<数日後、ネルフ>
研究室で、リツコは電話をかけていた。
松代の実験施設にいる、母、ナオコへと。
僕は僕で僕
(87)
「あ、母さん?私」
電話の相手の声を聞くと、リツコは名乗らずに『私』と口にした。
受話器からは、忙しげな会話が飛び交う中を、ナオコの声が聞こえてくる。
-どうかしたの?こっちはテストの真っ最中なんだけど。-
「そう、じゃあまた掛け直すわ」
ナオコの言葉に、リツコは電話を切ろうとした。
そこへ、ナオコが声を上げる。
-ちょっと待って、誰も聞かない何て言ってないわよ!-
ナオコの声に苦笑すると、リツコは受話器を耳に近づけ口を開く。
「来週、松代に行くわ」
-え?……それって。-
ナオコはMAGI �の打ち合わせと思い、声に嬉しさを含ませていた。
だが、リツコの言葉は`その思い´を砕く。
「参号機、松代で起動実験をするから。その了承が欲しいの」
-そう。……そうよね。-
ナオコの声は落胆の色を隠していなかった。
その声を聞き、リツコは苦笑しながら口を開く。
「起動成功後、MAGI の打ち合わせをしましょう。それに四号機のことも話したいし」
-了解。期待して待ってるわよ♪-
今度は一転して、明るく弾んだ声で返事をするナオコであった。
ナオコの声に、リツコは微笑みながら話しかける。
「承諾ね。…来週に行く。…ミサトも連れて行くから。…ええ、ええ、解ってる。………じゃあね、母さん」
ガチャン。
しばらくナオコと話した後、リツコは電話を切った。
そして、机の上の書類を手にしながら呟く。
「尋常ならざる、四号機…。……コアに取り込みし…その名は…」
呟いた後、リツコは怪訝な表情で思考する。
(…四号機。…S2機関。…少女のような名前。……私の知らないことが、まだ存在している。)
(……私にも知らないことが…ある。)
そう思った後、リツコは少しだけ自分を笑った。
<中学校、2-A>
ガタッ。
昼休みのチャイムが鳴った後、シンジは席を立った。
シンジの頭の傷は癒え、額(ひたい)にバンソウコウを貼っているだけであった。
「シンジ、図書室か?」
シンジの行動を見て、ケンスケが訊ねた。
「うん。教室にいても、すること無いしね」
そう微笑んで言った後、シンジは教室から去った。
シンジの後姿を見ながら、ケンスケは寂しそうな表情を見せて呟く。
「…シンジもトウジも…変だよ。……シンジは`あんなに´読書家じゃなかったし、トウジも`こんなに´無気力じゃなかったのに」
そう呟いた後、ケンスケは後ろの席のトウジを見た。
トウジは教室の天井を虚ろな瞳で見つめ、口をポカンと開けていた。
その様子に、ケンスケは辛そうに呟く。
「変だよ。……ホントに」
「何が変なの?」
ケスンケの呟きを聞き、近くにいたマナが不思議そうな顔で訊ねた。
マナの問いに、ケンスケは答える。
「シンジとトウジだよ。……この頃、変なんだ。シンジは勤勉家になってるし、トウジは気が抜けてるし」
「…そうだね。シンジ君、あんなに図書室好きじゃなかったし、鈴原君も少し大人しいよね…」
そう言って、マナは考え込む仕草を見せた。
そこへ校内放送が響く。
-2-A、鈴原トウジ君。至急、校長室まで。2-A、鈴原トウジ君。至急、校長室まで。-
だが、その放送が聞こえないのか、トウジは呆けたままであった。
あまりの呆けぶりに、委員長のヒカリがアスカの席の側から話しかける。
「鈴原、校長室までって呼んでるわよ」
「ん?……あ、ああ」
ガタッ。
ヒカリの声を聞き、トウジは今聞いたかのような様子で校長室へと向かった。
「もう…最近、鈴原おかしいんじゃないの?」
トウジが教室から去った後、ヒカリは不安げな表情で呟いた。
そして、ここ数日、様子が少し違うアスカを見た。
アスカはヒカリとの昼食を断り、自分の机に突っ伏している。
その様子を見て、ヒカリは寂しげな表情で話しかける。
「アスカ……昼食食べないの?」
「別に…いらない。……食欲無いし」
アスカは突っ伏したまま、ヒカリの言葉に答えた。
「……アスカ」
ヒカリは、ただ呟くだけだった。
<図書室>
昼食を済ませた後、マユミは図書室に来ていた。
そして、以前と同じように読みたい本を物色し始めた。
本を物色しながら、マユミはシンジの姿を見て思考する。
(碇君…。……また来てる。)
マユミが思考していると、座って本を読んでいたシンジが唐突に口を開く。
「山岸さん…。だよね?」
「は、はい。…こんにちわ」
そう言って、マユミは挨拶を交わしてみた。
再転入した後、簡単な自己紹介だけだった為、未だに会話らしい会話をしていない所為もあったが。
マユミの言葉に、シンジは微笑みながら話しかける。
「病院で一度、会ったよね?…人違いじゃなかったら、だけど」
「……はい、会ってます。…もう、怪我の方はいいんですか?」
マユミは少し不安げな表情をしながら訊ね返した。
「うん。…もう痛みは無い」
マユミに答えた後、シンジは言葉をつなぐ。
「本、好きなの?」
「……はい」
シンジの問いに、マユミは静かに答えた。
マユミの答えを聞き、シンジは微笑みながら話す。
「そう。……僕も嫌いじゃないんだ」
そう言った後、シンジは再び自分が読んでいた本に目を向けた。
マユミは間近にあった本を手に取り、シンジから離れた窓際の席に座った。
マユミが手に取った本は、自分が読みたい本では無く、適当に取った本であった。
とりあえず、シンジと話を続けたい。
シンジに訊ねてみたいことがある。
そんな思いに駈られての行動であった。
席に座ると、マユミは窓に反射して映るシンジを見ながら思う。
(鈴原君と碇君。……友達だった筈だけど、そんな様子が全然無い。
……二人とも避けてるという感じより`興味が無い´みたいな感じがする。
……私が居ない間に、喧嘩したのかもしれない。)
マユミはトウジのことが気になっていた。
鈴原という姓を誰かしらに聞いた後、マユミは博士との約束を果す為に、一度話したいと思っていた為である。
その為、シンジに話し、訊ねてみたかった。
『鈴原トウジ』という人物のことを。
パラッ。
「参号機、完成してるんだろうね……」
シンジは本のページを捲(めく)ると、マユミに話しかけた。
「!」
その言葉に驚き、マユミはシンジの方を見た。
そして、寂しげな表情で口を開く。
「……私は…知りません」
「そう。…それならいいんだ」
パラッ。
淡々とした表情でマユミに答えると、シンジはページを捲(めく)った。
沈黙する二人。
そんな奇妙な緊張と静寂の中で、マユミが口を開く。
「鈴原君達と…最近は一緒じゃないんですね?」
「トウジ達は僕の友達だよ。……僕は、そう思ってる。…トウジ達が、どう思ってるかは解らないけど」
シンジは本から目を離すこと無く、マユミの問いに答えた。
そう言った後、シンジは小さく微笑むと、静かに言葉をつなぐ。
「答えになってないね。……最近は本を読む…違う。…何かを頭の中に詰め込む方が落ち着くんだ。
…変わってる、そう思うだろうけど」
「…そんなこと無いです。私も本を読むことが好きですから」
シンジの言葉に、マユミは俯(うつむ)き加減に話した。
その言葉を聞くと、シンジはマユミの方を向いて微笑みながら話す。
「山岸さんと僕は…似てるのかもしれないね」
「…そ、そうかもしれません」
シンジの微笑みに、多少緊張しながらも言葉を返すマユミであった。
そんなマユミを見ながら、シンジはポツリと呟く。
「その本……ゴルフが好きなの?」
「え?」
シンジの言葉に、慌ててマユミは自分の持ってきた本を見た。
本の表紙には、『タイガー・○ッズ、未来のゴルファーにむけて』と書かれていた。
あまりにも自分に不釣合いな本を持っていたことに気づき、マユミは最高潮に顔を赤くして口を開く。
「メメクラゲ…」
<校長室>
校長室には、トウジと一人の女性が向かい合って椅子に腰掛けていた。
そして、女性が口を開く。
「参号機、鈴原君に一任したいと思ってるの。…こちらの一方的な都合は承知しているつもり」
女性は『葛城ミサト』であった。
参号機適格者として選出された少年、『鈴原トウジ』に報告と要請をする為に、ここに来ていた。
「ワシがエヴァの参号機に……。…実感、湧きませんわ」
ミサトの言葉に、トウジは校長室の窓から、爽快に広がる青空を見た。
空は青く澄み、ただ悠然と広がっていた。
そんな空を見ながら、トウジは淡々とした表情で言葉をつなぐ。
「この前、ワシの爺ちゃんが行方不明になったんです。……親父の奴は、たぶん絶望的やって言うんですけど…。
ワシと妹は…妹は信じられへんのです。……きっと帰ってくるっちゅうて」
「…そう」
トウジの言葉に、ミサトは言葉を返すことしか出来なかった。
「少し時間を下さい。…頭ん中がグチャグチャで、何も考えられません」
トウジは虚ろな瞳で答えると、校長室の天井を見上げた。
そんなトウジを見て、ミサトは優しげな表情を浮かべて話す。
「いつまでも待つわ。…気持ちの整理がついたら、電話頂戴」
そう言って、ミサトは自分の携帯番号を教えた。
それが今のミサトに出来る、精一杯の譲歩であった。
参号機の起動実験を来週に控えた現実と、『鈴原トウジ』の情緒不安定という現実の中での……。
<放課後、教室>
トウジは昼食を取り忘れていたこともあり、教室で遅い昼食を取っていた。
一人きりの教室で、トウジの机には購買部で買ったパンが並んでいる。
ガラッ。
夕焼けに染まる教室の中、扉が音を立て開いた。
その音の方を向くと、トウジは淡々と口を開く。
「委員長か…。悪いな、昼食まだ取ってなかったんや。…校長室に呼ばれとったさかい」
「…知ってる」
ヒカリは俯(うつむ)き加減に答えた。
そして、少し緊張気味に言葉をつなぐ。
「鈴原って、購買部のパンばっかりなのね」
「……迷惑かけるのは好かんからな」
ビリッ。
そう言って、トウジはパンの袋を破り始めた。
その様子に、ヒカリは緊張気味に口を開く。
「そ、それなら、私が作ってこようか?」
「………」
ヒカリの言葉に、トウジは呆け顔で答えた。
トウジの呆け顔を見て、ヒカリは頬を桜色に染めながら話す。
「ほ、ほら、私、お姉ちゃんや妹の分まで作ってるから、いつも多めに作っちゃって、それでいつも困ってるから…」
多少、慌て気味に話した後、ヒカリは俯(うつむ)きながら思う。
(多分、断るよね。……いつも怒ってばっかりだし。)
そんな事をヒカリが考えていると、トウジがポツリと呟く。
「そら、勿体無いわ」
「え?!」
トウジの言葉に、ヒカリは驚いた表情を見せた。
だが、ヒカリの表情に構うこと無く、トウジは淡々と話す。
「残飯処理なら幾らでも手伝うで」
トウジの言葉を聞き、ヒカリは微笑み、勢い良く言葉を口にする。
「う、うん。手伝って!」
<ミサトのマンション>
「ただいまぁ」
「ただいま」
アスカとマユミは帰宅すると、居間に向かって声を上げた。
手慣れた声と、不慣れな声の二重奏で。
「と言っても、誰もいる筈無いのよね」
居間まで来ると、誰もいない部屋を見ながらアスカが話した。
そして、マユミを見ながら笑顔で話しかける。
「ジャ〜ンケ〜ン、ポン!」
アスカの掛け声に、咄嗟にマユミはグーを出していた。
そして、アスカの手はパーを出していた。
その状況に、アスカは微笑みながら話しかける。
「私が先にシャワー浴びるから♪」
「は、はい」
どうにか、アスカの行動が理解出来たマユミであった。
ガラッ。
「覗かないでよ。その気は無いんだから」
浴室への扉を開けながら、アスカはマユミに冗談を言った。
アスカの冗談に、マユミは顔を赤くしながら口を開く。
「の、覗きません。絶対に!」
「あ、言ってくれるわね。そんなに私って魅力無い?」
マユミの言葉に、アスカは冗談でムッとした表情を見せた。
その表情に、マユミは慌て気味に言葉を変えす。
「い、いえ。…そんな意味じゃ」
「冗談よ♪」
マユミの言葉に、アスカは微笑を見せた後、浴室へと向かった。
「!……」
その瞬間、マユミは小さく驚いた表情を見せた。
アスカが微笑を消し、浴室へ向かった瞬間、その表情が悲しげなものに見えたからだった。
そして、マユミは俯(うつむ)き加減に思考する。
(アスカさん。……まだ気にしてる。
……結構、無理してるのかもしれない。)
<アメリカ第一支部>
アメリカ、ネルフ第一支部。
大雨の中、地上の滑走路部分では、巨大な全翼機がブースターの力を借りて離陸していた。
その巨大な全翼機には、黒い物体が吊り下げられていた。
十字架に似た形をした拘束具に吊り下げられていた。
その黒い物体は、紛れも無く、エヴァンゲリオン参号機であった。
<洞木家、キッチン>
「ジョンとパンチは白バイで〜♪刑事はコジャック、お巡りさ〜ん♪」
サクッ、サクッ。
ヒカリはキッチンで歌を口ずさみながら、ジャガイモを剥いていた。
キッチンのテーブルには料理の本を広がり、周囲には材料が散乱している。
明日の`お弁当´への下ごしらえなのだろう。
ジャガイモを剥き終わると、ヒカリは料理の本を見ながら楽しそうに呟く。
「あとはセロリとニガウリね♪」
下ごしらえをするヒカリは、普段の生真面目な委員長では無く。
ただの14歳の少女であった。
<学校、校庭>
日の沈みかける中、トウジは帰宅せずに、いまだ学校にいた。
校庭のバスケットゴールの前で、バスケットボールを手に、たたずんでいた。
スッ。
トウジはシュートを投げる構えを見せて、そのままゴールを見つめた。
「………」
シュッ。
短く沈黙した後、トウジは綺麗なフォームでボールを投げた。
つづく
あとがき
まさか こんな所にメメクラゲが いるとは思わなかった。
『ねじ式』な言葉でした。(笑)