(……誰にも…言えない。

違う…。誰にも…言わない……。

だって…僕と父さんの約束だから……。)

 

 

 

僕は僕で僕

(69)

 

 

 


 

<朝、碇家>

 

シンジは一人で朝食を食べていた。

いつもゲンドウが座る席を眺めながら、ゲンドウとの約束を思い出しながら…。

 

シンジはゲンドウと約束があった。

初号機とアダムのことは誰にも口外してはいけない、という約束が。

その約束は、シンジには少なからず嬉しいことであった。

父との秘密の共有、父との約束、父との絆、シンジはゲンドウとの約束に家族の絆を感じていた。

 

ピンポーン。

シンジが朝食を食べ終わるのと同時に、玄関のチャイムが鳴った。

「はーい」

シンジが声を上げながら玄関に向かうと、そこには普段と変わらずにトウジとケンスケの姿があった。

いつものように登校する為に。

「おはよう」

シンジは二人に微笑みながら話し掛けた。

「おはようさん」

「おはよう」

二人もシンジに答えるように、微笑みながら返事をした。

 

シンジの朝は、いつものように平和だった。

いつまでも続くかと思えるような、いつもと変わらない平和な朝だった。

 

 

<ネルフ日本第二支部、松代実験場>

 

ナオコとコダマは松代の実験施設にいた。

二人の目的は、無論MAGI Ⅱの起動試験をクリアする為であった。

実験施設はネルフ日本第一支部(本部)に類似しており、比較的に作業はスムーズに進むかと思われた。

 

カタカタカタカタ。

オペレーター室のような所で、コダマは他の職員たちと共に入力作業をしていた。

どうやら、ナオコはまだ顔を見せていないようであった。

 

「ファ……」

連日の徹夜が祟(たた)ったのか、コダマはキーを叩きながら欠伸(あくび)をした。

少数精鋭でMAGI Ⅱの起動テストに望んでいる為、コダマの欠伸も致し方の無いことだった。

ちなみに、ネルフ第一支部からはナオコとコダマの二人だけの参加である。

後の人員は松代支部の職員で補っていた。

 

「あの、入力終わりました」

コダマが欠伸をすると、隣にいた女性オペレーターに話し掛けられた。

ナオコが不在の時は、コダマが実験責任者代理の立場を取っていた為である。

「あ、ありがとうございます」

欠伸を見られ、コダマは少し照れ臭そうに返事をした。

「お疲れみたいですね。……お茶でも煎れて来ましょうか?」

コダマの欠伸を見た女性は、微笑みながら訊ねた。

女性の言葉に、コダマは微笑みながら言葉を返す。

「あ、私が煎れて来ます。座って休んでて下さい」

 

一般職務者だったコダマは、未だに自分が責任者だという自覚が無かった。

だが、能力は充分過ぎる程に、責任者の実力を身に付けていた。

ナオコの教育と、コダマの努力の賜物(たまもの)であった。

 

「いえ、私が煎れて来ます。…少しは休んで下さい、洞木二尉」

女性は微笑むと、お茶を煎れに向かう為にオペレータ室から去った。

女性が去った後、コダマは呟く。

「洞木二尉……。…昇進したんだな……私」

呟いた後、コダマは少しだけ思考する。

(変わる環境……。変わる階級……。変わるMAGI ……。

私も少しは変わったのかしら……。)

コダマは自分の成長を把握していなかった。

いつの間にか自分の能力が、ネルフの中で重要なものになっていたことを。

 

結局、人間は自分の変化には中々気づかないものである。

余程の変化か、急激な成長がない限り……。

 

 

<ネルフ日本第一支部。リツコの研究室>

 

午前中はMAGI の簡易チェックと、エヴァの調整及び整備。

そして余った時間では、ダミーシステムの構築。

ネルフの技術部長、赤木リツコは多忙を極めていた。

 

そんな忙しい中、リツコはナオコから電話を受けていた。

「…え、今月中に?……母さん、急ぎ過ぎてない?」

リツコは話の急さに戸惑いながら、ナオコに訊ねた。

-別に急いでる気は無いわ。ただ、完成したMAGI Ⅲが早く見たいだけよ♪-

ナオコの声は楽しそうに弾んでいた。

どうやら二人の会話からすると、MAGI Ⅲのことらしい。

「あのねぇ……それを急いでるって言うの」

ナオコの言葉に、リツコは苦笑しながら話した。

リツコの言葉を聞き、ナオコは楽しそうに言葉を返す。

-相変わらず細かいこと気にするのね、リッちゃんって♪-

ナオコの言葉に、リツコはムッとした表情で口を開く。

「相変わらずは余計よ」

 

穏やかな雰囲気の中、少しの間だけ沈黙が流れる。

そんな中、ナオコが真剣な口振りで話し始める。

-…………実の所、急ぎたい理由って…もう一つあるの。-

「…もう一つの理由?」

ナオコの言葉を聞き、リツコは真剣な表情を見せて訊ねた。

-そう、理由。……リッちゃんは、あれで終わったと思う?-

リツコの言葉に答えると、ナオコは`あれ´と指摘しながら訊ねた。

「あれって………もしかして十一番目の使徒?」

短い間に思考を巡らせたリツコは、まず頭に浮かんだ`第十一使徒´のことを訊ねてみた。

-ええ、どうも納得がいかなくて……。だから早期にMAGI Ⅲでチェックしたいのよ。-

リツコの言葉を肯定すると、ナオコは自分の思惑を口にした。

あれで終わったと思えない、あれで殲滅したと思えない、そんな思いをナオコは第十一使徒に抱いていた。

「未完成なMAGI よりも、完成したMAGI Ⅲで……ということね」

ナオコの言葉を理解し、リツコは何かを考えるように話した。

リツコの言葉に、ナオコは短く答える。

-そういうこと……。-

 

そう会話した後、静かに沈黙する二人。

リツコは何かを考える様子で沈黙した。 

 

そして、考えがまとまったのか、リツコは微笑んで口を開く。

「解った。今月中に都合つけて、もう一度連絡するから」

-え、それって?……。-

リツコの言葉を聞き、ナオコが訊ねた。

ナオコの問いに、リツコは微笑みながら話し掛ける。

「完成したMAGI Ⅲ…私も見たいしね……」

リツコの言葉に、ナオコは短く答える。

-……ありがとう…リッちゃん。-

 

 

<数時間後。ネルフ実験室>

 

時間は過ぎて、夕刻。

学校を終えた子供達は、ネルフでシンクロテストを受けていた。

そして実験室では、リツコ、マヤ、ミサト、日向のメンバーが顔を揃えていた。

 

「葛城三佐、何だか疲れてませんか?」

子供達のシンクロデータを見ていたミサトに、日向が訊ねた。

日向の言葉に、ミサトは短く答える。

「チョット色々あってね」

「加持君?」

データ記録を書きながら、リツコがツッコミを入れた。

「加持ね……。…まぁ、似たようなものよ」

リツコのツッコミに腹を立てる訳でも無く、サラリと受け流すミサトであった。

そして、さり気なくリツコを見ながらミサトは思う。

(地下の秘密のことを……リツコは知ってるのかしら?

……ここは`知ってる´と見た方が正しい気がする。

友人を疑うってのも何だか、って感じだけど……。)

 

「どうしたの?私の顔に何か付いてる?」

ミサトの視線に気づき、リツコが話し掛けた。

「別に…」

リツコの言葉に動じることなく、ミサトは`さり気なく´言葉を返した。

そして会話を逸らすように、側にいたマヤに話し掛ける。

「子供達の調子は?」

「見て下さいよ、これ」

ミサトの言葉に、マヤは嬉しそうにモニターを見るように促(うなが)した。

マヤの言葉を聞き、ミサトはモニターを覗き込んだ。

「ほぇ~、凄いじゃないの」

モニターを見たミサトは感嘆の声を上げた。

マヤの指差したモニターには、シンジのシンクロパターンが映し出されていた。

シンクロ率を大幅に更新する、シンジのシンクロパターンが。

そしてモニターを見ながら、ミサトは言葉をつなぐ。

「これが自信に繋がれば、言うこと無しね」

 

「ミサトはシンジ君から聞いてない?最近、何かあったか?」

ミサト達の会話を聞き、リツコが訊ねた。

「聞いてないけど……。何で?」

リツコの言葉を聞き、ミサトは逆に訊ね返した。

「シンクロ率は深層心理に影響してるの。…表層心理じゃなくてね」

リツコは考える素振りを見せながら話した。

急激に変化したシンクロ率、第十一使徒での出来事、碇シンジという少年、そのことをリツコは考えていた。

「異常ってことなの?シンクロ率の伸びが?」

リツコの言葉を聞き、ミサトが怪訝な表情で訊ねた。

ミサトの問いに、リツコは淡々と答える。

「別に、そういうことじゃないわ。…ただ、科学者として知りたかっただけよ」

 

ミサトに答えた後、リツコは思う。

(急に伸びたシンクロ率……。急に止まったMAGI へのハッキング……。急に目覚めた少年……。

これらを全て繋げたら………。)

「!」

リツコは何かに気づいた表情を見せた。

だが、直ぐに表情を消して思考をつなぐ。

(……考えすぎね。…有り得ないわ、そんな話。)

そう思った後、リツコは自分の思考を自嘲した。

 

リツコが思考している間、ミサトはシンジに話し掛けていた。

少しでも自信をつけてあげようと。

「やったじゃない、シンジ君。初のシンクロ率トップよ♪」

モニターに映ったシンジに、ミサトは笑顔で話し掛けた。

「……そうですか、やっぱり」

だが、シンジは翳(かげ)りのある表情でミサトに答えた。

シンジの言葉を聞き、ミサトは拍子抜けした表情で訊ねる。

「やっぱり?…シンジ君、自信があったの?」

「あ、いえ、そんなんじゃありません。今日は体の調子が良かったから…」

シンジは言い訳に近いような言葉で、ミサトに返事をした。

「それを自信って言うのよ。…まぁ何にしても、おめでとう♪」

「はい…。…ありがとうございます」

ミサトの言葉に、シンジは取り繕ったような微笑を浮かべて答えた。

 

ミサトからの回線が切れた後、シンジは初号機の中で目を閉じて思う。

(やっぱり…そうなんだ。

居るんだね……母さん。ここに……居るんだね。)

 

コポッ。

そう思った後、シンジは肺に残っていた空気を、LCLに吐き出した。

目を閉じ母を感じながら、思考を溶かすように集中して……。

 

 

<女子パイロット更衣室>

 

少女達はテストを終え、着替えを始めていた。

三人は会話を交わすわけでも無く、ただ淡々と着替えていた。

 

アスカは着替えをしながら、思考をしていた。

(抜かれた……あの馬鹿シンジに。

信じられない…だけど、事実。

悔しい?…悔しい。悔しい!

でも…憎めない。………何なの、この気持ち。)

アスカは自分の思考が理解出来なかった。

 

シンジにシンクロ率を抜かれたことは、確かに悔しい。

だが、シンジを憎めないことも事実であった。

アスカの思考は、感情と愛情の間で迷っていた。

 

「アスカ、どうしたの?着替え遅いよ」

アスカの着替えがいつもより遅い為、マナが訊ねた。

マナは着替え終わっていた。

「え?あ、うん。……チョットね」

マナに気づき、アスカは気まずそうに言葉を返した。

 

「お先に……」

二人が会話をしていると、レイが素っ気無い言葉を残して更衣室から退室した。

「お疲れ様♪」

レイの後姿を見て、マナは微笑みながら返事をした。

そしてレイが去った後、沈黙する二人。

 

静かに着替えをするアスカを見ながら、マナは微笑を浮かべて話し掛ける。

「…考えてるの、シンジ君のこと?」

ビクッ。

マナの言葉に、アスカは反応してしまった。

「私知ってるよ。この前の休日に、アスカとシンジ君が会ってたの…」

マナは寂しそうに微笑みながら話した。

そして、マナは優しげな表情を浮かべて言葉をつなぐ。

「でもね…私は大丈夫。……きっと振り向かせるから」

(違う……マナ。…私の考えてる事と。)

マナの言葉に、そうアスカは思ったが口には出せなかった。

 

静かに沈黙する二人。

マナはアスカを見つめ、アスカは淡々と着替えている。

 

少し沈黙した後、着替え終わったアスカが口を開く。

「悪いけど、一人で帰って。……少し考えたいことあるから」

「……う、うん」

アスカの表情に戸惑いながらも、マナは頷いた。

そして、更衣室を出て行きながらマナ思う。

(アスカ……初めて会ったときの表情してた。

……どうして?)

 

マナが去り、更衣室に一人残ったアスカはロッカーを殴ろうとした。

「!」

ピタッ。

だが、途中で殴ることを思いとどまった。

そして、俯(うつむ)きながら呟く。

「悔しい…悔しい…。…だけど、辛いじゃない。……馬鹿シンジ」

 

 

<男子パイロット更衣室>

 

シンジは着替えていなかった。

更衣室の椅子に座り、自分の右手を見つめていた。

 

右手を見つめながら、シンジは思考する。

(僕がシンクロ率トップか……。

でも…嬉しくないや……。

アスカ達は知らない筈だし…何かズルしてるみたいで…嫌な気持ちだ……。)

そう思考した後、シンジは`ゆっくり´と着替え始めた。

 

自分の右手を見ていても、シンジは思い出していなかった。

自分の右手から侵入した使徒のことを。

 

………シンジの記憶に、そのことは存在していなかった。

 

 

 

つづく


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あとがき

コダマにはモデルがいます。
本編のマグマダイバーで日向の隣にいた女性です。(笑)

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