。美希の意識を仕事に向けさせるためのみならず、俺の頭も
仕事モードに切り替わってくれるのだ。仕事を終えてプライベートに戻る時も、然り。
 「じゃあこれ、はい」
 「ん、どうしたいきなり?」
 今回は写真集に使わないことが決まった写真を別の封筒にしまっていると、美希がデジタルカメラを取り出
して机に置き、俺の方にすすっと差し出した。
 「二人で撮影会、しよ」
 肘をついて上半身を乗り出しながら、わくわくした顔で美希がそう言った。胸元のやや開いたブラウスの襟
元からは、深い谷間がチラリと顔を覗かせている。
 「写真撮影ならこの間もやってきたばっかりじゃないか。私服からステージ用の衣装から水着まで、今日も
一日使ってあんなに撮影したのにまだ足りないのか?」
 俺の質問に、美希は金髪を縦に揺らして答えた。
 「いっぱい写真は撮ったけど、なんかミキ的には無難な写真ばっかりで」
 「まぁ、美希もトップアイドルだし、あんまりエロいのを撮っちゃうとファンが減る恐れもあるからな」
 「やっぱりそうだよね。変な要求されなかったのは安心したけど、ちょっと物足りなかったよ」
 「物足りなかった、って」
 俺と視線を合わせて、不満そうに眉をひそめていた美希が、ぱちぱちと二、三度目を瞬かせた。
 「だから、すっごく下品でエロエロなの、本気でやってみたいなー」
 細い指がブラウスのボタンにかかる。音も無く外されていくボタンと、徐々に開いていく空色の布地。
 「ま、待て、美希っ。着替えるなら更衣室に行ってこいって」
 「下に水着を着てるから大丈夫だよ。撮影の時からそのまんまにしてたの」
 俺が慌てている間に、さっさと美希はブラウスを脱ぎ去ってしまった。確かに、今日の撮影で使った白いビ
キニが、頼りないとすら言える少ない布地で、立派に育った胸元を覆っている。
 「ほら、カメラ、カメラっ」
 「お、おう」
 剥き出しになった肌に目を奪われてしまい、言われるままにカメラを手に取って、ピントを美希に合わせる。
 腰元のベルトに指をかけている所を、一枚。ぽっと頬を染めて恥じらう表情を作った所で、もう一枚。胸元
のビキニをずりずりと上げて乳房の下側から覗く谷間に、ズームアップ。
 「撮影は任せるから、どんどん撮っちゃってね」
 俺がシャッターを押したのを確認してから、美希がベルトを外し、細身のジーンズがあっさりと床に落ちた。
真っ白なビキニを身につけた美希の、生地の色に負けないほど白い肌がひたすらに眩しい。見栄えのよい体を
作るための努力の跡が窺える、全体的に引き締まった肉体。強く存在感を主張する豊かな胸元と、乳房の大き
な膨らみがその細さを一層際立てるくびれたウエストが、双方の魅力をお互い高め合っている。後ろを向いた
時の瑞々しいお尻も見逃せない。普段は長い金髪に隠れていて見えないうなじや背中も、髪をかき上げて、カ
メラに収めるよう俺に促した。

 十枚ほど、釘付けにされながら美希の全身を撮影した所で、美希が机に上がって、腰を下ろした。
 「……はい、撮って、ここも……」
 俺の方を向いて座った美希が、両膝を左右に広げていった。若さに溢れた内腿が目を惹く。僅かな水着の生
地に覆われた股間には、ささやかながらもふっくらと、大事な部分の存在が感じられた。もしも水着が無かっ
たら、脚を広げて性器を見せ付けるような、卑猥極まりない姿勢だ。腰の奥が疼くのを感じながら、カメラの
ズームをそこに合わせる。
 「ねぇ、ハニー……コーフンしてる?」
 隠しているとはいえ、股間にカメラを向けられてさすがに恥ずかしいのか、美希は頬を上気させていた。
 「……ああ」
 自分が息を荒くしながらシャッターのスイッチを切っていることに、美希から指摘されて初めて気が付いた。
 それもごく当然、必然的なことだと思った。なぜなら、あの海外ロケでの一夜以来、俺と美希は男女の関係
になり、今まで抑圧し続けていた禁忌──男としての欲望──も、最早タブーで無くなったからだ。
 ただ、芸能記者は勿論ファンの目にも恋人の存在を悟られるのは何としてでも避けなければならない。それ
が分かっているから、美希にも自分自身にも、仕事中は必ず『アイドルとプロデューサー』であり続けること
を課している。人の目がある場では俺のことをプロデューサーと呼ぶよう徹底しているし、俺も美希に対して
あくまでも仕事上の関係を貫くことを心がけている。

 ただ、こうして周りに誰もおらず二人っきりだと分かりきっている空間では、お互い自由だ。
 仕事が終わったとなれば美希は俺をハニーと呼ぶし、擦り寄って甘えてくる彼女を俺も喜んで迎え入れる。
 「抱きたい」と求めれば、美希は照れながらも体を許してくれた。

 「美希のこんな姿を見せられて興奮しない男なんて、いないよ」
 ズボンの中で膨張して最大サイズにならんばかりの欲望は理性でどうにか抑えている。が、誰もいない、戸
締りも任されている、もう仕事も終わった、という状況が緊張を緩め、渦巻く肉欲をどんどん膨らませていく。
 「……ミキもね、ちょっと」
 「ん?」
 頬だけに留まっていた紅色が、首筋から鎖骨の辺りまですうっと広がっていく。足の指をぴんと緊張させる
美希の呼吸が、浅いものになってきていた。
 「こんな恥ずかしい姿勢を見られてたら……ムズムズ、してきちゃったよ」
 「美希……」
 ごくり。唾を飲み込む下品な音がした。勿論、俺の出した音だ。
 「…………」
 後ろで突っ張らせて体を支えていた美希の両手が片手になり、右手がなだらかなお腹を下ってきた。白い水
着で覆われたトライアングルに指が伸びていく。
 「お、おい、美希……」
 「……ねぇハニー、ミキの、もっと恥ずかしい所、見て……」
 俺のスイッチが入るのを誘っているのか、それとも、カメラの前で扇情的な姿を晒していたら自身のスイッ
チが入ってしまったのか。美希の指が、ビキニパンツの中へ潜り込んでいく。
 「あっ……んん……!」
 深い溜息と共に、ぴくりと美希が腰を震わせた。
 カメラの電源はまだ入ったままだというのに、俺の目の前で、自慰が始まってしまった。
 「んっ、んっ……ああっ、み、見られてる、ハニーにこんな所、見られちゃってる……!」
 デジカメを握った俺の手はぴたりとも動かず、蕩けた瞳で俺を見つめる美希の視線に、金縛りにあったかの
ような気分だった。その代わりに、中途半端に膨らんでいた俺の性器はあっという間に硬くなって、ズボンの
布地を押し上げる。股間が窮屈だった。
 白い水着の生地を盛り上げる美希の指先が、手前と奥とを前後に往復している。ちゅくちゅくと水音がここ
まで聞こえてくる。水着の向こうにある秘所が直接見えないのが、またそそる。
 「美希は、指を入れる派なのか」
 「うん……今は、こっちの方が好き……ぁ」
 熱い吐息を漏らしながら美希が応える。
 「見て、もうこんなになっちゃってるの……」
 ぴらっと水着のクロッチをずらして、一目見てびしょびしょに濡れていると分かる肉を美希が晒した。ピン
ク色に充血して、呼吸に合わせてひくひくと蠢いている。洞穴のある場所には、細い指が深々と突き刺さり、
ピストンを繰り返して淫らな音を立てていた。
 ついさっきまでミーティングをしていた机が、今は美希の卑猥なステージだ。
 観客は俺一人。いや、俺以外に観客なんていてたまるものか。目の前の光景を独り占めする権利があるのは
俺だけだ。手の中にあるカメラのことも忘れて、痴態を晒す美希を目で犯すようにじっと見つめる。
 視姦。そんな言葉が頭の中に浮かんだ。
 「はぁ、はぁ……ハニーの視線が、気持ちいいの……指、止まらないよ……」
 洞穴の中へ滑り込ませ、内壁を擦っていると思われる指がペースを上げていく。デビューしたばかりの頃、
大きな胸に集まる視線を嫌がる美希に『見られることもやがて快感に変わるようになる』と言ったことをふと
思い出した。
 確かに、美希は人気が上がるにつれて、自分の姿を人々の前に晒すことを楽しむようになっていった。
 しかし、こんなに大胆な──淫乱とすら言えるかもしれない──オナニーショーを始めたのは予想外だ。
 俺にだけしか見せてくれない、俺だけが見られる、淫らなステージ。
 「あ、あぁっ……ねぇ、ハニー……ミキ、も、もう……っ」
 上ずった声。瞳を潤ませる美希が絶頂に近づいているのが、見て取れるほどに明らかだった。許可を求めら
れたわけでは無いが、美希の言葉を聞いているという意思表示も兼ねて、静かに頷く。
 「う……あ、いっ……い、く……くう、うぅぅっ……!」
 何かを堪えるような声をあげて、美希の体が足の先までぴんと張り詰め、浮いた腰をぶるぶると震わせ、数
秒してぐったりと全身が弛緩した。ビキニパンツから抜き取った右手は天井の蛍光灯を反射してぬらぬらと妖
しく光っていた。胸元までうっすらと桃色に染まった肌。

 「美希、俺っ……」
 押し倒して本能のままに犯してしまいたい気持ちをもう我慢できなくなり、ズボンのファスナーを開いて怒
張を外気の下に解放する。見るまでも無かったが、亀頭の先端には先走りが滲み出ていた。あのまま放ってお
いたらズボンに染みが出来ていたかもしれない。
 「あはっ、やっぱりカチンカチンになってたんだね」
 「そりゃそうだ、あんなの見せられちゃ。襲いたいのを我慢してたぐらいなんだぞ」
 「……ケダモノさんになっても良かったのに」
 「今からその『ケダモノさん』になるんだよ」
 「うん……」
 俺が性的に興奮したのを確かめて、美希は白い歯をこぼし、艶を帯びた瞳を満足気に細めた。
 財布を取り出して中からコンドームを取り出そうとすると、「今日は大丈夫だから」と、美希に制止された。
 「美希、一旦机から降りて、お尻をこっちに向けてくれ」
 「あっ、後ろからするんだね。ミキも、結構好き……」
 俺の言う通りに、机から下りた美希が両肘を支えにしてぷりぷりしたお尻をこちらに突き出した。お尻の肉
に掌を重ねて、弾力豊かな感触をぐにぐにと何度か揉みしだいてから、ビキニパンツのクロッチに指を割り込
ませて、洞穴に指を二本差し入れて中を掻き混ぜる。
 「あ……あっ、あ……はぁ……」
 軽く指を往復させるだけでも、よく濡れてぬるぬると滑りのいい粘膜が立てる粘っこい音が聞こえてきた。
お客様を歓迎するかのように、きゅうきゅうと二本の指を締め付けてくる。
 「入れても良さそうだな」
 「うん……準備できてるの……う、っあ……」
 杭を滑りの良い入り口にセットして、腰を奥へ進める。
 「ああ……は、ハニー……」
 たっぷり分泌された愛液のおかげで、引っかかることも無くすんなりとペニスが飲み込まれていく。
 最奥に亀頭がコツンと当たるまで、美希の性器は温かくうねりながら俺を易々と迎え入れてくれた。
 「痛くないか?」
 回数はある程度重ねたとはいえ、初めてを経験してからまだそれほど月日は経っていない。
 俺は気持ちいいが、美希が苦痛を感じていないかどうか、気になった。
 「うん、痛くないよ。ハニーの、大きいね……ぐぐっと体が広がるみたい……」
 「大きい、か。そりゃ光栄だな」
 痛かったら言えよ、と一言かけて、奥までぴったり押し込んだ腰を引いて、ピストン運動を開始する。始め
は、複雑に絡みついてくる襞の感触を舐めるかのように、ゆっくりと。入り口ギリギリまで引いてきた所で、
今度は再び奥へ。
 「あっ、い、あ……くうぅ……!」
 甘い声が美希の喉から漏れる。もっと聞きたい。細い腰に添えていた両手を、臍から上へ忍び寄らせる。薄
い水着の生地と素肌の隙間へ滑り込ませて、柔らかい乳房を遠慮無く弄ぶと、喘ぎ声に混じる吐息の激しさが
増した。
 「おや、もう硬くしてるんだな、ここ……」
 勃起して硬くなっていた乳首を指先でぐりぐりと押し潰す。
 「あ、んんっ、ん……! そ、そこ、いじめちゃヤなの……」
 ただでさえ締まりのよい膣内が、弾力のある乳首を捻る度にキュッ、キュッと収縮して圧力を増してくる。
狭くなる洞穴に、先端から根本まで締め付けられ、しごかれて、へなへなと腰砕けになってしまいそうだ。
 先程の淫らな姿を見ていた間にすっかり高まっていた興奮が、射精に向けて腰の奥で沸騰する。
 「く、キツいな、美希の中……」
 思わず声が漏れる。しかし、淫肉を引っ掻くような下半身の動きは止めない。いや、止まらない。麻薬のよ
うな快楽が、腰を止めて小休止を取ることなど許可しなかった。
 「んっ、んあ、あはぁっ……!」
 徐々に美希の声もボリュームが上がってきた。自慰で迎えた絶頂で一旦冷めた体が温まり、熱くなってきて
いる。体内の複雑な襞もいよいよもって蠢き始め、絶頂に押しやろうとする電流に耐える俺を容赦無く責める。
 一人だけ身勝手に達してしまうのも気まずい。どうせなら一緒に。美希も道連れにするつもりで、左手を股
間へ下ろし、女体で最も敏感な突起を、包皮の上から圧迫するようにして刺激する。
 「あぁっ……! や、んっ、あ……ミキ、いっぺんにそんなにされたら、すぐ……!」
 焦るような美希の声。その心情を代弁するかのように、濡れそぼった秘肉がひくひくと断続的に収縮し始め
た。後ろから突き上げているために表情は窺えないが、きっと快楽に頬を紅潮させているだろう。
 「ひ、ん、あ、やぁぁっ」
 俺の責めに対抗するかのように、美希の胎内が狭くなっていく。絡み付いてくるぬめった襞がうねり、俺の
性感帯を集中的に刺激してくる。カリのくびれた部分に襞が引っかかって、亀頭を引き抜かんばかりに引っ張
ってくる。立っていることが億劫になるほどの快楽にすっかり張り詰めた性器が、弾けてしまいそうだ。
 「は、ハニー……」
 「なんだ、美希っ」
 「あっ、く……イ……イキそう、なの……あ……」
 「俺も、さっきからもうヤバいんだ。いいか?」
 「う……うんっ……!」
 美希の首が縦に動いたのを見て、腰を振る速度を上げる。もう我慢することを考えなくてもいい。解放感を
待ち望む気持ちが、一直線に俺を高みへと押し上げていく。
 「うあぁぁっ……イクっ、いっ………っっ!!」
 体の中心部からマグマが噴き上げてくるのと、美希が声にならない叫び声をあげて果てたのは、ほとんど同
時だった。体を反らして絶頂の快楽に身悶えする姿を観察する余裕も無く、ほとばしる情熱に目の前が霞む。
精液の塊が狭い尿道を押し通る度、何度も何度も頭に衝撃のような射精の快感が響く。

 「……ん」
 一滴残らず胎内に分泌物を注ぎ込んだ性器を引き抜くと、一緒になって真っ白な粘液が零れ落ちてきた。手
近にあったティッシュを何枚か取り出して、まだ荒い呼吸の整わない美希の後始末をする。
 「あ……ハニー」
 まだ快楽の余韻に硬さを少し残しているペニスをしまうと、美希がのろのろと体を起こした。
 「一回だけで……いいの?」
 不満そう、と言うよりは、申し訳無さそうな顔で上目遣いになって美希が俺を見上げる。日頃から忙しさか
ら来る疲れが微かに窺える。今日だって朝から一日仕事だったのだ。
 「悪いな、今日は疲れちゃって」
 ぐうたらではあったが次第に頑張り屋な一面も見せ始めた美希に、『美希が疲れているから』と言っても、
美希は無理をして俺の相手をしようとするかもしれない。容姿端麗、スタイル抜群。エッチなことも割合素直
に受け入れてしまう美希ならばまだまだ『したい』が、俺の我侭で美希をこれ以上疲れさせるのは気が引けた。
 「明日も仕事だし、早い所、着替えちゃいな。車で送っていくから」
 「う……うん、ありがとうなの」
 心なしか、頷いてニコッと笑う美希の表情には、安堵が見えたような気がした。


 「うー……眠いよー」
 会議室の後片付けを終えて、社内の戸締りを済ませてから、美希は三十秒置きに欠伸を繰り返していた。
 「車に入ったら助手席で寝ててもいいぞ。着いたら起こしてやるから」
 「うん、そうする……あっ」
 後は入り口のドアをロックするだけと俺が外へ出ようとすると、美希がスーツの裾をつまんだ。
 「ん、どうした?」
 「……ちゅー」
 アヒルよろしく、唇がクチバシを形作る。
 「そうか、今日はまだだったもんな」
 閉じられた目蓋を合図に、背をぴんと伸ばして口付けをせがむ美希に、少し屈んで唇を合わせる。しっとり
と湿っていて柔らかい唇は、味こそ無いが美味しいと感じた。
 「……えへへ」
 まっすぐ俺の目を見つめながら、つるつるの頬が朱に染まる。滑らかな金髪に指を通して頭をそっと撫でる
と、細い体が俺の胴体にぴとっとくっついてきた。
 「ねぇ、ハニー。ミキのこと、好き?」
 「当然じゃないか。俺以上に美希のことが好きな奴なんているものか」
 「どんな所が好き?」
 「んー、色々あるんだが、一番は素直な所かな。裏でどんな腹黒いことを考えているか分からない奴がいっ
ぱいいるような世界で仕事をしていると、美希の純真さや、のんびり屋な所には本当に癒されるんだ。デビュ
ーした頃はグータラだったけど、やることは真面目にやるようになったしな。いい子になったよ、美希は」
 「う、うん……」
 俺の言葉を聞いた美希が意外そうに目をぱちくりさせた。ルックスについて何も言わなかったからだろうか。
 「あー、うー……て、照れるね。今までミキ、見た目のことばっかり言われてたから、なんか、中身のこと
をストレートに褒められると、ちょっと恥ずかしくなっちゃうの……」
 顔を真っ赤にしてモジモジする美希の、正直に照れを表現する仕草が、胸を甘くくすぐる。こんな仲になっ
てから初めて見られるようになった、美希の新しい一面だ。学校の友達、芸能人、数多の人間から告白された
数は数え切れないほどなはずだが、まるで恋愛を知らなかったかのようなどこかウブな反応に、こっちまでな
んだか甘酸っぱい気分になってきてしまう。
 「じゃ、夜も遅いし、帰ろうか」
 入り口のドアを閉める俺の右腕に、美希の細い両腕が絡みついてきた。

 「ミキもね、ハニーのこと大好きだよ。ミキにも色々あるの。あのね、まず……」
 先ほどの欠伸はどこへやら、饒舌に、熱心に想いを語り続ける美希に、俺は気恥ずかしさでたじたじになり
ながら運転席で頷いていた。
 雲ひとつ無い夜空に輝く月が、今日は一層と美しく見えた。


 終わり



―後書き―

割と短い感じのSSになりました。前置きが短いからってのもありますが、前戯らしい前戯も無かった上に
一回戦で終わらせたのもあるでしょうね。これを、攻守交代で、とか、導入部ももうちょっと濃い目に書くと
いつもの長さに……ってことか。
美希のポイントは「超モテるのに本人には恋愛経験が無い」所だと個人的には思っています。
覚醒美希は本人が目覚めちゃってるからあんまりそういうの無さそうですがw
誕生日ネタに絡めたかったんですが断念。非エロの方ででもやりたいですね。