第三新東京市は夕陽に染まっていた。
そして、夕陽の中を一台のリニアが走っている。
夕陽が差し込むリニアの車内には、ゲンドウと冬月の姿があった。
僕は僕で僕
(79)
夕陽に染まる第三新東京市を、車内の窓から見つめ、冬月が語りかける。
「街…人の創り出したパラダイスだな」
「…かつて楽園を追い出され、死と隣り合わせの地上という世界に逃げるしかなかった人類。
その最も弱い生物が、弱さゆえに手に入れた知恵で創り出した…自分達だけの楽園だよ」
冬月の言葉に、ゲンドウは窓の外を見ながら答えた。
その言葉に、冬月は横目でゲンドウを見て淡々と話し始める。
「自分を死の恐怖から守る為、自分の快楽を満足させる為だけに、自分達で創ったパラダイスか…」
そこまで話すと、冬月は窓の外を見つめ話す。
「この街が、まさにそうだな。…自分達を守る武装された街だ」
「敵だらけの外界から逃げ込んでいる……臆病者の街さ」
ゲンドウの口ぶりは、露骨に第三新東京市を嫌悪している感じだった。
だが、冬月に気にした様子は無く、淡々とした表情で言葉を返す。
「臆病者の方が長生きできる。…それも良かろう」
冬月の言葉にゲンドウは何も答えず、静寂と沈黙だけが車内を支配する。
短い静寂の後、静かに走るリニアの中で、冬月が口を開く。
「……四号機、予想外だな」
ゲンドウは答える。
「全てがシナリオ通りに運ぶとは決まっていない。…多少のイレギュラーは有る」
「ゼーレの動き……自らシナリオを修正する気かも知れんぞ」
ゲンドウを見据え、冬月は真剣な表情で話しかけた。
ゲンドウは答える。
「今回、自ら死海文書の記述を変えてきた。…必ず修正してくる」
冬月は俯(うつむ)きながら呟く。
「まずいな…」
冬月の呟きに、ゲンドウは不敵に微笑みながら答える。
「…心配無い。…全ては我々の手の内にある」
<ネルフ本部、自販機前>
自動販売機の前では、紙コップを片手に青葉とマヤが寛(くつろ)いでいた。
午前中に起きた、騒々しい出来事の疲れを取るかのように。
マヤは微笑みながら訊ねる。
「それで何件ぐらい総務部に回したの?」
「30件から先は覚えて無いな」
青葉は苦笑しながら答えた。
マヤは微笑みながら訊ねる。
「総務部も大変ね。今日は泊まり続出じゃない?」
「たまには総務部も泊まった方がいいさ。考えても見ろよ。いつも俺達と技術部だろ?」
マヤの問いに、青葉は愚痴っぽく語った。
「使徒との戦闘じゃ、総務部の仕事って限られてるから仕方ないわよ」
総務部に対しての見解を、マヤなりに話した。
マヤの言葉に、青葉は苦笑しながら答える。
「ま、それもそうだけどな」
そんなことを話した後、二人は話のネタに尽きたのか会話を止めた。
二人が話すことも無く、ただ紙コップの中身をすすっていると、足音が聞こえてきた。
その足音の方を向き、マヤは笑顔を浮かべて口を開く。
「あ、加持さん。お疲れ様です」
「……お疲れ様です」
加持へ挨拶した青葉の顔は、どことなく翳(かげ)りのあるものだった。
だが青葉の表情に構うこと無く、加持はマヤへと話しかける。
「お疲れさん。葛城知らない?」
「葛城三佐なら、作戦課の資料室にいましたけど」
ミサトの姿を資料室で見かけたと、マヤは加持に答えた。
「そうか、悪いね」
その言葉を聞き、加持は薄ら笑いを浮かべながら答えた後、その場から立ち去ろうとした。
立ち去ろうとする加持に、青葉が声をかける。
「あ、いいっすよ。マヤ、葛城三佐を呼んで来てくれないか?」
「私が?葛城さんを?」
突然に青葉に頼まれた為、マヤは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で訊ね返した。
青葉は両手をすり合わせ、懇願するような表情で話す。
「頼む。今度、昼飯を奢(おご)るからさ」
「デザート付き?」
青葉の言葉を聞き、マヤは楽しそうに訊ねた。
「…九月堂の抹茶セットを付ける」
第三新東京市にあるのだろうか、青葉は店と商品の名前を口にした。
少し考えた素振りを見せながら、マヤは答える。
「う〜ん、その辺で妥協しとこうかな」
クシャッ。
空になった紙コップを潰してゴミ箱に入れると、マヤは加持へ微笑みながら話しかける。
「じゃ、呼んで来ますね♪」
そう言って、マヤは小走りに資料室へと向かった。
マヤの去った後、加持は苦笑しながら口を開く。
「苦労してるね。君も」
「そうですか?結構楽しんでますけどね」
青葉の返事は素っ気無いものだった。
少しの間の後、加持は書類の入った封筒を小脇に抱え、薄ら笑いを浮かべながら青葉へと話しかける。
「……俺に話しかい?」
加持の問いに、青葉は真剣な表情で口を開く。
「はい。…なぜ、あんな物を見せたか理解できなくて」
「あんな物、か…。…ま、見方によればそうだよな」
加持はポケットから小銭を出しながら答えた。
青葉は訊ねる。
「…教えて貰えますか?」
「嫌だ、と言ったら?」
小銭を自販機に入れ、『珈琲』のボタンを押しながら加持は訊ねた。
「………」
加持の言葉に、青葉は沈黙してしまった。
青葉が沈黙する間、自販機は珈琲を炒れ終え、完了の赤ランプを灯した。
カタッ。
「熱ッッッッ」
加持は紙コップを取り、その珈琲の熱さに舌打ちした。
そんな中、青葉が口を開く。
「抹茶セットが高くつきます」
青葉の言葉を聞き、加持は珈琲を一口飲む。
スズッ。
そして、微笑みながら口を開く。
「なるほどね。じゃあ少しだけサービスさせてもらうよ」
そう言った後、加持は近くの長椅子に腰掛けながら言葉をつなぐ。
「知らざる得ない状況、知りたいと思う気持ち、知る為の行動力。…そんな所かな」
青葉は考える仕草を見せながら訊ねる。
「……つまり、いつかは俺も知ることになっている。…そういうことですか?」
「さぁね。見せたこと自体…偶然かもしれないし、必然だったかもしれない」
加持は長椅子に紙コップを置き、立ち上がりながら言葉を口にした。
「………」
加持の言葉に、青葉は複雑な表情で沈黙した。
青葉の表情を見て、加持は顔を青葉の頬に近づけて囁(ささや)く。
「あと一つだけ教えてやるよ。君達の仕事は決して間違ってない。……それだけだ」
「なッ?!何やってんのッ!」
加持が囁(ささや)くと、背後から突然ミサトの声が上がった。
その声に、加持は振り向きながら口を開く。
「ん?葛城か。早かったじゃないか」
加持達の背後には、ミサトとマヤが来ていた。
「早かったじゃないわよ!このッ、男殺しミサイル!!」
ミサトは怒気を含んだ声で、加持を睨(にら)みつけた。
ミサトの言動からすると、どうやら加持と青葉の状態を勘違いしたらしい。
「お、男殺しミサイル…」
ミサトの言葉を聞き、青葉は焦り混じりの表情で呟いた。
ミサトの隣にいたマヤは、加持と青葉を見ながら声を上げる。
「…ふ、不潔。男同士の関係なんて……不純ですッ!!」
「お、おい、誤解だって」
マヤの声に怒気を感じ取り、青葉は焦り混じりに話しかけた。
バシーン。
だが、青葉の言葉に耳を貸さず、マヤは平手打ちを力一杯食らわした。
そして、マヤは声を上げる。
「寄らないで!男好きッ!」
「お、男好き……」
ゆっくりと頬が赤く染まる中、青葉は痛みのせいか涙目で呟いた。
青葉の状況を無視し、マヤはミサトへと話しかける。
「葛城三佐、行きましょう!こんな人達最低です!」
その状況を呆気に取られて見ていたミサトだが、気を取り直して声を上げる。
「そ、そうねッ!こんなブぁッカな男達に割く時間は0.03秒も無いわ!」
ツカツカと怒気を発しながら去ろうとする二人に、青葉は痛みを堪(こら)えながら話しかける。
「お、おい、マヤ?」
「寄らないでって言ったでしょ!」
ドスッ!
マヤは言葉と共に、肘打ちを青葉の腹部にクリーンヒットさせた。
「グエッ………」
ドサッ。
断末魔の呻(うめ)き声を発した後、青葉は床に突っ伏すように倒れた。
だが、マヤ達は青葉のことを振り返ること無く、その場から去るのであった。
「女ってのは怖い生き物だな…」
立ち去る二人を見つめながら、加持は呟いた。
そして、足元で倒れる青葉を見て話しかける。
「おい、青葉君。……生きてるか?」
「…ほっといて下さい」
突っ伏したまま、青葉は加持の言葉に答えた。
どうやら、マヤが心配して駆け寄ってくれるのを、期待していたようだった。
「もう大丈夫だ。…二人とも行ったよ」
青葉が死んだフリをしているのかと思い、加持はそう言ったのであった。
ムクリ。
加持の言葉を聞き、青葉はドス黒い翳(かげ)りを引きずりながら立ち上がった。
そして、頬を赤く腫(は)らしながら話しかける。
「ちょっと一人になりたい気分なんで……失礼します」
去って行く青葉の後ろ姿を見ながら、加持は年寄り臭く呟く。
「やれやれ、だな……」
呟いた後、加持は冷めた珈琲を手に取り一口飲んだ。
そして小脇に抱えていた封筒を抱えなおした。
そうこうして、何を考えるべきも無く壁にもたれていると、シンジが通りがかった。
加持はシンジを見止め声をかける。
「シンジ君じゃないか?」
「加持…さん?」
記憶の中を確かめるような口ぶりで、シンジは返事をした。
「おいおい、忘れたのかい?」
シンジの口振りに、加持は苦笑しながら訊ねた。
「いえ、そんなことないですけど…」
加持の言葉に多少戸惑いながらも、シンジは答えた。
シンジを見て、加持は訊ねる。
「お茶でもどうだい?」
少しの間の後、シンジは微笑みながら口を開く。
「……僕で良ければ」
シンジの微笑を見ながら、加持は思う。
(いい表情で微笑む子だな……。
……まずい、葛城に誤解されそうだ。)
そう思った後、加持は苦笑した。
<ネルフ本部外、ジオフロント>
加持はシンジをネルフの外、ジオフロントへと連れ出した。
夕陽に染まるジオフロントには、緑があり地面は土であった。
ある場所へと連れて来られると、シンジは口を開く。
「スイカですね」
加持が連れ出した場所には、スイカ畑が広がっていた。
「可愛いだろう。俺の趣味さ。ネルフの皆には内緒だけどな」
シンジの言葉に、加持は微笑みながら答えた。
加持は言葉をつなぐ。
「何かを作るってのはいいぞ。色んな事が見えてくるし、解ってくる。楽しい事とかな」
「作る…。……これ、生きてるんですよね?」
加持の言葉を聞き、シンジは訊ねた。
「ああ、そうだが…」
予想外の質問に、加持は多少驚きながら返事をした。
シンジは訊ねる。
「作られたものに……心はあるんですか?」
「植物に心はあるか?って聞きたいのかな」
シンジの問いを聞き、加持は質問の意図を訊ねた。
「いえ、いいんです。…チョット気になっただけだから」
そう答えた後、シンジは少し翳(かげ)りのある微笑を見せた。
加持は短く答える。
「…そうか」
シンジはスイカを見つめながら呟く。
「スイカの花って初めて見ました。……綺麗ですね」
シンジはスイカの花を見ながら、レイのことを思い出していた。
シンジの言葉に、加持は口を開く。
「綺麗だろ。…その美しさと匂いで、昆虫を呼び寄せ、受粉させ、そして新たな種子が生まれる。
決まりきったことだけど、実際それは素晴らしいことなんだ」
「素晴らしいこと…ですか?」
シンジは加持の言葉を繰り返すように訊ねた。
加持は答える。
「そう、素晴らしいことさ。種子を残し、自らの種を残すってことはな」
そう言うと、加持はシンジを見つめ訊ねる。
「シンジ君にも辛いことや苦しいことが有るだろ?」
「…はい」
シンジは真剣な表情で頷いた。
加持の問いは続く。
「たまには文句の一つも出るだろ?」
戸惑いながらも、シンジは言葉を返す。
「そうかもしれません」
シンジの言葉に、加持は微笑みながら口を開く。
「だけど、植物は困難に何一つ文句を言わない。懸命に生きる。…なぜか解るかい?」
「いえ…」
シンジには、その意味が理解出来なかった。
加持は答える。
「…植物は解ってるからさ。…生きなきゃ意味が無いってことをね。
生きて、種子を残し、自分が存在した証を残す。そのことを解ってるから、生きてるのさ」
「証…」
言葉を繰り返すように、シンジは話した。
加持は微笑みながら話す。
「シンジ君も生きて何かを残せばいい。名前なり、子供なり、自分が存在した証をね」
「………」
加持の言葉に、どう答えていいのか解らず、シンジはただ沈黙した。
「だから、どんな困難なことがあっても、生きるという行為を忘れてはいけない。自分が精一杯生きるまで…」
まるで自分に言い聞かせるように話す、加持であった。
シンジは俯(うつむ)きながら呟く。
「精一杯…生きる」
「いずれ解るさ。…生きるってことが、どんなに素晴らしいことか」
加持は優しい笑顔を浮かべて話した。
そして、シンジを優しく見つめながら言葉をつなぐ。
「…頑張れ、辛いことに負けるんじゃないぞ」
四人目のチルドレンを知った、彼なりのシンジへの言葉だったのかもしれない。
夕陽に染まるジオフロントの中、シンジと加持は何を語ること無く沈黙した。
そんな中、一人の女性の声が聞こえる。
「あら?シンジ君じゃない。どうしたの、こんな所に?」
リツコに加持が書類を持っていることを聞き、ここまで来たミサトであった。
「お、葛城か。…何でこの場所知ってんだ?」
ミサトの姿を見て、加持が怪訝な表情で訊ねた。
加持の問いに、ミサトは楽しそうに話す。
「前にね、保安部から連絡があったのよん♪ネルフで畑を耕してる男がいるって」
「ドジったな。……これだろ?」
ミサトの言葉に苦笑した後、加持はミサトが来た理由である封筒を見せた。
「御名答♪………シンジ君、見ちゃった?」
加持から封筒を受け取ると、ミサトはシンジを見て訊ねた。
シンジは答える。
「いえ、見てませんけど…。何です、それ?」
「へっへ〜内緒♪それよりも、加持と何やってたの?」
ミサトは楽しそうにシンジに話した。
四人目の子供が誰か、ミサトは未だ知らないようだった。
ミサトの問いに、シンジは思い出しながら答える。
「…えっと、教えて貰ってたんです。…受粉とか…種子を残す理由とか…」
「!」
ピクピク。
シンジの言葉に、ミサトの額(ひたい)に青筋が浮かんだ。
「お、おい…シンジ君…」
シンジの言葉に動揺しながら、加持は話しかけた。
ギュッ。
「加ぁ持ぃぃぃ!あんた何を教えてんのよッ!!」
シンジの言葉を聞き、ミサトは加持の耳を思いっきり引っ張った。
加持は痛みに声を上げる。
「痛タタタタタッ!誤解だ。葛城!話せば解る!」
「問答無用ッ!このッ、人畜有害汚染物ッ!!」
ドゴッ。
そう声を上げた後、ミサトは膝を加持のボディに叩き込んだ。
加持は声にならない声を上げ、地面に突っ伏す。
「ぐぅ…」
パンパン。
ミサトは両手をはたくと、加持に声をかける。
「急所を狙わないだけ`ありがたい´と思いなさい」
その様を見て、シンジは呆気に取られた表情で呟く。
「ミサトさんって…強いんですね。……加持さんを倒すなんて」
「やーねぇ、演技よ。演技♪」
そう言って、ミサトは照れ隠しに愛想笑いを見せた。
地面に突っ伏した加持を見て、シンジは思う。
(全然、演技に見えなかった…。
……迫真の演技って、こういうことを言うのかな?)
つづく
あとがき
久し振りに息抜き出来ました。
ま、たまにはいいですよね。(笑)