「けじめ………」
帰宅途中の道のりで、リツコは歩きながら呟いた。
無論、尾行されていることに気づかずに。
僕は僕で僕
(55)
<ネルフ内、ナオコの研究室>
「……もう気は済んだ?」
一通り泣き終わったマヤに、ナオコは優しく話し掛けた。
「はい…」
泣くだけ泣いてスッキリしたのか、マヤは微笑を見せた。
頬に涙の跡を残しながら。
「リツコが妊娠したことは、伊吹さんには悲しいことだったのね?」
少し落ち着いたマヤに、ナオコは優しい微笑を見せながら訊ねた。
「わかりません……。でも…先輩が遠いところに行ってしまった気がして…」
ナオコの微笑を見て安心したのか、マヤは自分の気持ちを素直に話した。
「それは気の持ちようで、どうとでもなるわ」
マヤの言葉を聞き、ナオコは微笑んで答えた。
そして、言葉をつなぐ。
「リツコはリツコよ。妊娠しても結婚しても子供が出来ても、リツコはリツコ。何も変わらないわ……」
まるで自分に言い聞かせるように、ナオコは話した。
「先輩は先輩……」
ナオコの言葉を噛み締めるように、マヤは言葉を口にした。
「貴方にとっては先輩。私にとっては娘。リツコが妊娠しても、それは変えようの無い事実でしょ?」
マヤの言葉を聞き、ナオコは優しく微笑んだ。
「はい……」
マヤは微笑んだ。
今まで抱え込んでいた`何か´を振り切ったかのように。
そして何かを思い出し、マヤは口を開く。
「私…先輩に酷(ひど)いこと言っちゃっいました……」
「何て言ったの?」
マヤの言葉に、ナオコが微笑みながら訊ねた。
「…最低って……。私の方が最低なのに……」
マヤは反省した表情を見せた。
マヤの言葉を聞き、ナオコが微笑みながら口を開く。
「じゃあ、今から謝りに行きましょうか?」
ナオコの言葉に、マヤは微笑んで答える。
「はい♪」
<赤木家>
-駅前を通り過ぎました。-
ミサトのもとに、日向からの報告が入っていた。
「了解。後で連絡を入れるから、日向君はその場で待機してくれる?」
-は、はい、了解です。-
多少緊張しているのか、日向の声は上ずっていた。
「じゃ、後でね」
プツ。
携帯電話を切るミサトであった。
「急いで照明を消して!いよいよ来るわよ♪」
ミサトが楽しそうに作戦開始を告げた。
<赤木家マンション前>
「?」
帰宅途中だったリツコは、いつもとマンション前の様子が、変わっていることに気がついた。
マンションの前に来て、リツコは駐車場に停まっている車に、見覚えがあることに気がついた。
(……ミサトが来てるの?)
ミサトの愛車が、堂々と駐車場に停まっていたのであった。
そう思った後、リツコは自宅の明かりを見た。
赤木家の電気は消えていた。
(霧島さん…寝ちゃったのかしら?……)
いつもと様子がおかしすぎる。
自宅付近の様子に、リツコはそう思わざる得なかった。
ミサトの作戦は、裏目に出ていたのであった。
<赤木家、マンション内>
ガチャリ。
「ただいま~。ミサト、来てるの?」
ミサトを名指しする、リツコの声が聞こえた。
ミサト達は、奥にあるリツコの自室に隠れていた。
「あはは…バレて~ら」
リツコの声に、ミサトは冷めた表情で小さく笑った。
そして、小声で言葉をつなぐ。
「私が先に行くから、合図をしたら順番にね」
ミサトは子供達にウインクをして、リツコの待つ居間へと出て行った。
暗闇の中、シンジは思う。
(何か……楽しいや………。)
<赤木家、玄関前>
「お邪魔してるわ。でも、よく私が居るって解ったわね」
ミサトが微笑みながら居間に顔を出した。
「車。表にミサトの車があったから」
玄関の電気を点けながら、リツコは微笑んで答えた。
「あ、そっか…」
ミサトは感心そうに頷きながら思う。
(さすがリツコ。…靴を隠すだけじゃ駄目ね。)
「電気消して、何企んでたの?」
微笑みながら靴を脱ぐと、リツコは居間へと向かった。
「チョッチね」
突然、ミサトは楽しそうに微笑みながら、一度だけ手を叩いた。
パンッ。
景気良く、その音が部屋の中に響いた。
ガラッ。
すると、奥にあるリツコの部屋が景気良く開いた。
そこには、青葉と少女達の姿があった。
「あ…貴方達……どうして?」
リツコが驚いた表情を見せると、アスカが掛け声を発した。
「いっせ~のっ!」
ジャン、ジャン、ジャカジャカ………。
青葉のアコースティック・ギターがメロディーを奏ではじめた。
パン、パン、パパパン。
メロディーに合わせるかのように、少女達も手拍子を叩き出した。
そして、少女達が歌いだした。
Ah~♪
君みたいな素敵な人には、もっと言っておくべきだった。
君の全部が大好きだってことを
そうなんだ。
Hey♪ Hey♪ Hey♪
大好きなんだ。
パンッ。
少女達が一呼吸おくと、ミサトがもう一度手を叩いた。
すると、奥の部屋から今度は少年達が顔を出した。
弾き続ける青葉のギターに合わして、今度は少年達だけで歌いだした。
Ah~♪
僕らはキッスが どんなものか知っておくべきだった。
僕らのこの気持ち。
わかんないよね?
きっと、わかんないよね。
少年達が恥ずかしそうに一呼吸つくと、今度は全員で歌いだした。
Ah~♪
僕らが君を 愛していると言ったら。
君も僕らを 愛してる と言ってくれるかな?
そして、僕らが 君の笑顔と一緒にいたいと訊ねたら。
勿論♪ と君は微笑んでくれるだろうか。
微笑んでくれるだろうか。
ジャン、ジャン。
青葉のギターが、メロディーを奏でるのを止めた。
一瞬の間、静寂する部屋。
そして、リツコに向かって、皆が一斉に訊ねる。
『君の笑顔と一緒にいたい!』
皆の声を聞き、リツコは少し考える仕草を見せた。
ゴクリ。
リツコの様子に息を呑む一同。
一同の様子を見つめると、リツコは優しく微笑みながら口を開く。
「勿論♪」
リツコの微笑と言葉に、歓声が湧き上がった。
シンジ達はガッツポーズを決め、少女達は互いに抱き合っていた。
多少の予定変更があったものの、子供達は見事に決まった歌に、喜ぶ仕草を隠さなかった。
「でも、どうしたの?急にこんなことして?」
喜ぶ子供達を見ながら、リツコはミサトに訊ねた。
「この期に及んで隠さなくってもいいのに。……あれよ。あれ」
リツコの言葉を聞き、ミサトはアスカの作った垂れ幕を指差した。
「に…んし…ん……おめで…とう」
リツコは、ゆっくりと垂れ幕の字を読んだ。
「そ、妊娠おめでとう。……リツコ」
ミサトはリツコを見ながら、優しく微笑んだ。
「猫の妊娠に、ここまでしてくれたの?!ありがとう、ミサト!」
ミサトに抱きつきながら、リツコは感謝の意を表した。
リツコに抱きつかれながら、ミサトは叫ぶ。
「ね、ね、猫~!!」
<数十分後、赤木家>
リツコの妊娠が、実は猫の妊娠だったと判明し、一同大爆笑した後。
結局、パーティーをすることになった。
猫のチクワ嬢の妊娠パーティーを。
リツコとミサトは子供達を眺めながら、テーブルについていた。
子供達は楽しそうに、猫を追いまわしたり、食事を食べたりしていた。
「あはは。まいったわねぇ~、今回の騒動の原因が、全部猫の妊娠だったなんて」
ミサトは笑いながら、リツコに話し掛けた。
「早トチリする方が悪いのよ。…でも、楽しかったわよ」
ミサトの言葉を聞き、リツコは微笑みながら言葉を返した。
テーブルに片肘を付きながら、リツコはある言葉を思い出した。
「どんな形にしろ。……ケジメはとるつもりだ」
そして、リツコは優しげな表情でミサトに訊ねる。
「ねぇ、ミサト。ケジメってどんな形かしら?………」
「ケジメの形?……二等辺三角形なんじゃない?」
ミサトは冗談混じりに、リツコの言葉に答えた。
「何それ?」
ミサトの言葉に、リツコは楽しそうに笑うだけだった。
ピンポーン。
そこへ、玄関のチャイムが鳴った。
そして、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「先輩、妊娠おめでとうございます!」
吹っ切れたように元気な、マヤの声だった。
「リッちゃん、初孫の名前は決めたの?」
ナオコの声も聞こえてきた。
二人の声に、リツコは苦笑しながら玄関へと向かった。
一方、その頃シンジは。
「ここのコードは人差し指と中指で………」
シンジは青葉にギターをレクチャーしてもらっていた。
「同じ弦楽器でも、コードがあるって……変わってるんですね」
シンジは不思議そうな表情で、青葉に訊ねた。
「俺から見たら、コードがある方が普通だけどな」
シンジの言葉を聞き、青葉は楽しそうに笑った。
「シンジ、何やってんのよ。もう一回歌うわよ」
アスカがシンジに声をかけた。
「え?もう一回歌うの?」
アスカの言葉を聞き、シンジが訊ね返した。
「マヤ達が見てないから、もう一回だって」
そう言って、アスカは楽しそうに笑った。
もう一度歌うことを、アスカは満更でもない様子だった。
シンジと青葉は苦笑しながら立ち上がると、もう一度歌う為に持ち場に向かった。
シンジは持ち場に向かいながら思う。
(楽しいことは、永遠に続かないかもしれない………。
だけど、今は楽しい……。
それだけで…いいのかもしれない……。
今は…それだけ……)
<赤木家マンション前>
「お、遅い……」
マンション前で、日向が呟いた。
ミサトの連絡が来るまで、日向は小一時間立ちっ放しで過ごすのであった。
つづく
あとがき
今回、登場人物達に歌わせることは、僕自身にとって初めての試みでした。
雰囲気なり、そのようなものが伝われば、僕には成功です。
ちなみに歌わせた歌詞は、実在のものをアレンジしました。
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