「───じゃねぇつってんだろうが…っ!」
怒声と共に鈍い音が頭の骨を通じて直接、脳に響いた。
一体、何で殴られたんだろう…これ、絶対に拳ではないな…
痛い。尋常では無い程、痛い。
しかし、庇うと痛みが追加で襲ってくる事は分かっていた。
視線を向けても怒鳴られる。蹴られる。
だから敢えて抵抗せずに、ごめんなさい。と謝るだけだ。
もうモラルなんてものは無いし、積み重なっていたプライドはこの男の前では崩さなければならない。
おかしいな、代打ちの仕事は普段どうりだった筈だろ。
ああ…、今日は仕事の方の揉め事か。それに、酒もかなり入っているみたいだ。
「ごめんなさい以外、言えねぇのか!」
荒々しい言い方で、火の点いたタバコを俺の腕に投げ捨て、灰皿の代わりの様に踏みつけた。
この人…今どんな顔してるんだろう。
あ、熱い。
はは、感覚が遠くなってるな。
自分の事よりも先に目の前の男の表情が気になるなんて、本当にイカれてる。
俺は取り合えず、謝った。
それ以外になんて声かけても苛立たせるだけだと知っているから。
俺の声がアカギと違うから、と鳩尾を蹴られた事も有った。
思い出して、鼻の奥がツキンとした。
腕の重圧が引き、直ぐに後頭部に固いものが押し付けられた。
一気に額が床に押し付けられる、踏みつけられているんだ。と朧げに考える。
痛みを遠ざける為になのか、俺はいつも安岡さんに暴力を振るわれる時になると思考に薄く霧がかかる。
「謝るしか脳がねぇのか?!………はっ…所詮はニセモノだからな。」
後半の言葉はやけにはっきりと耳に届いて、ズキンと何処かに痛みが走った。
じわり、と覚醒しだした感覚に身体が悲鳴を上げ始める。
最後にそれだけ言えば満足したのか、部屋を出て行く靴音だけが響いた。
ニセモノを選んだのは貴方だろう…。
この痛みのはじまりは何時だったろう…
ああ、もう断片的にしか思い出せねぇよ
考えれば考えるほど殴られた顳かみが痛んで、クラクラする
生温いような熱いような感覚が脈打ちながら顎に伝って行く。気持ち悪い。
目を開ければ、どうやら割れたサングラスによって、頬や額が数カ所切れてしまったみたいだ。最悪だ。
その痛みに、プライドを踏みにじられ好き放題に暴行をはたらかれた事に、
なによりも自分がその行為に適応し出している事に。
押さえていた呻きが喉から漏れ、次第に嘆きに変っていく。
蹲り、何度も一人喚いた。
「ホンモノが良いなら……最初から…っ…」
ひりつく喉からは酷く掠れた音が漏れた。
この気持ちも言葉も含めて、いつもの事だと思うと、更に涙が出た。
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アトガキ
ゆきおは半自覚の献身的Mだという妄想が発展し過ぎました。
性的接触は一切無しで、苛立ち荒れる安岡さんを癒す為に暴力に耐えるゆきお。
でも、ニセモノという言葉に過敏に反応したりする乙メンだと思う。
ゆきおが安岡さんに好意を持って依存している様に見せかけて、無意識にゆきおを頼ってたりするとたまらない。
暴力ふるった後、無骨なおっさんが視線の端で心配してるともっと良いと思います。