「…お、おい。…何だよ。そ、その数値」

目を覆っているマヤの隣で、青葉が驚いた表情で声をかけた。

青葉の目には、シンジのシンクログラフが映っていた。

 

 

 

僕は僕で僕

(93)

 

 

 


 

「何って……」

青葉の声を聞き、マヤは多少怯(おび)えた表情で顔を上げた。

マヤは青葉の驚いた表情を確認し、その視線の方向に顔を向けた。

そしてマヤも青葉と同じように、驚きの表情で呟く。

「嘘…。…シンクロ値が……上昇してる」

マヤ達の驚きにも納得がいく。

ダミーシステムを起動させた今、シンジのシンクロ率が上昇…否、それ以前にシンクロする筈が無かった為である。

その数値に、マヤは驚きと困惑と好奇心の混じった顔で呟く。

「…このままだと…ダミーの数値を越える。…いえ、越えた」

「と、とりあえず、シンジ君との回線を開いてみる」

初号機の異常な状態を知り、青葉は急遽シンジとの回線を開こうとした。

だが、回線は開かず、当然のようにシンジの状態もモニター出来なかった。

 

「どうした!何が起こっている?!」

青葉がシンジとの回線を開こうと試行錯誤していると、司令席の冬月が声を上げた。

突如、初号機の行動が鈍くなったことが原因であった。

作戦司令部の中央モニターには、口を開けたまま行動を止めた初号機が映っていた。

冬月の言葉に、マヤと青葉が驚いた表情のまま報告する。

「シ、シンジ君のシンクロ率が、異常な速度で上昇しています!現時点で332!更に上昇中です!」

「初号機との回線も開けません!原因は現在調査中です!」

「バカな?!」

冬月は驚いた表情で声を上げると、司令席のモニターに、シンジのシンクロ率を映した。

そして、シンクログラフを見ると、冬月は驚いた表情のまま呟く。

「信じられん…。…ダミーを凌駕する気か」

「…事実は受け入れる為に有る。…そして、目の前で起こっていることは『事実』だ」

冬月の呟きを聞き、ゲンドウが諭すかのように口を開いた。

その言葉の後、冬月は冷静さを取り戻し、怪訝な表情で話しかける。

「…だが、この事実……我々のシナリオには無い」

「修正可能な範囲ならば修正する。それだけのことだ」

ゲンドウは淡々とした表情で答えた。

その言葉の後、冬月は短く沈黙した。

そして、中央モニターの初号機を見つめながら、自分に問いかけるように呟く。

「…偽りの覚醒、偽りの始まりか」

冬月の言葉に短く微笑した後、ゲンドウは真剣な表情で呟く。

「……偽りにしろ…選ばれたのはシンジだ」

 

 

<野辺山、初号機>

 

参号機のエントリープラグを握った時点で、初号機は行動を止めていた。

握った手に力を込めれば、プラグは破壊され、中に乗っている人物も圧死するであろう。

そのことを知ってか、知らないでか、初号機はプラグを握ったまま行動を停止していた。

 

そこへ、変化が起こる。

数分の沈黙の後、初号機は活動を再開した。

初号機は、握っていたエントリープラグを、傷つけないように優しく地面に置いた。

そうした後、初号機は参号機に視線をやり、叫び声を上げる。

ウォォォォォォォォ!

 

グワッ!

そして、おもむろに参号機の体に喰らいつき始めた。

獣のような姿勢で、参号機の返り血を浴びながら、一心不乱に。

 

 

<作戦司令部>

 

「参号機を…食ってる……」

中央モニターに映し出された初号機の映像を見ながら、日向は驚きの表情で呟いた。

その映像に、司令席の冬月が小さく呟く。

「S2機関を自ら取り込む気か…」

 

「ウッ……」

初号機の行動を見て、マヤは胸から込み上げる嘔吐感に耐え切れず、口元を覆った。

そんなマヤに、青葉は少しでも状況を把握しようとして訊ねる。

「シンクロ率、どうなってる?!」

無遠慮な青葉の問いに、マヤは俯(うつむ)き声を上げながら答える。

「知らないわよ!400を越えた時点で計測不能なんだからッ!」

「よ、400……」

その答えに、青葉は呟くことしか出来なかった。

 

初号機の行動に、司令部の一同は声を無くしていた。

そんな司令部には、初号機が参号機の骨を砕き、肉を食いちぎる音が、虚しく響くだけだった。

 

 

<野辺山近郊>

 

野辺山の近郊では、一人の男が車を走らせていた。

その男は車を走らせながら、初号機を見つめていた。

男が見つめていると、初号機は`ゆっくり´と立ち上がった。

そして、叫び声を上げる。

グゥォォォォォォォ!

叫び声を上げると、初号機の体は変化を見せ始める。

初号機の体全体が膨張を始め、各部を覆っていた装甲版が、膨張に耐え切れずに弾け飛び始めた。

その初号機の様を見ながら、男は不敵な表情で呟く。

「初号機の覚醒と解放。ゼーレが黙っちゃいませんな。……これもシナリオのうちですか?碇司令」

 

その男とは加持であった。

加持の乗っている車は、松代第二支部へと向かっていた。

 

 

<作戦司令部>

 

数分後、作戦司令部では救助及び戦後処理が展開されていた。

唐突に初号機の活動が停止したことも、回収作業を展開するに至った理由の一つであった。

 

そんな中、司令席の冬月が声を上げる。

「参号機は調査班の調査が済み次第に回収する!今は初号機の回収を最優先だ!」

「了解です」

冬月の言葉に、職員の一人が答えた。

職員の言葉に続き、日向が冬月に話しかける。

「戦闘形態を解除しても宜しいでしょうか?」

「構わん。だが警戒態勢は出しておけ。参号機の調査が終了するまではな」

日向の言葉に、冬月は簡潔に答えた。

そう答えた後、冬月は渋い表情で思考する。

(松代、野辺山、今回の被害は大き過ぎる。

人、物、その両方に付随するもの。……被害甚大だな。)

そう思考した後、冬月は深い`ため息´を吐いた。

 

冬月が`ため息´を吐くと、女性職員の一人が声をかける。

「副司令へ回線が入っています。松代からです」

「松代だと?」

女性職員の言葉に驚きながらも、冬月は回線を取り口を開く。

「私だ。誰かね?」

-私です。……冬月先生。-

回線からは意気消沈した女性の声が聞こえてきた。

その声を聞き、冬月は安堵の微笑を浮かべて話す。

「赤木君か。……無事で何よりだ」

電話の相手は『赤木ナオコ』であった。

冬月の言葉に、ナオコは声を荒げて答える。

-全然無事じゃありません!せっかく構築したMAGI �が、一瞬にして御破算になったんですよッ!-

ナオコの剣幕と、その言葉の内容に、冬月は少しだけ笑った。

その笑い声を聞き、ナオコは声を上げる。

-冬月先生!人の不幸を笑うなんて冗談が過ぎます!-

「いや、すまん。赤木君は何が起こっても赤木君だと思ってね」

冬月は笑顔を絶やさずに話した。

その言葉を聞き、ナオコはムッとした声で答える。

-まぁ、私は私ですから否定はしませんけど…。……それで、参号機はどうなったんですか?-

参号機の件になると、ナオコは声のトーンを落とし、静かな口調で訊ねた。

その口調に合わすかのように、冬月は真剣な表情で口を開く。

「使徒として処理した。目覚めた初号機によってね」

-目覚めた?……まさか、彼女?!-

冬月の言葉に、ナオコは思い当たる節があるらしく、声に驚きと戸惑いを含ませていた。

冬月は話す。

「ああ、間違いない。…とりあえず、司令部に顔を出して貰えると助かる」

-当然です!-

プツ。

勢いのある言葉と共に、回線は一方的に切られた。

冬月は回線を元に戻すと、苦笑しながら呟く。

「…冬月先生か。…久方振りに聞く響きだ」

 

 

<松代、第二実験場>

 

日が沈み夜が始まる中、第二実験場では生存者の救出活動が行われていた。

そんな中、救助用の仮設テントの前では、リツコがコダマの背中を擦(さす)っていた。

ちなみに二人とも負傷し、頭や腕に包帯を巻いている。

コダマを優しげに見つめると、リツコは口を開く。

「スッキリした?」

「は、はい……ウッ」

どうにか返事はしたものの、また嘔吐を繰り返すコダマであった。

コダマが嘔吐している原因は、爆発事故に巻き込まれた人の死体を見た所為だった。

人間の死体を見慣れていない所為もあった為、コダマの嘔吐も当然であろう。

しかも、爆発事故の死体の凄惨さは言うまでも無い。

 

コダマの嘔吐する姿を見つめながら、リツコは思考する。

(……まぁ当然といえば、当然よね。

人の死体なんて、簡単には見れないもの……。)

「すみません。馴れて無いんです…。…こういったのに」

コダマは嘔吐感からくる涙を拭いながら、謝罪の言葉を口にした。

その言葉を聞き、リツコは優しげに言葉を返す。

「別に私も慣れてないわ。…ただ、感情のコントロールをしてるだけ」

「…コントロールですか?」

口元を拭いながら、コダマは訊ねた。

リツコは優しげに話す。

「『気持ち悪い』という感情。『嘔吐したい』という感情。そんな感情を忘れたフリをして、先のことを考えてるだけよ」

「先のこと…」

リツコの言葉に、コダマは呟いた。

「そう、先のこと。……そうね。例えば、参号機の暴走原因は?」

コダマに答えると、リツコは例題のような形で問いかけた。

コダマは思考を巡らせながら答える。

「……恐らく、使徒」

「使徒と仮定して、次に想定される被害及び損害は?」

コダマの答えを聞き、リツコは次々と問答のような形で話しかける。

それに答えるように、コダマは淡々と思考し自ら導き出した言葉を口にする。

「…周辺地区の被害。それに対処すべく迎撃にあたる…エヴァの損害」

「そうすると、次に私達がやるべきことは?」

少しの沈黙の後、コダマは口を開く。

「……あ。…解りました。こんな所で吐いてる場合じゃ無いですね」

リツコとの問答で、自分のやるべきことを知り、コダマは力強く立ち上がった。

コダマの言動を見て、リツコも微笑みながら立ち上がる。

穏やかな空気が二人の間に流れると、遠くから女性の声が響く。

「リッちゃん!連絡取れたわ!」

松葉杖片手に手を振り、リツコ達に声を上げているのは、『赤木ナオコ』であった。

ナオコの声を聞くと、リツコは真剣な表情になった。

一個人の『赤木リツコ』から、ネルフの『赤木リツコ』へと表情を変えていた。

リツコは冷静さを保った表情で、コダマに話しかける。

「行きましょう。…やるべきことが待ってるわ」

「は、はい」

リツコの表情の変化に付いていけず、コダマは多少焦り気味に返事をした。

リツコの後ろを歩きながら、コダマは思考する。

(赤木ナオコ博士も凄いけど、赤木リツコ博士も凄い。

………ある意味、親子ってのも納得いくな。)

そう思った後、コダマは小さく笑った。

 

 

<第二実験場、救助テント付近>

 

ミサトは外に設置された救護台の上にいた。

気絶しているミサトの右腕には点滴が付けられ、左腕と頭には包帯が巻かれていた。

 

「………生きてる」

ミサトは意識を取り戻すと、痛みを伴(ともな)った自分の感覚に呟いた。

そして、人の気配を感じ、首を左に向けると、そこには加持が立っていた。

加持はミサトに顔を近づけながら、優しげに話しかける。

「…良かったな、葛城」

「……」

ミサトは何も言わず、ただ優しく微笑み返した。

ミサトの微笑みを見ると、加持は言葉をつなぐ。

「リッちゃん達も無事だ。…治療して直ぐ、ネルフ本部に向かったらしい。仕事熱心だよな」

そう言って、加持は微笑んで見せた。

加持の言葉と微笑みに、ミサトは小さく微笑みながら呟く。

「仕事熱心、っていうか…仕事好きよね……」

怪我をしている所為か、冗談を言う声にも覇気は感じられなかった。

「!」

ミサトは何かを思い出したか、急に緊張した表情を見せた。

そして、加持に向かって口を開く。

「参号機…エヴァ参号機は?」

「使徒…として処理された。…暴走した初号機に」

加持は静かに自分の知っている事実を告げた。

その言葉を聞き、ミサトは夜空に向かって独り言のように呟く。

「……シンジ君、知ってたのかしら。…参号機パイロットのこと」

 

だが、夜空は何も答えてくれなかった。

 

 

<野辺山、参号機>

 

初号機の回収を迅速に済ませた後、参号機の周辺では調査班が活動していた。

使徒の反応が皆無かどうかを調査し、報告する為であった。

 

「目標の反応は、完全に沈黙している。……これより救助活動に入る」

細菌からも体を守る防護服に身を通した男の一人が、他の作業員に指示を出した。

作業員達は、赤く妖しく輝くコアを尻目に、参号機のエントリープラグへと向かった。

 

参号機、エントリープラグ付近。

グイッ、グイッ。

プラグ付近に到着した調査班は、プラグのバルブを回す。

プシュー。

バルブはLCLの吹き出る音と共に開いた。

そして、プラグ内部を確認すると、作業員の一人が司令部へ通信する。

 

「参号機操縦者の生存を確認。身体的欠損は見受けられず。だが精神面を考慮し、救助班の要ありと認む」

 

 

 

つづく


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あとがき

ゆっくり書くつもりだったんですけどね。
ま、何はともあれ、これで本編でいう所の第拾八話は終了です。第拾九話が混じってるのは御愛嬌ということで。(笑)

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