(……痛みが…止んだ。)

プラグ内のシンジは、右手を襲っていた痛みが引いたことに気が付いた。

シンジ達の乗ったエントリープラグは、ジオフロント内の地底湖に排出されていた。

 

 

 

僕は僕で僕

(58)

 

 

 


 

(あれ?……動かない。………動かない!)

体を動かそうとしたが、シンジの体は思い通りに動かなくなっていた。

「!………」

誰かを呼ぼうと口を動かそうとしても、やはり動かなかった。

 

(……怖い、怖い、怖い!)

シンジの心の中に不安と恐怖がよぎった。

 

思考するシンジの後頭部では、赤い光が妖しく輝いていた。

シンジの右手に接触した赤い球体は、ネルフに侵食した`細菌サイズの使徒´そのものであった。

即(すなわ)ち、シンジは使徒に体を侵食されていたのだった。

 

今や、シンジの全身の運動機能をつかさどっている小脳は、赤い球体の占有物となっていた。

赤い球体(使徒)はシンジの右手から侵入し、血管を通り抜け、小脳への侵入を果たしていたのだった。

無論、シンジは激痛に襲われ、そんなことは知る由も無かった。

 

-シンジ君、いる?-

シンジの心が恐怖と不安に支配されようとしていると、マナの声が聞こえてきた。

子供達は裸の為、モニターの映像は切ってあった。

(マナッ!助けてッ!)

シンジは心の底から声を上げた。

だが、シンジの口は動く気配を見せなかった。

 

-寝ちゃったの?………ガッカリ。-

プツ。

そう言って、マナからの通信が切れた。

(マナ、マナ、マナッ!!)

シンジの心は悲鳴に近い声を上げていたのだが、誰にも……誰にも聞こえなかった。

 

それから、少しの時間が経過した。

 

(僕は……どうなってしまったんだろう。)

シンジは自分の状態に恐怖し不安にかられ、一粒の涙をLCLに溶かした。

シンジは自分が流した涙を感じながら思う。

 

(僕の…涙……。)

 

 

<ネルフ、緊急対策会議室>

 

「細菌サイズの使徒。……それしか考えられません」

リツコは真剣な表情で、自分の推測を話した。

「しかも進化を繰り返し、非常に高度な環境適応力を持つ使徒か…」

リツコの言葉を補足するように、冬月が口を開いた。

「分裂・増殖を繰り返して…ですね」

会議室のテーブルに広げられた使徒の資料を見ながら、マヤが呟いた。

 

ネルフ本部への`初の使徒襲撃´は、緊張と切迫した状況を生み出していた。

その状況に、重苦しい雰囲気で沈黙する司令部の面々であった。

「葛城三佐、君の意見はどうかね?」

そんな中、冬月は作戦部長の意見を欲し、ミサトに話し掛けた。

 

「MAGI の破壊後、ジオフロントからの即時撤退がベストかと思われます」

ミサトは冷静に状況判断し、自分なりの結論を見出していた。

「ネルフの技術主任として、作戦部長の意見を拒否します」

ミサトの言葉を聞き、リツコは冷静に自分の意見を口にした。

「変な意地張っても、この状況は変えられないのよ!」

リツコの言葉を聞き、ミサトは癪(しゃく)に障(さわ)ったのか声を上げた。

「変えられるわ。変えようとする努力を怠らなければ」

リツコは珍しく精神論を持ち出して、ミサトの言葉に答えた。

「……リツコ」

リツコの言葉に、ミサトは呟くだけだった。

 

そして、ミサトは思う。

(変える努力ね……。嫌いじゃないわ、その言葉。)

 

 

「遅れました!」

そこへ、二人の人物が入室してきた。

「!、君は…」

冬月が驚きの表情で、入室してきた人物を見た。

そして、冬月の言葉を遮るように、リツコが声を上げた。

「母さん!」

 

「お待たせ。それとも、待って無かったのかしら?」

リツコの顔を見ながら、ナオコは微笑を見せた。

微笑を浮かべるナオコの傍(かたわ)らには、コダマが控えていた。

 

「母さん、松代に居たんじゃなかったの?」

リツコが微笑みながら、ナオコに訊ねた。

「碇司令から連絡があったのよ」

リツコの問いに、ナオコは短く答えた。

「司令が?」

ナオコの言葉を聞き、リツコはゲンドウを見た。

 

リツコの視線を感じながら、ゲンドウは一言だけ話す。

「私は`よろしく頼む´と言っただけだ…」

 

「使徒の襲撃を知らせておいて、`よろしく頼む´って言われたら…ねぇ?」

ナオコは微笑みながら、リツコを優しく見つめた。

「………母さん」

リツコは少なからずナオコの来訪が嬉しかった。

少なくとも母と共に使徒と戦える、ということに対して。

 

「…副司令、私の案は却下します」

赤木親子を微笑んで見つめていたミサトは、冬月に向き直り真剣な表情で言った。

「ミサト?!」

ミサトの言葉に驚き、リツコは思わず声を上げた。

「現状を打破するには、私では役不足のようですし」

そう言って、ミサトは赤木親子を見つめ微笑んだ。

「そのようだな」

ミサトの言葉に、冬月も微笑を見せた。

そして、冬月は言葉をつなぐ。

「ナオコ君、聞いての通りだ。君達に何か対策があるかね?」

 

「…その前に、使徒の現状はどうなってます?」

冬月の言葉を受け流すと、ナオコは使徒の現状を訊ねた。

 

数分後。

ナオコは、ネルフの置かれている危機的状況を把握した。

そして呟く。

「僅か二十分足らずで…ここまで」

「進化してると見て間違いないでしょ?」

考える仕草を見せるナオコに、リツコが訊ねた。

「そうね、進化してるわ。……分裂・増殖を繰り返して」

そう答えながらも、ナオコは頭の中に`何か´が引っかかっていた。

ナオコの考える素振りに、リツコは多少の違和感を感じた。

だが、そのことは後回しにし、使徒に対する策をリツコは話し始めた。

「使徒に対する策としては、ここは進化の促進が最善と思われます」

 

「進化の終着地点は…自滅。……`死´そのものだ」

リツコの意見を聞き、ゲンドウが口を開いた。

 

「私も娘の意見に賛成です。…現状では他に方法も見当りませんし」

ゲンドウが呟いた後、ナオコが賛成の意思を示した。

「カスパーを通しての逆ハック。ハック後、進化促進プログラムを送れば……ですね」

ナオコの傍(かたわ)らにいたコダマが、微笑みながら口を開いた。

「御名答。コダマさん、やるわね♪」

コダマの言葉を聞き、ナオコは楽しそうに笑った。

 

リツコの側にいたマヤは、コダマの言葉を聞きながら思う。

(この人…私と同じぐらいの年なのに………出来る!)

コダマにライバル心(しん)を燃やす、マヤであった。

 

「一つ質問があります」

ミサトが挙手し、疑問に思ったことを訊ねようとした。

「なにかしら?葛城さん」

ミサトの行動を見て、ナオコが訊ねた。

「もし間に合わなかった場合は、どうされるつもりですか?」

最悪の展開を想定してのミサトの発言だった。

「間に合うわ」

ナオコは、いかにも当然といった表情を見せた。

そして言葉をつなぐ。

「間に合う為の努力を怠らなければ…必ずね」

 

ナオコの言葉に、思わずミサトは微笑んでしまった。

そして、ミサトは赤木親子を見ながら思う。

 

(やっぱり親子ね……。)

 

 

<ネルフ作戦司令部>

 

-R警報発令、D級勤務者は速やかに退避して下さい。-

ネルフ本部内にアナウンスが流された。

無論、この放送は一般職務者への退避命令だった。

 

その頃、リツコ、ナオコ、ミサト、マヤ、コダマの五人は、カスパーの付近まで来ていた。

そこへ、R警報が聞こえてきた。

 

「あ、私、退避しなきゃ」

リツコ達と一緒に歩いていたコダマが、放送を聞き声を上げた。

「あら、どうして?」

コダマの言葉を聞き、ナオコが訊ねた。

「私、D級勤務者なんです。残念ですけど……」

そう言って、コダマは残念そうな表情を見せた。

 

コダマの表情に、ナオコは少し考えた素振(そぶ)りを見せると口を開く。

「いいわ。じゃあ、今からC級勤務者になりなさい」

「あ、それって名案」

ナオコの言葉に、ミサトが思わず口を開いた。

「え、ご一緒出来るんですか?」

ナオコの言葉に、コダマは嬉しそうな表情を見せた。

 

コダマの嬉しそうな表情を見て、マヤが微笑んで手を差し出す。

「よろしくお願いするわ。洞木さん」

マヤに答えるように、コダマも手を差し出した。

「あ、こちらこそ。…痛ッ」

ギュッ。

コダマに力一杯握手をするマヤであった。

どうやら、ライバル心に燃えているようである。

 

「……死なば諸共(もろとも)ね」

その様子を見て、リツコがポツリと呟いた。

 

「せ、せんぱ~い!」

「り、リツコ!」

「リッちゃん、死ぬ気なの?」

「私、やっぱり退避します!退避させてください!」

リツコの言葉に動揺する四人であった。

 

「冗談よ」

四人の様子を見て、サクッと話すリツコであった。

話した後、リツコは一人先に進んだ。

 

リツコの言葉に、四人は呆気に取られた。

そして、ミサトが口を開く。

「リツコが言うと、冗談に聞こえないときがあんのよねぇ」

ミサトの言葉を聞き、ウンウンと頷く三人であった。

 

それから、ある程度歩くとリツコは歩くのを止めた。

そして、口を開く。

「着いたわ。ここね、母さん?」

ある場所に着くと、リツコはナオコに訊ねた。

「そう、ここよ。カスパーの心臓部であり、MAGI の中枢の一部」

そう言って、ナオコは床の一部分を開け、スイッチのようなものを押した。

ナオコがスイッチのようなものを押すと、カスパーの心臓部が剥(む)き出しの形になった。

 

「ここの存在……知ってたのね?」

真剣な表情でリツコを見ながら、ナオコは話し掛けた。

「ええ、システムアップ……私がしたから」

ナオコの真剣な表情に、リツコは少し翳(かげ)りのある表情を見せた。

リツコの表情を見ながら、ナオコは口を開く。

「別に責めてる訳じゃないのよ。……むしろ嬉しいのかも」

そう言って、ナオコは寂しさを堪えるように微笑んだ。

科学者としての自分を越えつつある、娘に対しての微笑だった。 

 

そして、ナオコは気を取り直し口を開く。

「その入り口から覗いて御覧なさい。凄いわよ」

そう言って、ナオコは楽しそうに微笑んだ。

 

カスパー内部への入り口は非常に小さく、大人は中腰で入らなければ奥には進めないものだった。

リツコとマヤとコダマは、その小さな入り口から奥を覗いてみた。

カスパー内部には、メモ用紙のようなものが辺(あた)り一面貼り付けられていた。

「これって……凄い」

「これ…裏コードじゃないですか」

そのメモ用紙を見て、マヤとコダマが殆(ほとん)ど同時に口を開いた。

「これなら間に合いそうね。……あら?」

マヤとコダマの声を聞きながら、リツコはカスパー内部に書かれた`ある落書き´を見つけた。

『碇のバカヤロー』と書かれた落書きを。

 

リツコは落書きを見て含み笑いをしながら、ナオコへと話し掛ける。

「母さん、落書きしたこと……覚えてる?」

 

「あ…」

ナオコは心当たりがあるらしく、小さく声を上げた。

そして、言葉をつなぐ。

「もう忘れたわ。ぜ~んぶね」

 

どことなく、楽しそうなナオコだった。

 

 

 

つづく


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あとがき

シリアスだけだと辛すぎますので、少し雰囲気を和(やわ)らげました。
……でも、逆にシリアスが浮き立つかもしれませんね。

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