シンジ融解から、二日目。

日曜日の夜。

自室に居るアスカは、ベットの上で膝を抱えていた。

 

 

 

僕は僕で僕

(97)

 

 

 


 

「シンジ……」

真っ暗な部屋の中、アスカは膝を抱え、少年の名前を呼んでみた。

だが、返事が有る筈も無く、ただ窓から月明かりが差し込むだけだった。

 

トントン。

月明かりが差し込む中、扉を叩く音が響き、マユミの声が聞こえてくる。

「アスカさん、晩御飯が出来ましたけど……」

「欲しくない…。勝手に食べちゃって」

マユミの言葉に、アスカは少し疲れたような表情で答えた。

そんなアスカの言葉の後、扉の向こうからミサトの声が聞こえてくる。

「アスカ、一口でもいいから食べなさい。せっかく山岸さんが作ってくれたのよ」

「いらないって言ったら、いらないのッ!これ以上、話しかけないで!」

そう言って、アスカは手近にあった枕を扉に投げつけた。

ポフッ。

枕は力無く扉にぶつかると、静かに床に落ちた。

そんな行動の後、アスカは両手で耳を塞(ふさ)いだ。

まるで、現実を拒絶するように、差し伸べられた手を拒否するように……。

耳を塞(ふさ)ぎ、目を閉じ、眉をひそませながら、アスカは思考する。

(うるさいッ、うるさいッ、うるさいッ!!

何も解って無い癖にッ!何も知らない癖にッ!何もッ!何もッ!何もッ!)

そう思考した後、アスカは両手を耳から離し、襖(ふすま)を一度見た。

そこから何も物音がしないことを確認した後、静かに思考を始める。

(…そう。私は何も出来なかった。…負けたのよ、私は。……使徒にも。……シンジにも。)

そんなことを考えた後、不意にアスカは言葉を思い出した。

以前聞いた、少年の言葉を。

 

「惣流さんは負けてないよ。生きてる限り…惣流さんの勝ちだよ」

 

不意に思い出した少年の言葉を噛み締めるように、アスカは膝に顔を埋(うず)めた。

肩を小さく震わしながら、アスカは呟く。

「……ばか。………シンジの馬鹿」

 

今のアスカにとって、使徒に何も出来なかったことよりも、シンクロ率を抜かれたことよりも……。

シンジという存在の安否が、心の不安を増幅させていた。

 

 

<食卓>

 

静かな食卓。

アスカの居ない食卓は、空虚で、とても静かな食卓だった。

 

カチャ、カチャ。

箸が皿と擦れる音、そんな音しか聞こえない中、ミサトが呟く。

「不味いわね……」

「ご、ごめんなさい。…口に合いませんでした?」

その言葉に、マユミは申し訳無さそうに話した。

ミサトは苦笑いを浮かべながら答える。

「違うわ。料理は美味しいわよ、とっても」

そう言って、ミサトはオカズを一つ摘(つま)んで口に放り込んだ。

ミサトの行動を見ながら、マユミは寂しそうに微笑みながら呟く。

「アスカさんですか……」

グビッ。

オカズをビールで流し込むと、ミサトは話す。

「ま、そう言うこと…。こんな状況、初めてじゃないんだけど……」

そこまで言うと、ミサトは言葉を切って思考でつなぐ。

(あの時は、シンジ君が居たから……。

でも、今回はそれも期待出来ない。……取り込まれちゃぁ、出来る筈も無いか。)

「…原因は何でしょうか?」

ミサトが思考していると、マユミに話しかけられた。

ミサトは思考を中断して答える。

「多分、第十三使徒戦の結果と、シンジ君のシンクロ率ね」

ミサトはアスカの現状を理解していた。

だが、それを知っても何も出来ずにいる、自分の不甲斐無さも理解していた。

「そうですか…。……それなら」

ミサトの言葉を聞き、マユミは自分に言い聞かせるように呟いた。

マユミの呟きに、ミサトは訊ねる。

「それならって…何かあるの?」

「い、いえ、何もありません。何でも無いです」

ミサトの問いに、マユミは慌て気味に言葉を返した。

マユミの言動を、ミサトは不思議そうに見つめた。

そして、少しの間の後、二人は食事の手を進める。

食事を進めながら、マユミは思う。

(…私に出来るか解らない。…でも、やってみる。…出来なくても、やってみる。

……私を…友達って呼んでくれたから。)

 

そう思った後、マユミはアスカの閉じ篭(こも)った部屋の扉を見つめた。

真摯な、固い決意を込めた瞳で。

 

 

<リツコのマンション>

 

「ウガッ」

自室の勉強机に向かいながら、マナは呻(うめ)き声を上げた。

マナの机の上には、シンジの為に整理した授業のノートと、リツコの作成したスペシャルな問題用紙がある。

その問題は、進路相談後、マナの理数系克服の為、リツコが作成したものだった。

マナは問題用紙を見ながらボヤク。

「こんなの学校で習ったこと無いよぉ〜」

リツコの出した問題は、中学二年生のマナには難解すぎる問題であった。

ちなみに一問目を書き出してみると。

第一問
ニュートンの『運動の三法則』を述べよ。

イ.
ロ.
ハ.

 

プチッ。

問題の答えを考えてから、数分。

マナの中で『何か』が弾けた。

毎日、毎日、難解な問題を出され、今まで悩みながらもクリアして来たが、それも限界だった為である。

「あははは、はは、あはは、あはは」

突然、乾いた笑い声を発しながら、適当に答えを書き始めるマナであった。

ちなみに一問目の答えを書いてみると。

イ.プログナイフを投射!
ロ.ナイフ、目標に急速接近!
ハ.目標命中!

 

マナ、心の俳句。

悩み過ぎ、限度を越えれば、自暴自棄。

 

 

<青葉のマンション>

 

レイと青葉は夕食を済ませる所だった。

レイは普段着で、青葉はネルフの制服姿のままで。

 

「御馳走様…」

「はい、御馳走様」

レイの言葉に答えると、青葉は食卓を立った。

そしてレイと自分の食器を手に取ると、流し台に持って行きながら話しかける。

「またネルフに出かけないといけないから、戸締りだけはシッカリ頼むね」

「はい」

レイは短く答えた。

相変わらず簡潔に答えるレイに、青葉は思わず微笑を見せた。

そして流し台に食器を置くと、思い出したように口を開く。

「あ、そう言えば、零号機だけど。時間が掛かるみたいなこと言ってたよ」

「…そう…ですか」

その言葉を聞き、レイは興味無さげに答えた。

実際、レイは、零号機の修復に大して興味が無かった。

『大破しようが、損壊しようが、命令があれば搭乗し、使徒と戦う』

それが、レイの意思であり、常識であったから。

そんなレイの言葉の意味を知らず、青葉は流し台で手を洗っていた。

そして手近にあるタオルで手を拭きながら、レイに話しかける。

「じゃ、行って来る」

「はい…」

静かにレイが答えた後、青葉はネルフへと向かった。

 

数分後。

レイは自室に戻っていた。

部屋の明かりは点けず、真っ暗な部屋の中、月明かりだけが照らす中。

そんな中で、レイは不安な想いを感じていた。

普段感じたことの無い、胸を締め付けるような、それでいて不安な想いを…。

そんな不安な想いに胸を締め付けられながら、レイは無意識に呟く。

「碇君……」

そう呟いた後、レイは戸惑いの表情を見せた。

自分がなぜシンジの名前を呼んだのか、なぜシンジだったのかを理解できずに。

 

そして少しの時間が流れた後。

月明かりの静寂の中、レイは訊ねるように呟く。 

「碇君?…碇君。……碇君」

 

 

<ネルフ、病院施設>

 

トウジは病室のベットで横になっている。

消灯時間を過ぎた病室は、薄暗い静寂の中にあった。

薄暗い中、トウジは手の平を天井にかざしてみた。

そして呟く。

「怪我しとらんのに…検査受けとる。……パイロットなんやな、ワシ」

トウジは気づいていた。

現時点も参号機操縦者として、ネルフに籍があることに。

人から説明を受けずとも、周囲の人間の言動、雰囲気、そんなもので察知したからであった。

 

鈴原トウジ、14歳、参号機操縦者。

翌日、フォース・チルドレンとして再就役。

 

 

<三日目、初号機ケイジ>

 

「シンジ君のサルベージ計画?」

初号機の真横を上昇するリフトの上で、ミサトは怪訝な表情を見せていた。

ミサトと共にリツコとコダマが、リフトに乗り込んでいた。

リツコは素っ気無く答える。

「そうよ」

「シンジ君の肉体は、自我境界線を失って、細胞がエントリープラグ内を漂っている状態との事ですから…」

リツコの代わりに説明するように、コダマが話した。

コダマの説明が不足だったのか、リツコが続けて説明する。

「シンジ君の精神、魂というべきモノも一緒にね」

「つまり、あの状態にシンジ君の全てがある。そういうこと?」

ミサトなりに、リツコ達の言葉を理解し、その意味が正しいかを訊ねた。

ミサトの問いに、リツコが頷きながら答える。

「そういうことね。それに、シンジ君を構成していた物質は全て保存されているし、魂と言うべきモノも、そこに存在している。
現に彼の自我イメージは、プラグスーツを擬似的に立体化しているから…」

「LCLの成分は、原始地球の海水に酷似していますから、それも可能なのかもしれませんね」

リツコの説明に自問するように、コダマが話した。

「生命のスープか…」

コダマの言葉に、ミサトは呟くだけだった。

「簡単に言うと、シンジ君の体を再構成して、精神を定着させる作業です」

コダマがミサトに解り易いように説明した。

そんな二人の説明を聞き、ミサトは怪訝な表情を見せて訊ねる。

「そんなこと可能なの?…使徒まで定着する可能性は無いんでしょうね?」

「無い、とは私には言い切れない。詳しい所は母さんにでも聞いて頂戴」

リツコは真横にある初号機に視線を反らしながら答えた。

リツコの言葉に納得がいかず、ミサトがムッとした表情で訊ねる。

「ちょっとぉ、それ、どう言うことよ」

「今回の実質的な権限は赤木(ナオコ)博士にあるんです。ですから、私達はエヴァの…」

リツコを弁護しようとしたコダマであったが、ミサトの怒気に押され、段々と声が小さくなっていった。

そんなコダマの言動に、ミサトは思わず苦笑しながら口を開く。

「良く解ったわ。だから、そんなに怯えないで頂戴。私が虐めてるみたいじゃない」

「虐めてたんじゃないの?」

ミサトの言葉に、リツコがサクッとツッコミを入れた。

「あはは…はは……」

その言葉に、ミサトは乾いた笑い声を立てるだけだった。

 

 

<中央司令部>

 

中央司令部では、ナオコにより『碇シンジ・サルベージ計画』の説明が行われていた。

マヤ達は作業をしながら、ナオコの説明に耳を傾けている。

説明が終ろうとする中、マヤが訊ねる。

「それで大丈夫なんですか?使徒を完全に殲滅できますか?」

「大丈夫と言えるのは50%、殲滅できる可能性も50%」

そう言って、ナオコは中央モニターに映るエヴァ初号機を見た。

初号機は包帯を巻きつけられたままの状態であった。

「助かる可能性が50/50だとして、サルベージに失敗した場合のシンジ君は、どうなるのでしょう?」

初号機を見つめるナオコに、日向が怪訝な表情で訊ねた。

(聞き難いこと……聞くわね。)

そんなことを思いながら、日向の方を向くと、ナオコは答える。

「使徒だった場合は、それなりに対処します」

「それって!」

ナオコの言葉に、マヤは思わず声を荒げた。

マヤに続き、青葉も声を上げる。

「人道的とは、とても思えません!使徒だから死んで貰うなんて、そんなこと…。これまで戦ってくれたじゃないですかッ!」

レイを使徒として知るもの、その知識が青葉をシンジを擁護することに駆り立てた。

オペレーター達の言葉を聞き、ナオコは沈痛とも冷静とも取れる表情で話す。

「だから、私達が成功させるの。『碇シンジ』の自我を呼び戻すの。…あらゆる手段を用いても」

 

ナオコの言葉の後、オペレーター達は沈黙してしまった。

そんな重苦しい雰囲気の中、突然、手許のモニターを見つめていた青葉が声を上げる。

「何だ、これ…。……ッ!パ、パターン、青ッ!使徒、駒ケ岳防衛ライン!第三新東京市を目指してるものと思われます!」

「総員第一種戦闘配置!日向君、非常警報を発令して!」

青葉の声に、ナオコは即座に反応し、日向に指示を下した。

「了解です!」

日向は答えながら、非常警報のスイッチを押していた。

そして、直ぐに館内放送が流れる。

-非常警報発令。繰り返します。非常警報発令。-

「目標の映像、捉えました。主・モニターに回します!」

マヤの報告の後、主・モニターに使徒の映像が映し出される。

その映像を見て、ナオコは呟く。

「最悪な状況に、最悪なものが……」

 

映像に映し出されたもの。

それは、間違い無く『使徒』であった。

使徒は胴体部分が異様に長く、腕や足と思われる部分は異様に短く、頭部は胴体部に存在。

それが、使徒の外観である。

 

「使徒が来たってのッ?!」

モニターに使徒を映し出した直後、ミサトが司令部に到着した。

その背後には、リツコとコダマも姿を見せていた。

「御覧の通りよ。碇司令が来るまで、指示をお願い」

ナオコは比較的冷静に対処し、これからの指示を委託した。

その言葉に頷くと、ミサトは冷静に指示を下す。

「駒ケ岳に現れたってのなら、好都合。日向君、対空迎撃で歓迎してあげて!」

「は、はい!」

日向の言葉を確認すると、ミサトは青葉とマヤに指示を下す。

「青葉君は第三新東京市に非常事態宣言!マヤはエヴァの出撃準備!」

「零号機と参号機、当然、初号機も使えないわよ」

ミサトの背後から、リツコの冷静な声が聞こえた。

その声を聞き、ミサトは指示に修正を加える。

「JA、弐、四号機の出撃とします!準備、急いで!」

 

そう言った後、ミサトは爪を噛んだ。

シンジが居ないと言う状況下で、意外にもミサトは焦りを感じていた。

 

 

<数分後、パイロット更衣室>

 

数分。

僅か数分で、チルドレン達はネルフに到着していた。

これまでの経験と、組織的に行動するネルフ保安部の手腕であった。

 

シュッ。

素早くプラグスーツに着替え終わり、マナが翳(かげ)りのある表情で呟く。

「戦って、戦って、戦い抜いて…。……何が残るの?」

「知らないわよ、そんなこと。…でも、一つだけ解ってる」

マナの隣で着替えているアスカが、真剣な表情で答えた。

そして、プラグスーツに袖を通しながら、アスカは言葉をつなぐ。

「……私達は戦う為に選ばれた。それだけよ」

「それって…」

(とっても悲しくない…?)

マナは呟きつつ、そんなことを思った。だが、口にはしなかった。

アスカの背後で着替えているマユミが、瞳に入ってきたからだった。

カチッ。

マユミは灰色のプラグスーツに袖を通すと、手首にあるスイッチを操作した。

プシュ。

圧縮して空気が抜ける音と共に、マユミはプラグスーツに着替え終わった。

着替え終わると、マユミは長い黒髪を軽くなびかせた。

その行動は、とても凛々しく、スマートなものだった。

そんなマユミの行動を見て、マナは不思議そうな表情で思う。

(手馴れてる。最初は、スーツに違和感あったんだけどな……。)

 

マユミは着替え終わると、隣に座るレイを見た。

レイは着替え終わり、チョコンと更衣室の椅子に座っている。

ネルフから出撃の命令が出ず、待機任務に就いている為であった。

そんなレイに、マユミは話しかける。

「あの…お願いしてもいいですか?」

「…お願い?……内緒?」

マユミの言葉に、レイは考える仕草を見せながら答えた。

そんなレイの言葉を聞いていたマナは、乾いた笑い声を立てる。

「なはは…」

レイの言葉を聞き、マユミが話す。

「いえ、内緒じゃなくて、お願いです。髪、結んで貰えますか?」

そう言って、マユミは髪結いの紐を手渡した。

レイは無表情で紐を見つめると、アスカを見ながら訊ねる。

「あんな感じ?……」

「いえ、ポニーテールで構いませんから」

そう言って、マユミは髪を結って貰う為に背中を見せた。

レイは不思議そうに呟く。

「ポニー?…尻尾?」

「あ、私がやったげる」

レイが訳が解らなそうにしているので、マナがレイに替わってマユミの髪を結ぶことになった。

マナはマユミの髪をまとめると、手際良く結ぶ。

マユミは髪の引かれる感覚を確かめるように話す。

「もう少し、強く…。…強く結ってくれますか?」

「うん、いいけど」

ギュッ、ギュッ。

マナは少し強めに、マユミの髪を結った。

強く結ばれる髪を感じながら、マユミは思考する。

(やるしかない。……そう、決めたから。)

 

一方、着替え終わったアスカは、マユミ達を見ていなかった。

アスカはロッカーに額をつけ、目を閉じて集中していた。

アスカは思考する。

(勝つ、勝つ、勝つ。……負けてらん無いのよ。…私は。

……そう。負けられないから。)

 

少女達は、各々違った感覚で、第十四使徒との戦闘を迎えようとしている。

そんな少女達のもとに、無機質なアナウンスが響く。

 

-エヴァンゲリオン操縦者、搭乗位置へ集合してください。-

 

 

 

つづく


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あとがき

ようやく初陣です。
初登場から、ここまで。とっても長い道のりでした。(笑)

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