俺を通り越して違う奴を見てる貴方で良いから。
時折…、1ヵ月に1回でも……いや、もう1年に一回でも良い、貴方が俺の名前を呼んで見てくれるだけで良い。
それだけで良いから、傍に居させて欲しい。
そんな願いは叶わなかった。
ホンモノが現われたからだ。
しかも、その後……戦う事はなかったが、無惨に負けた。
ホンモノなんかより、一緒に居た時間は長かった筈なのに、その一瞬で関係は崩れた。
ああ、安岡さんが惚れ込む腕だと分かった。
だから、此処に居場所が無い事を理解した。
そして、もう組む事はおろか、顔を合わせる事さえも無いのだと覚悟した。
分かっている。…分かっていた。
理解している。…理解していた。
覚悟している。…覚悟していた。
はず、なのに…。
捨てきれない。
希望が、期待が、想いが。
「てめーから当たってきて、挨拶も無しかァあん???!!」
抱いていた感情を紛らわす為に、肩が触れたチンピラと殴り合いの喧嘩をした。
思っていたより弱くて、拍子抜けした。
暫くして兄貴ぶんだとかが後からかけつけて来て、ああ、ヤバいな。と思った瞬間に、脇腹を刃物で刺されてしまった。
けっこう深いとこまで刺されたみたいだ。
血が無くなっていくのが不思議と分かったから、可笑しくなって口の端で笑ったら、目眩がした。
太腿が痛みで痙攣して震える、余りの震えに力が入らなくなって膝が地面についた。
何人居るのだろうか頭の上から降り注ぐ、下衆た笑い声が耳障りだ。
髪を掴まれアスファルトの上を引き摺られていく。ザラザラした感触が頬に触れて皮膚が破れた気がした、擦れた部分にじわじわと熱が溜まっていく。
腹部が重くて息苦しくて、体全体が熱い。
なんだか、抵抗するのも面倒臭くなった。
力が抜けたのが分かったのかチンピラは笑いながら、俺の服の内側を漁り始めた。
財布か……幾ら入っていたかな…
げひゃひゃ、だとか、ぐへへだとかが汚く響いて、唾が額と髪に降ってきた。
それ以降声はしなくなった。
「…痛ー……」
助けを求める為に浮かぶ人なんて一人も居ない。
安岡さんの為に脱色した髪が……汚れちま…った…。
…安岡さん……、そういや…あの人刑事だったな
。
………はは、俺がこのまま…此処でくたばったら……
…顔合わせて…しまうよな。きっと。
もう、熱いし、重いし、苦しいし、汚いのに、
会いたくて、助けて欲しくて、一番に呼びたい筈なのに、こんな時に限って、あのときの覚悟を思い出して、妙な意地みたいなものをはってしまう俺が居て。
必死に壁に捕まり、歩けるだけ歩いた。