「音信不通か…」
「…でも、タイムスケジュールから推測すれば、生存の可能性を否定できないわ」
リツコの研究室では、加持とリツコがモニターの前で会話をしていた。
僕は僕で僕
(78)
「…そうだな。生きてる可能性を、俺も信じたい」
リツコの言葉を聞き、加持は沈痛ともとれる表情で頷いた。
二人の会話内容は、『山岸マユミ』に関することだった。
加持は送り出した者として、リツコはそれに関係した者として、彼女の身を心配していた。
多めの絶望と、少なめの希望の中で。
頷いた後、加持は真剣な表情で口を開く。
「……実際、ここまでやるとは思わなかったよ」
「ディラックのこと?それとも…」
加持の言葉を聞き、リツコが訊ねた。
加持は薄ら笑いを浮かべながら短く答える。
「両方さ」
答えた後、加持は言葉をつなぐ。
「本来なら、俺もいくべきだったんだ…」
加持の言葉に短く沈黙したリツコは、淡々とした表情で口を開く。
「……自分を責めても、慰めにしかならないわよ」
「確かに…」
加持は自分に言い聞かせるように呟いた。
そして、胸から煙草を取り出しながら言葉をつなぐ。
「…ま、いずれ俺もいくさ」
加持の言葉を聞き、リツコは横目で加持を見た。
そして話しかける。
「ミサトを残して?」
リツコの言葉に、加持は煙草に火をつけながら答える。
「…その時は、その時さ。これから先、自分がどうなるか自分にも理解できないしな」
「……無責任な男ね。…ミサトも可哀想に」
加持の言葉に、リツコは`ため息´混じりに呟いた。
しばらく沈黙する二人。
沈黙の中、リツコが口を開く。
「さてと、私も仕事しなきゃ」
リツコはカタカタとモニターを操作しだした。
リツコのモニター操作を見ながら、加持は訊ねる。
「四人目?」
「ええ。…興味あるの?」
リツコは操作の手を休めること無く、加持の言葉に答え訊ね返した。
「…以前はな。今は知る必要も無い」
加持の言葉を聞き、リツコは操作の手を止めた。
カタ。
そして一つのキーを叩き、モニターに`ある映像´を出して訊ねる。
「この子でも?」
「!」
その映像に、加持は驚きの表情を隠せなかった。
そしてリツコの頬に顔を近づけ、モニターの映像を見ながら呟く。
「この子か…。……よりにもよって」
プシュ。
加持が呟いた直後、リツコの研究室の扉が開いた。
「リツコ、四人目どうなった?」
参号機のパイロットがどうなったかを確認に来た、ミサトであった。
「なッ!」
だが、研究室に入室した直後、ミサトは驚いた表情を見せた。
加持がリツコの頬に顔を寄せた結果、加持がリツコに接吻をしているように見えたからだった。
その様子を見て、ミサトは怒気を含ませながら声を上げる。
「こッ、この、欲情最終兵器ッ!!」
プシュッ。
声を上げた後、ミサトはツカツカと研究室を後にした。
ミサトの言動を見て、加持は何がなんだかといった表情で呟く。
「欲情最終兵器……俺か?」
加持の言葉に、リツコは微笑みながら話しかける。
「加持君に間違いないでしょ。誤解されたのよ」
「誤解?…あぁ、そういうことか」
リツコの言葉を聞き、加持はミサトの怒った理由を理解した。
そして、煙草を机の上の灰皿で揉み消すと、リツコへと言葉をつなぐ。
「悪い、葛城と話してくる。邪魔したね、リッちゃん」
そう言って、加持は研究室から出て行こうとした。
そこをリツコが呼び止める。
「チョット待って、これ、ミサトに渡しておいて」
リツコは加持に書類を一通手渡した。
加持は書類を見て話す。
「四人目か…。…解った、渡しとくよ」
プシュ。
加持は書類を受け取ると、研究室を後にした。
一人、研究室に残ったリツコは呟く。
「男と女……ロジックじゃないわね」
<学校、図書室>
シンジは図書室で読書をしていた。
だが哲学書などではなく、歴史の本を読んでいた。
人の歴史が書かれた、ありきたりとも取れるような歴史の本を。
何冊読んだのだろうか、シンジの座る椅子の前の机には無数の本が置かれていた。
そして読み終わったのか、一冊の本を机に置くと、シンジは呟く。
「人の歴史は血の歴史……」
呟いた後、シンジは思考する。
(結局、人間は血を好んで生きてる。
…殺すことが好きなんだ。…傷つけることが好きなんだ。)
「……」
そう思考した後、シンジは何を語ることも無く目を閉じた。
そして何分か経過した後、ゆっくりと口を開く。
「…違うって言うの?……君は?」
シンジは一人きりの筈なのに、疑問の言葉を口にした。
シンジの独り言は続く。
「…君は人を信じてるんだ。……優しいんだよ」
そう言って、シンジは笑顔を見せた。
しばらくの沈黙の後、シンジは微笑を浮かべ口を開く。
「…僕?僕は…どうかな?……君と僕は同じでも…」
ガラッ。
シンジが言葉を続けようとしたが、図書室の扉が開く音に遮られた。
「……誰?……なんだ、アスカか」
物音を聞き、シンジが目を開けると、そこにはアスカが立っていた。
「何よ。私じゃ不満だって言うの?」
シンジの言葉を聞き、アスカは少しムッとしたような表情で話した。
アスカの表情に、シンジは微笑みながら言葉を返す。
「ううん、不満じゃないよ」
ガタッ。
そう言って、シンジは本を元の場所に戻そうと席を立った。
シンジは両手に本を持ちながら訊ねる。
「僕に何か話があるの?」
シンジの言葉に、アスカは顔を赤くしながら口を開く。
「お、お弁当箱、洗って返すって言いに来たのよ」
「そう、別にいいのに…」
そう言いながら、シンジは本棚に本を戻し始めた。
シンジは両手に持っていた本を本棚に戻すと、アスカに微笑みながら訊ねる。
「お弁当、美味しかった?」
ドキッ。
シンジの微笑みに、アスカは思わず顔の赤みを増してしまった。
そして、`たどたど´しく言葉を口にする。
「お、美味しかったわよ。…じゃ、じゃあね!」
ガラッ。
アスカは顔を赤くしたことが恥かしかったのか、多少慌て気味に図書室を後にした。
「?」
アスカの行動に、シンジは訳が解らないといった表情を見せた。
そして呟く。
「…何でかな?…解る?」
短い静寂の後、シンジは微笑みながら口を開く。
「君にも解らないんだ。……面白いね、人間って」
<放課後>
午後のHRを済ませ、大半の生徒達は帰宅していた。
教室には委員長のヒカリと、トウジ、そしてシンジが残っていた。
「鈴原!今日から週番なんだから、キッチリやりなさいよ」
トウジが帰宅準備をしていると、委員長のヒカリが声をかけた。
「週番?…あぁ、そやったな」
ヒカリの言葉に、トウジは思い出したように呟いた。
手に持っていたプリントをトウジに手渡しながら、ヒカリは口を話す。
「もう!朝、言われたじゃない。綾波さんにプリント届けるようにって」
「そやった、そやった。忘れて帰るとこやったな」
プリントを受け取りながら、トウジは苦笑しながら話した。
「もう、しっかりしてよ」
ヒカリは、まるで世話女房のように話しかけた。
ヒカリの言葉を聞きながら、トウジは浮かない表情を見せ話す。
「綾波の家か…。女の家に一人で行けへんしな…」
硬派なトウジとしては、女の子の家に一人で行くには抵抗があるのだろう。
「!」
トウジの言葉に、ヒカリは嬉しそうな表情を見せた。
そして、恥かしそうに口を開く。
「それなら私が一緒に…」
だが、ヒカリの言葉を遮るように、トウジは声を上げる。
「お〜い、シンジ!綾波の家、行かへんか?」
教室から出て行こうとするシンジの姿を見て、トウジは一緒に行こうと誘ったのであった。
教室の扉の前で足を止めたシンジは、数秒の間だけ思考する。
(綾波…。…綾波レイ……か。)
思考した後、シンジは無表情に口を開く。
「いいよ。行っても」
シンジの言葉を確認すると、トウジはシンジと共に教室を後にした。
ヒカリには二人が教室を後にするのを、ただ見つめることしか出来なかった。
ただ、見つめることしか……。
<青葉のマンション>
ピンポーン。
青葉の部屋の玄関前まで来ると、トウジとシンジはチャイムを鳴らした。
………。
だが、返事は返ってこなかった。
「なんや、せっかく来たのに居(お)らんやんけ」
返事が無いことに、トウジはボヤクように話した。
「どうする?」
返事が無い為、シンジは今からどうするべきかを訊ねた。
「どないするって言うたかて、おらんもんは仕方ないやろ。プリント、ポストに入れて帰ろうや」
そう言って、トウジは鞄からレイのプリントの束を取り出した。
レイのプリントを見つめながら、シンジは口を開く。
「……僕、待ってる…綾波が帰ってくるのを。……話したいこともあるし」
「話って何や?…パイロット同士の会話か?」
シンジの言葉を聞き、トウジが訊ねた。
コクリ。
シンジは頷いて答えた。
トウジはシンジを見て満面の笑みを浮かべながら、プリントを手渡して話す。
「そーか、よろしゅう頼むで」
ドサッ。
「う、うん」
プリントの数に多少驚きながらも、シンジは返事を返した。
「ほな、さいなら♪」
シンジがプリントを受け取ったのを確認すると、トウジは鼻歌で六甲おろしを歌いながら、その場を去った。
どうやら家に帰宅できることが嬉しいらしい。
「ホッ……」
トウジが部屋の前から去ったのを確認すると、シンジは安堵の息を吐いた。
そして思う。
(…これでいい。……これで。)
そう思考した後、シンジは部屋の前から外を見た。
外は赤い夕陽の赤い色が、第三新東京市を染めていた。
シンジは夕陽を見つめながら呟く。
「血の色……血の色が…街を染めてく…」
<青葉のマンション前>
「お、綾波やないかい」
マンションの前に出ると、トウジはレイの姿を見つけ話しかけた。
「…何?」
トウジに話しかけられ、レイは無表情で訊ね返した。
レイの問いを聞き、トウジは微笑みながら答える。
「シンジがプリント持って待っとるで」
「そ、そう……」
レイは少し驚いた表情を見せて、多少どもりながら答えた。
レイが`どもった´ことに、トウジはポカンと口を開けて思う。
(綾波も驚くことがあるんやなぁ……。
……初めて見たで。)
トウジがポカンと口を開けていると、レイは直ぐに表情を戻して話しかける。
「じゃあ、帰るから…」
「あ、あぁ…さいなら」
トウジは何とか言葉を口にすると、レイの後姿を見送るのであった。
レイが去った後、トウジは呆気に取られた表情で呟く。
「…雪でも降るんやないか?」
<青葉の部屋の前>
「君は出て来ないで。……僕が話したいんだ」
青葉の部屋の前で、シンジは目を閉じて自分に話しかけていた。
正確に言うと、少し違う。
自分の中の自分に話しかけていた。
チーン。
そこへ、エレベーターの到着した音が響いた。
誰が来たのかと、シンジはエレベーターの方を見た。
エレベーターから出て来たのは、レイだった。
ゆっくりと近づいて来るレイに、シンジは呟く。
「……綾波レイ。……やっぱり…僕と同じ感じがする」
シンジの真正面に立つと、レイは歩くことを止めた。
そして、シンジを見て目を見開いて呟く。
「違う。……碇君じゃない」
「違わない。…僕は『碇シンジ』だよ。…綾波の知ってる『碇シンジ』とは違う『碇シンジ』だけど」
レイの言葉に、シンジは微笑を見せた。どことなく違う微笑を…。
シンジは微笑みながら言葉をつなぐ。
「綾波は気づいて無かったんだね…。……僕が混ざってることに」
そう言うと、シンジはレイにプリントを手渡す。
「これ、学校でたまってたプリント」
プリントを受け取ると、レイは寂しげな表情でシンジに訊ねる。
「碇君、碇君は…何処に行ったの?」
少しの沈黙の後、レイの言葉に、シンジは微笑を見せた。
そして口を開く。
「…言ったよね。…僕は『碇シンジ』だって…僕は混ざってるって……」
「……碇君は何処に行ったの?」
シンジの微笑を見ながら、レイは寂しそうな表情のまま言葉を繰り返した。
レイの言葉を聞き、シンジは真剣な表情で口を開く。
「僕の中にいる。…綾波の知ってる『碇シンジ』は、僕の中にいる」
シンジの言葉に、レイは話しかける。
「…碇君を帰して」
シンジは答える。
「それは無理だよ。…僕の中の僕が望んだことなんだから」
「…碇君を帰して」
レイは同じ言葉を繰り返した。
シンジは両手でレイの両頬に触れると、自分の瞳をレイの瞳に近づけて囁(ささや)く。
「見て…僕の瞳の奥を…。……見える?…本当の僕が」
「!」
レイはシンジの瞳の奥を覗き、驚いた表情を見せた。
レイの驚いた表情を見ると、シンジは手を離し、マンションの前から立ち去りながら呟く。
「……僕は…綾波と同じなんだ。…だから駄目なんだ」
シンジが去った後、レイは部屋の中に入らず、ただ立ち尽くしていた。
以前見た、シンジの優しい微笑を思い出しながら。
ポタリ、ポタリ。
不意に、レイの瞳から涙がこぼれ落ちた。
こぼれ落ちる涙を手の平に落とすと、レイは涙をはじめて見たような表情で呟く。
「…これが…涙?……」
「泣いてるのは…私?……」
つづく
あとがき
………つ、辛い。……辛過ぎる。…書くのが嫌になってきます。