朝七時、碇家。
シンジは父ゲンドウと一緒に朝食をとっていた。
「父さん、今度、学校で進路相談があるんだけど…」
僕は僕で僕
(29)
新聞を読んでいたゲンドウは、読むのを止めてシンジの顔を見る。
そして、口を開く。
「シンジ、私は誰だ?」
シンジは、父が何を言っているのか解らないといった顔で答える。
「僕の…父さん」
「いや、違う。その前に、ネルフの司令という仕事が存在している」
ゲンドウはシンジの淡い期待を過酷な言葉によって砕いた。
「そ、そうだよね、父さん忙しいから仕方…ないよね」
父の言葉にショックの色が隠せないシンジは、言葉につまりながら返事をした。
「解っているのなら、別に構わん」
シンジの表情を見たゲンドウは、そう言って再び新聞を読みはじめた。
シンジは寂しげな表情で、ゲンドウを見つめる。
そこへ、新聞を読みながらゲンドウが口を開く。
「午前中ネルフに来い。私の代理人を紹介する」
「……うん」
ゲンドウの言葉に、シンジは微笑みながら返事をした。
シンジは父の言葉が嬉しかった。
少なからず、父が自分の事を気に掛けていることが。
<地下鉄>
朝七時四十三分、冬月は地下鉄に乗っていた。
経済関係の新聞を読みながら、記事とは別のことを考えている冬月。
(上の連中は、何も解っていない。
………もっとも、解っても何も出来無い集団だがな…。)
冬月は結論を見出すと、考えるのを止めて新聞を読みはじめた。
ガタン、ガタン……。
冬月が新聞を読み出し、しばらく経つと地下鉄のリニアが停車駅で止まった。
プシュー。
地下鉄のドアが開き、乗客を乗せる。
「「お、おはようございます!」」
冬月に向かって、複数の人物が挨拶をした。
誰かと顔を見る冬月。
マヤと青葉、そして冬月の隣に赤木リツコが「おはようございます」と言いながら腰掛ける。
リツコ達は手にクリーニングの袋を抱えている。
早朝に、クリーニングを受け取りに向かったようだ。
「うむ、おはよう」
冬月は副司令らしい威厳を持って対処した。
「お早いですね」
リツコが冬月に声を掛ける。
「市議の早朝会議でな。碇の奴、雑用はみんな私に押し付けよって。`MAGI ´が無かったら、お手上げだよ」
冬月はヤレヤレといった顔つきで言葉を返した。
「確かに、MAGI は三者による多数決の民主主義ですからね」
青葉は、冬月の言葉に頷く。
「スゴイですね。市の運営までMAGI が実行しているなんて。まさに科学万能の時代ですね」
マヤが素直に感嘆の声を上げた。
(……科学が万能ならレイちゃんを人にすることも出来るだろうか?)
青葉はマヤの言葉を聞いて、少し違ったことを考えていた。
「そういえば零号機の実験だったかな、そっちは?」
冬月がリツコに問う。
「はい、本日1030より、第二次稼動延長試験の予定です」
リツコが淡々と今日行われる実験内容を答える。
「綾波レイは、来るのかね?」
冬月が訊ねる。
リツコは少し間を置いて口を開いた。
「……来る予定です。彼女が乗る機体ですから」
<ネルフ本部>
午前九時三分。
エレベーター前にシンジとゲンドウがいる。
「しばらく時間が掛かる。それまで、好きにしろ」
ゲンドウはシンジに言うと、一人エレベーターに乗った。
「うん。…行ってらっしゃい」
シンジは少し微笑みながらゲンドウを見送った。
一人残ったシンジは、辺りを見まわす。
辺りに人気が無く、静かだった。
(好きにしろって言っても…一人で何すればいいんだろ?)
シンジは途方に暮れていた。
「あら、シンジ君じゃない?」
ミサトが通り掛かりにシンジを見つけた。
「あ、ミサトさん」
シンジもミサトに気づき声を上げる。
「どうしたの、こんな所で?学校はいいの?」
シンジはミサトに説明した。
ゲンドウが代理人を紹介してくれる為、ネルフに来たことを。
「ふ〜ん、司令がね。司令の代わりに私が行ってもいいわよ。どうせ、アスカの進路相談もあるから」
ミサトはアスカに進路相談の件を頼まれていたことを思いだし、シンジに言った。
「ミサトさんが?…………………………やっぱり遠慮します」
シンジは長い沈黙の後にミサトの好意を辞退した。
「えらく長い沈黙だったわね。そんなに私って信用無い?」
ミサトはシンジに訊ねた。
「あ、いえ、そんなんじゃないんです。ただ……」
慌てて訂正するシンジ。
「ただ?」
ミサトがシンジに問う。
「父さんが紹介してくれるのに……僕がミサトさんに頼んだら…父さん」
シンジは、うつむきながらミサトに言った。
「そうね、わかったわ。父さん思いなのね、シンジ君」
ミサトはシンジの気持ちに気づき微笑む。
「………そんなんじゃないです」
シンジはミサトの言葉を否定した。
「照れない、照れない。じゃあ、私行くから」
笑いながら、そう言い残し、ミサトはエレベーターに乗ろうとした。
だが、何かを思い出したように足を止める。
「あ、レイが来てるわよ。暇なら話でもしに行ったら?」
微笑んでシンジに告げたミサトはエレベーターで上に向かった。
一人残ったシンジは思う。
(僕は父さん思いなんかじゃ…無い。
ただ、怖いんだ。父さんとの生活が壊れそうで……怖いんだ。)
(臆病者だな……僕。)
シンジは自分を臆病者と決めつけていた。
それからシンジは、ミサトが去ったエレベーターを見ながら一つのことを決めた。
(そういえば、ミサトさん。綾波が来てるって言ってた…。)
シンジはレイに会いに行ってみようと決めた。
この時、九時三十二分。
<赤木リツコの研究室>
シンジがレイのもとに向かった時刻。
リツコとナオコの赤木親子が会話をしていた。
「母さんの理論は解ったわ。でも、余裕が無いのも事実よ」
リツコはナオコが作ったレポートを手に話しかけた。
レポートの表紙には、『MAGI V計画』と記してあった。
「それは、重々承知してるつもり。でもね、リッちゃん。MAGI Vを完成させなければ…日本支部は終わるわ」
ナオコはリツコに真剣な表情で言った。
「何が終るっていうの?」
リツコはナオコが何を言っているのか理解できずに訊ねた。
そしてナオコは説明した。
日本支部以外のネルフが敵に回った瞬間があった事実を。
「ふ〜ん、そうだったの。全支部を相手にするなんて、母さんスゴイじゃない。」
リツコは驚かずに平然とした顔つきだった。
「ふ〜んって、リッちゃん驚かないの?」
ナオコがリツコの表情を不思議そうに見つめ訊ねる。
「驚いたわよ。でも、母さんがいるから、これからも大丈夫でしょ?」
そう言ってリツコは微笑んだ。
「もう、リッちゃん!真面目に話を聞きなさい!」
そう言いつつ、ナオコも微笑む。
ナオコは微笑んだ後、ゆっくりと真剣な顔つきになる。
そして話し掛ける。
「あのね、リッちゃん。MAGI を完成させることは、私の希望でもあるの。だから…」
リツコは母親が真剣に頼んでいる表情を見る。
そして優しい表情で話した。
「なにも反対って言ってる訳じゃないわよ」
「……リッちゃん」
嬉しそうにリツコを見つめるナオコ。
「ただし、私にはエヴァの仕事もあるから、あまり手伝えないけどね」
そう言ってリツコは笑った。
「大丈夫よ。私が三十代の頃は、もっと忙しかったから」
ナオコはサラリと言ってのけた。
リツコはナオコの言葉にピクピクと反応した。
(……か、母さん、遠回しに私が暇だといいたいのね?!)
そして、青筋を立てながら一言。
「…母さん、間違ってるわよ」
「あ、ごめんなさい。二十代だったかしら?」
年齢を間違ったのかと訂正するナオコ。
「三十代であってます!」
さらに頭に血が上るリツコであった。
結局、なんだかんだで三十分後に、MAGI Vの建造計画が決まった。
この時、十時六分。
<パイロット待機室>
「綾波?」
シンジが待機室に入りレイを探している。
「あっ!ご、ごめん!」
顔を真っ赤にしたシンジは、すぐに後ろを向きレイから目を背けた。
シンジはレイがプラグスーツに着替えている所に出くわした。
レイは裸だった。
「………どうしてココにいるの?」
レイはプラグスーツを着ながらシンジに話しかける。
「あ、あの…父さんに呼ばれて…暇だったから…ミサトさんが綾波がいるって」
シンジは必死に説明しようとするが、あせって上手く説明出来無い。
「………そう」
レイはシンジの言葉を一言で返しただけだった。
シュッ。
プラグスーツを密着させる音がする。
レイはプラグスーツに着替え終わった。
「…もう、いいわ」
シンジに話しかけるレイ。
「う、うん」
シンジは顔を赤くしながら、ゆっくりとレイの方を向いた。
「私に…会いに来たのね?」
レイが無表情に訊ねる。
コクリとレイの言葉に頷くシンジ。
「………そう」
レイが呟いたとき、シンジにはレイが微笑んでいるように見えた。
沈黙する二人。
しばらくして、レイは時計を見た。
待機室の時計は、十時二十分になろうとしていた。
「私…実験があるから……」
レイはシンジに話しかけ待機室を出て行こうとした。
「あ、綾波、実験見ててもいいかな?」
シンジは顔を赤くしながらレイに訊ねた。
「………好きにすれば」
レイは無表情で、素っ気無い返事を返すだけだった。
「じゃ、好きにする」
シンジは微笑んでレイの後に付いて行った。
つづく
あとがき
参りました。登場人物が多すぎます。(笑)
全員を書き込めません。書き込もうという考え方に無理があるのかもしれません。う〜ん、どうにかしないとね。