巨大な十字架に黒塗りの参号機を吊り下げ、巨大な全翼機は太平洋の上空に位置していた。
参号機のボディは弐号機に類似しており、違う点は頭部のデザインと塗装色だけのようである。
そんな巨大全翼機の前には、それすらも飲み込む程の大きさの積乱雲が広がっていた。
僕は僕で僕
(88)
積乱雲を確認し、パイロットは基地へと回線を開く。
-Than Ecta64,Neopan400.
A cumulonimbus is confirmed on the front
line.-
-エクタ64よりネオパン400。
前方航路上に積乱雲を確認。-
-Neopan400 confirmation.
There is no problem in the atmospheric pressure
condition of the cumulonimbus.
Don't change a line,and observe arrival time.-
-ネオパン400確認。
積乱雲の気圧状態は問題無し。
航路変更せず到着時間を遵守せよ。-
-Ecta64 comprehension.-
-エクタ64了解。-
プツ。
パイロットは通信を切ると、操縦桿を動かさず、そのまま全翼機を積乱雲に突入させた。
ピシャッ!
全翼機が突入したのと同時に、積乱雲の中で放電現象が起きた。
<ミサトのマンション>
玄関前。
ネルフの制服姿に正装したミサトが、アスカとマユミを学校へと見送っていた。
二人に参号機パイロットのことを、話すべきか、話さずべきかを迷いながら。
「じゃあ」
「いってきます」
二人はミサトに簡単な挨拶をして、玄関を出る仕草を見せた。
「いってらっしゃい」
そんな二人を見ながら、ミサトは翳(かげ)りのある微笑で見送ろうとした。
そこへ、マユミが口を開く。
「あの…参号機って、存在するんですか?」
「!」
マユミの突然の問いに、ミサトは驚きの表情を隠せなかった。
そして、俯(うつむ)き加減に口を開く。
「参号機、その事なんだけどね。…実は今日、松代に届くの」
「ま、四号機もあったんだし、当然でしょうね」
ミサトの言葉を聞き、アスカは興味無さげに口を開いた。
そんなアスカの言葉を聞くと、ミサトは真剣な面持ちで話す。
「問題は参号機操縦者なのよ。……貴方達の良く知る人物が選ばれたの」
「…誰…ですか?」
「……」
ミサトの言葉に、二人は真剣な面持ちで返事を待った。
少しの沈黙の後、ミサトが口を開く。
「参号機操縦者に選ばれた、四人目の適格者は……」
<中学校、教室>
少し早めに登校したトウジは、自分の席に足を投げ出す格好で座っていた。
どことなく瞳は集点を無くし、ただ教室という空虚な空間を眺めている感じである。
「おはよう」
そんな感じでトウジが座っていると、登校したばかりのマナが声をかけた。
マナの声に、トウジは無表情に答える。
「おはようさん」
「元気無いね。…ま、解らなくも無いけど」
そう言って、マナはトウジに寂しげな微笑みを見せた。
マナの微笑と言葉に、トウジは虚ろな瞳で訊ねる。
「…何や…霧島は知っとるんか?」
「……うん。昨日の夜、リツコさんに聞いたから」
マナは優しく微笑みながら、トウジの問いに答えた。
その言葉を聞き、トウジは`ため息´混じりに話す。
「はぁぁ…。ここ最近、色々重なってな…結論出せへんのや。……ミサトさんは`いつまでも待つ´て言うてたけど」
トウジは頭の中が混乱しながらも、どうにか事態を理解していた。
第三新東京市を守る為に、自分が選ばれたということ。
敵である使徒は、無秩序に第三新東京市を襲って来るということ。
そんな敵に対しては、自分の存在が少なからず必要であることを。
第三新東京市で暮らし、使徒の存在を肉眼で確認し、シンジ達の戦いを見てきた、トウジなりの理解であった。
「ゆっくり考えればいいと思う。…色々、あると思うから」
トウジの言葉を聞き、マナは少し翳(かげ)りのある表情で話した。
コアの存在を多少なりとも知り、そのことを未だに他の操縦者には黙っていたからだった。
マナの言葉を聞いた後、トウジが訊ねる。
「…なぁ、一つ聞いてもええか?」
「何?」
マナは小さな微笑を見せながら訊ね返した。
トウジは訊ねる。
「…霧島は、何で乗っとるんや?」
「私?………私は」
トウジの問いに、マナは考える仕草を見せながら教室を見渡した。
教室にはレイとケンスケが、二人から離れた席に座っている。
見知った人物を確認すると、マナは寂しそうに微笑みながら口を開く。
「…私、昔は帰りたいって思う場所が無かった。…帰る場所は、冷たい宿舎。
人間味のしない、ただ寝るだけの場所だった。……そんな事が何年も続いてた」
「………」
マナの話を、トウジは黙って聞いている。
俯(うつむ)きながら小さく微笑むと、マナは話をつなぐ。
「でもね、今は違う。突然変わったの。
突然、JAに乗ることになって、突然、戦うことになって、突然、友達が出来て、突然、帰る場所が出来て……」
そこまで言うと、マナは一息ついた。
そして、顔を上げて微笑みながら話す。
「…エヴァに乗ること、戦うこと、それは怖いけど。それ以上に、友達を失うことが、帰る場所を無くすことが…怖い。
……そう思ってるから、かな?」
「霧島……お前、凄い奴ちゃな」
マナの話を聞き終えると、トウジは感嘆の表情で呟いた。
その言葉に、マナは微笑みながら話す。
「私は全然凄く無い。…シンジ君、綾波さん、アスカ、山岸さん、ネルフの人達、私の友達。…皆が教えてくれた事だから」
「…そう言えることが凄いんや」
マナの言葉に、トウジは苦笑した。
ガラッ。
トウジが苦笑すると、教室の扉が開く音がした。
二人が音の方に視線をやると、そこからはシンジが入ってきた。
「おっはよ〜、シンジ君♪」
シンジの姿を確認すると、サクッとトウジのもとを離れるマナであった。
マナが去った後、トウジは天井を見上げながら思う。
(……霧島は納得してエヴァに乗っとる。
……ワシは…ワシは納得して乗れるんやろか?)
<トレーラーの中>
田舎道を走るネルフの大型トレーラーに乗って、ミサトとリツコは松代へと向かっていた。
リツコは携帯用の端末で作業をし、ミサトは何気に窓の外を見ている。
そんな中、ミサトがポツリと呟く。
「アスカがね、言うの。『何でアイツなのよ!』って……」
「それで…山岸さんの方は?」
ミサトの呟きを聞き、リツコは作業の手を休めること無く訊ねた。
ミサトは窓の外を見ながら答える。
「彼女は何も言わなかったわ。…正直、怒鳴ったりしてくれた方が安心出来るんだけどね」
「感情の抑制が効く子なのよ」
不安を隠さないミサトの発言に、リツコは淡々とした表情で話した。
リツコの言葉に、ミサトは静かに呟く。
「自分に正直なアスカと、自分を抑える山岸さん。……どっちも難しいわね」
ミサトの二人を心配する発言に、リツコは作業する手を休め苦笑しながら話す。
「貴方、いい保母さんになるわよ」
「高名な赤木博士に、お褒め頂けるとは光栄ね。使徒との戦いが終ったら、転職でもするわ」
ミサトが冗談を混じりに話した後、二人は少しだけ笑った。
いつまで続くか知れない戦い、生き残れるか解らない戦い、そのことを知っていたから。
少しだけ笑った後、ミサトが微笑みながら口を開く。
「……霧島さんには言ったの?」
「言ったわよ、昨日。…霧島さんは納得してくれたわ」
そう言った後、リツコは再び作業を開始させた。
リツコの言葉を聞き、ミサトは冗談混じりに話しかける。
「霧島さん、ね。…案外、リツコの方が保母さん向きじゃない?」
「バカ言わないで。それよりも参号機パイロットの件、どうなったの?」
ミサトの言葉を軽くかわすと、リツコは話を参号機に切り替えた。
参号機の話になると、ミサトは真剣な表情で口を開く。
「言葉的には、無期限の猶予を上げてる。…精神的に参ってるから、彼」
「それ、困るわ。準備期間を含めて、明日にでも呼びたいと思ってるのに」
ミサトの言葉を聞き、リツコは戸惑いの表情を見せた。
リツコの困った様子に、ミサトは訊ねる。
「ダミーじゃ駄目なの?」
「駄目。あれは危険よ…。それに…私自身、あのシステムは忌むべき物だと思ってるから」
リツコは翳(かげ)りのある表情を見せながら、ミサトに答えた。
その言葉に、ミサトは怪訝な表情で訊ねる。
「でも最初は、リツコ、喜んでたじゃない。人道的にも犠牲の少ない理想のシステムだって」
「最初は、ね。…でも、違うのよ。……私の描いた人道的なシステムと」
ミサトの問いに、リツコは寂しげな微笑を見せて答えた。
「赤木博士、私に何か隠し事してるっしょ?」
リツコの言動に、ミサトは微笑みながら探りを入れてみた。
だが、その探りをリツコは、さり気無くかわす。
「ええ、してるわ。隠し事の無い女なんて、男を知らない女と一緒だもの」
そう言って、リツコは微笑を見せた。
その言葉が理解出来ず、ミサトは訊ねる。
「どういう意味、それ?」
リツコは微笑みながら、一言。
「……魅力に欠ける。そういう意味よ」
<学校、教室>
始業前の時間帯。
シンジはケンスケと会話をしていた。
いつもなら、トウジが側に居るのだが、彼は自分の席に呆け顔で座っていた。
「トウジ、どうしたのかな?最近、元気ないけど…やっぱり変だよね?」
シンジはトウジを見つめながら、ケンスケに訊ねた。
ケンスケは気の無い返事を返す。
「お前だって変だよ。…急に読書家になったりしてさ」
「そ、そうかな?……」
多少、俯(うつむ)き加減に話すシンジであった。
ガラッ。
シンジが俯(うつむ)くと、勢い良く教室の扉が開く音がした。
二人は音の方を向き、アスカとマユミが登校してきたことを確認した。
バンッ。
自分の席に勢い良く鞄を置くと、アスカは教室を出ようとする仕草を見せた。
それとは対照的に、マユミは静かに鞄を置き、自分の席に座った。
「どうしたの、アスカ?」
アスカの態度が、いつもと違うことに気づき、シンジが話しかけた。
「あんた達のッ!……」
アスカはムッとした表情を見せ、何かを言う仕草を見せた。
だが、唐突に言葉を切り、シンジの顔から瞳を反らしながら言葉をつなぐ。
「………バカ」
ガラッ。
誰に言ったのか解らないぐらいに小さく呟いた後、アスカは教室から去った。
アスカの去った後、シンジはポツリと呟く。
「アスカも…どうかしたのかな?」
シンジの呟きを聞き、ケンスケは呆れた顔で一言。
「他人の前に、まず自分を心配しろよ」
<昼食時間、屋上>
シンジは屋上で仰向けに寝そべって、空を眺めていた。
空には雲が雄大に浮かんでいる。
空に浮かぶ雲を眺めながら、シンジは無表情に呟く。
「……空に雲。…自然の摂理」
そんな事をシンジが呟くと、不意にシンジの顔に影が掛かった。
不意に現れた影の原因に、シンジは目の集点を合わせると呟く。
「綾波か……」
仰向けに寝そべるシンジの頭上に、レイは立っていた。
レイはシンジの顔を覗き込みながら呟く。
「今日は図書室じゃないのね」
「うん…。……暴飲暴食は体に良くないから。…少し頭を休ませようと思って」
そう言って、シンジは微笑を見せた。
「………」
微笑を見た後、レイは何も言わずシンジの横に座った。
レイの行動に、シンジは小さく微笑むと話しかける。
「綾波は、何で雲が空にあるか知ってる?」
「雲…全ては水の粒、あるいは氷で出来ているもの。…そのもとは暖かい空気。
暖かい空気が上昇気流に乗って上昇すると、温度が低下して、それ以上その空気が水を水蒸気として吸収出来ない高度に達する。
その時、水の粒が出来て…雲が発生する。……だから空には雲がある」
シンジの問いに、レイは無表情に答えた。
そして、レイの説明は完璧であった。
レイの言葉を聞くと、シンジは微笑みながら口を開く。
「正解だよ。……綾波は凄いね」
「私は覚えていることを言っただけ……。そして、それは記憶に過ぎない言葉…」
そう言って、レイは俯(うつむ)いた。
そんなレイの言葉を聞いた後、シンジは空を見上げながら呟く。
「知識や記憶が人の世界を発展させた…。……人の心は、大した変化をしてないのに」
「……だから、貴方が変える気なの?」
シンジの言葉を聞き、レイは淡々とした表情で訊ねた。
小さく微笑んだ後、シンジは答える。
「…どうかな?……でも、僕の中の僕は、それに近いことを望んでる」
「!」
シンジの言葉に、レイは驚きの表情を見せた。
ガチャッ。
そこへ、屋上の扉が開く音がした。
「…先客かいな?」
その扉から入ってきた人物はトウジであった。
トウジが来たのを確認すると、二人は立ち上がる仕草を見せた。
「…先、行くから」
立ち上がると、レイはその場から去った。
レイの後姿を見ながら、トウジは申し訳無さそうに話しかける。
「なんや、邪魔したみたいで悪いな」
「邪魔じゃないよ。…それよりも、どうしたの?最近様子が変だけど」
そう言って、シンジはトウジに訊ねた。
トウジは俯(うつむ)きながら答える。
「まぁ、色々あってな。シンジは聞いてないんか?」
トウジの問いに、シンジは首を縦に振り、自分は何も知らないことを告げた。
そんなシンジを見て、トウジは苦笑しながら話す。
「近いうち解る。……大したことや無いから、心配せんでええ」
トウジは精一杯強がって見せていた。
<教室>
その頃、ヒカリは教室の窓から二人の様子を見ていた。
トウジの為に作ってきた`お弁当箱´を手に。
そんな二人を見た後、ヒカリは近くの席のアスカに話しかける。
「お弁当、食べない?」
アスカに手渡した`お弁当箱´はトウジのものだった。
<再び、屋上>
そんなヒカリの行動を露知らず、シンジとトウジは会話を続けていた。
シンジはトウジに話しかける。
「ケンスケも心配してたよ。…様子が変だって」
「……少し、一人にしてくれへんか。…すまんけど」
そう言って、トウジは屋上の手すりから下を覗いた。
「………わかった」
シンジは呟くだけだった。
ガチャ。
シンジが呟いた後、屋上の扉が開く。
扉の方を向き、シンジは呟く。
「山岸さん…」
「……碇君も、来てたんですか」
トウジと話をしようと、マユミは屋上に来たのだった。
マユミの登場に、トウジは翳(かげ)りのある表情で呟く。
「屋上は大繁盛やな…」
つづく
あとがき
序盤の英語は適当です。
雰囲気を伝えたかっただけですので。(笑)