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あの二人の初夜?


平日とも休日とも、今日とも昨日とも明日とも知れぬ、"島"。
カジノが襲撃されたり爆発が起こったり死体が転がったり、島のあちこちでそんな事が起きる、そんな日。
いつもと変わらない島で、いつもの通り、島に声が響き渡る。
島中へと電波に乗せて声を届かせるその人物は、今日も変わらず―――高笑いを続けていた。

「ヒーハハハハハ!この前の『24時間連続【暴欲団】延々メドレー耐久レース』はどうだった!?延々流してたのを全部聞いてた究極極めたような暇人は曲名順番で全部書いた上でお便りを送ってみろ!!島には多分そんな暇人が2,3人はいると思うぜ?俺はかけてる間に30分でへばって毛布被って寝てたんだけどな!ヒャハハハハ!!」

島の昼、町中の高らかに声をあげているのは一人の女性だった。
駐車場に止められた『蒼青電波』のワゴンの中、島の中でも一際白い肌をした女性。

ケリー・ヤツフサという名を持つ彼女は、楽しげにマイクに向かって喋り続ける。

「さて、今日は特にゲストも居ないし【なぜなに電波】の後にドラマCD「撲s……うおっ、ここで早速届いたお便りを紹介だ!お便りをくれたのは……バネ足ジョップリン(年齢不詳)!!……ここまでくるともうどうでも良くなってくるな!えー……………曲名がずらずらと書いてあるけど以下省略!ちなみに正解者にはおめでとうの一言をプレゼントだ!みんなこぞって応募しろ!ヒーハハハハ!!」

放送は電波に乗り、喧騒に紛れ、島の空気へと溶け込み―――



いつもの喧噪、いつもの剣騒、いつもの険相。
葛原宗司は、いつもの通り飯塚食堂にて昼飯を取っていた。
自警団の団長という立場にある葛原は当然忙しく、ここ数日も何とか一通り仕事を済ませて遅めに昼食を取ることがしばしばだった。
チンピラ達のしつこい事しつこい事――喧嘩を止めた翌日にはまた小競り合いが起きていたりする。
しかも葛原の事を知らない奴らばかりが、決まって反抗しようと向かってくる。
葛原の仕事はそれらを止め、愚かにも拳銃を持ち出して発砲しようとする奴を―――拳銃ごと、腕ごと、撃とうとする意志ごと、両手で止めて、握り締めてへし折ってしまう事だ。

「……」

自警団の仕事は多く―――島の英雄は若干疲れ気味でもあった。



橋が夕暮れによって橙から紫に染まる頃。
もっとも名前のない島の中ではそうした景色による時間を実感する機会がないのだが。それでも一応は夜となり、それに伴って地下通りもますます人が多くなっている。

そうした中を、葛原は歩いていた。

歩いているとき、あちこちで声をかけられるのはいつものことだ。
単に知り合いもいるし、今のように子供達に囲まれていることも多い。
「あ、クズだ」
「クズー」
「晩飯奢れよクズー」
「あ、今日はケリー姉ちゃんは一緒じゃないのな」
「ホントだ」
「一昨日ワゴンから出てきたのみたぞ」
「……」
「いつも一緒にいるのに!」
「まさか破局か!?」
「ケリー姉ちゃんを捨てたのか!?」
「クズ最低!」
「俺にはお前は合わないんだよとか言っていっぽーてきに振るんだな!」
「でも実はクズは裏でふじのやまいをかかえてて、それを隠すために別れるんだ」
「だけど、結局クズは生き返る。なぜならクズだからだ!」
「そして生き返ったクズは『言ったろ……心配するなってよ』って言いながら、駆けつけて泣き崩れてるケリー姉ちゃんを抱きしめるんだ!」
「ひどい……ひどすぎるよクズ!女心をもてあそんで!」
「女の敵!」
「生き返るくらいなら死ぬな!リサイクル品め!」
「回収されてしまえ!」
「ケリー姉ちゃんの涙を返せ!」
「クズは回収できても涙は回収できないんだぞ!」
「そんなだからクズは……もごががっ、むがーっ!」
「ギャウッ」
「グァッ」
ゴン、ゴンゴン、と包丁の嶺が飛んできて、葛原が口を押さえた子供とは別の子供達―――飯塚食堂の息子達の頭を直撃した。
いつの間に後ろに回ったのか、そこには彼らの母親が笑いながら立っている。この笑みが単なる笑いではないのは、包丁で叩くという行為ではっきりわかった。
他の子達も青ざめて「じゃあなクズ」「また」と言いながら撤退を始めた。
それを見送りながら、葛原はどこか遠い目をしていた。



そのまま歩いていると、少し先の駐車場に見慣れた青いワゴンが止まっているのが見えた。
今は放送が止んでいるが、ケリーは中に居るだろう。
あの車は彼女のスタジオであり事務所であり居住空間であるからだ。

一応扉をゴンゴンと叩いてからガラッと開ける。

「きゃあっ」

一瞬誰が発した声だか判別が付かず、びくっと硬直する。
目の前には、いつものビキニを隠すように毛布を羽織ったケリーが一人。
顔を真っ赤にして、葛原と顔を合わせないように俯いていた。
隠しきれていない部分から、真っ白な肌が覗いている。

「……」
数秒硬直し数秒考えた後、無言でドアを閉める。

もう一度ドアを開けると、いつも通りのケリーがそこにいた。
面白いものを見つけたように笑って、葛原の方を見ていた。

「ヒーハハハハハ!!ひっかったなクズ!!顔真っ赤にしてどうしたぁ!!?」
「…………とりあえず入ってもいいか?」

ワゴンの中に入ると、どうしても二人の距離は近くなる。
葛原は調子を崩されたかのように、表情を変えないままケリーから目を反らせなかった。
毛布をするりと脱いだケリーは笑いながら、いつもの調子で話しかけた。

「ヒハハハハ! 葛原、もしかして私にヨクジョーしちまったのか?」
「……ああ、その通りだ」
「ヒハ?」
「ケリー……」
「いや違うだろ? ここはいつもみてーに『そんな口調の女相手にその気になるか』とか言うとこだろ?」
「その気になった」
「なにマジ顔で冗談こいてんだよ! ちょ、おま、んんっ!?」

葛原の大きな手が肩に置かれたと思ったら、驚くほど自然な動きで唇を塞がれていた。
素肌に彼の手袋の感触がいやにリアルに伝わってくる。
”その気になった”らしい葛原の顔は真顔で、対してケリーの顔は焦った笑いが張り付いたままだった。
―――ま、マジかよっ
幼い頃から一人でラジオをやって来たケリーには、恋愛経験というものがない。
知識でこそ無駄に余りあって電波で放出する程あるのだが、それはやはりネットだの何だのから得た知識であり、生身の人間相手にこういう雰囲気になった事など一度もない。
それに加え、今目の前に居る人物というのは"あの"葛原なのだった。
金島銀河の事件の際、彼のエンジンを入れる為にキスをかましてやった事はあるにはある。
しかしその時はそういうテンションだったし、こちらから強引にしてしまった。
そして、今はそれと全く反対の立場にいる。
「……ん……」
―――何それっぽい声出してんだ、反撃しろ!
そうは思うがクズはでかいのだ。
現に今押さえられてる手だって自分のものと比べてかなり大きい。
少しは抵抗しようとして、
そしてケリーは諦めた。
抵抗する理由なんて、おそらく捜しても出てこないのだから。
「クズ……」
葛原の唇は、ひどく優しい。
普段口うるさくこっちを窘めてくるのはどこへ行ってしまったのだろう。
肩に置かれていた手は、いつの間にか背中に回され、自分の腕もそれに倣っている。
―――おお、普通の恋人っぽい。
普段の自分だったら似合わないと笑うだろうが。
触れるように、なぞるように繰り返されるキスを、どれほど続けただろうか。
葛原の体温を感じる度に自分の心も温かくなるようで、大きな背中をますます強く抱きしめた。
「…んっ……む…」
そうして続ける内、いつもの自分が俄に復活する。
やられっぱなしも悪くはないが、ここであまりにもしおらしくしてしまうのは、どうなのか。
「 !!? 」
舌を入れた瞬間、背中に回された腕が硬直するのが解った。
―――少しは反撃になったか?
思うのもつかの間、葛原も自身の舌を絡めてきた。
それと共に自分を抱く腕の力が一層強くなる。
自分が求められているのがストレートに解ってしまい、頭の熱が加速しそうだ。
一秒ごとに頭の中がぐつぐつと煮詰まっているような感覚すら覚える。
舌先に触れるたび、唇を舐められるたび、こちらが強く抱きしめると抱きしめ返してくれるたびに。
なぜこんなにもなってしまっているんだろう。
多分顔は真っ赤なんだろう。
しばらくして顔を離した時、ケリーは全力疾走した時よりも荒い呼吸をしていた。
普段は真っ白な肌が興奮で真っ赤になっている姿は、葛原の頭の捻子をいくつか飛ばした。
そんな彼女が、その青い目を潤ませながらこちらを見つめている状態。
「クズぅ……」
そんな事を言いながら自分に身を寄せてくる状態。
一片の迷いもなく彼は本能に身を任せ―――


**

「ア・あーあー電波届いてるかあ!?島の一部にネットでお届けする深夜枠!【○×電波】! P.N グレゴリー・シャマル・ド・シャルンホルスト・イースランド・ギータルリン・バルバロス・幸村、他にもバネ足ジョップリン(年齢未設定)から多数の、本当に多数の意見が送られて来やがったぜ!ほんとどうしようもないな!!ヒャハハハハハ!暇人達のせいで開設されることになったこの月末の深夜枠!! こんなネットの番組、まともなお子様が聞いてるわけねえが、とりあえずラジオ切って寝ることをオススメするぜ!」
「その前にお便りだ! 『この前青ワゴンがギッタンバッタン揺れてたんですけど何かあったんですか?』……………………おおっとぉ!放送事故になるとこだった! これはなー、まあ大したことじゃねえんだけどその……いや、なんでもない!そいつは後に回すぜ! どうせ中で猛獣が暴れてたに違いねえな!! 次のゲストは三メートルを超す動物がゲストってか? ヒーハハハハハハ!!」
「さて、とりあえず第1回目だが……これしかお便りが来てねえ!突然だから仕方ねえな!ヒハハハハ!というわけで今日は初回特典としてとっておきのホットな超秘蔵の音声をお届けするぜ! ホントはAV垂れ流しっていう案もあったんだがな、今日は特別サービスだ!」



島のどこかのワゴン内。
ネット配信している番組が、大音量で流れている。
そしてそれを聞いて顔色が悪くなっている葛原が一人。
「おい、何でこの音声が流れてるんだ」
「あ?あのワゴンは何かあった時用に絶えず録音ボタンが押しっぱなんだよ。今回はそれを引っ張り出してきて一挙放送!ってわけだ!ヒャハハハ」
「……止める気は無いのか。っていうか止めるぞ」
「そんなこと言うなよクズ−。声だけじゃ誰だかわかんねーって。ましてやいつもの俺の声じゃねーんだしぃ−。それにちょっと弄ったくらいでこいつはネット上だ、放送が妨害されるわけないだろヒハハハハ!!」
「……生き恥だ……」



「下手な恋愛映画ヨリ、こっちのほうガ愛に満ちてル」
ギータルリンはネットでストリーミング配信されているラジオ番組を聴いていた。
今流れているのは音楽ではなく、どこかのカップルが睦み合っている音だった。
ところどころ消えている部分は、お互いの名前でも呼んでいるのだろうか。
恋人同士の奏でる音を、楽しそうに楽しそうに、暇人は聞いていた。
「やっぱり愛だヨ、愛。この島にハ愛が溢れてルねエ」
暇人は今日も暇だった。



平日とも休日とも、今日とも昨日とも明日とも知れぬ、"島"。
ラブラブ大作戦が実行されたり殺人鬼が恋したり、島のあちこちで様々な想いが交錯する、そんな日。
いつもと変わらない島で、いつもの通り、島には愛が満ち溢れる。
島中へと電波に乗せて声を届かせるその人物は、今日も変わらず―――愛する人の隣で、高笑いを続けていた。





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