(怖い……。…でも、一人じゃない。)

シンジと会話をした後、マナはJAの中で孤独と戦っていた。

エントリープラグという、密閉された中で。

 

 

 

僕は僕で僕

(72)

 

 

 


 

マナは目を閉じて眠ろうとした。

だが、十分に睡眠を取った後では、そう簡単に眠れるものではない。

しかも、不安や恐怖が入り混じった心理状態の中では、眠りも覚めてしまうものである。

 

(怖いし…眠れないし……最悪かも。

……でも、シンジ君と一緒に居れるって事は…ラッキーかな?)

そう思った後、マナは少し疲れた微笑を見せた。

まだ、シンジのことを考える余裕のある、自分の思考が可笑(おか)しかったようだ。

 

それから、マナは再び目を閉じた。

深い静寂とLCLの匂いの中で、マナは辛さを堪(こら)えるような表情で思う。

(…やっぱり、LCLの匂いが濃くなってる。

……血の匂いが…濃くなってる。)

 

匂いを感じながら、マナは目を閉じたまま呟く。

「この匂い。………大嫌い」

 

 

<特設作戦司令部>

 

第三新東京市は夜を迎えていた。

使徒に対する方針も対策も決まらぬまま、ネルフは時間の経過を受け入れた。

だが、ただ無意味に時間を浪費していた訳ではない。

現時点の特設作戦司令部では、リツコにより使徒の情報の説明が始まっていた。

 

そして、ホワイトボードの使徒の説明書きの前で、リツコの説明は佳境に入っていた。

作戦部の職員達と共にミサトと日向は椅子に腰掛けて、リツコ話に耳を傾けていた。

職員達の後ろには、説明を見守るようにアスカとレイの姿もあった。

 

説明が進む中、ミサトは驚いた表情でリツコに訊ねる。

「じゃあ、あの上空の物体が使徒の本体な訳?!」

「直径680m、厚さ約3nmのね。
その極薄の空間を内向きのATフィールドで支え、内部はディラックの海と呼ばれる虚数空間。
…たぶん別の宇宙に繋がっているんじゃないかしら?」

リツコは冷静に使徒の説明を話した。

「あの球体は?」

リツコの言葉に、更にミサトは訊ねた。

ミサトの問いに、リツコは簡潔に答える。

「本体の虚数回路が閉じれば消えてしまう。…上空の物体こそ、影にすぎないわ」

特設司令部から見える使徒を瞳に映しながら、ミサトは呟く。

「エヴァを取り込んだ、黒い影が目標か……」

 

そんな中、リツコの説明を聞いて、アスカは誰にも聞こえない声で呟く。

「そんなの…どうしようも無いじゃん……」

 

「内部のシンジ君達が、脱出する可能性は考えられませんか?」

リツコの言葉に、一番前の席で聞いていた日向が訊ねた。

日向を一瞥すると、リツコは話し掛ける。

「無限に広がるディラックの海の中で?…出口という概念が存在しない世界なのよ」

 

そう言った後、リツコは思う。

(…出口という概念が無い世界。……探しても出口の無い世界。

内部から脱出の可能性……。

でも、内部から出るには空間を切り裂くしかない。

それだけの攻撃力も可能性も、今のエヴァに有ると思えないわ。……自爆でもしない限り。

今の私には、あの子達が、自暴自棄にならないことを祈るだけね……。)

 

 

<第十二使徒内、初号機>

 

「!」

シンジは目を閉じて、時間が過ぎることに耐えていた。

だが、匂いの異変に気がつき目を見開いた。

 

(生臭い!血……血の匂いだ!)

初号機の中で、シンジはLCLの異変に気がついた。

そして、焦り混じりの表情で口を開く。

「LCLが濁ってきてる?……浄化能力が落ちてきてるんだ!」

 

その状況に、シンジは取り乱して叫ぶ。

「嫌だ!ここは嫌だ!」

ガチャ、ガチャ!

恐怖にかられたシンジはプラグの外に出ようとして、エントリープラグのハッチを引き回す。

「何でロックが外れないんだよ!開けて!こっから出して!」

目前に迫ってきた、『死』への恐怖と焦りが原因であった。

そして、シンジは叫ぶ。

「ミサトさん!どうなってるんだよ!ミサトさん!リツコさん!アスカ!綾波!マ!………マナ」

 

「マナ…」

マナの名を口にした瞬間、シンジは我に返った。

自分だけでは無い。『霧島マナ』も、この恐怖の中に居ることを思い出して…。

 

そして数分後。

「ウッッ…ウウッ……」

落ち着きを取り戻したシンジは嗚咽しだした。

マナに連絡を入れようにも、これ以上電源を消費することが出来ない現実に…。

マナを救うにも、自分の力では、どうしようもない現実に…。

そんな中、シンジは嗚咽混じりに呟く。

 

「誰でも…誰でもいい…。……マナを助けてあげて」

 

 

<特設作戦司令部>

 

ミサトは屋上で外の空気にあたり、思考を巡らせていた。

エヴァ二体を救出し、なおかつ使徒を殲滅する為に。

 

腕組みしながら思考するミサトのもとに、一人の人物が歩み寄る。

そして、その人物が口を開く。

「どう?何か思いついた?」

ミサトに近づいた人物はリツコであった。

リツコの問いに、ミサトは口惜しそうに口を開く。

「今の所、何も立案出来そうに無いわ。……時間が無いってのに」

「……そう。…なら、強制サルベージしか無いわね」

そう言って、リツコは考える仕草を見せた。

リツコの言葉を聞き、ミサトは訊ねる。

「エヴァの強制サルベージって?」

ミサトの問いを聞き、リツコは真剣な表情で話し始める。

「現存する全てのn2爆雷を使徒の中心部に一斉投下、
その後、直ちに零号機・弐号機のATフィールドで1000分の1秒だけ干渉させる。
その瞬間に爆発エネルギーを集中させ、ディラックの海を破壊。……それしか無いわ」

そこまで言うと、リツコは軽い`ため息´をついた。

 

リツコの唱えた作戦は過激なものであった。

使徒の破壊を前提とした、人命を考慮に含まない、過激で苛烈な作戦であった。

 

「でも、それじゃエヴァの機体が、シンジ君達がどうなるか、救出作戦とは言えないわ!」

あまりの作戦の苛烈さに、ミサトは怒気を含ませた声を上げた。

だが、そんなミサトに構わず、リツコは冷静に話す。

「作戦は初号機の機体を最優先とします。たとえ、ボディが大破しても構わないわ」

過酷な言葉を淡々と話すリツコに、ミサトは堪らず声を上げる。

「ちょっと待って!」

ミサトの声を無視し、リツコは無情な言葉を放つ。

「この際、パイロットの生死は問いません」

 

パシーン!

ミサトは衝動的に、リツコの頬を引っ叩いていた。

友として、作戦部長として、人間として、リツコの頬を叩いていた。

バシーン。

だが、リツコは直ぐにミサトの頬を叩き返す。

そして、叩かれた頬をそのままに、リツコは声を上げる。

「私が、どんな気持ちで、この作戦を考えたか!ミサトに解る?!」

「……」

ミサトは頬を押さえて何も言えず、リツコの言葉を聞くだけだった。

何も言えないミサトに、リツコは更に声を上げる。

「私だって、霧島さん達に生きて帰って欲しいわ!こんな作戦破棄したいわ!」

そう言った後、リツコは俯(うつむ)きながら言葉をつなぐ。

「………チルドレンの生存確率が、10%を切ってる作戦なんて」

リツコは肩を震わしていた。

 

しばしの間、沈黙する二人。

 

その間、リツコの様子と打って変わり、ミサトは落ち着きを取り戻していた。

そして、静かな表情で訊ねる。

「なら、どうして?……この作戦を?」

「……これが一番可能性の高い数値なのよ。……生存の可能性が一番高い」

ミサトの言葉に、リツコは呟くように話すだけだった。

そして、リツコは後ろを向き、歩き出しながら言葉をつなぐ。

「この作戦、私が指揮するわ。…今後の指揮に影響するといけないから」

 

リツコはミサトを気遣っていた。

この作戦で子供達が救出出来なかった場合、今後のアスカ達の指揮に関わってくる、という理由で。

 

リツコの背中を見て、ミサトは微笑みながら口を開く。

「いいわ、遠慮する。……自分のミスは、自分で取り戻したいから」

ピタッ。

ミサトの言葉に、リツコは足を止め口を開く。

「なら、五分後に司令部に来て。………詳しい説明をするから」

リツコは五分間だけ、時間が欲しかった。

取り乱した自分を取り戻す為、五分という時間が必要だった。

「わかった。……五分で…いいのね?」

リツコを気遣い、ミサトは五分間だけでいいのかを訊ねた。

「…ええ、五分でいいわ」

そう言って、リツコは歩き始めた。

 

歩き出すリツコの背中に、ミサトは訊ねる。

「司令やリツコがエヴァにこだわる理由って、何?…エヴァって何なの?」

リツコは足を止め、振り返ってミサトを見た。

リツコは、いつに無く悲しげな表情をして話す。

「貴方に渡した資料が全てよ」

ミサトは、その言葉が納得いかず、問いただす。

「嘘ね。リツコの言葉じゃないわ。技術部長じゃなく、リツコの言葉で話してくれない?」

ミサトの言葉に、リツコは少し沈黙した。

そして、ゆっくりと口を開く。

 

「………パンドラの箱」

 

 

<第十二使徒内、JA>

 

「…もう……駄目かな」

濁りきったLCLの中で、マナは小さく呟いた。

呟いた後、マナは虚ろな表情で思う。

(…ごめんね。……シンジ君、ごめんね。)

 

マナは自分のことよりも、シンジのことが心配であった。

自分のミスで、シンジを使徒内へと巻き込んでしまった為に。

 

「ごめんね……シンジ君」

マナは思いを口にした後、静かに目を閉じた。

 

 

<第十二使徒内、初号機>

 

シンジは眠っていた。

無限に広がる虚数空間に、抗うことに疲れ、嗚咽することにも疲れて……。

そして、眠ったシンジは夢を見た。

不思議な夢を…自分自身と会話する夢を……。

 

-碇シンジ……。-

シンジの意識に声が聞こえてきた。

「誰?」

その声に、シンジは訊ねた。

シンジは夢の中で電車に乗っていた。窓からは夕陽が差し込む電車の中に。

-碇シンジ。-

声は、そう答えた。

声はシンジの正面から聞こえてきた。

シンジは声の主を見たが、夕陽が差し込み、容姿までは確認できなかった。

「それは僕だ」

声の主を見て、シンジは『碇シンジ』は自分であると話した。

声は話す。

-僕は君だよ。人は自分の中に、もう一人の自分を持っている。自分は常に二人で出来てるものさ。-

「二人?」

声の言葉を、シンジは理解出来なかった。

声はシンジに話す。

-実際に見ている自分と、それ見つめている自分だよ。碇シンジという自分だって何人も居るんだ。-

声は延々と話し続ける。

-君の心の中に居る、もう一人の碇シンジ。-

-君の心の中に居る碇シンジ。-

-葛城ミサトの心の中に居る碇シンジ。-

-惣流アスカの中の碇シンジ。-

-綾波レイの中の碇シンジ。-

-碇ゲンドウの中の碇シンジ。-

 

そこまで話すと、声の主はシンジを『君』と名指しする。

-君は、その他人の中の碇シンジが怖いんだ。それぞれ違う碇シンジだけど、どれも本物の碇シンジさ。-

「他人に嫌われるのが怖いんだよ」

声の言葉を聞き、シンジは自分を弁護した。

だが、声は無情にシンジを突き離す。

-自分が傷つくのが怖いんだ。-

 

「悪いのは…誰?」

声の主にシンジは訊ねた。

声は答える。

-悪いのは父さんだ。-

「父さんは悪くない。…悪いのは自分だ」

シンジは内罰的な発言で、自分を否定した。

 

シンジの言葉に、声の主は沈黙した。

沈黙と静寂が、シンジの夢を支配する。

 

-それなら、僕に心を分けて欲しい。-

沈黙の中、不意に声の主が口を開いた。

「心?……僕の心は僕のものだ」

心が欲しいと言う声の言葉を、シンジは拒否した。

 

そして、シンジと声の会話は続く。

-君は自分を否定した。…それなら、僕に君の心を分けて欲しい。-

「…でも、それじゃあ僕が僕で無くなる」

-それは無い。君は君だ。碇シンジは碇シンジでしかない。-

「僕は…僕?」

-そう。…君は君だ。君の中の碇シンジが、僕の中の碇シンジになる。…それだけの事だ。-

「僕が君の心の中……それなら君は?」

-僕は君になる。…そして僕の心には君が居る。-

 

「………」

シンジは迷っていた。

声の言葉を聞き、自分の取るべき道を。

 

そして、シンジは訊ねる。

「悲しいこと、辛いこと、逃げ出したくなること、沢山あるのに?」

シンジの言葉に、声は答える。

-構わない。…知りたいんだ。なぜ『僕は僕で僕』なのかを。-

声の言葉に、シンジは思わず微笑を見せ話す。

「変わってるね。君は僕なのに……」

-変わってるんじゃない。…変わったんだ。-

声の主は自らが変わったと話した。

 

声と会話した後、シンジは決断し話す。

「わかった。僕の心を分けるよ」

シンジが決断した理由を挙げるとすれば、声の言葉に強い意思を感じ、自分に近いものを感じたからだった。

-……ありがとう。-

シンジの言葉に、声は感謝の言葉で答えた。

その言葉を確認した後、シンジは口を開く。

「…でも、一つお願いがあるんだ」

-何?-

声が訊ねる。

シンジは優しい笑みを見せて話す。

「みんなを守って…」

シンジに答えるように、声の主も優しげに話す。

 

-心配いらない。…僕は君だから。-

 

 

 

つづく


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あとがき

パンドラの箱については、箱の中身は『希望』ではなく『前兆』が入っていると考えてください。
ま、どっちでもいいんですけどね。(笑)

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