シンジは目を覚まさなかった。

誰が起こそうとしても、ありとあらゆる手段を用いても。

病院施設に収容されたシンジは、未(いま)だに深い眠りの中にいた。

 

 

 

僕は僕で僕

(60)

 

 

 


 

(ネルフ、病院施設)

 

シンジの容態を確認する為、ナオコとマヤはネルフの病院施設に来ていた。

少女達は無事に医療チェックを済ませたが、シンジが目を覚まさなかった為であった。

 

「それで、シンジ君の検査結果は?」

ナオコはマヤに話し掛けながら、シンジの病室へと向かっていた。

「身体、精神、共に異常無し。全て正常。……それが、結果です」

マヤは沈痛な面持ちで、カルテのようなものを見ながら、ナオコの問いに答えた。

「それ、見せてもらえるかしら?」

ナオコは歩調を緩めることなく、マヤの手からカルテを受け取った。

そして、カルテを読み進めながら思考する。

 

(……細胞の異常も無し。……遺伝子の配列にも異常無し。…身体的欠損も無し。

……精神的なダメージの傾向無し。……脳波も正常。…………原因らしい原因が皆無ね。)

シンジのカルテを読み、ナオコはそう判断せざる得なかった。

 

先程までは、子供達の無事を心から喜んだ二人であった。

だが、シンジの容態を知らされた二人は、深刻と困惑に苛(さいな)まされる二人になっていた。

 

「どうですか?」

マヤが不安げな表情で、ナオコに訊ねた。

「……心身共に正常。…それしか言葉が出ないわね」

ナオコにはそう答えるしかなかった。実際、それが事実なのだから。

そして言葉をつなぐ。

「とりあえず、シンジ君の病室に向かいましょう。…今の所それしか出来ないわ」

「…はい」

沈痛な表情で、ナオコの言葉に答えるマヤであった。

 

 

<ネルフ作戦司令部>

 

使徒のハッキングが忽然と止まった後も、ネルフの慌しさは止んではいなかった。

リツコの指揮のもと、ジオフロント及びMAGI の総チェックが行われていたからだった。

 

使徒のハッキングが途中で止まったことは、使徒の存在する可能性がある。

コダマからの状況説明と、マヤからの現状報告の後、リツコが判断したのであった。

 

「細胞の消失を確認。メルキオール、異常無しです」

中央モニターを見つめているリツコに、青葉が報告した。

「そう…。日向君、そっちは?」

青葉の報告を聞くと、リツコは日向へと話し掛けた。

「第87タンパク壁、使徒の痕跡…皆無です」

ジオフロントのチェックを行っていた日向が、最初の侵食場所に使徒の痕跡が無いことを告げた。

「了解。……総チェック、続けて頂戴」

日向に答えた後、リツコは側にいるコダマに話し掛ける。

「シンジ君の容態は?」

コダマは首を横に振り、シンジの容態に何も変化が無いことを知らせた。

 

コダマを見た後、リツコは寂しそうに呟く。

「………眠り姫ね。……まるで」

 

 

<シンジの病室>

 

「二時間……」 

病室の時計を見ながら、病室の椅子に腰掛けたミサトが呟いた。

ミサトがシンジを保護して、二時間が経過しようとしていた。

シンジが保護されてからの時間は、僅か二時間であった。

だが、ネルフの医療スタッフがシンジの容態を確認するまでは、長過ぎた二時間であった。

 

シンジは病室のベッドで眠っていた。

使徒に侵入された右手に傷跡は残っておらず、傍目(はため)には、ただ眠っているだけに見えた。

そして、シンジの周囲には、医療チェックを済ませ私服に着替えた少女達が、不安げに見守っていた。

 

「貴方達、先に帰ってなさい。後は、私が看(み)てるから」

シンジの容態を知って、帰宅しようとしない少女達に、ミサトが真剣な表情で話し掛けた。

……………。

だが、少女達はミサトの言葉に答えず、シンジを見守っていた。

アスカとマナは壁にもたれながら、レイはミサトの隣に腰掛け、シンジを見守っていた。

少女達は悲しみと不安に満ちた表情をしていた。

「……好きになさい」

少女達の表情を見た後、ミサトは寂しそうに呟いた。

 

重苦しい雰囲気と、悲しみ漂う静けさが病室を支配していた。

 

「……私…シンジ君に話し掛けたんです」

病室の壁にもたれていたマナが、悲しみを堪え静かに口を開いた。

そして言葉をつなぐ。

「その時には……シンジ君…」

マナは自分が話し掛けたときには、シンジが答えなかったことを言いたかった。

だが、悲しみに耐え切れず、マナは言葉に詰まってしまった。

「マナ……」

マナを隣で見つめながら、アスカが呟いた。

「霧島さん、シンジ君は大丈夫よ。……ただ、眠っているだけだから。…ほら、見て御覧なさい」

マナを優しく見つめながら、ミサトはシンジを見るように促(うなが)した。

 

シンジは安らかに寝息を立て、静かに眠っている。

周囲の悲しい雰囲気とは無縁のような……安らかな寝顔で。

 

「でも、意識が戻らなきゃ意味無いじゃない!」

ミサトの言動に、アスカは声を上げた。

アスカの言葉に、ミサトは沈痛な面持ちで沈黙した。

そして、ミサトは悲しみ堪えるように呟く。

「………ごめんなさい。…私の責任でもあるのよね」

チルドレンの保護を後回しにしたことを、ミサトは自分の責任と感じていた。

そして、シンジに対する楽観的な見解を謝罪した。

 

そんな重苦しい雰囲気の中、レイが口を開く。

「……碇君は眠っている。…死んで無い。……生きているから…眠っている」

シンジの寝顔を見ながら、レイが静かに、そして愛しそうに呟いた。

 

「綾波さん……」

レイの言葉に、マナは静かに呟いた。

「そうね……。生きてるのよね…」

レイの言葉を聞き、少し落ち着いたのか、アスカは`生きてる´という言葉を噛み締めるように呟いた。

 

そんな中、ミサトは思う。

(レイ……ありがとう。)

 

レイの言葉に、少しだけ心を救われたミサトだった。

 

 

<ネルフ、司令室>

 

「シナリオの修正が必要だな……」

司令席に腰掛けるゲンドウに、冬月が話し掛けた。

「予定より若干早かっただけだ。…老人を刺激することもあるまい」

冬月の言葉に、ゲンドウが両手を目の下で組みながら話した。

 

「……」

ゲンドウの言葉を聞き、冬月は沈黙で答えた。

しばしの間、沈黙する二人。

 

そして、冬月が口を開く。

「第十一使徒はシナリオ通り、か……」

冬月の言葉に、ゲンドウは短く答える。

「ああ、それでいい……」

 

 

<シンジの病室>

 

ガチャリ。

シンジの病室のドアが開いた。

 

「赤木博士」

ミサトは椅子から立ち上がり、入室してきた人物に向き直った。

入室してきた人物は、ナオコとマヤであった。

 

「シンジ君の容態、どう?」

ナオコはシンジの病室に入るなり、ミサトに訊ねた。

「依然、眠っています。……やはり原因は」

ミサトが何かを言いかけると、ナオコが目で合図を送り、言葉を途中で切らせた。

そして、ナオコがミサトの耳元で囁(ささや)く。

「葛城さん、子供達の前よ…」

「!」

ナオコの言葉を聞き、ミサトは自分の行動が軽率だったことに気がついた。

 

「シンジ君、起きて……」

ナオコとミサトの会話をよそに、マヤはシンジの頬を優しく触りながら呟いた。

(もっと注意深く、自分が見ていれば……。)

そんな、後悔と懺悔の気持ちにとらわれての行動だった。

シンジの頬を触りながら、マヤは言葉をつなぐ。

「…約束したじゃない。……平和になったら必ずって」

ポタリ、ポタリと、マヤはシンジの顔に涙を落としながら言った。

 

だが、マヤの言葉にも涙にも反応せず、シンジは眠っている。

そんなシンジを見て、マヤの中で`何か´がはじけた。

 

マヤは涙混じりに声を上げる。

「起きて!シンジ君!約束を守らなくてもいいから!平和にならなくってもいいから!」

自分のミスでシンジを危険に晒(さら)してしまった事は、マヤにとって何よりも耐えがたい苦痛であった。

 

マヤを真剣な表情で見ながら、ミサトは思う。

(感情を素直に出せるって……いいわね。)

ミサトは正直泣き出したかった。だが、泣き出せなかった。

自分が立場ある人間と理解し、後悔と懺悔は何の役にも立たないことを知っていたからだった。

 

ミサトがそう思っていると、ナオコに話し掛けられた。

「葛城さん、伊吹さんをお願い」

「あ、はい」

ナオコの声に気づくと、ミサトはマヤの肩を抱きながら病室の外へと連れ出した。

「さてと……」

ミサトとマヤが退室すると、ナオコが少女達を見ながら呟いた。

 

マナとアスカは、マヤの行動に驚いていたが、ナオコの呟きに気づき我に返った。

そして、ナオコに声を上げる。

「シンジ君、どうなるんですか?!」

「このまま寝たきりってこと無いでしょうね?!」

マナとアスカが感情を露(あら)わにして、ナオコに訊ねた。

「ちょ、ちょっと待ちなさい。説明するから」

マナとアスカの剣幕に、ナオコは少々慌て気味に言葉を返した。

 

少女達を落ち着かせると、ナオコは説明をはじめた。

ナオコは口を開く。

「シンジ君は眠っています」

「解ってるわよ、そんなこと」

ナオコの言葉に、アスカはムッとした表情で言葉を返した。

「普通の眠りと違うのよ。意識が起きているまま、眠っているの」

アスカの言葉を聞き、ナオコは説明の内容を深くした。

「それって、どういうことですか?」

ナオコの言葉を理解出来ず、マナが訊ねた。

マナの疑問の言葉に、ナオコは真剣な表情で説明を続ける。

「普通の眠りではα波が左脳から出るの。でもシンジ君の場合は右脳からしか観測できないわ」

説明の中、アスカとマナはナオコの話に耳を傾けていたが、レイだけはシンジを見守っていた。

だが、その様子にも構うことなく、ナオコは言葉をつなぐ。 

「覚醒時には右脳からしかα波は出ない。シンジ君は起きてるのよ……間違い無くね」

 

「じゃあ、どうして起きないんですか?」

マナは不安げな表情でナオコに訊ねた。

ナオコはマナの言葉に一言で答える。

「解らない…これが正直な私の感想」

 

「役立たず!」

バタンッ!

アスカはそう言って、病室から駆け去った。

「あ、アスカ!」

アスカの行動に、マナが声を上げた。

「……赤木博士…アスカ、悪気があって」

そして、申し訳無さそうな表情で、マナはナオコに話し掛ける。

「いいのよ。……実際、役立たずだから」

ナオコは寂しそうな表情で、マナの言葉を遮った。

そして、言葉をつなぐ。

「アスカさんを追って上げなさい。…霧島さん、友達でしょ?」

「…はい、失礼します」

マナはナオコに一礼して、その場から去った。

 

「ふぅ……」

ナオコは寂しそうに`ため息´をつくと、ミサトの座っていた椅子に腰掛けた。

そして、隣に座っているレイの様子に気がついた。

レイはシンジの手を握り、ただ見つめていた。

「綾波さん……だったわね?」

シンジの手を握るレイに、ナオコが話し掛けた。

「…はい」

ナオコの言葉に、レイは顔を向けず声だけで答えた。

「シンジ君のこと、心配?」

優しげな表情で、ナオコがレイに訊ねた。

 

「………はい」

少しの間を置いた後、レイは短く答えた。

 

レイの言葉に、ナオコは微笑みながら呟く。

「…そう。……貴方らしいわ」

 

 

<数時間後、シンジの病室>

 

病院は消灯し、シンジの病室は真っ暗になっていた。

大勢いた付き添いは、シンジのベットにもたれるように、ミサトが眠っているだけだった。

少女達は帰宅させられたようだった。

 

そんな中、シンジの瞼(まぶた)がゆっくりと開いた。

そして、シンジは呟く。

 

「………僕は…僕」

 

 

 

つづく


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あとがき

ネルフの病院施設でのシンジの診察結果に、違和感を感じると思います。
どうして、そういう結果になったか?話が進めば書く場所が出来ると思いますので、その時にでも。

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