<アメリカ、ネバダ第二支部、司令室>
露骨に不快の表情を見せ、一人の男が口を開く。
「……何ぃ、取るに足らん出来事だと?」
僕は僕で僕
(62)
男はマユミの上官であり`日本支部のエヴァを倒せ´と言った男でもあった。
「わ、私は報告事項を伝えただけであります!」
男に報告に来ていた人物は、緊張した面持ちで声を上げた。
その人物は軍服を着ていたが、襟章から見て一般兵に近いと思われる。
「……わかっている。で、大統領の方針は?」
男は少し落ち着いた素振(そぶ)りを見せると、報告に来た男に訊ねた。
「はい!これまで通り変更の余地無しとのことです!」
そう言って報告に来た男は、上官と思われる男に畏(かしこ)まって敬礼した。
「了解した。下がって宜しい」
緊張したままの男に苦笑いをしながら、高官と思われる男は退出許可を出した。
「は、はいッ」
上官の言葉に、男は緊張したまま、その場から去った。
司令室には男が一人だけ残った。
この男は、アメリカ第二支部の司令でもあり、アメリカ海軍所属の高官でもあった。
そして、男はテーブルの中から一通の書簡を取り出した。
男は書簡を読みながら思う。
(補完計画……。悪魔の計画か、神の計画か……どちらでも構わん。………どのみち潰す!)
書簡を力強く握りつぶした後、回線を手に取り、何処(いづこ)かへ連絡を取る仕草を見せた。
回線が繋がったのか、男は喋り始める。
「……私だ。……ああ、こちらは順調だ。……うむ、予定通り明日から実験開始だ」
回線の相手が誰かは不明だが、男は妙に親しげに会話を進めた。
そして、ニヤリと笑いながら呟く。
「……S2機関…使い物にして見せるさ」
<ネバダ第二支部、パイロット待機室>
一日のトレーニングを終え、マユミは待機室で着替えていた。
プラグスーツを脱ぎ散らかしたまま、マユミはブラウスのボタンを留めようとしていた。
フラッ。
突然、マユミは立ち眩みを起こし、床にヘタリ込んだ。
「ウッ!」
ヘタリ込んだ後、その場でマユミは嘔吐した。
「オェッ!ウッ、ウゥッ!」
マユミは嗚咽するような声を発しながら、まるで胃の中の全てを吐き出すように嘔吐を繰り返した。
十四歳の少女が行っている過度なトレーニングは、体に大きな負担をかけていた。
その体の負担が、一人になった時に溢れ出てしまっていた。
一通り胃の中のものを全て吐き出すと、マユミは口元を拭った。
そしてポツリと呟く。
「……もう、嫌(いや)」
ポタリ、ポタリ。
呟いた後、マユミの瞳から涙が溢れ出した。
ネバダに来てから、一度も流したことの無い涙を……。
マユミは自分の流した涙を、そのままに思う。
(……もう、嫌!
勉強なんて嫌!チルドレンなんて嫌!エヴァなんて嫌!
嫌!嫌!嫌!)
「エヴァなんて……」
マユミは声を上げ叫ぼうとした。
だが、不意に何かを思い出し、声を上げることを止めた。
止めた後、マユミは涙を拭うと、スクッと立ち上がった。
マユミは自分の嘔吐物を片付ける為、掃除道具を取りに向かった。
歩きながら、マユミは加持から受け取った書類のことを思い出す。
「君が選ばれたのは、エヴァに乗る資格があるからだ。あそこにいる者は、全員資格者の可能性が高い」
加持の記した、書類の中の文章だった。
自分が降りると、他の者がエヴァに乗る可能性がある。
そのことだけが、今のマユミがエヴァに乗る理由だった。
プライドや自己犠牲とも違う`何か´に、マユミは支えられていた。
掃除道具を手にし、マユミは自嘲しながら呟く。
「………私って…滑稽」
<第三新東京市、中学校2-A>
「シンジ?シンジなら図書室や」
学校の昼休み、トウジは机にもたれながら誰かの問いに答えた。
その隣にいる、ケンスケもトウジに続くように口を開く。
「今日は入り浸(びた)りだよ、シンジの奴」
「シンジ君、勉強してるのかな?」
二人に訊ねた人物は、マナだった。
「「!」」
マナの言葉に、二人は驚いた表情を見せた。
そして、トウジが驚いた表情のまま話す。
「シンジの奴、受験勉強してるんか?!」
「抜けがけか……。やるか?トウジ」
トウジの言葉に、ケンスケは不敵な笑みを見せながら言った。
無論、ケンスケはシンジの勉強を邪魔する気であった。
「いや、やらん」
ケンスケの言葉を、トウジはサクッと拒否した。
「何でだよ?いつもなら乗ってくるじゃないか?」
トウジの言葉に違和感を感じ、ケンスケが怪訝の表情で訊ねた。
「シンジは病み上がりやからな、また今度や」
そう言って、トウジは優しそうな表情で笑った。
パンッ。
「偉い!鈴原君、見直した!」
トウジの背中を景気良く叩きながら、マナが声を上げた。
「な、なんや急に?」
突然のマナの行動に、トウジは驚いた表情を見せた。
「男の中の男ってこと♪」
そう言って楽しそうに微笑みながら、マナはその場から去った。
「男の中の男か、ええこと言うやないか」
マナの去った後、トウジは自慢気に頷いた。
「見直す前が、よっぽど酷かったんだろうな」
トウジの言葉を聞き、窓の外を見ながらケンスケがサクッと呟いた。
パキッ、ポキッ。
ケンスケの背後で、指を鳴らす音が聞こえた。
「三途の川を見たいんやなぁ……」
怒りに燃えるトウジであった。
<図書室>
シンジは飢えていた。
食欲的なものでは無く、知的な欲求に飢えていた。
今まで経験したことの無い欲求に、最初は戸惑ったが、結局は頭よりも体が動いた。
窓際で二つの椅子を使い足を伸ばす感じで、シンジは本を読んでいた。
普段、図書室など利用する人は非常に少ない為、誰の妨げも無く、静かに読書をするシンジであった。
(山岸マユミ……彼女の名前がある。)
シンジは読書をしながら、あることを見つけていた。
シンジが手にとった本の読者カードに、`山岸マユミ´の名があることを。
気づいたのは、二時間目の休み時間だった。
不意に、貸出し者名簿を見たとき、シンジは気がついた。
異常、と言っていいほど、彼女の名前が羅列していることに。
そして、自分の読んでいる本も、マユミが読んでいることに。
(まぁ、いいや。……今は続きを。)
マユミの名に気にした様子を見せず、シンジは読書を開始した。
実際、山岸マユミは読書が趣味ということもあり、このことは偶然と思われる。
シンジは年相応ではない本を読み始めた。
十四歳には不釣合いな感じがする分野の本を。
『死に至る病』という本を。
シンジが読み始めて、数分が過ぎた。
「シンジ?」
そこへ誰かが声をかけた。
「誰?!」
シンジは驚き、声の方に振り向いた。
ビクッ。
シンジの表情に、アスカは思わず体を硬直させた。
今までに見たことの無い、シンジの表情を見たからだった。
他者を排除するような、威圧するような、それでいて寂しげな表情を。
「なんだ、アスカか」
アスカを瞳に入れると、シンジは優しく微笑んだ。
(一瞬…シンジの表情、怖かった。……でも、気のせいみたい。)
アスカはシンジの微笑を見ながら、先程見た表情は自分の勘違いと決めた。
そう思った後、アスカはシンジに訊ねる。
「さっきから何の本読んでるのよ?」
「さっきって…いつから図書室来てたの?」
アスカの問いを聞き、逆にシンジが訊ね返した。
「ウッ……べ、別にいいじゃない。…そんなこと」
シンジの問いに、アスカは言葉を詰まらせ、顔を少し赤くながら返事をした。
実は、アスカは昼休みが始まって直ぐ、シンジの後について図書室来ていた。
だが、そんなことはアスカの口からは言えなかった。
「そうだね、別にいいよ」
アスカの返事に困った様子に、シンジは微笑んで言った。
シンジの言葉を聞き、アスカはホッとした表情を見せた。
そして、口を開く。
「で、何て本読んでるの?」
「『死に至る病』……暗いタイトルだよね」
シンジは本の背表紙を見ながら話した。
「ふ~ん、生と魂の哲学ね。私も少しだけ勉強したことあるわ」
シンジの読んでいる本のことを知っていたのか、アスカは感心した表情を見せ話した。
そして、言葉をつなぐ。
「難解すぎてチョットしか覚えてないけど…」
そう言って、アスカは本の中の一文を話し始めた。
「人間とは精神である。精神とは何であるか?精神とは自己である。
自己とは何であるか?自己とは自己自身に関係するところの関係である」
冒頭部分の一文を読み終えると、アスカは一息ついて口を開く。
「十二のときに読まされたけど、理解出来なかったのが本音ね」
「僕にも理解できないよ」
アスカの言葉を聞き、シンジは微笑みながら言った。
「え?じゃあ、何で読んでるの?」
シンジの言葉に不可解さを感じ、アスカが訊ねた。
「!」
アスカの言葉を聞き、シンジは驚いた表情を見せた。
そして思う。
(……何で読んでいるんだろう?
僕には理解できないのに………。でも、読んでいるときは理解出来た気がしていた……。
何故…僕は、この本を選んで…この本を読んだんだろう?)
「ま、いいんじゃない。たまには難しい本を読むのも」
シンジの考える様子に、アスカは微笑みながら話した。
「……うん」
だが、シンジは表情を曇らせたままアスカに答えた。
シンジは自分の行動が理解出来なかった。
自分が読む必要に思わない本を、意思に反して読んでいた行動に。
シンジは深い自己疑念を感じていた。
ガラッ。
そこへ、図書室の扉が開いた。
そして元気の良い少女の声が図書室に響く。
「シンジ君、ネルフに行こう♪」
「マ、マナ」
突然のマナの登場に、アスカは驚いた表情で声を上げた。
だが、シンジは落ち着いた様子でマナを迎えた。
そして、シンジはマナに訊ねる。
「ネルフに?……綾波だけじゃなかったの?」
「テストだって。相互なんとかって言ってた」
どうやら、マナの会話からすると、相互互換試験のことらしい。
「わかった、直ぐに行くよ」
シンジはマナに微笑んで答えた。
「うん、わかった」
シンジの言葉を聞き、マナは図書室から出て行こうとした。
だが途中で足を止め、アスカを見ながら口を開く。
「もしかして邪魔だった?」
「別にぃ」
邪魔だったと言わんばかりの表情で、アスカは答えた。
アスカの表情を見て、マナは微笑みながら図書室から去った。
「アスカ、先に教室戻っていいよ。この本貸りてから行くから」
シンジは読みかけの本を手に、アスカに話し掛けた。
「別にいいわよ。待ってても」
「そう……。それなら、待ってて」
アスカの返事を聞き、シンジは貸出し者名簿に記入しはじめた。
シンジの後姿を見て、アスカは微笑みながら思う。
(……待ってるわよ。
シンジが気づくまで……。)
つづく
あとがき
簡単に書くつもりが、難しくなってしまいました。……悪循環ですね。
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