ディラックの海から帰還したシンジとマナは、ネルフの病院施設に収容されていた。

医療チェックを無事済ませ、二人は同じ病室に収容された。

二人は眠る。…精神的、肉体的に疲労した体を休ませる為に。

 

 

 

僕は僕で僕

(74)

 

 

 


 

<病室>

 

午前九時。

夜は完全に明け、病室の窓からは暖かい朝の日差しが入り込んでいた。

 

そんな中、シンジは目を開けて天井を見ていた。

ただ見つめるのではなく、目を見開き、まるで初めて天井を見るような表情で。

そして2、3回瞬(まばた)きすると、天井を見ながら呟く。

「……ネルフの病院施設」

事務的な口調で呟くと、シンジは体を起こして辺(あた)りを観察する。

そして窓際のベットに、『霧島マナ』の寝ている姿を確認した。

天井を見たような目でマナを見た後、シンジは呟く。

「誰?……あ…霧島マナ。……マナか」

呟いた後、シンジは眉間を擦りながら思考する。

(……完全じゃない。

…混乱している……僕の心が。

急ぎ過ぎたのがマズかった……。

……でも…命の危険には耐えられなかった。…仕方なかったんだ。)

 

=…父さんが…微笑んでくれた。=

シンジが思考していると、思考の中にシンジの声が割り込んできた。

その声を聞き、シンジは優しげな表情で呟く。

「…そうだ。…父さんが微笑んでくれたんだ」

 

「!」

呟いた後、シンジは驚いた表情を見せた。

そして、自らの頭を抱えて辛そうな表情で思う。

(邪魔をしないで…僕の中の僕……。)

 

シンジの意識は、表層心理と深層心理が入り混じっていた。

そして、現時点での意識は深層心理部が支配していた。

 

 

<病室前、廊下>

 

病室前では、レイとアスカが学生服の姿で病院食を運んでいた。

看護婦などに運んでもらうより、アスカ達が運んであげた方がマナ達も喜ぶだろう、というミサトの発案で。

 

「食事ぐらいで、私達を使うんじゃないっての。唯一無二のパイロットを何だと思ってんのかしら」

食事が載ったトレーを手に持ちながら、アスカはムッとした表情で口を開いた。

「それなら、私一人でするわ。…貴方は学校に行けばいい」

無表情のまま、レイは言葉を口にした。

ちなみに、レイも食事の載ったトレーを手に持っている。

レイの言葉を聞き、アスカは苦笑しながら話す。

「それもいいけど、今回は大目に見てやるわ」

「なぜ?」

アスカの言葉に、レイが訊ねた。

アスカは優しく微笑みながら、レイの言葉に答える。

「まだ、あの二人には借りがあるから」

「…そう」

そう言って、レイは小さく微笑んだ。

 

アスカも気づかない程の小さな微笑で……。

 

 

<病室>

 

(……声が止まった。

…また、聞こえるかな?……たぶん…聞こえるだろうな。)

そう思考した後、シンジは頭を抱える姿勢を崩した。

 

その時、姿勢を崩したシンジの目に、不意にマナの姿が映った。

シンジはマナを見て、何かを思い出して呟く。

「霧島マナ。…マナ。……JAを…動かした…僕と同じパイロット」

そう呟いた後、シンジはベットから起き出し、マナの近くへと歩み寄った。

マナのベットの側に立つと、シンジはマナの顔を覗き込んだ。

そして思う。

(…僕は…僕との約束を守った。

…それが、この結果。………悪くない感じがする。)

そう思った後、シンジは自分を自嘲するような笑みを見せた。

 

「良かったね……マナ」

不意にシンジの口が開き、自分が思いもしないような言葉が出た。

「!」

その出来事に驚き、シンジは焦って自分の口を押さえ込んだ。

(思考を超えて言葉が勝手に……。

『碇シンジ』?!…違う、僕の意思が勝手に?!)

シンジは自分の言動が、理解を超えていることに気がついた。

 

シンジは自分がコントロール出来ないことに、戸惑いを隠せなかった。

『ディラックの海』の中では、完全に自分を制御したつもりであった。

だが、『ディラックの海』を脱出してからの意識は、完全には制御出来ていなかった。

 

「……シンジ君?」

シンジが口を押さえていると、マナが目を覚まし口を開いた。

「!」

マナに話し掛けられ、シンジは口を押さえたまま、困惑した表情を見せた。

どう対処していいのか解らない、といった表情を。

だが、シンジの行動に構わず、マナは優しく微笑みながら話しかける。

「おはよう。……生きてるっていいね」

「あ、うん、そうだね」

シンジは多少慌てながら口から手を離すと、自分の意志で言葉を口にした。

そして、病室の窓から差し込む朝の光を浴びながら、マナは静かに話し掛ける。

「……私、もう駄目かなって諦めてた。…でもね、声が聞こえたの」

「声?…」

マナの言葉に、シンジは訊ねた。

マナは微笑みながら答える。

「…そう、声。…懐かしくて、暖かくって、とっても優しい声」

「……」

マナの話に、シンジは何も言わず、ただ沈黙して話に聞き入っていた。

マナは話し続ける。

「その声がね、言うの。…良かったわね、って」

ポタリ、ポタリ。

そこまで言うと、マナの瞳から涙がこぼれ落ちた。

マナは涙を流しながら言葉をつなぐ。

「私ね、解った。…あ、母さんだって……母さん、ここに居たんだって」

 

マナの言葉を聞き、シンジは真剣な表情で呟く。

「……マナも知ったんだね」

 

「!」

シンジの言葉に、マナは驚いた表情を見せた。

そして口を開く。

「知ったって?シンジ君は知ってたの?!」

「つい最近、父さんから聞いた…」

マナから目を背けること無く、シンジは真実を話した。

シンジの言葉に、マナは俯(うつむ)いて呟く。

「……そうなんだ。…知ってたんだ」

シンジはマナを見ながら言葉をつなぐ。

「父さんは秘密にしておくようにって言ってた。…僕も、それがいいと思う」

シンジの言葉に、マナは顔を上げて訊ねた。

「でも、秘密にして…アスカ達に何て言うの?」

「それは…」

マナの言葉に、シンジは言葉に詰まってしまった。

今まで、自分のことしか考えていなかった。そのことが、今のシンジに裏目に出ていた。

シンジの様子を見て、マナは涙の通った後を拭(ぬぐ)いながら話す。

「私はアスカ達にも話した方がいいと思う。…私達だけが知ってるなんて…耐えられない」

マナの言葉を聞き、シンジは頷きつつ話す。

「……そうだね。それもいいと思う。…でも、僕からは話さない」

シンジの言葉に、マナが訊ねる。

「どうして?」

シンジは俯(うつむ)きながら話す。

「僕と父さんの約束だから。…約束は守らないといけないから」

シンジの言葉に、マナは呟く。

「偉いんだね。…シンジ君」

マナから目を背け、シンジは俯(うつむ)いて口を開く。

「偉くなんか無いよ。…約束は守らないといけない、それだけだから」

「…約束、か」

シンジの言葉を聞き、マナは天井を見つめ一言だけ呟いた。

 

マナが呟くと、病室の扉が開いた。

マナとシンジは、扉の方を振り向き誰が来たのかを確認する。

 

そこには、アスカとレイが食事のトレーを手に立っていた。

アスカとレイは、二人を見て口を開く。

「食事、運んで来てやったわよ」

「ここに置くから」

アスカはマナのもとに食事を運び、レイは入り口近くのシンジのベットの側に食事を置いた。

マナの側に食事を置いたアスカは、マナの様子が違うことに気づく。

そして、心配げな表情で口を開く。

「目が赤いわよ。……泣いてたの?」

「うん、生きてることが嬉しくって…つい」

アスカの言葉に、マナは微笑を見せながら嘘をついた。

アスカ達に話していいものか、シンジの言葉を聞き、マナは迷っていたからだった。

エヴァのことを話していいのかを……。

 

そして、アスカはマナの言葉を信じていた。

アスカは優しく話し掛ける。

「…バカね」

「……うん」

アスカの言葉に、マナは頷いて答えた。

 

シンジはレイの姿を見て、自分のベットの側へと歩み寄った。

そして、レイを近くに感じて思う。

(……綾波…レイ。)

シンジが側に来たのを見て、レイは口を開く。

「後の処理は私達でするから、今日は休んで」

「うん、ありがとう」

シンジは嬉しそうに微笑んで見せて答えた。

 

数分の後、シンジとマナの二人は食事を開始した。

パクパク、ムシャムシャと忙しげに食事する二人。

 

そんなマナとシンジを見て、アスカが微笑みながら話す。

「ゆっくり食べなさいよ。何も逃げやしないんだから」

アスカの言葉に、マナとシンジは答える。

「だって丸一日、何も食べてなかったんだよ」

「…病院の食事が、こんなに美味しいなんて知らなかったしね」

シンジの言葉を聞き、マナは微笑みながら話しかける。

「病院に永住しちゃおっか?ネルフにも学校にも近いから便利だよ?」

「そ、それは、ちょっと…」

マナの誘いを、シンジは焦り混じりに遠慮した。

シンジの言葉を聞き、マナは笑顔で話す。

「冗談、だよ~ん♪」

 

「プッ、バカね」

シンジとマナの会話に、アスカは思わず吹き出してしまった。

アスカにつられて、シンジとマナも笑い出す。

レイは、その様子を暖かい眼差しで見つめる。

ホンの数分だったが、病室は穏やかな雰囲気に包まれた。

 

そして、シンジ達の食事も終わった頃。

アスカとレイは、空(から)になったトレーを手に口を開く。

「じゃ、帰るわね」

「それじゃあ…」

 

そんな中、病室を去ろうとするレイに、シンジが話しかける。

「綾波…。綾波は僕と……」

「何?」

シンジの言葉を聞き、レイは訊ねた。

「あのさ…」

レイの瞳を見つめながら、シンジは何か喋ろうとした。

だが、シンジは自分の想いとは違うことを口にする。

「ううん、いいんだ。…何でもない」

「そう…」

シンジの言葉に短く答えた後、レイ達は病室から去った。

 

ドサリ。

シンジはベットに体を横たえて思考する。

(綾波は……僕と同じだ。

………混ざってる。……僕と同じ感じがする。)

 

 

<病室前、廊下>

 

アスカとレイの二人は、トレーを手に廊下を歩いている。

そして、ある程度歩くと、アスカがレイに話し掛けた。

「これ片付けたら、学校行くでしょ?」

「ええ」

レイは短く答えた。

レイの言葉を聞き、アスカは愚痴っぽく話す。

「それから学校の後で、使徒の後片付け。…何か、今日は片付けごとばっかりね」

「そうね…」

アスカの愚痴にも、レイは短く答えるだけだった。

レイの言葉に、アスカは思考する。

(レイって、人との付き合い方知らないの?) 

話題を振っても応じないレイに、アスカはそんなことを考えていた。

 

アスカが考えていると、レイが話しかける。

「…貴方、感じなかった?」

「何が?」

「碇君の様子…」

「別に?いつも通り、ボケボケッとした表情だったけど?」

「そう、ならいいの…」

「変なの」

レイの言葉を、アスカは特に気にせず、ただ言葉を返すだけだった。

 

アスカと会話した後、レイは思考する。

(……碇君なのに、碇君じゃない感じがした。……あの人、誰?

……でも、碇君の感じも少しだけあった。

碇君…碇君…碇君。……碇君は…何処に行ったの?)

 

レイはシンジの変化に気づいていた。

だが、確かな変化は確認できず、その思考の狭間で戸惑っていた。

 

 

<病院内、モニター制御室>

 

病院内にある、無人のモニター制御室ではシンジ達の病室が映し出されていた。

克明に、正確に、その様子はモニターに記録されていた。

 

その記録は、後日、リツコが見ることになっていた。

 

 

<病室>

 

アスカ達が去った後、マナはベッドで窓の外を見ながら、隣で横になるシンジへ話しかける。

「私、まだ良く解らないから……少し考えてみるね」

「…何を?」

ゆっくりと顔だけをマナに向け、シンジは訊ねた。

シンジの方を向き、マナは微笑を浮かべながら答える。

「母さんのこと…」

「そう…」

シンジの返事は、意外に素っ気無いものだった。

だが、そのことに構わず、マナは話しかける。

「それから、結論出すね…」

「………うん」

シンジは優しく微笑むと、小さく頷いた。

  

頷いた後、シンジは天井を見つめ思考する。

(……まだ上手く使えないな。

心は難しい…体と違って……。)

 

 

 

つづく


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