不安の中に恐怖がある。恐怖の中に不安がある。
どちらの言葉が正しいのかは、知る由も無い。
ただ、現時点での碇 シンジは不安と恐怖の中にいる。………ただ、それだけ。
僕は僕で僕
(59)
<ネルフ、カスパー内部>
リツコは小型の電気切断機を持ち、カスパー内部での作業を開始していた。
リツコの側には、ナオコ達では無く、ミサトがコーヒー片手に体育座りで座っていた。
ジ、ジィィィィー。
切断機の電源を入れ、リツコは大胆にカスパーを保護する鋼鉄部分を切断し始めた。
「こうやってると、大学の頃を思い出すわね……」
ミサトが感慨深げに、リツコに話し掛けた。
「誰かさんは邪魔ばっかりしてたけどね」
リツコは表情を変えずに、ミサトに答えた。
「酷(ひど)いわね、誰も邪魔しようと思って邪魔するわけじゃ…ブツブツ」
リツコの言葉を聞き、ミサトは愚痴っぽく語りだした。
ミサトの愚痴を遮るように、リツコが口を開く。
「わかってるわ、充分過ぎるほど。だから、こうして今も一緒にいるんでしょ?」
切断を進めながら、リツコは微笑んでいた。
「そうね…」
リツコの言葉と表情を見て、ミサトは嬉しそうに、それでいて静かに微笑んだ。
そして、静かに言葉をつなぐ。
「ねぇ…少しは教えてくれない?……MAGI のこと」
「長い話よ。……そのわりに面白く無い話」
カスパーの鋼鉄部を切断し終えると、リツコは切断した鋼鉄部を外(はず)しながら答えた。
剥き出しになったカスパーは、まるで脳のような形をしていた。
そして、剥き出しになったカスパーを見つめながら、リツコが言葉をつなぐ。
「人格移植OSって知ってる?」
「ええ、…第七世代の有機コンピューターに、個人の人格を移植して思考させるシステムね」
ミサトの言葉は意外に理知的であった。
「母さんが開発した技術なの」
リツコは端末のようなものを、剥き出しになったカスパーに差し込みながら言った。
「それじゃあ、母親……赤木(ナオコ)博士の人格を?」
ミサトは素直に驚いた表情を見せ、リツコに訊ねた。
「そうよ」
リツコは淡々とした表情で端末を繋ぎながら、ミサトの言葉に答えた。
そして、優しく微笑みながら言葉をつなぐ。
「母さんは紛れも無く天才よ。……私が足元にも及ばないぐらい」
<ネルフ、カスパーの外>
「裏技大全集?そうね、その例え正解だわ」
マヤ達の言葉を聞き、ナオコは楽しそうに笑っていた。
リツコがカスパー内部でミサトと会話をしている間、ナオコはマヤ達と入力作業をしていた。
「これなら意外と楽に片付きそうですね」
マヤが入力作業を進めながら、ナオコに話し掛けた。
「ええ、片付いてくれればいいんだけど……」
マヤに答えながら、ナオコは翳(かげ)りのある表情を見せた。
「何か心配事でもあるんですか?」
ナオコの表情を見て、コダマが訊ねた。
コダマの言葉を聞き、ナオコは少し沈黙すると、作業を続けながら口を開く。
「……細胞は生きる為に存在するわよね?分裂・増殖を繰り返して」
そして、ナオコは言葉をつなぐ。
「しかも使徒の細胞は進化する。……この意味わかる?」
ナオコの言葉の意図が解らず、二人は首を捻(ひね)るだけだった。
二人の様子をみて、ナオコは教師のような口振りで話す。
「…生き残る知恵を学んでいるとしたら?……答え、出るでしょ?」
「「!」」
ナオコの言葉に、二人は驚いた表情を見せた。
そして、マヤが口を開く。
「それって、今のMAGI の状態が偽りってことですか?」
「違うわ、この状態は紛れも無く本物よ。ただ……」
マヤの言葉に、ナオコは落ち着いて返事を返した。
「ただ、なんですか?」
ナオコの言葉に、コダマが訊ねた。
「ただ、私なら細胞全体で攻撃は仕掛け無い。細胞を分けて攻撃箇所の分散を謀る、と思ったの」
自分の発言が推測の枠内であることを、ナオコは二人に理解させた。
「可能性の追求ですね」
ナオコの言葉を聞き安心したのか、コダマは微笑んで相槌(あいづち)を打った。
コダマの言葉に、ナオコは微笑んで口を開く。
「ええ、でも今回は余計な心配ね。狙われたのはMAGI だけみたいだし」
だが、マヤは安心した表情は見せなかった。
ナオコの言葉を聞き、マヤは`何か´が気になっていた。
(……細胞を分ける。……狙う。……MAGI だけを?)
そこへ、アナウンスが流れてきた。
-人工知能により、自律自爆が決議されました。-
使徒の侵食が再び活発化したことを告げるアナウンスだった。
「始まったの?」
アナウンスを聞き、ミサトがカスパー内部から顔を見せた。
どうやら、ナオコ達の会話は聞こえていなかったようである。
「!」
ミサトが顔を出したのと同時に、マヤは`何か´に気がついた。
そして、焦り混じりの表情で口を開く。
「シンジ君達が危険です!最初に狙われたのはMAGI じゃなく、模擬体なんです!」
「シンジ君達が危険って、何?!」
マヤの言葉を理解出来ず、ミサトが声を上げた。
「子供達の保護は完了してるんでしょ?」
冷静にマヤに対処するナオコは知らなかった。
子供達が未(いま)だ保護されていないことを……。
「いえ、まだ回収作業に入っていない筈です!」
マヤは焦りを隠さず、ナオコの問いに答えた。
「なんてこと……」
マヤの言葉に、ナオコは驚愕した表情で呟いた。
そして、ミサトを見て物凄い剣幕で声を上げる。
「葛城さん!子供達を大至急保護しなさい!説明は後で行います!」
「は、はい!」
ナオコの剣幕に圧倒されるようにして、ミサトはその場から保護に向かった。
そんな中、コダマは自分の役割を理解していた。
自分の出来ることは、入力作業だけだと……。
子供達の状況を知りつつも、必死に入力作業をするコダマであった。
カタカタ。
コダマがキーボードで入力作業をする音が、ナオコの耳に聞こえてきた。
そして、必死に入力するコダマを見て、ナオコは今やるべき事に気づき、入力作業を再開しようとした。
だが、不意にマヤが目に入った。
自分の知った出来事がショックの為、マヤは呆けた感じになっていた。
「伊吹さん!今はMAGI に集中しなさい!」
そんなマヤをナオコは叱咤した。
「は、はい!」
ナオコの言葉に、マヤはハッとした顔を見せた。
そして、マヤは入力作業を再開させながら思う。
(私の……ミスだ。)
マヤは自分の注意力の無さを悔いた。
無論、マヤだけの所為ではない。
`ネルフ内への使徒襲撃´という異常事態が招いた、ネルフ全体のミスであった。
<ジオフロント内、地底湖>
(クッ!……………。)
MAGI への侵食が再開したのと同時に、シンジは痛みを感じ始めた。
シンジの体に侵食した使徒は、活動を再開した。
使徒はシンジの小脳から、目標を大脳へと移そうとしていた。
(……体の感覚が…。)
使徒はシンジの大脳の一部分である`体性知覚野´を占有し、皮膚感覚と深部知覚を奪った。
(……痛みまで…。)
使徒は`大脳辺縁系´と呼ばれる部分を占有し、シンジの感覚を尋常ならざる速度で奪っていく。
失われていく感覚と意識の中で、シンジは思う。
(………僕が…消える!)
そう思った後、シンジの意識は途絶えた。
<ネルフ作戦司令部>
作戦司令部では使徒の侵食が再開し、喧騒とも呼べる慌しさを取り戻していた。
中央モニターには、MAGI の様子が映し出されている。
そんな中で、日向が声を上げた。
「バルタザール!完全に乗っ取られました!」
バルタザールは完全に使徒に占有され、モニターには真っ赤に染まったバルタザールの様子が映った。
「今度はカスパーに侵入!」
青葉が鬼気迫る表情で声を上げた。
予測された事態とはいえ、時間的余裕が無いのも確かな為、致し方の無いことだった。
カスパーへの侵入速度に、青葉が声を上げる。
「クソッ、速すぎるッ!」
「早いな…」
ゲンドウの隣で作業の様子を見守りながら、冬月が呟いた。
別に慌てる様子も無く、ゲンドウは冷静にその状況を見つめている。
そして冬月の呟きを聞き、短く答える。
「……ああ、予定外だ」
そう答えた後、ゲンドウはニヤリと笑った。
<ネルフ、カスパー内部>
-自爆装置は三者一致後の02秒後に行われます。
自爆範囲はジオイド深度マイナス280、マイナス140、ゼロフロアーです。
特例582発動下の為、人工知能以外のキャンセルは出来ません。-
慌しい雰囲気とは逆に、無機質なアナウンスが響いた。
(02秒………ギリギリね。)
アナウンスを聞きながら、リツコは不敵な微笑を見せた。
カタカタ。
リツコは尋常ではない速度でキーボードを叩いている。
「リッちゃん、こちらは終わったわ。後は同時に押すだけ」
カスパーの入り口から、ナオコが顔を覗かせて言った。
ナオコは、いつに無く真剣な表情をしていた。
「こっちは、ギリギリって所ね」
ナオコの方を向かず、リツコは声だけで答えた。
「マイナスじゃないんでしょ?」
リツコの言葉に、ナオコが訊ねた。
「ええ」
作業を進めながら、短く答えるリツコだった。
そこへ、突然アナウンスが響く。
-人工知能により、自律自爆が解除されました。-
「「!」」
突然のアナウンスに、リツコとナオコは驚いた表情を見せた。
そして、リツコが口を開く。
「何?母さん、何かしたの?!」
ナオコは首を横に振り、自分が何も関与していないことを告げた。
そして、何か考える素振りを見せ、ナオコは口を開く。
「もしかすると………。……私、子供達の所に行って来るわ」
そう言って、ナオコはカスパー内部から去った。
「洞木さんはリツコに説明を。伊吹さんは私と一緒に来て」
外で会話するナオコの声が、リツコのもとにも聞こえてきた。
-なお、特例582も解除されました。MAGI システム、通常モードに戻ります。-
MAGI へのハッキングが解除されたことを、アナウンスが告げた。
(何なの一体?)
ナオコの行動とMAGI の様子が、リツコには到底理解出来なかった。
「あの…説明を頼まれましたので……」
カスパー内部を覗き込むようにして、コダマがリツコに話し掛けた。
「ちょっと待ってくれる?一息つきたいわ」
そう言って、リツコはミサトが置き忘れたコーヒーを手に取った。
そして、一口飲んで呟く。
「……冷めてるわ、これ」
<ネルフ内、廊下>
地底湖へと続く廊下を、ナオコとマヤは歩いていた。
ナオコは真剣な面持ちで、マヤは緊張した面持ちで歩いていた。
「赤木博士……。シンジ君達、大丈夫でしょうか?」
マヤが緊張した表情で、ナオコに訊ねた。
「解らない。……でも、大丈夫であって欲しいわ」
ナオコは真剣な表情で、マヤに答えた。
そうマヤに答えつつも、ナオコは思う。
(使徒のMAGIへのハッキングが止まったということは……もう一つが成功したということ。
………最悪な状況。
いえ、諦めてはいけない。万に一つでも可能性がある限り……。)
そこへマヤの携帯が鳴った。
「はい、伊吹です」
「葛城三佐…。……はい…はい。………本当ですか!」
マヤは歩きながら携帯を取り会話を進めると、突然笑顔になった。
そして携帯を切ると、マヤは声を上げる。
「赤木博士!シンジ君達は全員無事保護されたそうです!」
「全員無事……。…良かったわ」
ナオコは心の底からの微笑を見せた。
そして言葉をつなぐ。
「みんな意識があるのね?」
「いえ、シンジ君だけは眠っているそうです」
マヤは微笑んでナオコに話した。
「眠ってるの?呑気なものね」
マヤの言葉に、ナオコは少しだけ笑った。
マヤに言葉を返すと、ナオコは少しの間だけ思考する。
(……だとすると、使徒の意図が掴めなくなったわね。
なぜ、途中でハッキングを止めたのか……。)
「赤木博士?」
ナオコの思考する様子を見て、マヤが話し掛けた。
「あ、ごめんなさい。それで、子供達は何処に?」
ナオコは思考を中断させ、マヤに答えた。
「ネルフの医療施設だと言っていました」
ミサトから聞いた情報を、マヤはナオコに話した。
「そう。…とりあえずは、それでいいわ」
マヤの言葉を聞き、ナオコは微笑みながら答えた。
そして、ナオコは思う。
(とりあえずは…無事を喜びましょう。
とりあえず……無事を………。)
つづく
あとがき
細胞の話を、脳で展開しました。大変解り難かったと思います。m(_
_)m
本来なら、第十一使徒編から第二部になる筈でした。
でも、部構成にしませんでした。根本的なタイトルは変わりませんので。
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