「今日もいい天気だよ、雛森君」

イヅルはそう声をかけて病室の窓を開けると、柔らかな日差しとともに入り込んだ風がふわりとイヅルの金の髪を揺らした。





手の温度






藍染によって瀕死の重傷を負った桃は卯ノ花による延命治療によりなんとか一命は取り留めたものの、容態は相変わらずだった。

ベッドに横たわったままずっとずっと眠りつづけている。


『彼女には必要なのです。

 自分を必要としてくれる者の声が―――』


そう卯ノ花に言われたからというわけではないが、イヅルは忙しい合間をぬって、毎日のように桃を見舞っていた。




藍染の反乱が起きた当初、瀞霊廷はそれこそ上へ下への大騒ぎだった。

特にイヅルのように自隊の隊長が反乱に加わっていた隊の死神の動揺は計り知れず、隊長の裏切りを受け入れられない死神も多かった。

それでも気丈に隊を取り仕切ろうとするイヅルのがんばりがあったせいか、とりあえず三番隊は落ち着きを取り戻してきているように見える。

だが、それはあくまで表面上のことというのはイヅルには痛いくらいにわかっていた。


隊長の裏切りは何かの間違いではないかと――――


自分を含めて皆、心のどこかで隊長を信じている、いや、信じたいという希望を捨てられないのだ。

副隊長や隊の死神たちにとって自分たちの最上位にいる隊長は至高の、それこそ無条件で敬愛する対象で、何よりも優先すべき人間なのだ。

だからこそ、藍染の死に動揺した桃が市丸ギンに切りかかったとき、なんのためらいもなくイヅルは彼の盾になるべく間に割って入ったのだ。

たとえ、隊長に刃を向けたのが自分にとって大切な人であっても……


だけど自分は後悔している。

心の中で何かおかしいと、隊長の行動に引っかかるものを感じながらも唯々諾々と市丸ギンの言いなりになり、反乱に利用された挙句、桃を傷つける手伝いをした格好になってしまったことを。

ましてや、桃は誰よりも隊長の藍染への思い入れが強く、崇拝といってもいいくらいだった。

その藍染から受けたしうちに桃がどんなに傷ついたのか。

それを思うとイヅルの心は軋むように痛む。


「雛森君………」


イヅルは桃の名前を呼んだけれど、やはり応答はない。

そっと溜息をつくと、イヅルは桃の小さな額に手を当てた。


…冷たい。


だがその分自分の掌の温度が、暖かさが桃に伝わるような気がした。


「実は、今日はお別れを言いに来たんだ……。

 昨日、山本総隊長から命が下って現世に行くことになったんだ。

 だから……しばらくの間ここには来れない」

しばらく、と口にしたものの実際のところどのくらいの期間になるかイヅルにはわからない。

現世で自分が戦うのは未知の敵、バウント―――

死神代行組や、既に現世に派遣されている阿散井恋次たちが苦戦するくらいなのだから、一筋縄ではいかない相手なのだろう。

厳しい戦いが待ち受けていることは間違いない。




できれば、桃が目覚めたときに自分が傍にいてあげたかった。

一人きりで目覚めるのは寂しすぎるから。


…いや。

その時自分は居ないほうがいいのかもしれない。

自分の顔を見れば、桃は否応なしに思い出すだろう。起きたこと、すべてを。


そうなったら、もう前のように……"仲間"にすら戻れないかもしれない。


だけど。


自分が尸魂界に戻ってきた時は、桃が明るく屈託ない笑顔を取り戻しているようにと。


たとえそれが自分に向けられることはなくても。


イヅルはそう願わずにはいられなかった。




「…じゃあ行くね、雛森君」



名残惜しげにイヅルは額から手を離した。

パタン…と静かにドアが閉まり、イヅルの足音が病室から次第に遠ざかっていく。


だからイヅルは知らない。

桃の目の端から、一筋の涙が流れていたことを。

自分の言葉が桃に届いていることをイヅルが知るのは、そう先のことではないことを。





当サイトでの初!のイヅ桃ss…(^^;)
うちはイヅル→桃っぽいのが前提になってますので、こんなカンジになりました。
勢いだけで書き上げたので、色々とオカシイ点があるかもしれないので、こっそりと訂正する可能性大(ヲイ)

20071005up


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[果てしない欲望の20題]より
お題提供サイト:scratch

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