セミの鳴き声が響く中、少女は病室前の廊下から、窓の外を見ていた。

虚ろな輝きを放つ黒い瞳、そして綺麗な黒髪を持つ入院服の姿の少女……。

その少女は間違い無く、『山岸マユミ』であった。

 

 

 

僕は僕で僕

(85)

 

 

 


 

ガラガラ。

マユミが窓の外を見ていると、廊下の奥からキャスターの転がる音が聞こえてきた。

その音の方を向いて見ると、移動ベットに乗った少年が運ばれてきた。

 

「!」

少年の顔を見て、マユミは少しだけ驚いた表情を見せて思う。

(初号機専属操縦者……。…碇…シンジ。)

マユミの思考通り、運ばれている少年は『碇シンジ』だった。

「………」

移動ベッドの上で、シンジはマユミと瞳を合わせた。

シンジは頭に包帯を巻いており、先の戦闘での負傷と思われた。

シンクロしながら直撃を受けた者と、そうで無いの者の違いは明白であった。

「………」

その様子に、マユミは何も言えず、ただ運ばれるシンジを見送った。

 

ガラガラ……。

キャスターの転がる音が、セミの鳴き声に混じり合い、病室の廊下に響く。

これが、シンジとマユミの初対面であった。

 

 

<第三新東京市、市街地>

 

太陽が真上に昇った市街地では、ネルフによる戦後処理が行われていた。

その処理任務には、ミサトと日向も参加していた。

 

「シンジ君の意識が回復したそうです」

市街地の瓦礫近くに設置されたテントの中で、日向が話しかけた。

日向の言葉に、ミサトは素っ気無い表情で答える。

「そう」

ミサトが簡潔に答えたのには理由があった。

零号機の右腕損壊、初号機の頭部損壊、弐号機の脚部損傷、四号機の頭部損壊。

結局、救出作戦で無傷に近かったのはJAだけという、無残な結果に終ったからである。

 

「リツコに言われちゃうわ。……無様ね、って」

ネルフへ運ばれる零号機の右腕を見ながら、ミサトは苦笑した。

ミサトの言葉を聞き、日向は不思議そうな表情で訊ねる。

「何か言われましたか?」

「あ、いいの。気にしないで」

そう言って、取り繕ったような微笑を見せた後、ミサトは言葉をつなぐ。

「それで、シンジ君の容態は?」

「はい。脳波に多少の乱れがありましたが、今は安定しているそうです」

多少事務的にではあったが、日向はシンジの容態を話した。

日向の説明に、ミサトは先程の戦闘を思い出しながら口を開く。

「ポジトロン・ライフルの直撃をモロだもんね。……それで、今は何処に?」

ミサトの問いに、日向は答える。

「I CUから一般病棟に移されてます。四号機パイロットと同じ病棟だそうです」

「二人とも無事なら、それが一番の戦果ね……」

優しげな表情で話しながらも、ミサトは思う。

(…戦果、か。……実際に戦ってるのは、あの子達なのに。)

 

そう思った後、ミサトは寂しげな微笑を見せた。

 

 

<ネルフ、病院施設>

 

ネルフの用意した学生服に着替え、マユミは病院の待合室に来ていた。

身体検査を無事に終え、即日退院ということになった為であった。

だが退院と言われたものの、何をどうすればいいか解らず、マユミは待合室の長椅子に座るだけだった。

座って何十分経ったのだろうか、マユミは不安げな表情で思う。

(……これから、私…どうなるの。)

 

「おかえり…」

マユミが俯(うつむ)いて思考していると、背後から男性の声が聞こえてきた。

聞き覚えのある声に、マユミは思わず振り向いた。

マユミの見た人物は、彼女をアメリカ支部へと送り出した『加持』であった。

加持は微笑みながら言葉をつなぐ。

「……勿論、君が無事に帰ってきたことに対してだ」

 

「加持…さん……」

ポロッ…。

マユミは加持の微笑を見て、思わず瞳から涙をこぼした。

自分が生きて帰って来たことを、初めて実感出来たからであった。

 

 

<ネルフ本部>

 

マユミと加持はネルフ本部へと来ていた。

これからのマユミの処遇について、司令室で相談する為であった。

 

ロビーのエレベーター前まで来ると、加持が口を開く。

「俺の仕事は、ネルフから依頼されたものだったんだ。…アメリカ支部からのね。
だが、俺は、その情報を日本支部に流した。すると今度は、日本支部から依頼が来た。……そういう裏幕が有ったのさ」

そう言って、加持は自嘲するような薄笑いを浮かべた。

「どうして…そんな話を?」

加持の言動が、マユミには理解出来なかった。

マユミの問いに、加持は真剣な表情で答える。

「君には真実を知る権利がある。そして、それを話すことが出来るのは俺だけだ。…それが理由さ」

「解りません。……そんな理由」

マユミは俯(うつむ)きながら話した。

マユミの言葉を聞き、加持は微笑みながら話す。

「解らなくてもいいさ。…今は解らなくても、いずれ解る時が来る」

チーン。

そこまで加持が話すと、エレベータが到着した。

ガラッ。

エレベーターの扉が開くと、ゲンドウが立っていた。

「…………」

ゲンドウは何も語らず、加持の隣の少女を見つめた。

「司令、この子が四号機操縦者の『山岸マユミ』です」

加持はゲンドウの姿を見て、すかさずマユミを紹介した。

「……………そ」

プシュッ。

ゲンドウが何かを話そうとした瞬間、エレベーターの扉が閉まった。

ガタン。

地下へと下り始めたエレベーター表示を見て、加持は首の後ろを掻きながら呟く。

「ま、いいか。話をするのは副司令とだしな」

 

「……何を言いかけたんでしょうか?」

中途半端なゲンドウの登場が理解出来ず、マユミは加持に訊ねた。

マユミの問いに、加持は冗談半分にゲンドウの物真似をしながら答える。

「俺の予想からすれば「そうか…」か、「その子がインサイド・チルドレンか…」って感じだろうな」

「イン・サイド…。……私もチルドレンなんですね」

加持の物真似に笑うこと無く、マユミは真剣な表情で話した。

マユミの言葉を聞き、加持は真剣な表情で話す。

「悪い。…冗談で済む話じゃ無かった」

 

加持の謝罪の言葉に、マユミは俯(うつむ)きながら答える。

「……いいんです。…別に」

 

 

<司令室>

 

「君の処遇は、他の子供達と同じようにさせて貰う。…だが、一人で構わないのかね?」

マユミに対し、冬月は柔らかい口振りで訊ねた。

マユミは答える。

「はい、大丈夫です。…一人暮らしには慣れてますから」

「………」

マユミの言葉を、加持は黙って聞くだけであった。

 

 

<リツコの研究室>

 

「これも明日。これも明日。これは明後日。これは明日」

研究室では、リツコが私服で仕事の振り分けをしていた。

とりあえず帰宅し、軽く睡眠をとる為であった。

 

そこへ携帯電話が鳴った。

リツコは椅子に掛けた白衣から、携帯を取りだした。

「はい、赤木です。……その件は、一度伝えた筈よ。………初号機、弐号機、零号機、四号機の順に修復作業。
……JAは簡易メンテだけで、あとは後日に微調整をするわ。……帰って寝る。…それじゃあ」

電話の相手はミサトであった。

プツ。

多少、荒っぽく携帯電話を置いた後、リツコは`ため息´を吐いた。

そして呟く。

「この歳で過労死なんて、洒落にもならない。……でも、ミサトなら洒落にしそうね」

そう呟いた後、リツコは苦笑した。

 

そこへ再び携帯電話が鳴った。

ムッとした表情で携帯を取り、リツコは声を上げる。

「私は帰って寝るの!それでも邪魔をするのなら、私にも考えがあるわよ!」

-邪魔はしないが、添い寝をしてもいいかな?-

電話の声は、加持であった。

ミサトと勘違いしたことに気づき、リツコは顔を赤くしながら口を開く。

「か、加持君?…ミサトと間違えてたわ。ごめんなさい」

リツコの動揺ぶりが目に浮かぶのか、加持は苦笑しながら話す。

-いいさ、別に。……それより頼みがあるんだけど。-

 

加持の言葉に、リツコは真剣な表情で口を開く。

「……添い寝ならしないわよ」

 

 

<ジオ・フロント内、廊下>

 

-物好きにも程が有るわね。-

加持の頼み事を聞いた後、リツコはキツイ言葉を口にした。

リツコの言葉に、加持は微笑みながら話す。

「俺もそう思う。ま、手を出す気は無いから」

-当たり前でしょ!ミサトが居るのに!-

加持の言葉に、リツコは声を上げた。

あまりの声の大きさに、加持は携帯を遠ざけた。

そして、リツコの話が終った後、加持は携帯を近づけて話す。

「とりあえず連れて行くから。後のこと、宜しくな」

プツ。

加持は苦笑しながら携帯を切った。

 

そして、背後に居るマユミに振り返りながら話す。

「さてと……行こうか?」

 

 

<第三新東京市>

 

夕刻。

加持とマユミは、第三新東京市にあるレストランに来ていた。

店内音楽にJAZZが流れる、ファミリー・レストランに。

 

窓際の席に座った後。

マユミに向かってメニューを広げると、加持は微笑みながら口を開く。

「じゃんじゃん好きなもの頼んでくれ。今日は帰還した記念すべき日だからな」

「は、はい…。……それじゃあ、秋刀魚定食を」

マユミは多少緊張しながら、食べたい物を告げた。

『秋刀魚定食』という注文に、加持は苦笑しながら口を開く。

「もっと高いのを注文しても構わないけどな」

「……御飯。…向こうでは滅多に出ませんでしたから」

マユミは俯(うつむ)きながら答えた。

その言葉に、加持は真剣な表情で呟く。

「……そうか」

その後、加持は手を挙げてウェイトレスを呼び、注文を告げた。

「秋刀魚定食をお2つ、食後に珈琲と紅茶をお1つずつ、以上ですね。少々お待ちください」

加持達の注文を聞き、ウェイトレスは愛想笑いを浮かべ話した。

二人には、その言葉が乾いた機械音のように聞こえた。

 

ウェイトレスが厨房に消えた後、二人は妙な間を感じて沈黙してしまった。

二人が沈黙する中、店内に流れていた曲が変わる。

静かに優しく二人を包み込むような音楽に……。

 

曲が変わると、加持が懐かしげに微笑みながら口を開く。

「『Moonbeams』か…。……古い曲だな」

「月の光。…素敵な曲名ですね」

加持の言葉を聞き、マユミも微笑みながら口を開いた。

「俺もそう思うよ。……でも、本当は『Polka Dots And Moonbeams.』って曲なんだ」

その言葉に、マユミは訊ねる。

「水玉模様と月の光……ですか?」

加持は微笑みながら答える。

「ああ、妙な組み合わせさ。…まるで俺と君みたいだろ?」

「ホント、そうですね」

加持の言葉に、マユミは小さく笑った。

マユミの笑顔を見て、加持は少しだけ安心したような表情を見せた。

 

穏やかな雰囲気で、沈黙する二人。

そして真剣な表情で、マユミが口を開く。

「私は…これから何処で暮らすんですか?」

マユミの問いに、加持は少しの間を置き答える。

「……君が望むのなら、俺と。…望まないなら、別に君の保護者を探す」

「加持さんと…ですか?」

マユミは驚きの表情で呟いた。

マユミの表情に、加持は苦笑しながら話す。

「そんなに驚かれると、どう対処していいか困るな」

「あ、ご、ごめんなさい」

マユミは咄嗟に謝ってしまった。

加持は微笑みながら話す。

「何も君が謝ることは無い。俺に選択権は無いんだからな」

 

少しの間の後、マユミは訊ねる。

「……一人暮らしに反対なんですか?」

顎(あご)の無精髭を軽く撫でた後、加持は窓の外を見ながら答える。

「14歳の一人暮らしには、誰だって反対するさ。……ほら、もう一人反対する人物が到着した」

そう言って、加持は窓の外を指差した。

マユミが窓の外を見ると、そこには青い車が止まっていた。

 

カラン、カラン。

店の扉が開く音がした後、女性の声が響く。

「加持ッ!居るのは解ってんのよ!」

その女性は、ミサトだった。

リツコから加持がマユミを連れ出したことを聞き、ここまで駆けつけたのであった。

 

「葛城作戦部長…ですね」

ミサトの顔を見て、マユミがポツリと呟いた。

加持は苦笑しながら話す。

「君が俺を選択しなかった場合は、葛城が保護者になる可能性が高い。…というか、葛城が強引に決めちまうだろうな」

「…はぁ」

あまりに実感が湧かず、マユミは気の無い返事を返した。

「ま、どっちにしろ、一度話してみるんだな」

そう話すと、加持はミサトに解るように手を振った。

 

ミサトは加持の姿を確認すると、怒気を発しながらツカツカと歩み寄ってきた。

そして、ミサトが二人の席まで来ると、加持が微笑みながら口を開く。

「紹介するよ。我が愛しの『葛城ミサト』だ」

「なッ、いきなり何言ってんのよ?!」

ミサトは怒りで顔を赤くしていたが、突然の加持の言葉に、違った意味で顔を赤くした。

そんなミサトに、加持は苦笑しながら話しかける。

「いい歳して照れるなよ」

「誰が、いい歳ですって!お互い様でしょ!」

ムギュッ。

そう言って、ミサトは加持の頬っぺたを思いっきり抓(つね)った。

頬を引っ張られながら、加持は声を上げる。

「痛ふぇふぇ、やめほ、かふらひ!」

(約=痛てて、止めろ、葛城!)

 

そんな二人を見て、マユミは思わず微笑んだ。

そして微笑みながら思う。

 

(こんな人達なら、一緒に暮らしても……楽しそう。)

 

 

 

つづく


(84)に戻る

(86)に進む

 

あとがき

どこかで書いたことがありますが、一応念の為。(笑)
マナとマユミは番号付きのチルドレンではありません。
マルドゥック機関に正式に選ばれ、操縦者として認定された子供とは違いますから。
マナは『アウトサイド・チルドレン』、マユミは『インサイド・チルドレン』です。戦自は外側、アメリカ支部は内側、安直な設定です。(笑)

PC—pŠá‹¾yŠÇ—l‚àŽg‚Á‚Ă܂·‚ªƒ}ƒW‚Å”æ‚ê‚Ü‚¹‚ñz ‰ð–ñŽè”—¿‚O‰~y‚ ‚µ‚½‚Å‚ñ‚«z Yahoo Šy“V NTT-X Store

–³—¿ƒz[ƒ€ƒy[ƒW –³—¿‚̃NƒŒƒWƒbƒgƒJ[ƒh ŠCŠOŠiˆÀq‹óŒ” ‚ӂ邳‚Æ”[Å ŠCŠO—·s•ÛŒ¯‚ª–³—¿I ŠCŠOƒzƒeƒ‹