作戦開始180分前。
チルドレン達は機体の中で、地上に射出されるのを待っていた。
程良く、軽い緊張の中で…。
僕は僕で僕
(82)
まだLCLを注入していないプラグの中で、シンジは思考する。
(エヴァ…。…エントリープラグ。……LCL。
……母さん。……そして…僕。)
思考した後、シンジは妖しげな瞳で呟く。
「僕、か………。まぁ、いい…。…始めよう」
カチッ。
呟いた後、シンジはプラグからの映像及び音声送信モニターを切った。
プラグ内での行動を、見られたく無かったのかもしれない。
映像送信モニターを切ると、シンジは情報受信操作を始めた。
カタカタ。
プラグ内に設置されている簡易キーボードを、シンジは異常とも取れる速度で叩き始めた。
初号機のモニターには、次々とMAGI から送られてくる四号機の情報が映し出される。
シンジの瞳は情報を逃さずまいと、小刻みに動く。
しばしの間、プラグ内にはモニターを操作する音だけが響いた。
……カタ。
そして、最後の情報を映し出すと、シンジのモニター操作が止まった。
操作を止めると、シンジは`ゆっくり´と目を閉じて呟く。
「…四号機……出来るかな?」
少しの間を置くと、シンジは微笑みながら呟く。
「うん、大丈夫。…それは守るよ。……君との約束だからね」
カチッ。
呟いた後、シンジは映像と音声の送信モニターを回復させた。
-あ、やっと繋がったぁ。-
接続が回復すると、いきなりマナの顔がプラグ内に映し出された。
マナはシンジに訊ねる。
-シンジ君、何してたの?ずっと繋がんなかったけど?-
「少し…考えごとをね……」
そう言って、シンジは微笑んで見せた。
シンジの言葉に、マナは不安そうな表情で訊ねる。
-……綾波さんの…こと?-
シンジは微笑んで答える。
「ううん、違う。……四号機のこと、考えてたんだ」
-そ、……良かった。-
初号機のモニターに、マナの安心したような表情が映し出された。
どうやら、レイとシンジの関係が気になっていたようだ。
「良かったって…何で?」
マナの呟きを聞き、シンジは不思議そうな表情で訊ねた。
マナは頬を赤くしながら答える。
「え?あ、あの……切るね!」
プツ。
つい本音を話したことが恥かしかったのか、マナは回線を一方的に切った。
シンジは不思議そうな顔で呟く。
「なんだったのかな……?」
<中央作戦司令部>
「各機操縦者、準備完了しました」
司令部では、職員の一人が疲れた顔で声を上げていた。
職員の声に、日向が声を上げる。
「まだ違うだろ?!LCLを注入してないぞ!」
「あ、そうでした!すみません!」
目をシパシパさせながら、職員は再びモニターに向き合った。
職員の行動に、日向も疲れた表情を見せて欠伸混じりに呟く。
「まぁ、ファぁぁ……解らなくは無いけどな…」
出撃前の作戦司令部は、思いのほか出撃準備に手間取っていた。
朝のアメリカ第二支部消滅、夜間からの救出作戦準備、職員の殆どが徹夜か二〜三時間の軽い仮眠だけ。
機敏に行動しろ、と言う方が無理なのかもしれない。
そして、マヤも眠気と戦っていた。
カタカタ…カタ…カタ…カ……。
マヤのキー操作は、眠気の為に鈍りがちであった。
その様子に気づき、側にいたリツコが話しかける。
「マヤ?」
「あ…すみません。…入力しなきゃ……」
カタカタカタカタ。
眠い目を擦りながら、マヤは入力作業を再開させた。
健気にも見れるマヤの行動に、リツコは微笑みながら優しく話しかける。
「マヤ、少し寝てきなさい」
「いえ、大丈夫です。……頑張りまふからぁ」
辛うじてリツコに微笑んだマヤであったが、目の集点は合っていなかった。
マヤの言動に、リツコは眉間にシワを寄せながら命令する。
「仮眠室で寝て来なさい。命令です」
「え…あっ…は、はい……」
マヤは思考能力が落ちているのか、多少遅れてリツコに返事を返した。
フラフラと立ち去るマヤの後姿を見て、リツコは苦笑しながら呟く。
「こうでも言わなきゃ…無理するのよね…」
そしてリツコはマヤの席に座り、マヤの仕事である筈の入力作業を開始させた。
優しい微笑を浮かべながら。
<零号機ケイジ>
-LCL注入します。-
職員の声が零号機のプラグ内に響く。
LCLに満たされていくプラグ内で、レイはシンジの言葉を思い出していた。
「僕の中にいる。…綾波の知ってる『碇シンジ』は、僕の中にいる」
その言葉を思い出すと、レイは思考する。
(中に……。…あの人は間違い無く、そう言った。
…あの人は碇君じゃない。……でも…私の知ってる碇君は中にいる。)
そう思った後、レイは目を閉じて、もう一つのシンジの言葉を思い出す。
「それは無理だよ。…僕の中の僕が望んだことなんだから」
次第にプラグ内がLCLに満たされる中、レイは目を閉じたまま思考する。
(……碇君の中の碇君。
ホントの碇君が望んだこと…。…私には…解らない。)
-LCL注入完了。-
……コポ。
職員の声が響くと、レイは肺の酸素をLCL中に吐き出した。
そして、シンジの言葉を思い出す。
「見て…僕の瞳の奥を…。……見える?…本当の僕が」
思い出した後、レイは目を開け思考する。
(あの人の瞳の奥は……私と…同じ色。
…ホントの…あの人。…私と同じ感じがした。……でも…碇君じゃない。…あの人は碇君じゃない。
………あの人は…私と同じもの。)
カチッ。
そう思った後、レイは零号機のモニターに初号機を映し出した。
初号機を見つめ、レイは寂しそうに呟く。
「……碇君」
<中央作戦司令部>
作戦開始120分前。
「あら、早かったわね?」
入力作業をしていたリツコは、ミサトの姿を見て声をかけた。
ミサトは腹部を抑えながら、辛そうな表情で答える。
「早いも何も、マヤにエルボードロップを叩き込まれちゃ、寝てらんないってのッ」
そう声を上げた後、ミサトは愚痴っぽく語る。
「ったく、せっかく仮眠時間をとったってのに……ぶつぶつ」
どうやらミサトは、せっかくの仮眠時間をマヤに妨害されたようだった。
「寝惚けた人にボヤかないの。……老け込むの早いわよ」
ミサトの愚痴を聞き、リツコは苦笑混じりにサクッと話した。
ミサトは引きつった笑顔で答える。
「なはは……結構寝起きにキツイこと言うのね」
穏やかな雰囲気の中、リツコは冷静な表情で口を開く。
「作戦の方は大丈夫?碇司令も上に来てるわよ」
「碇司令が?」
リツコの言葉を聞き、ミサトは上方にある司令席を見た。
司令席には、ゲンドウと冬月が姿を見せていた。
二人の姿を見て、ミサトはリツコに訊ねる。
「司令、何か言ってた?」
「……初号機に傷をつけるな。…そう言ってたわ」
少しの間を置き、リツコは淡々とした表情で答えた。
「初号機に、ね……」
呟いた後、ミサトは怪訝な表情で思考する。
(碇司令…初号機…アダム…チルドレン…マルドゥック機関…ネルフ…そしてエヴァ。
……良く解らないものだらけだわ。)
そう思い苦笑した後、日向の方を向き声を上げる。
「日向君、初号機の射出位置を変更して頂戴!初号機は脱出位置から最遠距離に配置!代わりにはJAを配置!」
ミサトの言動を見ながら、リツコは苦笑した。
そして、微笑みながら呟く。
「……やっぱり作戦部長ね」
<弐号機ケイジ>
LCLに満たされた弐号機プラグ内。
その中で、アスカは目を閉じていた。
アスカは目を閉じ思考する。
(シンクロ率を抜かれても……私は負けない。
弐号機の戦闘力は、初号機なんかより上ってこと…教えてやる。
私の方が必要だってこと、認めさせてやる。……私が生き残って…闘って…。
ネルフにも、ミサトにも、シンジにも、……私が必要って認めさせる。)
そう思った後、アスカはプラグ内で呟く。
「それで…いいのよね?」
まるで自分に言い聞かせるように、アスカは弐号機に話しかけた。
話しかけた後、アスカは自嘲しながら口を開く。
「馬鹿みたい。兵器に話しかけるなんて」
そこへ弐号機の回線が開く。
-そろそろ射出するけど、準備出来てる?-
チルドレン達に出撃の確認をするミサトであった。
「いつでもどーぞ」
アスカは素っ気無く返事をした。
-僕も構いません。-
-私もいいです。-
-準備…出来てます。-
アスカの言葉に、他のチルドレン達も続いた。
-OK。その前に、ちょっと作戦の変更があります。
初号機とJAの配置を交代してます。初号機は最後尾で他の機体のバックアップ。いいかしら、シンジ君?-
チルドレン達に答えると、ミサトは作戦内容の変更を説明した。
その説明に、シンジは訊ねる。
-僕は…直接参加しないんですか?-
ミサトは答える。
-いいえ、状況と場合によっては参加して貰うわ。要は予備ね。-
-予備…ですか……。-
不満げな表情を浮かべる訳でも無く、シンジは自分を納得させるような表情で呟いた。
「ま、いいんじゃないの。初号機無しでも、私達だけで充分なんだから」
初号機が作戦から距離を置いたことに対し、アスカは微笑を見せて話した。
アスカの言葉に、シンジは微笑みながら話す。
-うん…。……頑張ってね、アスカ。-
「お、大きなお世話よ。アンタは黙って遠くで、私の活躍を見物してればいいの」
シンジの微笑みに、アスカは頬を赤くしながらも強気な言葉を吐いた。
シンジに対抗意識を燃やしつつも、アスカは淡い恋愛感情を抱いていた。
14歳の少女の胸中は複雑であった。
アスカの言葉に、シンジは微笑みながら話す。
-うん、見てるから…。-
シンジの顔をモニターで見ながら、アスカは思う。
(なんで?……なんでシンジは…私に微笑むことが出来るの?
…私に対抗意識は無いの?…私と張り合う気なんか無いの?)
そう思いつつも、アスカはシンジのことを理解していた。
(……そんな柄じゃないのよね、シンジって。)
そう思った後、アスカはシンジの顔を見ながら少しだけ笑った。
<中央作戦司令部>
「以上、作戦説明を終わります。…出撃は五分後、皆気を抜かないように」
プツ。
そう言って、ミサトはチルドレン達への通信を切った。
「元気そうでしたね、皆」
ミサトの隣で通信を見て、青葉が話しかけた。
青葉の言葉に、ミサトは微笑みながら答える。
「ええ。あの子達が元気だと、私も張り合いが出るわ」
「それは俺も同感です」
ミサトの言葉に頷く青葉であった。
二人が話していると、仮眠を取りスッキリした表情のマヤが歩いて来た。
二人の姿を見て微笑むと、マヤは自分の席に着いた。
カタッ。
「……あれ?入力作業…終わってる」
入力作業を再開させようとしたが、マヤの仕事は終わっていた。
「さっきリツコが入力してたわよ」
マヤの呟きに、ミサトが答えた。
「先輩が…」
キョロキョロ。
ミサトの言葉を聞き、マヤは辺りを見回しリツコを探した。
マヤの行動に、ミサトは微笑みながら話す。
「リツコなら碇司令に報告に行ったわ。マヤと入れ替わりにね。……ま、直ぐ戻ってくるでしょ」
「はい。…そうですね」
ミサトの言葉に、優しく微笑むマヤであった。
「それはそうと…エルボーを落とした覚え無い?」
マヤの微笑を見て、ミサトは苦笑しながら訊ねた。
ミサトの問いに、マヤは不思議そうな表情で口を開く。
「いえ、覚えてませんけど……」
「そ、ならいいの」
そう言って、ミサトはマヤ達のもとから離れた。
二人から距離を置くと、ミサトは舌打ちして呟く。
「チッ、意図的じゃないなら無罪ね…」
エルボーの報復を考えていた、作戦部長のミサトであった。
<JAケイジ>
射出直前、LCLの中でマナは思考する。
(私……また乗ってる。
怖いのに…乗ることが……。自分が怖いのに…。)
そう思った後、マナは虚ろな瞳で呟く。
「……守ってね。…やるだけやるから」
マナが呟いた後、各機にミサトの声が響く。
-エヴァンゲリオン、全機発進準備!!-
つづく
あとがき
次から戦闘の予定です。