「エヴァシリーズに生まれいずる筈の無い、S2機関」
「まさか、かのような手段で、自ら取り込むとはな」
暗闇の会議室では、人類補完委員会によるゲンドウ抜きでの会議が進んでいた。
僕は僕で僕
(96)
「我等ゼーレのシナリオとは、大きく違った出来事だよ」
「この修正、容易ではないぞ」
「碇ゲンドウ。あの男にネルフを与えたのが、そもそもの間違いではないのかね?」
S2機関からゲンドウの話に変わり、委員会の一人がゲンドウのことを、キールに訊ねた。
キールは机の上で手を組みながら答える。
「…だが、あの男でなければ、全ての計画は遂行できなかった」
そうキールが言った後、委員会のメンバーは沈黙してしまった。
キールの言葉に威圧されてか、キールそのものに威圧されてかは不明だが。
そんな短い沈黙の後、キールが独り言のように呟く。
「……そう、あの男でなければ」
<司令室>
シンジが取り込まれるという事態から、一夜明け。
ゲンドウは司令席から立ち上がると、冬月に向かって話す。
「少し外す…」
「ああ。……解っている」
ゲンドウの言葉に、冬月は苦笑しながら答えた。
(不器用な奴め……。)
そう思いながら。
ニヤッ。
冬月の表情に、不敵に笑ったゲンドウは`ゆっくり´と歩き始めた。
その手には、初号機に関する報告書が握られていた。
<弐号機ケイジ>
弐号機ケイジでは、リツコとコダマが修復作業の進み具合を見守っていた。
(……私が入所する前、司令は別人だった。
遺伝子工学の奇才…。まぁ、そう言われればって感じね。)
リツコは修復作業を見つめながら、別なことを思考していた。
昨日、ナオコから聞いた意外な事実のことを。
「弐号機、思ったより損傷が少ないみたいですね」
リツコが思考していると、コダマが話しかけた。
「え?…ええ。生体細胞まで被害がいかなかったのが、不幸中の幸いだったわ」
コダマの言葉に気づくと、リツコは弐号機を瞳に映しながら話した。
リツコの話を聞き、コダマが訊ねる。
「エヴァの細胞にも、『万能分子アセンブラー』が応用されてるんですか?」
「え、ええ」
コダマの意外に理知的な言葉に、リツコは小さく驚いた表情を見せた。
リツコの表情を見ると、コダマは微笑みながら話す。
「MAGI にも応用されてるので、もしかしたら…って思ったんです」
「…なるほどね」
コダマの言葉に、リツコは納得し微笑を見せた。
そして、ゆっくりと歩き出しながら言葉をつなぐ。
「MAGI は有機コンピュータ、エヴァは人造人間、どちらも生きた細胞を使っているから、その概念が有効だったのよ」
「エヴァ、人造人間、生体細胞、有機コンピュータ、MAGI 。……どことなく近い感じがしますね」
歩き出したリツコの背中を見ながら、コダマは自らの思いの内を話した。
その言葉を聞き、リツコは少し冷めたような表情で答える。
「近いと思うわ。それぞれの基礎作業は、共同で行ってたみたいだから」
「みたい…って、赤木技術部長は参加しなかったんですか?」
リツコの言葉を疑問に思い、コダマは不思議そうな表情で訊ねた。
その問いに、リツコは苦笑しながら口を開く。
「貴方、私を買いかぶり過ぎよ。その頃、私は学生をしてたわ」
「あっ…。す、すみません」
リツコの言葉を聞き、コダマは恥かしそうに頬を赤く染めた。
コダマの言葉を聞くと、リツコは説明を始める。
「エヴァの基礎作業は2001年から始まっていた。そして私が母さんの基礎理論をもとに、MAGI
を完成させたのが2013年。
私も詳しくは聞いてないけど…母さんはエヴァの基礎構築作業中に、MAGI
の概念を見出したんじゃないかしら」
「凄いですね。…十年以上前に」
リツコの説明を聞き、コダマは感嘆の表情で呟いた。
その呟きを聞き、リツコは微笑みながら話す。
「昔話は、これで御終い。…さ、零号機を見に行くわよ」
「はい♪」
リツコに笑顔で返事をした後、コダマは不思議そうな表情で思考する。
(2001年……。セカンドインパクト直後…。
あんなことの後に、もう基礎構築は始まってたなんて……。)
<松代近郊>
松代近郊では、参号機の回収作業が行われていた。
その様子を、腕に包帯を巻いた女性と、ネルフの制服を着た男性が見守っている。
ミサトと日向であった。
参号機の残骸を真剣な表情で見つめながら、ミサトは訊ねる。
「で、参号機パイロットは?」
「はい。現在、意識は回復しています。…不幸中の幸いです」
小さく安堵したような表情を見せながら、日向は話した。
そんな日向の言葉を聞くと、ミサトは思考する。
(使徒に侵された参号機ですら、修復し、使用しようとしている。
…碇司令が直ぐに許可を出したって事も気になる。
…この裏には、何か有る。……碇司令は…いえ、ネルフは、エヴァを使って何をする気なの?)
「葛城三佐、怪我の方は大丈夫ですか?」
ミサトが真剣に思考する表情に勘違いをして、日向が不安げな表情で訊ねた。
その言葉に、ミサトは思考を中断させ、自嘲するような微笑を見せながら答える。
「…これは罰だから」
「罰、ですか?」
ミサトの言葉に、日向は不思議そうな表情で訊ねた。
だが、その問いに答えず、ミサトは日向に話しかける。
「とりあえず参号機操縦者に会いたいけど、いいかしら?」
ミサトの言葉は、車を回して欲しいということであった。
その言葉を理解し、日向は答える。
「了解です。直ぐに車を回します」
日向が車の手配に向かった後、ミサトは参号機を見つめながら思考する。
(罰か……。…こんなものじゃ物足りないわね。)
その思考が、第十三使徒に対してのものか、ミサト自身に対してのものか、それは解らない。
ただ、心に痛みを伴った思考であることは確かだった。
<中央司令部>
中央司令部では、ナオコの指示のもと、初号機とコンタクトを取る作業を行っていた。
そんな作業の中、マヤがナオコに報告する。
「駄目です。プラグ排出コード、認識してくれません」
「そこも一度調べる必要があるわね。青葉君、映像の方は?」
マヤに答えた後、ナオコは青葉に声をかけた。
昨日から映像を映し出そうと四苦八苦していた青葉は、口元を緩めながら答える。
「やりました。信号、受信してくれました」
「そう。中央モニターに回して頂戴」
青葉の表情を見ても、ナオコは冷静な表情を崩さず、ただ淡々とした表情で命令した。
そこに何が映っているか、ナオコは十年前に見ていたから。
青葉は命令を実行しながら声を上げる。
「映像、出ます」
「「!」」
その映像に、青葉とマヤは驚きの表情を隠せなかった。
そこには、初号機内の…プラグ内の映像が映し出されていた。
シンジの姿は無く、ただLCLに揺れるプラグスーツの映像が……。
その映像に、ナオコは淡々と呟く。
「ここまでは予測範囲内よ。……問題は、ここから」
プシュ。
ナオコが呟くと、不意に背後の扉が開いた。
誰が来たのかとナオコが振り向くと、そこにはゲンドウが立っていた。
その姿を見て、ナオコは少し微笑んだような表情で口を開く。
「碇司令…。……たった今、映像モニターが回復した所です」
「そうか…」
一言答えた後、ゲンドウは静かにナオコ達のもとに歩み寄った。
そして報告書をナオコに返すと、作業していたマヤと青葉に向かって話しかける。
「しばらく二人にしてくれないか?」
「「は、はい」」
滅多に司令から声を掛けられた事の無い二人は、緊張した面持ちで言葉を返し、その場を後にした。
二人きりになると、ナオコは苦笑してしまった。
以前の第伍使徒戦後にあった出来事を思い出したからだった。
そんなナオコを他所に、ゲンドウは中央モニターを見つめながら話す。
「ここまでは十年前と一緒だな」
「…そ、そうですね」
ゲンドウの言葉に、ナオコは表情を神妙なものにしながら話した。
多少の緊張を隠さずに。
ゲンドウは中央モニターから目を離すと、ナオコを見つめて訊ねる。
「…私に何を望む」
「『碇シンジ・サルベージ計画』。…その為に碇所長の協力を仰ぎたい。…それだけです」
ナオコはあえて『碇司令』ではなく、『碇所長』と呼んだ。
その意図は、ナオコとゲンドウだけが知る所である。
ナオコの言葉を聞き、ゲンドウは自嘲するような笑みを見せながら答える。
「今更、時を戻すことは出来ない…」
「……協力は拒否すると?」
ナオコは怪訝な表情で呟いた。
その呟きを聞き、ゲンドウは答える。
「だが、進めることは出来る。…その為にも、シンジは必要だ」
「では…」
ゲンドウの意を理解し、ナオコは小さく微笑みを見せた。
ゲンドウは話す。
「ああ。…状況を説明してくれ。詳しく手短にな」
<暗闇の会議室>
薄暗い中、キールは話す。
「事態はエヴァ初号機だけの問題ではない」
キールの発言に委員会のメンバーが答える。
「左様。失われた筈の四号機の回収。破棄した筈の参号機の修復。共にシナリオには無い出来事だよ」
「それに付け加え、初号機操縦者の融解。我々を欺くには大き過ぎる事実だ」
「これも碇の首に鈴を付けておかないからだ」
「鈴はついている。ただ、鳴らなかっただけだ」
その言葉を聞き、キールが口を開く。
「鳴らない鈴に…意味は無い」
そして少しの間の後、言葉をつなぐ。
「……今度は鈴に動いてもらおう」
<司令室>
「いやはや、この展開は予想外ですな」
司令室にはゲンドウの代わりに、一人の男が姿を見せていた。
男は言葉をつなぐ。
「委員会。いえ、ゼーレの方には、どう言い訳をするつもりですか?」
男は加持であった。
加持の言葉に、冬月は答える。
「初号機は我々の制御下に無かった。『不慮の事故』…そう言うことになる」
「よって、初号機は凍結。委員会の別命があるまでは……ですか?」
冬月の言葉の先を読み、その先の言葉を口にする加持であった。
その言葉を聞き、冬月は苦笑しながら答える。
「そう言うことだ。…上手く取り繕って貰えると助かる」
「解りました。その件に関しては、こちらで何とかします。しかし…」
冬月の言葉に答えると、加持は怪訝な表情を見せ言葉を区切った。
区切った言葉の意を悟り、冬月は真剣な表情で話す。
「…碇の息子は必ず助ける。……十年前の様にならなければ、だがな」
その言葉の後、何を語るべきも無く沈黙する二人。
そして、少しの時間が過ぎた後、加持が真剣な面持ちで口を開く。
「この世界を拒絶する。…何となく解る気がします」
「…明るい未来を見せておきたい。……最後に、彼女はそう言っていたよ」
冬月は目を閉じ、昔を懐かしむように呟いた。
そして呟きは続く。
「彼女は拒絶などしていなかった。…むしろ、この世界を受け入れていた」
冬月の呟きを聞き、加持は訊ねる。
「…碇ユイ。…ですか?」
「フッ……」
加持の問いに、冬月は短く微笑むだけだった。
<ネルフ、病院施設>
看護婦の詰め所前にはヒカリが学生服で立っていた。
アスカ達から、トウジが入院していることを聞き、お見舞いに来た為であった。
「食べ物の持込は禁止されてますので、ご理解下さい」
看護婦長にそう言われ、ヒカリは鞄の中から弁当箱を取り出した。
その表情は少し哀しげに見える。
カタッ。
詰め所のカウンターに弁当箱を置くと、背後から女性の声が聞こえてくる。
「あら、洞木さんじゃない?どうしたの、こんな所で?」
女性はミサトであった。
「あ、こんにちは…」
ミサトを確認すると、ヒカリは少し寂しげに微笑みながら会釈した。
ヒカリの行動に、包帯を巻いてない左手で答えると、ミサトは微笑みながら訊ねる。
「で、何してるの?」
「え、あ、あの……鈴原の御見舞いです」
そう言って、ヒカリは頬を桜色に染めた。
そんなヒカリを優しく見た後、ミサトは詰め所を見つめながら話しかける。
「そう。……それじゃあ、その`お弁当箱´も鈴原君にね?」
「は、はい…」
ヒカリは恥かしそうに頷いた。
「……そうね。…ここ、持ち込み禁止だからねぇ」
ヒカリの表情を見て、そんなことを呟きながら、ミサトは考える仕草を見せた。
そして、結論に達したのか、ミサトは満面の笑みを浮かべながら口を開く。
「その、お弁当。私にくれない?」
ミサトの言葉に、ヒカリは不思議そうな表情で声を上げる。
「はぁ?」
ヒカリの表情を、ミサトは楽しんでいる様子だった。
<病院施設、廊下>
ヒカリとミサトはトウジの病室に向かう廊下を歩いている。
ミサトは手に、ヒカリの弁当箱を持っている。
そして、歩きながらヒカリが訊ねる。
「独特の味付けになってると思いますけど、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫。食べる訳じゃないから♪」
そう言って、ミサトは楽しそうに微笑んだ。
ミサトの言葉を聞き、ヒカリは思考する。
(食べる訳じゃないって…。……まさか!
お弁当で、あんなことや、こんなことを……。そんなの不潔。…変態。)
物凄いことを想像し、顔を赤くするヒカリであった。
そんなヒカリの妄想を知らず、ミサトは微笑みながら話しかける。
「彼氏に食べさせてあげなさい。はい、返すわ♪」
そう言って、ミサトはヒカリに`お弁当箱´を手渡した。
ヒカリは突然のことに理解出来ず、言葉を詰まらせる。
「え?あ、あの?」
「言ったでしょ?食べる訳じゃないって。…私じゃなくって、鈴原君が食べるのよ」
そう言って、ミサトは優しく微笑んだ。
ミサトの言動を理解し、ヒカリは満面の笑みを浮かべて口を開く。
「あ、ありがとうございます」
「いいのよ。私には、これぐらいしか出来ないしね」
ミサトがそう言った後、二人は再び歩き始めた。
看護婦長を騙(だま)すには、まず身内から。
ミサトは謀略の基本と言うべきことを実行し、ヒカリの弁当箱を内部まで持込んだ。
流石は作戦部長である。
その肩書きは伊達ではない。
<トウジの病室>
ベットに体を起こした状態で、トウジは呆けていた。
意識が回復し、様々な身体検査をクリアした後、自分の状況が現実のものか理解出来なかった為に。
トウジは呆け顔で呟く。
「……生きてるんか。…ワシ」
プシュ。
そんなことをトウジが呟いていると、病室の扉が開いた。
そこには、ヒカリが立っていた。
ヒカリを見て、トウジは呟く。
「何や…委員長やないかい。……夢や無いみたいやな」
そう言って、トウジは苦笑した。
「………」
ヒカリは何も言えず、ただトウジの近くに歩み寄った。
ヒカリの顔を見上げると、トウジは訊ねる。
「どないしたんや?…学校、ええんか?」
「う、うん…。……あの、これ」
ヒカリはトウジ顔を直視出来ず、顔を赤くしながら弁当箱を手渡した。
手に取った弁当箱を不思議そうに見つめると、トウジは思い出したように口を開く。
「…あ、そうか。…そやったな」
そう言って、優しげな表情を浮かべると、トウジは言葉をつなぐ。
「ありがたく食わして貰うで、おおきに…委員長」
「い、いいのよ、別に…。ざ、残飯処理なんだから…」
近くの簡易椅子に座りながら、ヒカリは顔を最高潮に赤く染めた。
<トウジの病室前>
ミサトはトウジの病室前の扉に立っていた。
そして、頭をポリポリと掻きながら思考する。
(今日は止めとこ…。……馬に蹴られるのは嫌だし。)
ゆっくりと歩き出し、病室から離れながら、ミサトは再び思考する。
(流石に言えないわ。昨日の今日で、君は参号機操縦者です。…なんて。)
(………偽善者ね。…私。)
そう思った後、ミサトは自嘲するような、それでいて寂しげな微笑みを浮かべた。
<中央司令部>
「なるほどな…。恐らく、君の意見が正しいだろう」
ナオコの説明を聞き終え、ゲンドウは呟いた。
ナオコは話す。
「そう見ると、やはり十年前のデータでは、作業に支障をきたすと思います。そこで…」
「いや、十年前のデータで構わん。ユイのゲノムから、シンジのゲノムに書き換えれば、問題は無い筈だ」
ゲンドウの言葉の中にある『ゲノム』とは、遺伝子に関する言葉である。
簡単に説明すると、『一つの生物の遺伝コードを、全て足し合わせたもの』と言うことである。
ゲンドウの説明が理解出来ず、ナオコは声を上げる。
「しかし、使徒に侵された状態で、受け付けるとは思えません」
ナオコの言葉を聞き、ゲンドウはニヤリと笑った。
そして、口を開く。
「シンジはシンジでしか有り得ない。使徒がシンジを侵したと言うならば、我々がシンジを形成させる。…それだけだ」
「新たにシンジ君を形成させる。…その行為を、シンジ君の精神が認めてくれますか?」
ゲンドウの説明に、ナオコは不安げな表情で訊ねた。
モニターに映るプラグスーツを見つめながら、ゲンドウは静かに答える。
「あの中に、シンジという自我が存在すれば、認めてくれる筈だ。……十年前のようにな」
「でも、彼女は認めても、拒絶しました」
そう言って、ナオコもモニターを見つめた。
「……私の話は以上だ。…司令室に戻る」
ナオコの言葉に答えず、ゲンドウ席を立った。
扉に向かうゲンドウを見ながら、ナオコは訊ねる。
「綾波レイ。彼女も新たに形成されたものですか?」
ピタッ。
その言葉に足を止めると、ゲンドウは振り向かず、そのままの状態で話す。
「あれは『クローンハッキング』されたものだ。私は関与していない」
プシュ。
そう言い残し、ゲンドウは司令部から去った。
一人残ったナオコは思考する。
(だとすると、関与してると見るべきは……委員会。
いいえ……ゼーレ。)
そう思考した後、ナオコは怪訝な表情で呟く。
「あの人達、零号機で補完を?……」
つづく
あとがき
What's Going On.