翌日。

松代の第二実験場の地下施設では、参号機の最終調整が行われている。

その様子を、地上施設の中央統括指揮車の中で、リツコとミサトが見守っていた。

 

 

 

僕は僕で僕

(91)

 

 

 


 

参号機の起動実験には、アメリカ支部のスタッフも混じって参加していた。

言わば、一種の技術交換と思われる。

その為、指揮車内でも、英語と日本語が入り混るように使われていた。

 

そんな中、指揮車内のモニターに映された参号機のデータをチェックしながら、リツコが口を開く。

「いい数値だわ。これなら、即、実戦も可能ね」

「…そう、良かったわね」

リツコの言葉に、ミサトは興味無さげに返事をした。

その返事を聞き、リツコは話しかける。

「気の無い返事ね。この機体も納品されれば、貴方の直轄部隊に配属されるのよ」

「エヴァを六機も独占か…。その気になれば世界を滅ぼせるわね」

ミサトは独り言のように呟いた。

その呟きを聞き、リツコはチェックする手を休めずに話しかける。

「滅ぼしても、オツリが出るんじゃないかしら」

「そうね…」

リツコの言葉に笑うこともなく、ミサトは寂しげな表情を見せていた。

「フォース・チルドレンと、何かあったの?」

ミサトの表情に納得がいかず、リツコは原因と思われるものを訊ねた。

その問いに、ミサトは寂しげに微笑みながら答える。

「御名答。…昨日の夜、言われちゃった。『ワシが乗ったら、ミサトさんは喜んでくれまっか?』って…」

「答えに困る質問ね」

そう呟いた後、ミサトの言葉に少しだけ沈黙した。

そして、リツコは言葉をつなぐ。

「…で、結局どうしたの?」

「正直に答えた。…私には解らないって。……それしか、言い様が無かったし」

リツコの言葉に答えると、ミサトは覇気の無い微笑を見せた。

ミサトの言葉に、リツコは参号機のデータを見ながら呟く。

「仕方無いわよ。……善人じゃないもの、私達」

「それ、言えてるわ」

リツコの呟きに、ミサトは少しだけ笑った。

 

そして、唐突に指揮車内にアナウンスが流れる。

-フォース・チルドレン到着。エントリー最終準備。-

 

 

<第三新東京市、中学校>

 

昼休みの時間帯、2-A。

ヒカリはトウジの為に、今日も`お弁当´を作ってあげていた。

だが、トウジの姿は朝から見かけない。

(……お弁当、どうしよう?……鈴原、どうしたのかしら?)

そんな思いと共に、自然と、足はアスカの席へと向かっていた。

理由があるとすれば、それは間違い無く、アスカはヒカリの友人だったから。

 

「ん?…どうしたの?ヒカリ」

背後にヒカリの気配を感じ、アスカは本を読むのを止めて口を開いた。

アスカの言葉に、ヒカリは俯(うつむ)き加減に答える。

「…まだ…来てないよね?」

「あ、ああ、そうね。…今日は来ないんじゃない」

ヒカリの言葉の意を悟り、アスカは少しムッとしたような表情で返事をした。

その言葉を聞き、ヒカリは肩を落としながら呟き話す。

「……今日こそは、って思ったのに。……食べる?」

そう言って、ヒカリは`お弁当´をアスカに差し出した。

「うっ…」

ヒカリの行動に、アスカは昨日食べた`お弁当´の味を思い出し、一瞬たじろいだ。

そして、景気良く、首を横に振るのであった。

 

 

<屋上>

 

珍しくシンジは、ケンスケと屋上にいた。

昨日のケンスケの言葉が、功を奏したのかもしれない。

「シンジの方が変わってるよ」 という言葉が……。

 

屋上の手摺(てすり)の前で腰を下ろすと、ケンスケが口を開く。

「…参号機の話、知ってるか」

「え?あるの?」

意外な人物からの、意外な言葉に、シンジは驚いた表情を見せた。

シンジの表情に構うこと無く、ケンスケは言葉を続ける。

「親父からの情報によると、今日、松代で起動実験があるらしいんだ。……聞いてないのか?」

ケンスケの言葉を聞き、シンジは思いを巡らせる。

(…参号機…やっぱり存在したんだ。…松代で起動実験。

……何で…何で、誰も僕に教えてくれなかったんだろう。)

「おい、シンジ!聞こえてるか?」

シンジが思考を巡らせていると、不意にケンスケが声を上げた。

その声に気づき、シンジは多少慌て気味に返事をする。

「あ、あ、うん。聞いてる。……でも、参号機のこと、僕は知らなかった」

「ホントか?嘘は体に良くないぞ」

シンジの言葉に、ケンスケは怪訝な表情で訊ねた。

その問いに、シンジは俯(うつむ)き加減に答える。

「僕は…聞いてない。……誰も、何も教えてくれなかった」

「……そっか。やっぱ、末端のパイロットには関係無いってことなんだろうな。
教えないってことは、シンジは知らなくてもいいことなんだよ」

シンジの言葉に、ケンスケは多少同情のような物を感じていた。

使徒と戦っている当の本人は、詳しい情報を知らないという事実に。

気不味くなった雰囲気を一変させるために、ケンスケは陽気な声で口を開く。

「参号機のパイロット、どんな奴だろうな?楽しみじゃないか?」

「……う、うん」

ケンスケの言葉に、適当な返事を返すシンジであった。

今のシンジの頭の中は、参号機のことに集中している為だった。

 

シンジは俯(うつむ)き加減に思考する。

(…参号機。…誰が?何を?どうして?……僕は…何も知らない。)

 

 

<松代実験場、指揮車内>

 

プシュッ。

リツコとミサトが起動準備の経過を眺めていると、指揮車の扉が開く音がした。

そして、聞いたことのある声が聞こえてくる。

「狭いわね、ここ」

「でも、起動テストには充分な施設ですよね。これって」

ナオコとコダマの声であった。

その声を聞き、リツコが少し驚いた表情で口を開く。

「どうしたの?MAGI のチェックはいいの?」

「いいのよ、システムの半分は参号機のバックアップだし。…それに参号機の起動実験、気になるわ」

そう言って、ナオコは物珍しそうに、参号機が映るモニターを見た。

そして、言葉をつなぐ。

「動きそう?」

「数値的には問題無いわ。後はパイロット次第って所かしら」

ナオコの問いに、リツコは淡々とした表情で答えた。

やはり母も科学者なのだ。

科学者として興味が湧くものに対しては、行動的にならざる得ないのだ。そう思いながら。

 

そして、起動実験の始まりを知らせるアナウンスが流れる。

-エントリープラグ固定完了。-

-第一次接続開始。-

-パルス送信。-

「初期コンタクト問題無し」

アナウンスに混じって聞こえるオペレーターの声に、リツコが答える。

「了解。作業をフェイズ・ツーへ移行」

-フェイズ・ツーへ移行します。-

オペレータの声が響くと、指揮車内のモニターチェック項目の色が、オレンジからグリーンに変わっていく。

滞りなく進む起動実験に、コダマは感嘆の表情で呟く。

「見事な手際ですね…」

「経験の蓄積と、それを利用するだけの知識よ」

コダマの呟きに、ナオコはモニターを目を離すこと無く答えるのであった。

そして起動実験が進む中、オペレーターの一人が報告する。

「絶対境界線、突破します」

 

その時、地下の参号機ケイジでは、参号機の瞳が赤く妖しい光を放っていた。

 

「!」

オペレータの報告の後、リツコはモニターの異変に気づいた。

突然、シンクロ・グラフが反転しだした事に。

その状況に、ナオコも反応し、リツコへと声を上げる。

「リッちゃん!」

「解ってる!実験中止!回路切断!」

リツコの命令に従い、迅速に作業する職員達だったが、シンクロ・グラフに変化は現れない。

ただ、拘束具を引きちぎろうとする参号機が、モニターに映し出されるだけであった。

そして、悲鳴に近いオペレーターの声が響く。

「駄目です!体内に高エネルギー反応!!」

「まさか?!」

その声に、リツコはモニターに映る参号機を見た。

参号機のプラグ挿入部分には粘菌状の物質が存在していた。

「……使徒?」

その状況を見詰めていたコダマが、ポツリと呟いた。

 

グワッ。

突如、地下の参号機は口を開けた。

 

「高エネルギー反応、増大していきます!」

職員の声の直後、地下施設を中心にして大爆発が起こった。

地下施設の参号機を中心として。

 

 

<第三新東京市、ネルフ本部>

 

松代の爆発は、直ちにネルフ本部の知る所となっていた。

そして、その状況に慌しく対処していた。

 

「松代で爆発事故だと?被害状況はどうなってる?!」

爆発事故の報を聞き、冬月が声を上げた。

冬月の声に、日向が答える。

「地下の参号機ケイジは消滅!その他、被害の繊細は未だ確認できません!」

「救助及び第三部隊を直ちに派遣。戦自が介入する前に全てを処理せよ!」

職員達の報告に、冬月は的確な命令を下した。

だが、その命令に気を休ませること無く、マヤが声を上げる。

「事故現場付近に未確認の移動物体を確認!」

「パターン・オレンジ!使徒との識別は出来ません!」

マヤに続き、青葉も声を上げた。

職員達の焦り混じりの報告に、冬月の隣で静観していたゲンドウが口を開く。

「第一種戦闘配置」

「総員、第一種戦闘配置!」

ゲンドウの言葉を復唱するように、冬月が命令を下した。

その命令に、職員達は慌しく対処を始める。

「地、対空戦用意!」

「エヴァ、四機発進準備!」

「迎撃地点、緊急配置!空輸開始は20を予定!」

 

ゲンドウと冬月の指揮のもと、ネルフは迎撃体勢を整えていた。

未確認の移動物体に対して。

 

 

<野辺山、山間部>

 

エヴァ四機は松代近郊の野辺山に、空輸配置された。

四号機は頭部修復が完全で無い為、本部待機となっていた。

 

夕陽の沈みかける中、初号機の中でシンジは思考する。

(…使徒なのかな。……集中しなきゃ。)

使徒との戦いを想定して、シンジは冷静を保っていた。

傍目(はため)には意外とも取れる、落ち着いた表情で。

そして何か思い出したのか、唐突に呟く。

「…そういえば、ミサトさん。…松代にいるのかな?」

-私は、リツコさんから一緒に行くって聞いたけど…。-

シンジの呟きに、マナがモニター越しに答えた。

二人の会話を聞き、アスカが回線に割り込む。

-さっき、出撃前に聞いたんだけど、松代で事故があったらしいわね。-

「事故?ミサトさん、大丈夫なの?」

アスカの言葉に、動揺混じりにシンジが訊ねた。

シンジの言葉に、アスカは少しだけ沈黙し、淡々とした表情で答える。

-……知らない。とりあえず、使徒殲滅が先決ってことよ。-

プツッ。

そう言って、アスカからの回線は切れた。

実際の所、アスカもミサト達の様子が気がかりであった。

だが、そのことを、口にするのも、表情にするのも、アスカには出来ないことであった。

不安げな表情を見せることなど、アスカ自身が許さなかったから。

 

アスカからの回線が切れた後、シンジは考え込むように呟く。

「……ミサトさん」

-今は碇司令が直接指揮をとってるわ…。-

シンジの呟きに、レイが淡々と答えた。

その言葉に、シンジは小さく驚いた表情を見せて呟く。

「父さんが…」

 

シンジの驚きも意外ではない。

実際、父の直接指揮下で、シンジが戦闘をするのは初めてだったから。

 

 

<ネルフ作戦司令部>

 

エヴァ四機を発進させた後、司令部では未確認物体の情報収集が行われていた。

技術部長、作戦部長抜きという事態の中で。

 

「野辺山で映像、捉えました」

そう言って、青葉は映像を中央モニターに回した。

『おぉぉぉ…』

映像が中央モニターに映し出されると、驚きとも悲嘆とも取れる唸(うな)り声が、作戦司令部全体で起こった。

それもその筈である。

中央モニターには、口を開け`ゆっくり´と前進する参号機の姿が映っていたのだから。

 

「やはり、これか…」

その映像を見て、冬月は誰にも聞こえないような声で呟いた。

参号機の映像を見て、ゲンドウが命令を下す。

「活動停止信号を発信。エントリープラグを強制射出」

「了解です」

カタカタカタッ。

ゲンドウの命令に、マヤは`いち早く´対処した。

そして、マヤは声を上げる。

「信号、送ります」

プシュッ。

マヤのプラグ操作に反応し、プラグのハッチが開く音が司令部に響いた。

だが、それだけであった。

中央モニターには、プラグ射出の途中で粘菌の様なものに絡まった、プラグの映像が映し出されていた。

その状況に、マヤは落胆の表情で報告義務をこなす。

「…駄目です。信号停止及びプラグ排出コード、認識できません」

「パイロットは?」

マヤの報告を聞き、ゲンドウはパイロットの安否を訊ねた。

その問いに、日向が真剣な面持ちで答える。

「パイロットの呼吸、心拍はありますが……恐らく」

その言葉を聞き、ゲンドウは決断した。否、決断せざる得なかった。

少しの沈黙の後、ゲンドウは命令を下す。

 

「……エヴァンゲリオン参号機は現時点をもって破棄。目標を第十三使徒と識別する」

 

 

<初号機内>

 

シンジは初号機内でモニターを見つめていた。

いつ襲ってくるかも知れない敵、『使徒』と戦う為に。

 

ズシン…ズシン…。

モニターを見つめていると、夕陽の向こう側から足音が聞こえてきた。

その足音は、初号機内に重く静かに響く。

(来た…。)

カチッカチッ。

足音を確認したシンジは、即座にモニターを操作して使徒を確認しようとした。

だが、モニターに映った物体を見て、シンジは驚きのあまりに呟く。

「え?……まさか…使徒?!」

初号機のモニターに映ったものは、見紛(みまご)うこと無く『エヴァンゲリオン参号機』であった。

シンジは驚き、作戦司令部へ声を上げる。

「まさか、使徒?!これが使徒ですか?!」

-そうだ。目標だ。-

シンジの声に、ゲンドウは表情を変えること無く答えた。

その言葉に、シンジは呟く。

「目標って…これは…エヴァじゃないか……」

  

参号機は`ゆっくり´とした速度で、第三新東京市を目指し歩いていた。

夕陽を背に浴び、黒い機体を影で更に黒く染め、瞳を赤く妖しく光らせながら。

 

 

<弐号機内>

 

エヴァ四機は、各機距離を置いて配置されていた。

弐号機はバズーカ型のロケットランチャーを装備して、使徒の気配を窺(うかが)っている。

 

そんな弐号機の中で、シンジ達の会話を聞き、モニターで参号機を確認したアスカは呟く。

「そんな…使徒に乗っ取られるなんて……」

-やっぱり人が…僕達と同い年の子が乗ってるのかな?…。-

アスカがモニターを見ていると、シンジの呟きにも似た問いかけが聞こえてきた。

その問いに、アスカは驚きの表情で訊ね返す。

「嘘。……シンジ、知らないの?」

-うん。…知らない。-

シンジは俯(うつむ)き加減に答えた。

「参号機には…」

-使徒、弐号機に接近!-

シンジに答えようとしたアスカの言葉は、司令部からの回線に遮られた。

プツッ。

「チッ!どこッ?!」

シンジとの回線を切ると、アスカは舌打ち混じりに声を上げた。

カチッカチッ。

そして、モニターを操作して、忙しげに使徒を索敵する。

「見つけたッ!」

左手前方で参号機の背中を確認し、アスカは声を上げた。

そして狙いを定め、ロケットランチャーを発射する姿勢を見せた。

「なッ?!」

だが、アスカには発射できなかった。

参号機のプラグ挿入箇所に、プラグが突き刺さったままだったからである。

「クッ…こんなのって……」

アスカは口惜しそうに呟いた。

そして、操縦桿を握る手は小刻みに震えていた。

初号機と四号機を打ち抜いたことを、この状況にダブらせたからであった。

 

数秒後。

アスカの悲鳴混じりの声が、野辺山に響いた。

 

 

 

つづく


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あとがき

前半は楽で、後半は苦でした。
相変わらず本編の描写が苦手です。(笑)

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