「だから、てめぇは…───!」

安岡さんの怒声が聞こえる。ああ、又殴られるのか。
……でも、…それが安岡さんにとっての俺の存在価値なら…
痛い、な…何もかも…


そう思った瞬間に、目の前の光景が消え去り
手の上に温もりを感じ、重い瞼を開く。

「幸雄…、…魘されていたみたいだけど、大丈夫?」

切れ長の目が俺を覗き込み、名前を呼んだ。
名字で呼べと言ったが、赤木は名前の方が呼びやすいと、何度訂正しても断固として名字では呼ばない。
そうか…、今は赤木のところに居るんだったな…。
先程の夢を引き摺ってしまい、赤木の顔を睨みつける様に見てしまったが、何をやっているんだと直ぐに軽い笑いに変えていく。

俺が此処に運び込まれてから、もう2週間以上経つ。
怪我の方は激しい運動をしない限りは大丈夫だろう。と赤木が連れてきた医者に言われ、宿賃と礼代わりに家事は手伝っている状態で、何時までも此処に居られる訳では無いと分かっていながらも、赤木の気遣いに甘え、ずるずると日々を過ごしてしまっている。

「あ…ああ…すまない、もう大丈夫だ。…ん、どうした?」

赤木は無言で俺の顔を見ながら、考え事をしている。
冗談を言う前にもこういう風に考える事が有る事が、一緒に生活をしているうちに分かってきていた俺は、今回はどんな冗談を繰り出してくるのかと、密かに笑みを 零し、その姿を眺めていた。
すると徐々に掌の圧が強くなり、息がかかる程に赤木の顔が近づいてきた。
動作の意図が読めずに、睫毛まで銀色なのか、など考えた瞬間に我に返り、片手で緩く赤木の身体を押し返した。
後少し遅れていたら、其の侭触れてしまいそうだった唇は、笑う形に変わり、離れていく時に、俺の下唇を赤木の指が触れて行った。

「涎、垂れてるよ。」

赤木はそう言い目を細め、子供をあやす様に俺の頭を軽く叩いた。立てていない俺の髪がその度に鼻先をくすぐり、照れくささとムズ痒さで噴き出して笑ってしまった。
暫くの間、一緒に笑っていた赤木は、その動きを止め俺の髪を掻きあげ、「うん、幸雄は笑ってる方が良いね。」と表情を覗き込んできた。
いつも鋭い眼光はこういう時に限って、柔らかく強く光り俺を捉える。
その瞳に笑っていた俺の声は止まってしまう。

「じゃ、ちょっと出掛けてくるね、夕方には戻るから」

止まった笑い声に気付いた素振りで目を細めた赤木は、俺に考える時間も与えずに、確認の為に「良い?」と言葉を次ぐ。
急いで、その事は分かった。と頷くだけの返事をした俺を見れば、「怪我増やしちゃ駄目だよ。」と冗談っぽく笑い声を混ぜた言葉を残し、伸びをしながら部屋を出て行った。

取り残された俺は、風が吹いて、窓ガラスが音を立てるまで、無意識に先程まで触られていた頭に掌を乗せて、惚けてしまっていた。

赤木の挙動の一つ、一つに振り回されてる自分が恥ずかしく。目覚めに顔でも洗うか、と洗面台の前に行けば、鏡に映った顔を見て驚いた。
赤木が撫でていった下唇には、微かに血が付いていたからだ。唇が切れている状態を見れば、唇を噛み締めた痕だとすぐに分かった。
安岡に暴力を振るわれた後には必ずと言ってもいい程に、唇からは血が滲んでいたせいでその事が分かったのだが、それと同時にどうして噛み締めていたのかが、夢の映像と共に蘇ってきて、その残像と込み上げている感情を振り払う為に強く首を振った。

一言も傷の事には触れなかった赤木の、あの人には無い優しさが心の奥に染み渡っていくのが、自覚できた。
それなのに霞む事も無く、其処に居続けるあの人が、憎い。でも、会いたくてどうしようもなかった。

「俺は…」

続く言葉など無く、無言で鏡の中の俺を睨みつけた。





「───…安岡さん、ね。」

部屋を出て行った赤木が、冷めた瞳で呟いた一言は、平山の耳に届く事は無かった。














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アトガキ

アカ平。脳内で話は出来ているのに文章が上手く書けずに前回から間がかなり開いてしまいました。
幸雄が乙女すぎる気が…。



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