風邪を引いた日の夜、シンジは夢を見た。

レイの夢を。

優しい表情で見守る、レイの夢を。

 

 

 

僕は僕で僕

(45)

 

 

 


 

<数日後、南極>

 

ゲンドウは冬月と共に南極にいた。

国連軍の艦隊を伴い、巨大な槍のような物体を回収する為に。

老人達の計画を進める為に。

過去に南極大陸と呼ばれた場所には、赤く血の色をした海が広がっていた。

そして海には無数に塩の柱がそびえ立っていた。

この景色に`生命の存在´という言葉は不釣合いに思えた。

 

 

<国連艦隊・旗艦>

 

艦隊は回収に成功した`槍のような物体´を、守るような陣形で航行していた。

そして旗艦のブリッジでは、ゲンドウと冬月が周囲の景色を眺めていた。

 

「いかなる生命の存在も許さない……死の世界、南極…」

冬月が周囲の景色に呟いた。

そして言葉をつなぐ。

「…いや、地獄というべきかな」

 

「だが、我々人類はここに立っている。生物として、生きたままだ」

冬月の言葉を聞き、ゲンドウが口を開いた。

「科学の力で守られているからな」

冬月は表情を変えることなく、冷静にゲンドウの言葉を判断していた。

「科学は、人の力だよ」

ゲンドウが冬月に言葉を返した。

「その傲慢(ごうまん)が、十五年前の悲劇…セカンドインパクトを引き起こしたのだ」

冬月はゲンドウの言葉を、明らかに否定した。

セカンドインパクトという、比喩を用いて。

そして、冬月は景色を眺めながら言葉をつなぐ。

「結果、この有様だ。与えられた罰にしては、あまりに大きすぎる。…まさに死海そのものだよ」

冬月の言葉を聞き、ゲンドウは不敵に微笑みながら口を開く。

「だが、原罪の汚れなき、浄化された世界だ」

 

「私は…罪にまみれても、人が生きてる世界を望むよ」

冬月が呟くように言った。

 

冬月の言葉が聞こえてないのか、ゲンドウは血の色をした死海を見つめ、ただ一言だけ発した。

 

「……悪くないな」

 

 

<ネルフ本部>

 

「……多分、来るわね」

ミサトは第十使徒の映像データを見ながら言った。

 

第十使徒は衛星軌道上に存在していた。

到底、今のエヴァで攻撃する術はない。

その第十使徒は、体を分裂して地上に落下させ、第三新東京市へと目標を定めようとしていた。

映像には、落下した時の衝撃の凄まじさを伝える映像もあった。

第二芦ノ湖の誕生を思わせる程、規模の大きなクレーターが映った映像が。

 

「次は、ここね。…しかも、本体ごと」

リツコはコーヒーを片手に、ミサトに言った。

次は間違いなく、ネルフ本部を狙ってくる事を。

「その時の衝撃は?」

ミサトが真剣な表情で、リツコに訊ねた。

「富士十五湖がつながって、太平洋とつながるわ」

リツコは、あくまでも冷静にミサトに答えた。

 

「MAGI の回答は?」

近くで二人の会話を静観していた、オペーレーターの面々にミサトが訊ねた。

「全会一致で撤退を推奨しています」

青葉が資料を片手に、ミサトに答えた。

 

青葉の言葉を聞き、ミサトは沈黙した。

そして、ゆっくりと口を開く。

「……特別宣言D-17を発令します」

 

特別宣言D-17。

ネルフ本部から、半径五十キロ以内の全市民への待避命令に他ならない。

 

「ここを放棄するんですか!?」

日向が声を上げた。

あまりに意外なミサトの発言だった為に。

「いいえ、ただ、危ない橋を渡るのは少ない人数でいいから」

ミサトは冷静に日向の言葉に答えた。

そして言葉をつなぐ。

「日本政府各省にも宣言を伝達しておいて。それから松代に、MAGI のバックアップを宜しくって」

ミサトは作戦を伝える間に、少しも微笑みを見せなかった。

それほど、今の置かれている状況は切羽詰っていた。

 

オペレーター達が去った後、リツコとミサトの二人きりになった。

そしてリツコが訊ねた。

「勝算…あるの?」

「あるわ…。でも、限りなくゼロに使いかも」

ミサトは力無く呟いた。

 

いつに無く憔悴した表情のミサトに、リツコは優しく微笑んだ。

そして口を開く。

「…シンジ君が来る前の、エヴァの起動数値…覚えてる?」

「O・9(オー・ナイン)だったかしら…」 

ミサトはリツコの問いに答えた。

「そう。限りなくゼロに近い数値。……でもね、シンジ君は動かしたのよ」

リツコはミサトの言葉に頷き、自らの言葉を足した。

「…それが?」

リツコが何を言おうとしているか、ミサトには理解出来なかった。

「数値なんて、アテに出来無いってこと。ましてや勝算なんて」

そして、微笑みながら言葉をつなぐ。

「…数字なんて気にしないで、ミサトがベストと思う作戦を実行すればいいわ」

 

「……リツコ」

リツコの言葉に、ミサトは微笑みながら呟いた。

 

 

<ニ時間後。ネルフ・女子トイレ>

 

戦自により、民間人の避難活動も開始され、慌ただしくなってくるネルフ本部。

使徒との決戦が迫る中、ミサトとリツコはトイレの化粧台の前にいた。

 

「納得いかないわ!」

リツコが声を上げる。

先程の穏やかな雰囲気とは打って変わり、険悪な雰囲気になっていた。

「あれ?さっきは、好きにやれって言ってくれたじゃない」

ミサトは化粧を直しながら、リツコに答えた。

「それとこれとは話が別です!無謀過ぎるわ!」

ミサトの言葉を聞き、リツコは更に声を上げた。

どうやら二人の会話の内容は、ミサトの作戦に関してのことのようだ。

 

「貴方の権限で、エヴァ四体を捨てるわけにはいかないわ!」

リツコがミサトへ声を上げた。

「悪いけど、その権限も持ってるわ。司令も副司令もいないしね」

ミサトは淡々とリツコに話した。

今の自分は、ネルフ日本支部の最高責任者だと。

 

「貴方、自分の復讐の為に…エヴァを利用してるだけでしょ」

リツコは語気を落とし、険しい表情でミサトを見据えながら言った。

 

「………」

ミサトは何も言わず、リツコの前から立ち去った。

もしかすると、何も言えなかったのかもしれない。

 

 

<作戦指令室>

 

ミサトの作戦を伝える為に、チルドレン四人は作戦指令室に来ていた。

作戦指令室とは、作戦の説明及び戦闘結果を伝える場所である。

 

「……と、これが本作戦の内容です」

ミサトがチルドレン達に、作戦内容の説明を終えた。

「……手でキャッチですか」

シンジが自分の手の平を見ながら呟いた。

 

「…使徒がコースを外れたら?」

アスカは冴えない表情で、ミサトに訊ねた。

いまだに、シンクロ率のことを引きずっているのかもしれない。

「その時は、アウト」

ミサトは簡潔に答えた。

「衝撃にエヴァが耐えられなかったら?」

更にアスカが訊ねた。

「その時もアウトね」

ミサトは簡潔に事実を伝えた。

ほとんど賭けに近い作戦だということを。

 

「あの…勝算ってあるんですか?」

ミサトとアスカの会話を聞き、不安にかられたマナが訊ねた。

「言いにくいこと言うわね~、霧島さん」

マナの言葉に、ミサトは苦笑した。

そして言葉をつなぐ。

「神のみぞ知る…と言ったところかしら?」

 

「…何それ?勝ったら奇跡じゃない」

ミサトの言葉に、アスカは冴えない表情で呟いた。

「奇跡っていうのは、起こしてこそ初めて価値が出る言葉よ」

アスカの言葉を聞き、ミサトはそう答えた。

そして言葉をつなぐ。

「一応規則だと遺書を書くことになってるけど、どうする?」

ミサトがチルドレン達に訊ねた。

「私はいいわ」

「私もいらない」

レイとアスカは即座に、遺書を書くことを拒否した。

 

マナは「神のみぞ知る」と言う言葉を聞き、暗い表情で考え込んでいた。

その様子に気づき、ミサトが話しかける。 

「霧島さん、遺書…どうする?」

「え?遺書ですか……。私も書きません。……死にたく無いし」

マナは迷いながらも決断した。

(……絶対に死ねない。)

と思いながら。

 

そこへ、シンジが口を開く。

「……僕は書きます」

 

「「「!」」」

チルドレンの三人は驚き、シンジを見た。

 

「……どうして?シンジ君」

ミサトは真剣な表情で、シンジに訊ねた。

自分の作戦に信頼が置けない、とも思える発言にとれたからだった。

「なるように…なったときの為です」

シンジは真剣な表情で、ミサトに自分の思いを告げた。

 

「……いいわ、好きなだけ書きなさい」

シンジの言葉に、ミサトは手を震わしながら言った。

先日、シンジに言った言葉が、何の効果も無かったことに気づいて。

「…その代わり、貴方にはエヴァを降りてもらいます。これは、命令です!」

ミサトはシンジに冷酷とも取れる言葉を放った。

 

「そんな…、ミサトさん!」

シンジはミサトの言葉に声を上げた。

だが、ミサトはシンジを無視し、口を開く。

「作戦の説明は以上。初号機を除き、各自持ち場につくように!」

そう言い残し、ミサトはチルドレンの前から去った。

 

シンジはミサトの去った方を見て、力無くうなだれた。

 

「バカね。ミサトにあんなこと言ったら、降ろされるに決まってんじゃない」

憔悴するシンジを見て、アスカが話しかけた。

「……先、行くから」

レイはシンジを一瞥すると、出撃の準備に向かった。

「シンジ君……」

マナは、シンジに掛ける言葉が見つからなかった。

 

少しの間、沈黙する三人。

その間も、シンジは、うなだれて何も語ろうとしない。

 

「マナ、いくわよ。とりあえず、私達で撃退するしか無いんだから」

このままでは埒(らち)があかないと思ったのか、アスカがマナに話しかけた。

「……う、うん」

マナは心配そうにシンジを見つめたが、アスカの言葉を聞き、準備に向かうことにした。

 

アスカとマナも去り、一人指令室に残ったシンジは呟く。

「………嫌だ。………戦うんだ、僕は」

 

ポタリ、ポタリ。

指令室の床に、シンジの涙が落ちる。

シンジは一人きりで、大粒の涙をこぼしていた。

 

 

<エレベーターの前>

 

アスカとマナはエレベーターの前で待っていた。

待機室に向かうには、エレベーターで下に向かうのが、一番速かったからだった。

 

「……シンジ君ね、死にたがってるんだ」

マナが沈痛な表情で呟いた。

「でしょうね。遺書を書きたいって言うぐらいだから…」

マナの言葉を聞き、アスカは適当に返事を返した。

「違うの。シンジ君は身代わりになりたがってるの…」

マナは、今にも泣き出しそうな表情で話した。

「身代わり?誰の?」

マナの言葉を、アスカは訊ねた。

「私達に決まってるじゃない!」

マナは俯(うつむ)きながら声を上げた。

 

シンジが死にたがっていることを、マナは知っていた。

マナが戦自からネルフに入るときに、戦うことを迷っていたときに、シンジの口から聞いたのだった。

 

マナの言葉に、アスカは思う。

(…シンジが…私達の身代わり。……アイツ!)

 

チーン。

そこへ、エレベーターが到着した。

 

「マナ、先に行って……。私、指令室に忘れものがあるから…」

アスカは胸の中にこみ上げる`何か´を押さえながら、マナに言った。

「……うん」

マナは気落ちしているのか、アスカの表情を見ず、俯(うつむ)いたままエレベーターに乗った。

 

ガスッ。

マナが下へと向かった後、アスカは壁を蹴った。

そして呟く。

「………カッコつけんじゃないわよ。………バカの癖に」

 

呟いた後、アスカは指令室に向かった。

忘れものを探しに。

 

 

 

つづく


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あとがき

ペースを落とすつもりが、ハイペースに……。(苦笑)

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