「その情報は総務部の方に回してくれ!総務部も手が回らない?!こっちだってキリキリ舞なんだよ!」
「それで?!…モニター出来ない?!非常事態なんだぞ!」
パニックに近い状況の中の作戦司令部で、青葉と日向は情報と事態を収拾する為に声を上げていた。
僕は僕で僕
(76)
ネルフの作戦司令部は、突如として慌しい空気に包まれた。
ネバダのアメリカ第二支部が消滅した、との情報を受けた為であった。
緊急事態の警報は、この事態が原因であった。
「状況はどうなってるの?」
険しい表情をしたミサトが、司令部に姿を見せた。
ミサトの言葉に、日向が申し訳無さそうに答える。
「それが、アメリカ支部の方は原因不明の一点張りで…」
日向の言葉を聞き、ミサトは口を開く。
「アメリカ支部は調査隊を派遣してるのね?」
「はい、消滅確認後から30分後の派遣でした」
「遅い!」
ミサトは険しい表情のまま、一言発した。
情報と`生(なま)もの´は新鮮な程、その価値が増す。
作戦部長のミサトは、そのことを充分に知り、その上で言葉を発したのだった。
ミサト達から少し離れた所では、リツコとマヤが忙しげにモニター操作をしていた。
リツコはモニターを見ながら話す。
「衛星軌道からの映像を転送させてみて。…たぶん、何か映ってる可能性があるわ」
「あ、なるほど。その手がありましたね」
リツコの言葉に、マヤは素早く行動を開始した。
マヤのモニター操作を見ながら、リツコは思考する。
(消滅……。消失でなく、消滅。
可能性は山程あるけど、その中でも特出してくるのは、S2機関…もしくはディラックの余波。
……パイロットは乗っていたのかしら?
彼女の名前……確か、『山岸マユミ』)
リツコの思考は『山岸マユミ』の事を考えるに至っていた。
「それは総務部だって言っただろ!とりあえず、ネバダは消滅したと報告すればいい!」
回線を手に、青葉は声を上げていた。
ガチャン。
忙しげに回線をもどすと、青葉は愚痴っぽく呟く。
「ったく、何だってんだ。司令部は総合窓口じゃないんだぜ…」
呟いた後、青葉は思考する。
(……たぶん、残業だな。…いや、間違い無く残業だな。)
「はぁ〜あ…」
青葉は、深くて重い`ため息´をついた。
ため息をついた後、青葉は司令室へと回線を開いた。
<司令室>
「消滅?!確かに第二支部が消滅したんだな?!」
司令室では、冬月が回線を手に声を上げていた。
-はい、全て確認しました。消滅です。-
冬月に答えた回線の人物は、通信情報分析担当の『青葉シゲル』であった。
「了解した。一時間後に会議を行う。資料を揃えて集合をかけておくように」
プツ。
青葉に答えると、冬月は回線を切った。
そして、側にいたゲンドウに訊ねる。
「アメリカ第二支部が消滅したそうだ…。……事故、と思うか?」
冬月の問いに、ゲンドウは真剣な表情で答える。
「……第二支部はミスを犯した、それだけだ」
<一時間後、ネルフ中央分析室>
中央分析室には、ネルフの一同が顔を揃えていた。
皆、少し緊張した面持ちで立っていた。
そんな中、マヤが口を開く。
「映像、出ます」
マヤがそう言うと、床に設置されたモニターに`ある映像´が映し出された。
映し出された映像は、ネバダ上空からの衛星画像であった。
その衛星画像は、克明にアメリカ第二支部が消滅する様を映し出していた。
アメリカ第二支部が、一瞬にして光に飲まれ消滅する様が…。
その映像が映し出された後、マヤが淡々と報告する。
「エヴァンゲリオン四号機ならびに半径89キロ以内の関連研究施設は全て消滅しました」
「数千の人間も道連れにね…」
マヤの報告に、リツコは浮かない表情で呟いた。
「タイムスケジュールから推測して、ドイツで修復したS2機関の搭載実験中の事故だと思われます」
リツコの呟きを聞き流し、青葉が現時点で判明した情報を報告した。
青葉に続き、マヤが報告する。
「予想される原因は、材質の強度不足から設計初期段階のミスまで32768通りです」
「妨害工作の線は?」
マヤの言葉に、ミサトは怪訝の思いで訊ねた。
作戦部長として、最悪の可能性を否定せざるは得なかったようだった。
「でも爆発でなく、消滅ですよね。……つまり、消えた…と」
ミサトの言葉を否定するかのような、日向の言葉であった。
「たぶん、ディラックの海に飲み込まれた…。…その可能性が大きいわ」
日向の言葉に、リツコは真剣な表情で答えた。
「それじゃあ、せっかく直したS2機関は?」
『直した』…ミサトは確かに、そう言葉を口にした。
どうやら、以前からS2機関の存在は知られていたようである。
「ゼロ…無に帰ったわ。…また、振りだしよ」
ミサトの言葉を聞き、リツコは白衣のポケットに手を通したまま呟いた。
「…良く解らないものを無理して使うからよ」
リツコの冷静な状況判断に、ミサトは手厳しい言葉を口にした。
ミサトの言葉を聞き、リツコは冷たいとも取れる表情で思考する。
(…それは、エヴァも同じだわ。)
<会議後、エスカレーター>
会議終了後、ミサトとリツコはエスカレーターで下へと降っていた。
降りる二人の会話は、やはり先程の事と関係していた。
ミサトは憤慨していた。
「参号機は、あっちが建造権を主張してきたのに勝手よ」
ミサトのムッとした表情に、リツコは淡々と答える。
「怖くなったんでしょ。…第二支部ごと飲み込まれた訳だし」
「今更、怖くなったから…『はい、どうぞ』って言われてもね」
ミサトは腕組みをして、ムッとした表情のまま話した。
ミサトの表情を横目で見て、リツコは微笑みながら口を開く。
「何なら断る?エヴァが四機あれば充分戦えるって言えば、すんなり通ると思うわよ」
「なはは…」
リツコの言葉に、ミサトは乾いた笑い声で答えた。
戦力は多ければ多い程、良い。
古来からの戦略でも、それが常識だった為である。
そして、ミサトは苦笑混じりに話す。
「頂けるものは頂いとく。……エヴァンゲリオン参号機、完成してるんでしょ?」
「ええ。こちらの返答後、空輸する手筈になってる。…パイロット抜きでね」
ミサトの問いに、リツコは真剣な表情で答えた。
リツコの言葉に、ミサトは訊ねる。
「パイロット抜きって…こっちで探せってこと?」
「そうよ」
いかにも当然といった感じで、リツコは短く答えた。
リツコの言葉を聞き、ミサトは更に訊ねる。
「それじゃあ、起動テストには例のダミーを使うのかしら?」
ミサトの言葉に、リツコは呟くように答える。
「…いまから決めるわ」
会話を終えて、話すことも無く沈黙する二人。
そんな中、不意にリツコが声を上げる。
「あ!」
「な、なに?!どうしたの?!」
突然の声に、ミサトは虚を突かれ驚いた表情を見せた。
リツコは呟く。
「霧島さん、まだ待ってるかもしれない…」
数分後、ミサトがリツコの研究室に行くことに決まったのであった。
<リツコの研究室>
「スゥ……」
リツコのいつも座る椅子に座って、マナは机に突っ伏す形で眠っていた。
かれこれ一時間余り、リツコを待っていたが、連絡も何も無かった為であった。
最初の数十分はエヴァの事を考え、次の数十分はリツコの事を考え、そして最後の数十分はシンジの事を考えて。
「スゥ……」
マナは眠る。
何の不安も、何の心配も見せない……優しい寝顔で。
<大深度地下施設>
地下施設の巨大な筒状の物体の前に、リツコとゲンドウはいた。
筒状の物体はエントリープラグと思われる。
エントリープラグを見つめながら、リツコが口を開く。
「試作されたダミープラグです。レイのパーソナルが移植されています。
ただ、人の心、魂のデジタル化は出来ません。あくまでフェイク、擬似的なものにしか過ぎません」
リツコの説明を、ゲンドウはプラグを見つめながら聞いている。
ゲンドウを一瞥すると、リツコは言葉をつなぐ。
「パイロットの思考の真似をする、……ただの機械です」
ゲンドウはリツコの言葉に、しばしの間だけ沈黙した。
そして、ゆっくりと歩き出しながら口を開く。
「…構わん。エヴァが動けばいい」
そして、ゲンドウは言葉をつなぐ。
「エヴァがパイロットが居ると思い込み、シンクロさえすればいい。…零号機以外には搭載させておくように」
「はい。…それから参号機ですが、調整と起動実験は松代で行いたいと思います」
ゲンドウに着いて行きながら答えると、リツコは報告事項を淡々と話した。
「パイロットは?」
リツコの言葉を聞き、ゲンドウが訊ねた。
リツコは答える。
「ダミープラグは、まだ危険です。候補者の中から…」
「四人目を選ぶか…」
ゲンドウは、リツコの言葉を補足するように話した。
リツコは真剣な表情で話す。
「はい。一人、速やかにコアの移植が可能な子供がいます」
ある程度歩くと、ゲンドウは歩くことを止めた。
ゲンドウの足が止まった場所には、巨大な脳のような物からチューブ状に繋がれた試験管があった。
その試験管のような物の中にはLCLが注がれ、その中では『綾波レイ』が体を浸(ひた)していた。
ゲンドウは試験管の中のレイに話しかける。
「…協力感謝する。……後は赤木君の指示に従ってくれ」
「…はい」
レイは短くゲンドウの言葉に答えた。
レイ言葉を確認すると、ゲンドウはリツコを見て口を開く。
「後は頼む…」
そう言って、ゲンドウはその場を後にした。
ゲンドウの去った後、リツコはレイに話しかける。
「レイ、上がっていいわよ」
「…了解です」
レイは無表情でリツコの言葉に答えた。
レイの言葉を聞きながら、リツコは翳(かげ)りのある表情で思考する。
(……レイ。
私は…貴方を知っている。…いえ、知ってしまった。
どんな形にしろ……貴方を知ってしまった…。…その事実は、変えられない真実。)
<学校、2-A>
「さぁ飯や、飯。何せ、学校最大の楽しみやからな♪」
トウジは机の上の山盛りのパンに、嬉しそうに声を上げた。
学校は昼食時間。
生徒達は、それぞれ弁当なり学食なり購買部のパンなり、昼食を食べる準備を始めていた。
ちなみに、トウジの昼食は購買部のパンであった。
そんな中、ヒカリはアスカと昼食をする為、話しかけていた。
「あれ、今日のお弁当は?」
アスカが昼食の準備をしないことに、ヒカリは不思議そうな表情で訊ねた。
いつもは、アスカが自分で作ったお弁当を持って来る筈なのに、今日は何も持ってなかったからだった。
「…起きるの遅くて作れなかったの」
アスカは気まずそうに話した。
アスカ達の会話が聞こえたのか、トウジが口を開く。
「何や?惣流、弁当忘れたんか?ワシのパンで良かったら一つやるで」
「いらない。鈴原なんかに`借り´を作ったら、私のプライドに傷がつくわ」
トウジの好意を、アスカは手厳しい言葉で遠慮した。
ピクピク。
アスカの言葉に、青筋をピクつかせるトウジであった。
ガタリ。
アスカ達の会話をよそに、シンジは席を立って何処かへ行こうとした。
「何処行くの、シンジ?」
シンジの行動に、アスカが訊ねた。
「図書室…。…読みたい本があるんだ」
シンジは無表情で、アスカの問いに答えた。
「碇君は昼食しないの?…まさか、碇君も作るの忘れたとか?」
シンジが手ぶらで図書室に向かおうとしていることに、ヒカリが不思議そうな表情で訊ねた。
ヒカリの言葉に、シンジは淡々と答える。
「作ってるよ。でも、食べたくない…食欲無いんだ、この頃」
「!」
シンジの言葉を聞き、ヒカリは名案が思いついた。
ヒカリは微笑みながら、シンジに訊ねる。
「だったら、アスカにお弁当くれない?」
「ちょ、ちょっとヒカリ?!」
ヒカリの言葉を聞き、アスカは声を上げた。
「いいよ。…鞄に入ってるから、勝手に取って」
シンジは別段動じることも無く、淡々と話した。
シンジの言葉に、ヒカリは笑顔で感謝の言葉を話す。
「碇君、ありがとー♪ ほら、アスカも御礼言いなよ」
「わ、悪いわね」
アスカは照れ臭そうに、シンジに御礼を言った。
「いいよ、別に…」
二人の言葉を聞き、シンジは微笑みながら話した。
だが、瞳は微笑んでいなかった。
シンジの瞳は、どことなく冷たく他者を威圧するような瞳をしていた。
シンジの表情を見ながら、アスカは思う。
(シンジって……こんな表情してたっけ?)
アスカは何となく、シンジの表情が違うことに気がついた。
だが、確かなものではなく、いつもと違った感じのシンジを見た。その程度のことだった。
「碇君のお弁当って、凄いんだから♪」
アスカが思考していると、不意にヒカリから話しかけられた。
「え、あ、うん…」
アスカは気の無い返事を返しながら思う。
(…何て顔するのよ。……ビックリするじゃない。)
つづく
あとがき
「待った?」
「ううん、全然」
こんな普通の会話が出来る話を書きたいなぁ…。って、な〜に言ってんのかな。(苦笑)