午前6時15分。
-クッ、速い!マナ、行ったわよ!!-
アスカは弐号機の中で、マナの乗るJAへと声を上げていた。
僕は僕で僕
(83)
灰色の機体の四号機は、推測以上の機体であった。
速度、出力、反応、どれをとっても日本支部が持つエヴァのスペックを上回っていた。
そのことが、救出作戦を困難なものにしていた。
-行ったって…どこッ?!-
アスカの声を聞き、マナは周囲の市街地を見回した。
-上……。-
JAの回線にレイの声が聞こえた。
-上ッ?!-
レイの声に、マナは上を見上げた。
だが、マナの反応は遅かった。
四号機は上空から膝蹴りの体勢で飛び込んで来ていた。
メリッッッッ!ドスン!!
四号機は鈍い音共にJAの顔面に膝を喰い込ませ、そのまま地面に叩きつけた。
-クッゥゥ!……。-
その衝撃に、マナは顔を抱え込んで唸り声を上げた。
グゥォォォォォォ!!
JAを地面に叩きつけると、四号機は口を開き、叫び声を上げた。
その様子を弐号機の中で見た後、アスカは不敵な表情で呟く。
-怪物ね………こいつ。-
<30分前、第三新東京市>
午前5時30分。
予定よりも早く、四号機の脱出活動が始まった。
朝日の昇り始めた第三新東京市上空では、空間に歪みが発生していた。
空間は切り裂かれたというよりも、歪みに近かった。
「あそこから……」
その空間を初号機内で見つめ、シンジは呟いた。
-予定より、早いけど……来るわよ。-
エヴァ各機にミサトの声が響いた。
そして、作戦の再確認の為、ミサトは言葉をつなぐ。
-先制攻撃はレイ。次はアスカと霧島さんで仕掛ける。その後、市街地の外まで誘導。解ってるわね?-
-了解…。-
-解ってるって。-
-はい。-
ミサトの再確認に、少女達は違った表情を見せて答えた。
冷静と、大胆と、緊張した表情で。
数分後。
ウォォォォォォッ!!
第三新東京市に、朝の陽射しすらも切り裂くような叫び声が響いた。
その声を聞き、シンジは呟く。
「………来る」
<再び、市街地>
-こっちに来いって言ってんのよッ!-
ズガガガガガッ。
アスカ(弐号機)は声を上げながら、四号機に向かってパレットガンによる威嚇射撃を行った。
威嚇である為、四号機には直接当てず、足元を狙った射撃であった。
グゥォォォォォ…。
低い唸り声を上げると、四号機は目標をJAから弐号機へと移した。
その戦闘の様子を、初号機は距離を置いた場所で静観していた。
シンジは顎(あご)に手を置いた格好で思考する。
(……その距離じゃ、駄目だ。)
-ッ!-
四号機が視線を弐号機に向けると、アスカは距離を取る為、体勢を整えようとした。
だが四号機の敏捷性は、アスカの予測を上回っていた。
-なッ?!-
ドゴッ!
尋常でない速度でのダッシュ、そこからのタックルを喰らわしたのであった。
グルルルルルッ…。
四号機は馬乗りの体勢になり、下に位置する弐号機を殴り始めた。
バキッ、バキッ!
弐号機の顔面の装甲は数発の打撃攻撃で陥没した。
-クゥゥゥゥゥゥッ!-
アスカは顔を抑え、弐号機の中で呻き声を上げた。
そして、アスカは顔を抑えながら、司令部へと叫ぶ。
-救出作戦、破棄するわよ!-
カチッ。
叫ぶのが早いか、操縦桿を操作するのが早いか、アスカは行動を開始した。
シュッ!
行動と同時に弐号機の右の肩口が開き、方錐形の手裏剣のような武器が飛び出した。
グサッ。
そして、その武器は見事に四号機の顔面を捉えて突き刺した。
グゥォォォォォォォォッ!
激痛を感じたのか、四号機は弐号機の上から転がるように離れ、地上の上を転げ回った。
-弐号機を舐めてんじゃないってのッ!-
立ち上がる弐号機の中、四号機を見ながらアスカは不敵に笑った。
-アスカ!救出作戦を続行しなさい!-
アスカの笑顔を打ち消すように、ミサトの声が響いた。
-続行って…何で?!-
ミサトの命令に、アスカは声を上げた。
ミサトは声を上げて答える。
-碇司令の命令です!必ず捕獲しなさい!-
-この状況で捕獲ぅ?!……なら、自己防衛程度の反撃は`やらせて´貰うから。-
立ち上がろうとする四号機を見ながら、アスカは不敵な表情で笑った。
<中央作戦司令部>
「これで宜しいでしょうか?碇司令」
背後に陣取るゲンドウ達に、ミサトは真剣な表情で訊ねた。
ゲンドウは答える。
「ああ、それでいい。弐号機パイロットの好きにさせるな…」
「はい…」
ゲンドウの手厳しい言葉に、ミサトは翳(かげ)りのある表情で答えた。
ミサトは中央モニターに視線を移すと、舌打ちしながら呟く。
「…チッ、必ず捕獲か。……市街地の外への誘導は無理ね」
ミサトが呟くと、少女達の声が司令部に響く。
-何よ、あれ?!-
-……再生。-
-気持ち悪〜い。-
少女達の言葉を聞き、ミサトは四号機の様子を見た。
四号機は細胞を再生させながら、顔面に突き刺さった武器を引き抜いていた。
その状況を見て、ミサトはリツコに声を上げ訊ねる。
「リツコ?!あれ、S2機関なの?!」
「恐らくね。……自らの危機的状況が発端となり起動した、そう見るべきね」
ミサトの問いに、リツコは冷静に状況を把握しながら答えた。
リツコの答えに、ミサトは辛そうな表情で呟く。
「…こっちが不利、か。……最悪ね」
だが、最悪という事態を理解しつつも、ミサトは作戦部長としての仕事をこなす。
最悪の事態を変える為に、今取り得ることが可能な最善の方法で。
「市街地の外への誘導は破棄します!各自、四号機を停止させることに全力で当たって!」
ミサトの行動を見ながら、リツコはマヤへと話しかける。
「プラグ排出の信号は?」
「駄目です。全く受けつけません」
マヤは一つの任務を行っていた。
四号機のエントリープラグ。
その状況確認と、プラグへの信号送信、その任務を実行していた。
だが、作戦開始から始めているが、信号は全く受けつけず、状況確認すらも出来ていなかった。
「JAの損傷率11%、まだ行けます!」
モニターを見ながら、日向は声を上げた。
そして日向の声に、青葉が続く。
「国連軍の撤退、完了しました!」
二人の報告に、ミサトは少女達に声を上げる。
「聞いての通りよ!周囲の邪魔は無いから、思う存分行動して頂戴!」
『了解!』
ミサトに答えるように、少女達の声が司令部に響いた。
作戦準備中の作戦司令部は、睡眠不足の為に堕怠な空気が存在していた。
だが、戦端が開かれると、その状況は一変した。
職員達は適度に緊張し、確実に自分の仕事を理解し、的確と迅速をもって行動していた。
使徒迎撃の為のネルフ、人類最後の砦たるネルフ、そのことを熟知しているからなのかもしれない。
<市街地>
-手加減抜きで行くわよ…。……思いッきりね。-
顔の再生が終わった四号機を見ながら、アスカは不敵に笑った。
ガシッ。
そう言うと、弐号機は左の肩口からプログ・ナイフを取り出し身構えた。
グルルルルッ。
低い地鳴りのような唸り声を上げながら、四号機は両腕をダラリと下げ、中腰の姿勢をとった。
-面白いじゃない。…私に構える必要は無いってのッ!-
声を上げながら、弐号機は四号機に向かって走り出した。
弐号機が向かってくるのを見ると、四号機は中腰のままタックルを狙ってきた。
-馬鹿じゃないの?!-
アスカはギリギリの位置で止まると、足を出して四号機の顔面を蹴り上げた。
グニッ!
鈍い音と共に、四号機の顔面に弐号機の足が喰い込んだ。
アスカは呆れた表情で口を開く。
-バカの一つ覚えね。………なッ?!-
だが、アスカは直ぐに驚きの表情を見せた。
四号機は弐号機の足を取り、左脚部のアキレス腱に噛み付いたのであった。
-あゥッッッッ!-
瞬間的な激痛が、アスカのアキレス腱に響いた。
ガシッ。
アスカが痛みに声を上げると、青色の機体が視界に入った。
四号機の首を背後から両腕で絞めつける、零号機の姿であった。
-このまま…へし折る。-
ググッ。
レイの呟きと同時に、零号機の両腕に力が入った。
ガァッ!
四号機は零号機の攻撃を受け、噛みついていた弐号機の足を離した。
ドスン。
弐号機は左足を庇うような姿勢で地面に落ちた。
-こんなのって、こんなのって、こんなのって、こんなのって、こんなのってッ!-
左足を抱えながら、アスカは悔しそうに言葉を繰り返した。
そして、足から手を離し、操縦桿を握り締めながら叫ぶ。
-屈辱ッ!侮辱ッ!陵辱ッ!立って!立って!立って!私の弐号機!-
アスカの声に、弐号機は立ち上がる仕草を見せた。
クグッ。
零号機は両腕に力を込め、四号機の首をへし折ろうとしていたが、突如として右腕を掴まれた。
-!-
四号機の行動に、レイは身の危険を感じた。
レイの感じ方は正しく、零号機の右腕は、四号機の握撃によって握り潰された。
グシュ!
第三新東京市に、零号機の腕が潰れる鈍い音が響いた。
零号機の右腕は装甲の一部を辛うじて残し、何とか繋がっていた。
-クッ……。-
短く苦痛の言葉を発すると、レイは右腕を押さえた。
だが、四号機の攻撃は止まない。
潰れた右腕を握ると、立ち上がろうとしていた弐号機に向かって、零号機ごと投げつけた。
-なッ?!-
立ち上がる気配を見せた弐号機は完全に虚を突かれ、まともに零号機の体を喰らった。
ドスンッ!
エヴァ二体は地面に叩きつけられた。
シンジは初号機の中で、つぶさにその様子を見ていた。
そして真剣な表情で思考する。
(一機ずつじゃ、接近戦の意味が無いのに……。)
その頃、零号機に少し遅れ、弐号機の側に駆けつけたJAの中でマナが呟く。
-強い……この機体。……どうしよう?-
マナが仕掛けるのを悩んでいると、司令部から回線が入る。
-霧島さん、二体が立ち上がるまで粘って頂戴!-
-粘るって…。……出来る?-
ミサトの言葉に、マナは四号機を見ながら自分自身に訊ねた。
グルルッ……。
四号機は唸り声を上げながら、零号機に近づいていた。
-考える余裕……無いね。-
そう呟くと、マナは操縦桿を握り、JAにパレットガンのトリガーを引かせた。
<中央作戦司令部>
(推測以上の四号機。コンビネーションの不手際さ。
……それが原因ね。)
中央モニターに映し出されたエヴァ二体を見ながら、ミサトは苦戦している原因を把握していた。
重厚に、念入りに配置した筈の包囲網が、いとも簡単に崩された原因を。
そして思考した後、ミサトはアスカとレイに話しかける。
「霧島さんが時間稼ぎをしてるから、早く体勢を立て直しなさい」
(もっとも…いつまで粘れるかは時間の問題だけどね……。)
マナに命令したものの、冷静に事態を分析しているミサトであった。
その言葉を聞き、アスカは声を上げる。
-マナが?!駄目よ!JAじゃ勝てない!-
「だったら直ぐに立つ。立てないなら回収班をやるけど……どうする?」
-いけるわ。……レイ、どいて。-
ミサトに答えると、アスカは零号機のレイに話しかけた。
アスカの言葉を聞き、零号機は`ゆっくり´と体を起こした。
零号機が体を起こすと、レイは地面に腰をつけた弐号機に話しかける。
-手……掴んで。-
零号機は弐号機へと左手を差し出した。
その状況に、アスカはムッとした表情で口を開く。
-馬鹿にしてるの?私が立てないって?-
-…………。-
アスカの言葉に、レイは何も言わなかった。
何を語ればいいのか、レイ自身にも解らなかったのかも知れない。
何も言わないレイに、アスカは怒鳴る。
-馬鹿にしないで!自分で立てるから放っといて!-
アスカの言葉に、レイは一言だけだった。
-そう。……先、行くから。-
一言残し、零号機はJAのもとへと駆け出した。
-クッ!-
零号機の後姿をモニターに映しながら、アスカは弐号機を立ち上がらせた。
だが、アキレス腱を損傷している弐号機はバランスが悪かった。
グラッ。
-チぃッ!このッ!-
体勢を崩した弐号機は、近くのビルに手をつき何とか直立姿勢を保った。
そんな弐号機の中で、アスカは辛そうに呟く。
-……私は…負けてない。-
<市街地、JA付近>
-速いッ!追いつかれちゃう!-
JAの中でマナは声を上げていた。
パレットガンを連射し、四号機の注意を向けると、JAは一目散に駆け出していた。
『三十六計逃げるにしかず』
マナは古来中国の戦法を知っていた訳ではないが、現状の判断では正しいものであった。
-距離、30!背後に迫ってます!-
オペレーターの日向の声が、JA内にも聞こえていた。
日向の声にに、マナは焦った表情で口を開く。
-解ってますッ!そんなことぉ!!-
-霧島さん!とりあえず零号機が向かってるから、もう反撃してもいいわ!-
マナの状況に、ミサトが声を上げた。
ミサトの言葉に、マナは戸惑った表情で訊ねる。
-とりあえずって、何ですかぁ?!-
-四号機、接触します!-
ミサトの返答の前に、日向の声が響いた。
-もう!追っかけて来ないでってば!!-
日向の言葉を聞き、JAは両手にパレットガンを持ったまま、四号機の方に振り返った。
ガツゥゥゥン。
幸運とは予期せぬ時に起こるものである。
振り返ったJAの肘が、四号機の首筋に命中したのであった。
四号機は地面に仰向けになって倒れた
-あは♪当たっちゃったぁ。-
その状況に、マナは嬉しそうに微笑んだ。
-気…抜かないで……。-
マナがJA内で四号機を見ていると、零号機からの回線が割り込んできた。
レイの言葉を聞き、マナは零号機が直ぐ近くに来ていることを確認した。
マナはレイに微笑みながら、冗談混じりで話しかける。
-解った。…納豆なみに粘るから、直ぐに来てね。-
ググッ。
マナが話しかけていると、四号機は体を`ゆっくり´と起こし始めた。
その様子を見て、マナは不安げな表情で思う。
(……前言撤回。…あっさり粘ちゃお。)
<市外地、初号機内>
初号機の中で、シンジは戦闘経過を眺めていた。
だが、ただ眺めているだけではなかった。
捕獲する方法を自分なりに思考し、捕獲する手順を頭の中で構築していた。
JAが肘打ちを叩き込んだのを見て、シンジは思う。
(……幸運は二度続かない。…続いたら、それは実力だよ。)
そう思った後、シンジは唐突に口を開く。
「何?何か言った?」
少しの間の後、シンジは微笑みながら呟く。
「解ってる。……今から話そうと思ってたんだ」
カチッ。
一人呟いた後、シンジは作戦司令部へと回線を繋いだ。
-どうしたの、シンジ君?まだ戦闘許可は下りないわよ。-
シンジの回線に答えたのは、ミサトであった。
ミサトの発言は、遠回しに初号機の権限が自分には無いことを語っていた。
ミサトの言葉を聞き流すと、シンジは口を開く。
「……僕に戦わせて下さい」
つづく
あとがき
「僕は…(83)」は戦闘描写のみでした。
色んな意味で結構辛いものがありますね。(苦笑)