「……あの、私、鈴原君に話が」

屋上の手摺(てすり)にもたれるトウジを見つめながら、マユミが口を開いた。

その言葉を聞き、トウジは`ゆっくり´と口を開く。

 

 

 

僕は僕で僕

(89)

 

 

 


 

「…名前、山岸やったな。……何の話や?」

「……」

トウジの問いに、マユミは俯(うつむ)いて沈黙した。

二人きりではなく、シンジの存在があったからだった。

そんな雰囲気を察知して、シンジが二人を見つめながら口を開く。

「僕、下に行った方がいいみたいだね」

「………」

「………」

シンジの言葉に、二人は沈黙で答えた。

そんな二人を見た後、シンジは出入口に向かう仕草を見せた。

そこへトウジが声をかける。

「シンジ」

「…何?」

トウジの呼び声に、シンジは足を止めて振り向いた。

シンジの方を向かず、トウジは話しかける。

「……ワシは…借りたもんは返す主義や」

そのトウジの言葉に、シンジは少し考える仕草を見せてた後、不思議そうな表情で口を開く。

「…何か借してたっけ、僕?」

トウジは答える。

「別にいいんや。…ワシが借りたと思とるだけやから」

「…そう」

その言葉を聞き、シンジは不思議そうな表情で頷いた。

そして、小さく微笑みながら言葉をつなぐ。

「じゃあ、僕、教室に居るね」

そう言った後、シンジは屋上から去った。

 

シンジの去った後、マユミは数分間だけ沈黙した。

トウジも、それに答えるかのように沈黙してた。

 

そして、マユミが辛そうな表情で口を開く。

「……スズハラ博士、ご存知ですか?」

ビクッ。

マユミの不意打ちのような言葉に、トウジは一瞬、体を震わせた。

そして、手摺(てすり)を握る手に力を込めながら口を開く。

「ワシの爺ちゃんが、確か…そう呼ばれとった筈や」

その言葉を聞き、マユミは俯(うつむ)きながら話しかける。

「私…アメリカ支部に居た時、スズハラ博士に御世話になってました」

「そうか…。…爺ちゃん、元気なんか?」

マユミの言葉に、トウジは多少安心したかのような口調で話した。

だが、その口調は、次のマユミの一言によって一変する。

マユミは辛そうに口を開く。

「…私には…解りません。……私は…遺言を頼まれだけですから」

 

「!」

ググッ。

マユミの言葉に、トウジは思いっきり手摺(てすり)を握り締めた。

そして口を開く。

「遺言…。……爺ちゃん、死んだんか?」

「いえ、私は肉眼で見た訳じゃないので…。……でも、あの状況では、恐らく」

そう話した後、マユミはスカートの裾をギュッと握り締めた。

その言葉を聞き、手摺(てすり)を握り締めた手を震わせながら、トウジは声を上げる。

「…山岸。……山岸ッ!山岸ッ!」

ビクッ。

トウジの叫びに近い声に、マユミは思わず体を震わせた。

だが、そんなことに構わず、トウジは声を上げる。

「お前、何様のつもりやッ!何の権利があって、`遺言´何て言えるんやッ!」

 

「………」

ギュッ。

トウジの苛烈な言葉に、マユミはスカートの裾を握り締めて耐えていた。

泣き出しそうになる心から…逃げ出しそうになる心から……。

 

 

<教室、2-A>

 

ヒカリの手製の`お弁当´を食べながら、アスカは悩んでいた。

友情をとるべきか、正直な心をとるべきかを。

 

「どう?美味しい?」

アスカの箸の進み具合を見て、ヒカリが微笑みながら訊ねた。

額(ひたい)に脂汗を流しながら、アスカは思う。

(……ま、不味い。…この苦みばしった味、そしてそれを援護射撃するようなセロリ。

ヒカリが作ったとは思えない。……驚異的な不味さ。)

 

「…美味しく無かった?」

アスカの返事が無いことに、ヒカリは不安げな表情で訊ねた。

その声がやっと届いたのか、アスカは引きつった微笑で口を開く。

「あはは…。…初めて経験する味ね。…舌を突き刺すような、それでいて掻き回されるような」

友情が邪魔をして、正直に感想を言えないアスカであった。

その言葉を聞き、ヒカリは不安そうな表情で訊ねる。

「…それって、美味しくないってこと?」

「うっ……」

ヒカリの思わぬ察しの良さに、アスカは言葉に詰まってしまった。

そんなアスカを見て、ヒカリは`ため息´混じりに話す。

「はぁぁ…、解ってる。…昨日、妹に食べさせたら複雑な顔してたから」

ヒカリの言葉を聞き、アスカは不思議そうに思う。

(…なら、何で持ってきたのよ?)

そんなアスカの思いを他所(よそ)に、ヒカリは言葉をつなぐ。

「修学旅行に行った時に出てた料理を、私風に作ってみたの。…美味しそうに食べてから」

「ヒカリが?」

その言葉を聞き、アスカは訊ねた。

ヒカリは思い出すように答える。

「ううん、違う。す」

誰かの名前を言おうとした瞬間、ヒカリは唐突に言葉を切った。

そして顔を赤くし、慌てながら言葉をつなぐ。

「す、す、『杉田玄白』って何した人だっけ?!」

「はぁ?!」

意味不明なヒカリの発言に、アスカは素っ頓狂な声を上げた。

そして、とりあえずヒカリの言葉に答える。

「江戸時代に『解体新書』を書いた人でしょ。…でも何で、そんなこと聞くの?」

「え、あ、その…。アスカって『杉田玄白』のこと、好きかなって思ったから」

アスカの問いに、ヒカリは焦り混じりに答えた。

その言葉に、アスカは少し怒ったような表情で声を上げる。

「何で私が『杉田玄白』を好きになるのよ!」

 

アスカがヒカリに声を上げた頃、シンジは教室に戻ってきた。

そして、アスカの声を聞き、ケンスケの側に来ると、不思議そうな表情で呟く。

「…珍しいね。アスカと委員長が言い争いするなんて」

「ああ、どうやら『杉田玄白』が原因みたいだな」

シンジの呟きを聞き、ケンスケは興味無さげに呟いた。

その言葉を聞き、シンジは不思議そうに呟く。

「蘭方医の名前で喧嘩なんて、変わってるね」

 

そんなシンジの呟きに、ケンスケは一言。

「蘭方医って言える、シンジの方が変わってるよ」

 

 

<屋上>

 

「すまんかった。……興奮し過ぎたわ」

声を上げ落ち着いたのか、トウジはマユミのほうを向くこと無く、謝罪の言葉を口にしていた。

その言葉を聞き、マユミは俯(うつむ)いたまま口を開く。

「……鈴原君が謝ること無いです。…私が悪いんですから」

そう言った後、マユミは思考する。

(…私が悪い。

全部、私が……。私が…生きてるから。…存在してるから。)

マユミが自虐的な思考をしていると、トウジが`ゆっくり´と振り向く。

そして訊ねる。

「……伝言、聞かせてくれるか?」

トウジは、あえて『遺言』では無く、『伝言』と言った。

祖父が死んだと思いたくない理由があるのだろう。

トウジの言葉を聞き、マユミは俯(うつむ)きながら答える。

「『孫に会う機会が在ったら、宜しく頼む』、そう言ってました。『年の順で言えば、私が先にいって当然だから』って……」

そう言った後、マユミはスカートの上から、自分の太ももを強く抓(つね)った。

心の痛みを体の痛みで紛らわそうとする、マユミであった。

 

マユミが話した後、二人は何も言わず、ただ沈黙した。

そして少しの時間の後、トウジが寂しげな表情で口を開く。

「……そうかぁ。…爺ちゃん、そう言ったんか」

「ごめんなさい。…私は何も…何も出来ませんでした」

そう言って、マユミは深々と頭を下げた。

そのマユミの行動に、トウジは優しげな表情で話す。

「謝らんでええ。…山岸は…爺ちゃんの伝言を伝えてくれたんやから」

「…ごめんなさい」

だが、トウジの言葉に、マユミは謝罪の言葉で答えることしか出来なかった。

そんなマユミを見ながら、トウジは優しげな表情で話す。

「…ワシ、妹がおってな。その妹が言うんや。……『お爺ちゃん、帰って来るよね?』ってな」

「………」

マユミはトウジの言葉を、ただ俯(うつむ)いて聞くだけだった。

トウジは言葉を続ける。

「…やから、ワシも信じとった。…ちゃうな。…信じたかったんや」

 

トウジが話した後、沈黙する二人。

沈痛と心痛の表情で黙る二人が居る屋上に、穏やかな風が吹く。

そんな風にマユミの黒髪がなびくと、トウジが`ゆっくり´と口を開く。

「……しばらくは誰にも話さんといてくれ。…ワシの口から、妹に話したいんでな」

「…はい」

その言葉に、マユミは頷くだけだった。

 

そんな会話をした後、マユミは屋上にトウジを残し、その場から去った。

伝えるべきことを伝え、話すべきことを話し、自分の言葉を伝えた後、マユミの中の『何か』が弾けそうだったから。

 

 

<松代、第2実験場>

 

実験場付近の滑走路で、ミサトとリツコは待っていた。

アメリカ第一支部から輸送されてくる、エヴァンゲリオン参号機を。

 

ゴォォォォ。

そこへ、ジェット音が響く。

参号機を運んできたと思われる、輸送機のジェット音が。

その音に、昼食をすませたのか、爪楊枝を口に挟んだミサトが、露骨にムッとした表情で口を開く。

「遅れること2時間、ようやくおでましか…。ここまで私を待たせた男は初めてね」

「デートの時は待たずに、サクッと帰ってたんでしょ」

そんなミサトの発言を聞き、リツコはツッコミを入れるのであった。

 

 

<中学校、教室>

 

昼食時間は終わり、午後の授業が始まっていた。

だが、教室にトウジの姿は無かった。

 

(……トウジ、戻ってこないな。)

そんなことを思いながら、シンジはトウジの席を見つめた。

そして、もう一人、トウジの席を見つめる人物がいる。

(……鈴原。)

委員長のヒカリであった。

 

 

<渡り廊下>

 

トウジは授業をエスケープし、渡り廊下で空を眺めていた。

これまで、急激に変化した自分の周辺を思い出しながら。

 

トウジは虚ろな瞳で思考する。

(シンジとケンスケと三人でつるむのは、嫌いや無い。…むしろ、楽しいぐらいや。

…それに、シンジには借りあるしな。)

そう思った後、トウジは昔のことを思い出す。

 

「すまんかった、シンジ!」

 

妹を助けて貰い、シンジに礼を言った時のことを思い出していた。

(…シンジがおらんかったら、どないなっとったか……想像つかん。)

そう思った後、トウジは寂しそうに微笑んだ。

そして思考を繋ぐ。

(…シンジ、綾波、霧島、惣流、山岸。…ワシと同い年の奴らが、使徒と戦っとる。

傷だらけになっても、怖がっても、逃げ出さんで……戦っとる。

……ワシが逃げ出して、いいこと無い。)

 

そう思った後、空に手の平をかざし、ギュッと握りこぶしを握った。

そして、握りこぶしを自分の目線に近づけると、静かに呟く。

「一つ、決まりや……」

 

 

<放課後、学校の帰り道>

 

「ごめんね。付き合って貰っちゃって…」

夕暮れの帰り道、ヒカリはマユミとアスカに話しかけていた。

ヒカリの言葉に、二人は微笑みながら答える。

「別に構わないです」

「そうね。『杉田玄白』の真相も知りたいし」

アスカの言葉を聞き、マユミは不思議そうな表情で訊ねる。

「何です、それ?」

「あはは…」

マユミの問いに、ヒカリは乾いた笑い声を立てるだけだった。

 

 

<夕刻、公園>

 

帰宅する足で、ヒカリ達は公園へ寄り道し、ベンチに腰を下ろしていた。

勿論、ヒカリの話を聞く為である。

 

夕暮れが迫る街並みを眺めながら、アスカが口を開く。

「…『杉田玄白』って、鈴原のことでしょ?」

「……うん」

アスカの言葉に、ヒカリは静かに頷いて答えた。

二人の会話を察し、マユミはベンチから席を立ちながら話す。

「あの…私、お邪魔なら帰りますけど……」

そんなマユミの言葉に、アスカは微笑みながら訊ねる。

「マユミは大事な秘密を、簡単に人に喋ったりする?」

「いえ…」

マユミは俯(うつむ)き加減答えた。

その言葉を聞くと、アスカは優しげに話しかける。

「なら座る。マユミも私達の友達なんだから」

「は…はい」

アスカの言葉を聞き、ベンチに腰掛けると、マユミは小さく微笑みながら思う。

(私に友達…。……ホントに、友達になれたら。)

 

そんなマユミの思いを他所に、アスカはヒカリに話す。

「ヒカリ、安心して。マユミは簡単に秘密を喋ったりしないから」

「う、うん」

アスカの言葉に、ヒカリは微笑で答えた。

ヒカリの微笑を見ると、アスカは苦笑しながら訊ねる。

「あの`お弁当´も、鈴原のものだったんでしょ?」

「うん。……鈴原、いつも購買部の食事だから」

ヒカリは少し照れ臭そうに答えた。

その言葉を聞き、アスカは笑いながら話す。

「やっぱりね。あの味は鈴原ぐらいしか理解できないわ」

 

穏やかな雰囲気で沈黙する三人。

そんな三人を、夕暮れが優しく染めていく。

そしてアスカが口を開く。

「大方、聞きたいことは解ってる。鈴原がヒカリのことをどう思ってるか、でしょ?」

コクリ。

ヒカリは頬を桜色に染めながら頷いた。

そんなヒカリを見て、アスカは微笑みながら答える。

「どうも思ってないんじゃない?あの三馬鹿トリオはトコトン鈍いから」

そして、少し寂しそうに言葉をつなぐ。

「特にシンジは一番鈍感で馬鹿ね」

アスカの言葉に、ヒカリは小さくクスッと笑った。

ヒカリはアスカの想いを知っていたから。

小さく笑った後、ヒカリは真剣な表情を見せ訊ねる。

「……山岸さん、アスカ、笑わないで聞いてくれる?」

「別に笑わないわよ」

「はい」

ヒカリの表情に、二人は静かに答えた。

そんな二人の言葉を聞いた後、ヒカリは`ゆっくり´と口を開く。

「……鈴原の好きな人って、碇君かもしれない」

「あ゛」

「う゛」

ヒカリの突拍子な発言に、二人は驚きのあまり硬直してしまった。

そんな二人を他所に、ヒカリは言葉を繋ぐ。

「昼食時間に見ちゃったの。…屋上で、二人が真剣な表情で会話してるのを」

「で、でも、それだけで、鈴原君が碇君を好きな理由にならないんじゃ…」

硬直から回復したマユミが、多少言葉に詰まりながら口を開いた。

そのマユミの言葉に、アスカも動揺混じりに続く。

「そ、そうよ!男同士の真剣な会話が、どうして恋愛に発展すんのよ!」

「でも…あの三人、いつも一緒だし…。それに、鈍感なのは、女の子に興味が無いとしたら?」

二人の言葉に、ヒカリは最もらしい理由で反論した。

その言葉を聞き、アスカとマユミは思わず妄想してしまった。

 

<アスカの妄想>

 

なぜか、シンジとトウジの二人は上半身裸だった。

トウジはシンジの華奢な体を背後から抱きしめ、耳元で囁(ささや)く。

「シンジ…。…ええんか?」

「……うん」

シンジは少し恥かしそうに頷いて答えた。

 

そして二人は………。

 

<マユミの妄想>

 

映像は過激な為、音声のみでお伝えします。

 

ギュギュッ。

「い、痛い!」

「男は我慢や!せいゃッ!」

グイッ。

 

ズドン!

「こ、こんなに…痛いなんて……ガクッ」

 

<再び、公園>

 

妄想に入った二人は頭を抱え、怯(おび)えた表情で呟く。

「嘘よ、嘘よ、嘘よ、そんなの」

「き、気持ち悪い……」

 

そんな二人の妄想を打ち切ったのは、ヒカリの一言であった。

ヒカリは二人を見て、微笑みながら話しかける。

「冗談よ。そんなこと、ある筈無いしね♪」

「「!」」

ヒカリの一言に、二人は現実に帰った。

そして、アスカは大粒の汗をこぼし、乾いた笑い声を立てながら口を開く。

「あはは…。そ、そうよね。冗談よね。バカみたい」

一方、マユミは口元を押えながら、気持ち悪そうに呟く。

「………想像しちゃった」

 

 

<公園からの帰り道>

 

夕陽が沈みかけた中を、三人は歩いていた。

 

「それにしても、タチの悪い冗談よね」

アスカは苦笑混じりに、ヒカリへ話しかけた。

その言葉に、ヒカリは笑いながら答える。

「ごめんね。まさか、本気にするなんて思わなかったし」

「まったく、大したもんよ」

ヒカリの言葉に、微笑を見せるアスカだった。

 

穏やかな雰囲気の中、歩く三人。

そして、夕陽に染まった空を見上げ、マユミは微笑みながら口を開く。

「いいですね。…誰かに恋するって」

ポッ。

突然なマユミの一言に、ヒカリとアスカは顔を赤くした。

ヒカリとアスカは、恋する二人だったらから。

二人の顔を見たマユミは、アスカまで顔が赤いことに気づき、不思議そうな表情で訊ねる。

「どうして、アスカさんまで照れるんですか?」

「それはねぇ…」

マユミの言葉に、ヒカリが楽しそうに耳打ちしようとした。

その様子を見て、アスカは声を上げる。

「ヒカリッ!言っちゃ駄目!」

 

この時、アスカは気づいていなかった。

シンジを撃ち抜いたショックから、立ち直りつつあることに。

 

 

 

つづく


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あとがき

20万ヒット、ありがとうございました。
感謝の気持ちで、少々早めにアップした次第です。m(_ _)m
二人の妄想描写ですが、フルネルソンの体勢からの、フルネルソン・スープレックスを想像してください。(笑)

PC—pŠá‹¾yŠÇ—l‚àŽg‚Á‚Ă܂·‚ªƒ}ƒW‚Å”æ‚ê‚Ü‚¹‚ñz ‰ð–ñŽè”—¿‚O‰~y‚ ‚µ‚½‚Å‚ñ‚«z Yahoo Šy“V NTT-X Store

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