「すいません、送ってもらって…」
シンジが申し訳なさそうに、ミサトへ話し掛けた。
ミサトの車で、シンジは自宅まで送ってもらう途中だった。
僕は僕で僕
(43)
「遠慮しないの。風邪引いてるんでしょ?」
ミサトが微笑みながら、シンジに答えた。
「はい……まぁ」
シンジは、頼り無げに言葉を返した。
ミサトと二人きりの車の中、シンジは気不味い空気を感じていた。
(何を話せばいいんだろう……。)
そんな思いに、シンジは縛られていた。
「一つ質問があるんだけど……いいかしら?」
ミサトが微笑みながら、シンジに訊ねた。
「え、質問ですか?……別に、いいですけど」
ミサトの言葉を聞き、シンジは軽い戸惑いを憶えつつも了承した。
「私が`誰の為にエヴァに乗ってるの?´って質問したわよね」
ミサトは真剣な表情になり、シンジへ話した。
「……はい」
ミサトに合わせるかのように、シンジの表情も真剣になった。
「…なぜ、自分の為なの?」
シンジの方を向かず、ミサトは前方を見つめたまま訊ねた。
「……………」
ミサトの質問に、シンジは沈黙で答えた。
ズズッ。
暗い表情で鼻をすすりながら。
「もしかして……自己犠牲で乗ってるの?」
ミサトは、沈黙するシンジに訊ねた。
「………」
だがシンジは何も言わない。
返事をしないシンジを、苛立たしく思いながらも、ミサトは口を開く。
「そんな気持ちで乗ってるんだったら、即刻エヴァを降りなさい」
ミサトは手厳しい言葉を口にした。
重い雰囲気で、沈黙する二人。
しばらく経ち、ミサトが辛そうな表情で、ゆっくりと口を開く。
「……死なれたら迷惑なのよ」
それから二人は、目的地に着くまで口を開かなかった。
<ネルフ、実験室>
「アスカがトップよ」
リツコが微笑みながら、実験結果を告げた。
リツコの言葉に、アスカは満足げな表情を浮かべた。
レイ、アスカ、マナの三人が、リツコの前に顔を揃えていた。
「でも伸び率は、シンジ君がトップね」
実験結果の書かれたレポートを見ながら、リツコは話した。
「シンジが!?冗談でしょ!?」
リツコの言葉を聞き、アスカは声を上げた。
「本当よ。シンジ君は前回より、8も数値を伸ばしてるわ」
アスカの声とは裏腹に、リツコは冷静に実験結果を告げた。
「シンジが、8も……」
リツコの言葉に、アスカは呟くだけだった。
「あの、それでシンジ君は何処に行ったんですか?」
マナが、辺りにシンジが見えないことを、リツコに訊ねた。
「帰ったわ。ミサトが送って行ったんだけどね……」
そう言った後、リツコは軽くため息をついた。
そして、マヤが座っていた席を見た。
マヤの席には誰も座っていなかった。
「ミサトさん、どうかしたんですか?」
リツコのため息に、マナが訊ねた。
「シンジ君の風邪薬を忘れていったのよ」
リツコは迷惑そうな表情で話した。
「あ、じゃあ私が届けます」
これ幸いとばかりに、マナが嬉しそうに手を上げた。
「その必要無いわ。マヤが届けに向かったから」
マナの言葉を聞き、リツコが答えた。
「えぇ〜!そんなぁ〜」
マナが残念そうな顔で口を開いた。
「碇君が…風邪」
唐突に、レイが小さく呟いた。
「まぁ、軽い程度の風邪だから、心配いらないと思うけど…」
レイの呟きを聞き、リツコは微笑みながら言った。
三人が会話をしている間、アスカは複雑な表情をしていた。
嬉しいのか、悲しいのか、笑いたいのか、泣きたいのか、どういう顔をすればいいか、解らずにいた。
シンジに、いつかシンクロ率を抜かれるかもしれない、という不安を抱きながら。
そこへ、マナが小声で呟く。
「シンジ君の、お見舞いに行かない?」
マナの言葉を聞き、アスカは思う。
(……シンジの、お見舞い?
………会いに行って話を……でも、何を話せばいいっていうのよ。
私が何を……。)
<碇家のマンション>
シンジは自宅に着くと、明かりも点けずに自分の部屋に入った。
ドサリ。
シンジは体を投げ出すように、ベットに倒れ込んだ。
部屋は真っ暗のままである。
「………だるい」
シンジはベットに`うつ伏せ´になり、一言呟いた。
そして、ミサトの車を降りたときのことを思い出した。
<シンジの回想>
「ありがとうございました…」
シンジは車を降り、ミサトに礼を言った。
ミサトは車の中で、シンジを真剣な表情で見つめている。
「シンジ君。酷いことを言ったと思うかもしれないけど……あれが私の本音よ」
シンジを見つめ、ミサトは真剣な表情で話した。
「……はい」
シンジは頼り無げに返事をした。
ミサトはシンジを見つめ口を開く。
「それに…私は、人柱的な考え方は大嫌い」
そして、辛そうな表情で言葉をつなぐ。
「………いく者より、残る者の方が辛いのよ」
「ミサトさん……」
ミサトの言葉に、シンジは呟くだけだった。
「じゃ、私行くから。……風邪、治しなさい」
最後にミサトは優しく微笑み、その場を去った。
シンジには、ミサトの車が遠くなって行くのを、ただ見ていることしか出来なかった。
<再び、シンジの部屋>
「残る者…残る人…残る………」
ミサトに言われた言葉を、シンジは呟きながら考えていた。
クシュン。
シンジは考えながらクシャミをした。
(……駄目だ。頭がボーっとしてる……。)
そう思った後、シンジは目を閉じた。
「スー…スー……スー」
しばらくして、シンジの寝息が聞こえてきた。
いつのまにかシンジは眠りについていた。
<パイロット待機室>
実験も終り、チルドレン達は着替えを始めていた。
「綾波さんはどうする?」
マナが靴下を履きながら、レイに訊ねた。
どうやら、シンジのお見舞いの件のようだ。
「命令じゃないから…」
レイがロッカーの扉を閉めながら、マナの問いに答えた。
一足先に、レイは着替え終わっていた。
「私も…行かないわよ」
アスカが靴を履きながら、マナに言った。
「え〜!それじゃあ、私だけぇ?」
マナは、納得が行かない、といった顔つきだった。
「良かったじゃない、二人きりで」
アスカがマナに微笑んだ。だが、何処か陰りのある微笑みだった。
「そう言う問題じゃないの。皆で楽しく行きたかったのに…」
マナは残念そうに、頬を膨らませた。
「楽しくなんて…出来無いわよ」
マナの言葉を聞き、誰にも聞こえないような声で、アスカが小さく呟いた。
「先に帰るから…」
二人を残し、レイが待機室から出ていった。
「私だけ、お見舞いって困るかも…」
マナは、そう言って宙を仰いだ。
「困るって、何が?」
アスカがマナに訊ねた。
「だって、シンジ君に襲われたら……女の子一人じゃ、抵抗出来無いもん」
マナは頬を桜色に染めていた。
「ア、アンタねぇ…」
マナの突拍子な考えに、顔を引きつらせるアスカだった。
<碇家のマンション>
ガチャリ。
「お邪魔しま〜す」
マヤが碇家に入室してきた。
何度チャイムを押しても、シンジが出て来なかったからだった。
(真っ暗……寝ちゃったのかしら?)
部屋の中が真っ暗の為、マヤは手探りで照明のスイッチを点けた。
照明に照らされる碇家の居間。
「………男の人が暮らしてるのよね?」
それがマヤの碇家に対する感想だった。
小奇麗に片付けられた部屋、洗い物一つ無いキッチン。
正直、マヤは驚いていた。
「……誰ですか?」
シンジが人の気配を感じて目を覚まし、居間に顔を出した。
「あ、シンジ君。その勝手に入ったのは、薬を持ってきて、返事がチャイムだったのよ」
シンジが顔を見せたことに慌てたマヤは、支離滅裂になっていた。
「……わかりました」
マヤの言葉を理解し、シンジは微笑んだ。
(ホッ……。)
シンジの微笑みに、マヤは肩を撫で下ろした。
「風邪薬…ですよね?」
シンジは足元を少しふらつかせながら、マヤに近づいた。
(……大丈夫かしら?)
とマヤは思いながらも、シンジに風邪薬を手渡した。
「食事、とったの?」
マヤがシンジに訊ねた。
「いえ…でも、大丈夫です」
シンジは薬の入った紙袋から、カプセル錠の薬を取り出そうとした。
「あっ…」
シンジが力無く声を上げた。
シンジの手から、マヤが紙袋を取り上げたのだった。
「駄ぁ目。食事をとらないと、風邪に負けるわよ」
そう言って、マヤは微笑んだ。
そして言葉をつなぐ。
「私が何か作るから、シンジ君は寝てなさい」
「すみません……」
マヤの好意を、シンジは微笑みながら受理したのだった。
<青葉のマンション>
「ただいま…」
レイが帰宅し、小さく呟いた。
「おかえりー、夕食の用意できてるからさ、手を洗ってきなよ」
キッチンの方から、青葉の声が聞こえてきた。
青葉は早めに仕事を切り上げ、レイの帰宅を待っていた。
(少しでも多く、レイちゃんと時間を過ごそう。)
最近、青葉は、そう考えるようになっていた。
レイが使徒に近い存在と判明してからは、尚更その意志は強くなっていた。
「さてと…」
青葉は食卓に料理を並べ終わると、エプロンを外し席についた。
そしてレイの席を見ながら、青葉は真剣な表情で考え始めた。
(俺に理解出来無いのは、俺が理解しようとしてないからだ…。
レイちゃんが悪いんじゃない。
……理解出来無い俺が、一番悪い。)
そう思った後、青葉は優しい表情になり、レイの席を見つめる。
(取りあえずは、レイちゃんがいて俺がいる。
それでいいよな…。
取りあえずは……それで。)
「準備、出来ました…」
レイがキッチンに姿を見せた。
「あ、席についてよ。俺、作ってるうちに、お腹空いちゃってさ」
そう言って、青葉は微笑んで見せた。
だが、レイは表情を変えることは無かった。
レイの表情に青葉は思う。
(それでも……いいさ。
…それでも。)
(………でも、いつかは。)
つづく
あとがき
青葉君、君って奴は〜!
書いた作者が言うのも何ですが、青葉君はいい奴です。