ふと見上げた空が青々としていて心地好かった。
「良い天気だな。散歩でもするか?」
意識するでも無く、口をついて出た言葉。
誰も聞いていなかっただろうな。と後ろを向いてみれば、返答代わりにか軽く頷いた平山の頭が見えた。
なんとなく思い出したのは、オブラートに包むのが好きな医者が言った『少しふくよかになられているので、運動もして下さいね』の言葉。
おおよそ、酒と煙草の繰り返しの不摂生の結果だろうが。
散歩もたまには悪くないか。と真っ昼間にカタギには見えない男二人がぶらぶらと当ても無く歩き出した。
並んで歩くのも面白いかもしれないと思ったが、平山は1メートル程の距離を保って同じ早さで歩いているようだ。
ちらりと背後を見遣ると、出来るだけ周りの風景に合わせようとしているのか、目立つ白のスーツのジャケットは片手に下げ、ワインレッドのシャツは腕まで折り返し、いつも掛けている表情を隠す為のサングラスは、今は胸許に収納されている。
歩く度に揺れる銀髪に吸い込まれていきそうな空の青が映えるな、と柄にも無い事を考えてしまった。
暫く歩いていたが、会話が無い。
最近有った事件の一つでも面白可笑しく話せば楽なのだろうが、この陽気ではそんな気分にもなれずに、選んだ話題はアカギの事だった。
もう平山には何度も話しているだろう、とは思うが何度話しても大人しく聞いていてくれる。
コイツの打ち方も嫌いでは無い、ただ少し冷めている所がある。だからこそ話に熱が篭った。
アカギに触発されれば、もっと伸びるだろう。
ただでさえあのアカギの代わりとして打っているのだから、凄い奴だと思う。
まぁ、コイツには面と向ってそんな事を言う事は無いが。
代打ちの仕事の量と金額が代わりになっていると思っているし、それに、上辺だけの面なら幾らでも取り繕えるが、思っている通りに褒めるというのは得意では無い。
余りにも背後が静か過ぎて違和感を感じ振り返り、平山を見た。
空を仰ぎ見ている様で、顎を持ち上げている。
ツンと立てた髪の毛は、風に遊ばれ止まる事無く動いていた。
昼夜問わずに卓を囲めばそりゃ疲れもするだろう、陽気に誘われて眠気でも来たのだろう。
よくよく見れば日に照らされた肌は日焼けの文字など思い浮かばない程の白さ。
ただ、健康的な肌色では無く、どちらかといえば蒼白い。
たまには、こうやって散歩するのは俺にとってもコイツにとっても良さそうだな。
何か考え事でもしているのだろうか、こちらが立ち止まった事にも気づかず2歩同じ歩幅で前に出た。
頭の回転が早く、周りの状況に合わせるのが常のコイツでもそんな事があるのか。
驚きと同時に、何か分からない情みたいな物が涌き上げ、笑みが零れた。
ようやく距離が縮まっていた事に気づいたのか、慌てて平山は立ち止まり俺を見た。
『飯でも食いに行くか』と声をかけようとし、口に銜えていた煙草の煙が揺れ、平山の身体に重なった瞬間。
「……───…あー…、…俺、…先帰ります。」
そのせいで、俺の身体の横を駆け抜けていった平山の表情は読めなかった。
用事でも思い出したのだろうか。
ただ、それにしては掠れた声色が耳に残り、平山の背を視線で追ったが姿は見えなかった。
ふと、一人になったことに気づき、行き場の無くなった言葉を溜息と一緒に吐き出した。
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アトガキ
安岡さん視点。
安平は、ゆきおの考え過ぎによる勘違いだったり、ゆきおの考えが読めない安岡さんですれ違っていてほしい。
この後は、どうした、虫の知らせでも受けたか?くらいにしか安岡さんが考えていなくて、また散歩に誘ってみるか。とか考えていると思うのです。