今日の遠藤はいつになく上機嫌で、鼻歌などを歌い椅子に腰掛けている。普段の遠藤とはかけ離れている姿に、事務所の中で異様な雰囲気が漂っていた。
部下はといえば、見たことの無い笑みの社長の姿に釣られて笑顔に…、などと言う事は無く。何かの前兆ではないかと怯え、ピリピリとした空気になっている。
そんな中でやっと時計が、昼休憩の時間を指した。それと同時に、一人の社員の声が響く。
「社長…あの、お先に休憩いただきます。」
それに習い、この空気から一刻も早く逃げ出そうと、普段は弁当を持参している社員でさえも、遠藤に一礼をして事務所を出て行く。
『そういえば、最近…っていうか結構前からずっと社長は弁当だよな。』
『恋人でも出来たんですかね。』
『社長と、長く続く人って聞いた事ないな。』
『でも凄く幸せそうじゃないですか?やっと身を固めるんですかね。』
『馬鹿、それで喧嘩でもした時には俺達にまで飛び火するんだぜ。』
『あ〜、それは困りますねぇ。』
遠藤はと言えば、部下達がそんな会話をしていることなどつゆ知らず、今朝の出来事を思い出してはニヤけていた。
今朝、遠藤が目を冷ましたのは、仕事に向う1時間前。いつもよりも早い起床の理由は、やけに肌寒くて、隣にいる人肌を求めれば、そこにいる筈の人物が居なかったせいだった。ベッドから落ちてるのかとベッドの下を見ても、人影など見当たらなく、まさか出て行ってしまったのかと、眠気と寒さは一瞬で吹っ飛び、遠藤の顔は青くなっていく。
ベッドから飛び起きれば、キッチンから漏れる光に気づいた。泥棒か何かだったらブッ殺してやろうと、物騒な事を考えゴルフクラブを手に、静かにキッチンに面したリビングまで歩いていくと、香ばしい良い匂いが漂ってきた。
そして、キッチンに立っているのが探していた人物で、料理をしているのだとようやく理解する。時間がかかったのは特徴的な黒く長い髪が、ゴムで一つに纏められていたためだった。大きいサイズの遠藤のシャツを一枚羽織り、下着一枚の格好で手際良く鍋をかき混ぜ、その後にフライパンで何かを炒めている。
その姿をゴルフクラブを片手に持ったまま眺めていれば、調味料をとる為に振り返ったカイジと目が合った。
「あ。」の口のまま止まったカイジは、直ぐ目を逸らし、また遠藤に背を向け調理を再開しだす。その頬が僅かに赤らんだのを見逃さなかった遠藤は、『悪戯が見つかった子供みたいだな。』と口元を緩め。リビングの電気を点けソファに腰掛けた。
暫くカイジの後ろ姿を愛おし気に眺めていたため、調理を終え遠藤の方を向いたカイジは、再度遠藤と視線が合ってしまい。顔を赤くして、眉を寄せつつ目を閉じ、溜息を吐いた。
「いつ起きたんだよ。まだ、寝てればよかったのにさ。」
唇を尖らせぶつぶつと呟きながらカイジは、「あー、疲れた。」と髪からゴムを外し、遠藤の横のソファにどっかりと沈みこみ、そのまま頭を遠藤に預けた。肩に触れた長い黒髪がくすぐったい。
今まで遠藤が起きてもカイジは起きる素振りも、まして起きた形跡など見せなかった為、毎朝こんな風に準備をしていたなど遠藤は知らなかった。
「なに人の顔見て笑ってるんだよ…。朝ご飯は皿の中、弁当も置いてあるから持ってけよ。じゃ、おやすみ。」
遠藤を見上げ、そう早口に言い終えて仏頂面で早々に瞼を閉じたカイジを見ていると、自然と表情が柔らかくなっていく。カイジと住んでいると、幸せだ、と思う瞬間がたくさん有るが、その中でもかなりの上位に位置する幸せの時だった。
「…ああ、ありがとな。」
素直に礼を呟いた遠藤の言葉が聞こえたのだろう、カイジは「珍し。」と呟き、小さく口角を上げて笑った。
カイジが寝入るまで、黒髪に指先を通して頭を撫で。気持ち良さ気に、手の動きを受け入れているその顔をただ眺めていた、それだけの事でさえも遠藤は充たされている気分になり、緩む頬を正す気にもならない。
暫くして、カイジに呼びかけても返事が無い事を確認すると、遠藤はその身体をベッドまで運び、無防備な唇にキスをして仕事に向かう準備を始めた。
遠藤は持ってきた弁当を広げつつも、帰った時にアイツはどんな表情をしているだろうか。
どんな気持ちでこの弁当を作ったんだろうか。
滅多に言わないが…美味かった、と言ってみるのも良いかも知れないな。
照れるだろうか、喜ぶだろうか、当たり前だろ。と怒るだろうか。
そんな風に次々とカイジの事を考えながら、サングラスの奥の瞳は細められていた。
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アトガキ
居候設定。
このサイトの遠カイは何だかんだいっていちゃこいてるのがデフォ。
で、カイジは包丁は苦手だけどそれ以外の味付けは上手い子。
遠藤さんは逆で包丁以外は駄目な感じだと勝手に模造。