トントン、とドアを叩く音が響くのを耳にし、安岡は新聞を読んでいた頭を上げる。
後ろ頭を掻いて面倒くさそうに天井を見上げ、十数秒。

口を閉じたままだったが、再度ノックの音が響けば、重い腰を上げて伸びをしながら、訪問者を確かめもせずに「開いてるから入って来い」と返事をした。
不用心かもしれないが、今住んでいる部屋は、ほぼ安全と言ってもいい場所に位置している為、先の間が取れる相手ならば余程の事が無い限りは安全だと、安岡は考えている。
それに顔見知りの奴くらいにしかこの場所を教えていないという理由もあるのだが。

そう考えていたせいか、安岡は開いたドアから覗いた銀髪を見て一瞬自分の目を疑った。
が、切れ長の目と安岡の視線が合い、ようやくそれが思っていた人物と違う事に気付き、タバコの火を揉み消すついでに、知らずと詰めた息を煙と共に吐き出し。変えてしまった表情を取り繕った。

「おお、赤木か。どうした、珍しいな。お前が俺を尋ねて来るなんてよ」

片手を軽く上げて挨拶を交わす。
視線を逸らし安岡は、乱雑した机の上に自らの着ていたジャケットを広げて被せた。
それは、代打ちの仕事がなくなってからというもの本業の方に専念している為、刑事職以外のものに知られてはいけない資料が置きっ放しになっていたからなのだが、一瞬頭を過った男の残像を脳裏から消し去る効果も期待しての行動だった。

「んー、近くを通る用事があったからね。あと聞きたい事も有ったから」
安岡の動作を視線の端で捕らえながら赤木は後ろ手にドアを閉め、背をそのドアに預けた。

「…聞きたい事か。何だ?言ってみろ。答えられる質問なら答えてやるよ。」
突っ立ったままじゃなんだ。まぁ、座れ。と向いの椅子を指で示しながら、読んでいた新聞を畳んで机の端に置いた。


「最近、ネコを拾ったんだよね。路地裏で苛められてた捨てネコ。すごく可愛くて優しく接してるのに、心を開いてくれないんだ。傷とか見ると古いものが有って、どうやら前の飼い主から虐待うけてたみたいなんだけど、どうしたら良いと思う?」
赤木は安岡が促した椅子の背凭れに両手を乗せ、座らないまま船漕ぎの様に前後に動かして遊びながらそう言葉を紡ぐ。

何ともない、至って平凡な話が赤木の口から飛び出すのは珍しい事だ。
伺うように赤木を眺めた安岡は煙草を一本取り出し、火をつける。
「あぁ?…ネコ?……お前がそういうのが好きだなんて初耳だな。だが、何故俺に聞くんだ?」


問い掛けに対して赤木は何も言わず、視線を天井へ向けた。
ゆら、と揺れて消えていく紫煙を二人して、ただ眺めていた。



煙草の残りが半分を切った頃、ようやく赤木が口を開く。
「…気持ちが分かるかなって思ったから」

赤木の言葉に安岡は耳を疑った。
「ネコの気持ちがか?…はっ、それは無いだろ。……そうだな、餌とかで釣ってみたらどうだ?次第に懐いてくるかもしれないぜ。」
こんなおっさん捕まえてネコの気持ちもクソも無いと思うんだが。と安岡は軽く笑い、残り僅かな煙草を消し、また新しい煙草に火をつけた。
「俺はペットを飼った事が無いからね。安岡さんは飼った事ありそうな感じがしたから。」
赤木は目に弧を描かせ、口元に手を当てクク…と喉の奥で笑う。

「ふぅん…餌ね。…参考にさせて貰うよ。じゃ、そろそろ帰るね。」
出されたコーヒーは一口飲み、苦そうに顔を顰める振りをしながら赤木は席を立った。それがフリだというのは安岡にも分かり、肩を竦めて言葉を返す。
「本当にそれだけ尋ねにきたのか。暇が有ったら、飯でもどうだ?」

赤木は動きを止め視線だけを安岡に向けて、口の端を片方あげて笑った。
「…それより、今度ネコ見に来てよ。可愛いからさ。そいつ、俺と同じ毛の色しててね。心開かない割りには義理堅くて、今日もご飯作って待っててくれてるんだよね。……それじゃあ、また。」
そう言い終わると、赤木はドアを閉めて部屋から出て行った。
言っているときの目を細め首を傾げる仕草は、どこか楽しそうにも見え、一瞬だけ敵意が見れたような気がした。

「飯作って待っている?ネコじゃないのか…。…人か?───……毛の色が同じ…」
安岡の脳裏に一瞬浮かんだ人物は居たが、一緒にいるなんざあいつが望む筈もないだろう。と伸びをして、赤木に出したが残されたコーヒーの残りを一気に煽った。
















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アトガキ


爽やかな赤木と煙たいおっさんの安岡をイメージしつつ。
安平なのかアカ平なのかわからなくなってきました;

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