アスカは不機嫌な表情で指令室へ入った。
そして……見た。
シンジが泣いている姿を。
僕は僕で僕
(46)
シンジの泣いてる姿を見て、アスカは思う。
(嘘………。シンジが……泣いてる。)
そして呟く。
「シンジ……」
「!」
呟きが聞こえたのか、シンジはアスカの存在に気づき、床に落ちた涙を足で掻き消した。
そして自分の腕で、目もとの涙を拭った。
コツ、コツ。
アスカの足音が指令室に響く。
アスカは、ゆっくりとシンジに近づいた。
ビクッ。
シンジはアスカの足音に体を硬直させた。
いまだシンジの体には、アスカの言葉が刻まれているからだった。
「サードチルドレン、あんた私には必要無いわ」
今のシンジには、思い出すことすら辛い言葉だった。
「……泣いてたの」
シンジの側に来たアスカは、淡々とした表情でシンジに訊ねた。
「関係無いよ……。アスカには……」
シンジは、アスカに精一杯の強がりを見せた。
バシーン!
アスカはシンジの頬を引っ叩いた。
シンジの頬が赤く腫れるほどに。
俯(うつむ)いたまま頬を押さえるシンジを見て、アスカは口を開く。
「…聞かせて。シンクロ率も伸びて、戦う自信もついて、その結果が、私達の身代わりで死ぬ覚悟ってこと?」
そう言って、アスカはシンジを見つめた。
「………」
アスカの言葉に、シンジはなにも言い返さず、頬を押さえていた。
バシーン!
もう一度、シンジの頬をアスカが引っ叩いた。
「バカにしないで!アンタに身代わりになってもらうほど、私は落ちぶれて無いわ!」
アスカは怒気を含ませ、シンジに声を上げた。
「………」
だが、シンジは何も言わなかった。
「……何も言い返さないのね。……もっとも事実じゃしょうがないでしょうけど」
アスカは、シンジを見下した表情で見た。
「アスカに…僕がわかるもんか……」
シンジは、俯(うつむ)きながら呟いた。
「何ですって!」
アスカが、シンジの胸ぐらを掴んだ。
「アスカに僕の気持ちがわかるもんか!」
アスカに向かって、シンジは叫んだ。
「…このッ!」
シンジの叫びを聞き、アスカはもう一度引っ叩こうと手を振り上げた。
だが、その手は振り下ろされなかった。
手を振り上げたまま、アスカは一粒の涙をこぼしていた。
そして、寂しげな表情でアスカは呟く。
「バカ……。わからないから…私が…ここに来たんじゃない………」
そう言って、アスカは胸ぐらを掴んでいた手を離した。
「アスカ……」
シンジは驚きを隠せなかった。
アスカの涙に、涙を流させた自分自信に。
そして少しの沈黙の後、アスカを見ながら呟く。
「………ごめん」
「謝んないで、私が惨めになるじゃない…」
アスカは、俯(うつむ)きながら呟いた。
「ご、ごめん」
とっさに、シンジは謝ってしまった。
「……バカ」
とっさに謝ったシンジに、アスカは一言だけ言った。
だが優しさの詰まった一言だった。
沈黙する二人。
そしてアスカが、ゆっくりと口を開いた。
「………一つだけ聞かせて。…何で身代わりなんかになりたいの?」
「………」
シンジは答に詰まり、黙ったままだった。
「使徒との戦闘に、生き抜く自信が無いから?」
アスカがシンジに訊ねた。
「……それもあるかも」
アスカの問いを聞き、シンジが呟いて答えた。
シンジが口にした言葉は、アスカの言葉を肯定する、と取れる言葉だった。
「…でも本当は、生きているのが怖いからね?」
アスカは、シンジの言葉だけでは納得がいかず、自分の思っていたことを訊ねた。
「!」
シンジは驚きの表情でアスカを見た。
アスカの言葉は、シンジの的を射ていた。
「バカ………図星ね」
シンジの表情を見て、アスカは優しく微笑んだ。
そして言葉をつなぐ。
「シンジ…いつか私に言ったわよね」
「生きていればアスカの勝ちだよ」
「あれは嘘だったの?」
アスカがシンジに訊ねた。
「嘘じゃない…」
アスカの問いを聞き、シンジはゆっくりと口を開いた。
「なら、私に証明して見せて」
シンジの言葉を聞き、アスカがシンジに話しかけた。
そして言葉をつなぐ。
「生きていれば勝ちなんだって…。生きていれば一人じゃないって…。……そして、生きて」
アスカは言い難いのか、言葉を途中で止めた。
そこへ指令室の扉が開いた。
「碇シンジ、君を避難場所に連れて行く。一緒に来たまえ」
黒服の男が二名。
諜報部、もしくは保安部のものと思われた。
「………はい」
シンジは扉の方を見ると、暗い表情で答えた。
そして、アスカの方に振り返り口を開く。
「僕には無理だよ…。僕は…もう僕じゃない。僕は、初号機パイロットの…碇シンジじゃないから……」
「……」
シンジの言葉を聞き、アスカは何も言うことが出来ず、ただ唇を噛み締めた。
アスカの表情を見て、シンジは寂しく微笑みながら話す。
「……それに、僕はアスカに必要無いし…ね。」
「!」
アスカは思い出した。
シンジの一言で、以前に自分が言った言葉を思い出したのだった。
「時間が無い。来たまえ」
黒服の男の一人が、シンジに話しかけた。
「……はい」
不思議とシンジの表情に迷いは無かった。
泣き、叫び、話し、心の中が整理出来たのかもしれない。
そしてシンジを連れ、黒服の男達は去った。
指令室には、唇を噛み締めたままのアスカだけが残った。
一人残ったアスカは、寂しげな表情で思う。
(……シンジのバカ。……だけど私は、もっとバカ。)
「悔しいぐらいに…バカ……」
呟いた後、アスカは肩を震わした。
<作戦司令部>
第十使徒の予想到達時刻を、三時間後と想定したネルフは作戦準備をしていた。
作戦司令部には、ネルフの主だった面々が集まっていた。
「本当に出撃しないんですか?」
モニターチェックをしていたマヤが、側にいたミサトに訊ねた。
どうやら初号機の件と思われる。
「ええ、出撃中止。自殺志願者を乗せる趣味は無いから」
ミサトは真剣な表情で、マヤに答えた。
「自殺って……シンジ君がですか?」
ミサトの言葉を聞き、マヤが訊ねた。
「そうよ、あのバカ……」
そしてミサトは、シンジが言った言葉を簡潔に説明した。
「なるように…なったときの為です」
シンジが答えた言葉も含めて。
「……私の所為(せい)かもしれません」
ミサトの説明を聞き、マヤが呟いた。
「どうして?」
ミサトがマヤに訊ねた。
「私……シンジ君が、何かを悩んでるときに言ったんです。………なるようにしか、ならないって」
少し辛そうな表情でマヤは呟いた。
「マヤが気にすること無いわ」
ミサトとマヤが会話をしていると、背後から誰かの声が聞こえた。
ミサトとマヤは、振り返って声の主を見た。
声の主はリツコだった。
「先輩…」
マヤは、すがるような瞳でリツコを見た。
「自分の生死を、他人の言葉で決めたのなら、もう死んでいるも同然よ」
二人を見て、リツコは淡々と自分の考えを話した。
「……でも」
マヤは納得がいかない、といった顔つきだった。
「生きる努力は、生きたい者がすればいい。……ミサト、そう言うことでしょ?」
リツコはミサトを見ながら言った。
「え、ええ、そうね」
リツコの言葉に、ミサトは少し慌てた。
先程まで、多少なりとも言い争った所為(せい)もあるのだろう。
「……私、シンジ君と話をしてきても構いませんか?」
二人の会話を割るように、マヤが話しかけた。
「無駄よ。もう保安部に、シンジ君の待避活動を頼んだから」
ミサトは真剣な表情でマヤに答えた。
「…そんな」
ミサトの言葉を聞き、マヤは呟いた。
気落ちするマヤを優しく見つめながら、リツコが口を開く。
「………生きていれば、また会えるわよ」
「…はい」
リツコの言葉に、マヤには返事をすることしか出来なかった。
「戦自より入電。第三新東京市の待避作業完了とのことです」
側にいた青葉が、ミサト達の方を向き声を上げた
「了解。リツコ、手伝ってくれるんでしょ?」
ミサトがリツコに訊ねた。
「まぁね。作戦が無謀でも、貴方との腐れ縁があるから」
ミサトの問いに、リツコは微笑んで答えた。
「ありがとう……リツコ」
リツコの言葉に、ミサトは微笑むだけだった。
<ネルフ内・廊下>
シンジは待避していなかった。
シンジはネルフ内の廊下を歩いていた。
赤木ナオコと一緒に。
二人が共に歩いている理由は、シンジが保安部に連れられる途中で、ナオコに出会ったことだった。
ナオコはシンジを保安部から預かった。もっとも、半(なか)ば強引に預かったのだが。
「……あの、何で僕を?」
歩きながら、シンジが訊ねた。
「シンジ君は、あのまま待避したかったの?」
ナオコが微笑みながら訊ね返した。
「い、いえ、待避したくなかったです……」
シンジは少し緊張した感じで返事をした。
シンジの表情を見ながら、ナオコは優しく微笑み口を開く。
「興味があったからよ」
「興味って……僕に…ですか?」
ナオコの言葉を理解できず、シンジは訊ねた。
「そうよ。待避できるのに落ち込んでる少年って、興味がわくでしょ?」
ナオコは楽しそうに微笑んだ。
「そうですか……」
ナオコの言葉に、シンジは呟くだけだった。
しばらく沈黙して歩く二人。
「…赤木博士って偉いんですね」
シンジが口を開いた。
「博士は止めて頂戴。ナオコちゃんでいいわ♪」
そう言って、ナオコは笑った。
(ナ、ナオコちゃん……。チャン付けで呼ぶ年じゃ無い気がする……。)
ナオコの言葉に、シンジは顔を引きつらせるのであった。
「冗談よ。好きに呼んで頂戴♪」
シンジの表情を見て、ナオコは微笑んで見せた。
そして言葉をつなぐ。
「それに偉くないわよ。ただ人よりも長く生きてるだけ」
「でも、あの人達…赤木博士が言ったら、すぐに僕を…」
保安部の人間が素直に自分を渡したことを、シンジは訊ねていた。
「あの人達は解ってるのよ。敵に回して`良い人´か`悪い人´かを」
ナオコは簡潔にシンジに答えた。
「……良い人……悪い人」
ナオコの言葉を、シンジは呟いた。
「シンジ君から見た私は、どんな人かしら?」
シンジの呟きを聞き、ナオコが楽しそうに訊ねた。
「多分、良い人です」
シンジが微笑んで話した。
「多分って……。まぁ、正解かもね」
シンジの言葉を聞き、ナオコは笑って答えるのだった。
つづく
あとがき
猫の名前が決まりました。いずれ話の中で書こうと思います。
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