ネルフのゲート前で、覆面を被った義足の男が警備員に呼び止められていた。

警備員の職務質問に対し、男は面倒臭げな顔で思考する。

(墓場の門。…通過儀礼。)

 

 

 

僕は僕で僕

(124)

 

 

 


 

<MAGI 中枢部>

 

オレンジ色の薄暗い照明。

子供が一人通れるぐらいの空間、四角いマンホールのような通路に響くキーボードを叩く音。

先程までアスカの病室に居たミサトであった。

狭い空間、窮屈な猫背の姿勢で真摯にキーを叩く。

その理由。

加持リョウジの置き土産。

決死の思いで加持が残した情報。

それをもとに、リツコが司令室に呼び出された隙に、MAGI への侵入を果たす為であった。

加持の残した情報は真実を知るための手段。

謎に包まれていたものに直接アクセスする方法。

MAGI への侵入手段と視認すべき情報の在り処であった。

そんな危険なアクセスの末、ミサトが手にした情報は、補完計画、委員会、ネルフ、アダム、エヴァ。

真実。

これまで近づきたくとも近づけなかった真実がそこにはあった。

 

数分後。

膨大な情報を選別し、識別し、認識すると、ミサトはキーを叩く手を休め、疲れた溜息と共に呟く。

興奮、脅威、恐怖、混迷、嫌悪、全てが入り混じった呟きを。

「糞みたいな真実…」

一つ呟くと、ミサトは足元に置いていた煙草と缶コーヒーを手に取った。

残り少なくなった煙草を唇に挟むと、これまでの作業で疲れを感じたのか、瞼を閉じながら思考する。

(この事実、シンジ君は知ってるのかしら?)

そんなことを思った後、ミサトはゆっくりと瞼を開けると、誰に言うわけでもなく呟く。

ネルフの病院施設でシンジとすれ違った際、リツコから聞いた言葉を。

「総司令の御墨付き。もうじき消える少年は…」

 

 

<アスカの病室>

 

シンジが面会謝絶のアスカに会えたのには理由があった。

総司令の御墨付き。

残り短いシンジには、ゲンドウから特別な権限が与えられていた。

会いたい者には会っていい。行きたい場所には行っていい。

少なからず自由な権限が与えられていた。

 

『愛してる』

アスカの発した言葉は一瞬シンジを喜ばせたが、結果的には失望の表情を浮かべさせるものであった。

この状況での『愛してる』という言葉の価値は、無きに等しいものと感じられたからである。

(アスカも…山岸さんと一緒なんだ。)

絶望。

折角会いに来たのに、アスカは山岸さんと一緒の状態。

もしかすると、山岸さんよりも酷い状態なのかも知れない。

僕に『愛してる』なんて言ってるし…。

 

(ん?)

アスカにとって、シンジの反応は意外だった。

笑顔で喜んでくれたまではいい。だが、その後が頂けない。

妙に深刻ぶった表情を見せ、肩を落としているのだから。

(嬉しくないの?)

頭に巻かれた包帯を軽く掻きながら思考した後、
アスカはベットから体を起こすと、真っ白な病院服に裸足という姿でシンジの元へと歩みを寄せる。

不意。

穏やかな表情で悠々と歩み寄るアスカの耳に、俯き加減にシンジが口にした言葉が届く。

「…アスカも精神汚染されてるんだね」

躓。

唐突な勘違い発言に、思わず前のめりに倒れそうになるアスカであったが、間一髪の所で体を支えるものがあった。

胸に触れる、華奢な手。

目の前には泣きそうな顔、痛みを堪えたような顔。

転倒しかけたアスカを支えたのは、シンジの腕と瞳であった。

腕、体、顔、瞳、体温、全部。

シンジを感じる。

いつもこうだった。いつも、いつも、こうだった。

いつのまにか私を支えて。

いつのまにか私を見ていて。

いつのまにか私の中にいて。

いつのまにか私の大切な場所にいて。

いつのまにか私に必要な存在になっていた。

感じる。

シンジを感じる。

体が震える。鼓動が早くなる。体の芯が熱くなる。

(頬が、体が…熱い。)

抑制のきかない想い。

感情の赴くままに抱きしめようと理性の箍(たが)を外し、両腕に力を込める。

(シンジ…。)

だが、次の瞬間にアスカは心象は一変してしまう。

これまでの想いを逆撫でするような、シンジの言葉が原因であった。

「御免ね。…僕のせいで」

苛。

苛つき、ムカつき、腹が立つ。

どつき倒したくなる感情が、アスカの胸を駆け巡る。

(相変わらずの自己悲観。こいつの性根、まだ直ってない。)

雰囲気、気分、一切合切ぶち壊し。

怒り心頭。

(この馬鹿ッ。)

先程までとは全く逆の感情に体を震わせると、アスカは強引にシンジを引き寄せ、おもむろに首筋へ噛みつく。

歯形が残るくらいに思いっきり。

「ねぎぃぃぃッ」

病室に響く、断末魔のような悲鳴。

その声に少しだけ苛立ちが収まったのか、アスカはゆっくりと歯を首筋から離した。

何が起こったのか理解出来ないシンジは、驚きと激痛の入り混じった困惑の瞳を見せる。

だが、そんなことに構いもせず、アスカは唯、自らの想いを告げるだけだった。

「私は狂ってない。私の精神はマトモ…」

頬と頬。

シンジの頬に自分の頬をすり寄せると、アスカは目を閉じながら小さな声で囁(ささや)きかける。

優しげな表情で。

「だからもう一回言ったげる。…愛してる。好きって意味」

困惑。

突然の告白に戸惑いながらも、シンジはゆっくりと現状認識に努める。

頬に伝わる暖かなぬくもりを感じながら。

(僕を?…僕のことを?
父さんも、ネルフも、皆が与えてくれなかったものを、アスカが与えてくれる?
僕を、僕を、僕なんかのことを、好きだと言ってくれた?)

頬の感触。

頬に伝わる人のぬくもりを感じながら、シンジは理解した。

初めて自分を好きといってくれる人がいたことを。

紅潮。

信じられないような事実に恥じらいを感じたのか、シンジは唐突に耳を赤くする。

(馬鹿、赤くなっちゃって。)

急激に赤くなった耳に気づくと、アスカは悪戯っ子のような微笑を見せ、耳元に軽く吐息を吹きかける。

敏感な体。

甘美な刺激がシンジを襲う。

今まで経験したことのない好奇的な刺激に、肉体は条件反射的に声を立てる。

「…あっ」

その声を発端とするかのように、二人は床に倒れこんだ。

絡み、縺れ合うようにして。

 

 

<ネルフ内、自販機前>

 

疲労。

肉体的に、というよりも精神的に疲れた。

あれだけ綿密なデータを短時間で入力するのは、MAGI に使徒が侵入した時以来だと思った。

(とりあえず終わって良かった。)

肩の荷が下りたような感覚を抱きながら、マヤは自販機に小銭を入れようとしたが、別人の手よって遮られた。

「お疲れ様」

別人の手によって自販機に小銭が投入されると、それまで怪訝な表情をしていたマヤは嬉々とした微笑を浮かべて答える。

「お疲れ様です。先輩」

小銭を投入した人物がマヤの先輩であり、上司でもあるリツコだったからである。

リツコは微笑みに頷いて答えると、視線で缶ジュースを買うことを促した。

慌てて自販機のボタンを押すマヤを眺めながら、リツコは穏やかな表情で訊ねる。

「データ入力、無事に終わった?」

「はい。無事に終了しました」

「そう、良かったわ」

何が良かったのだろう?

自ら訊ねながらも、リツコは自分の言葉に疑問を覚えざる得なかった。

疑問。

シンジが助かることが?概算数値が正しかったことが?母さんが協力してくれたことが?

(違う。…この結果を彼に誉められることが)

疑問への回答。

自らの思考の結末の程に、嫌悪感を抱くリツコだった。

「あの、先輩?」

急に深刻ぶった表情を見せるリツコに不安になったのか、マヤは覗き込むような顔で話しかけた。

「御免なさい。何?」

自分の声に気づいてくれたことに安堵すると、マヤは先程の作業で気になっていたことを訊ねる。

類似性のある数式。異常な数値。その計測結果の辿り着く先を。

「先の入力作業、エヴァを時空移動させるつもりですか?」

正直、リツコは驚いた。

たかだか数時間の入力作業だった筈だ。

その数時間でマヤは答えを導き出したというのか?

「私的見解、あくまで私的な見解ですが、初号機を時空移動させる為の計測作業だと見受けました」

驚くリツコを他所に、マヤは穏やかな口調、純粋な真っ直ぐな瞳で自ら辿り着いた結論を話した。

成長。

いつまでも後輩兼助手とばかり思っていたが、考えを改めなければならない。

自分で考え、自分で導き出し、自分の足で歩き出そうとしている。

リツコは、後輩であるマヤの成長を認めざるえなかった。

認識した後、リツコは驚きと感嘆の吐息を吐き出すと、俯き加減に口を開く。

「正解。このことは極秘事項。そのつもりで」

不条理。

返事としては適応しても、自らの胸に湧いた疑問には不適当である。

幾ら数値計測が完璧でも、不測の事態、人類が経験したことのない空間での影響をどうするつもりなのか?

たとえ数分、数秒であったとしても、人間の体は脆い構造をしている。

搭乗者に使徒戦以上の危険を冒させようとしているのか、この人は。

疑問を胸に、マヤは口調が厳しくならぬよう語気を抑え、穏やかな表情で訊ねる。

「肉体に対する影響はどうするつもりですか?
実証も無い状態で初号機に、いえ、シンジ君に何をさせるつもりなんですか?」

「実証?シュレーディンガーの猫みたいな質問ね」

「ですが、先輩も同じようなことを初号機に実施させようとしています」

手厳しい言葉に、リツコは口元で微笑むと、ゆっくりと顔を上げて答える。

初号機の可能性。

『シュレーディンガーの猫』にならない為の可能性を。

「ATフィールド」

思考に響く衝撃。

意外な予測外の回答に、マヤは驚きを隠せなかった。

確かに『ATフィールド』を思考に加えれば、その可能性は無限に膨らむ。

しかし、無謀な賭けである。

多次元空間を外向きに維持しつつ時間の干渉を受けるなどという事は。

マヤは自らの脳裏に湧いた回答に戸惑いつつ呟く。

「あ…でも、そんなこと、可能な筈が」

「MAGI もエヴァも現実に稼動するまで不可能と言われていたわ。それに今の初号機なら可能性は十二分にある」

「今の初号機なら?」

「護りたいと想う心。…いまだに理解し難いものでもあるけど」

知れば知るほど、話せば話すほど、疑問に疑問が重なっていく。

混迷に達したのか、マヤは缶ジュースを握り締め、首を横に振りながら訊ねる。

「理解出来ません。エヴァンゲリオンって何なんですか?」

「言葉の通りよ。…ラテン語で、喜びの知らせ。
新世紀へ喜びの知らせを運ぶ方舟。喜びの知らせのため新世紀に向かう方舟」

そこまで言った後、リツコは困惑するマヤを優しげに見つめながら言葉をつなぐ。

「心を、人の想いを乗せることが可能なのよ。エヴァは」

 

 

<ナオコの研究室>

 

会話しながら入室してくる二つの影。

青葉とコダマの影であった。

廊下で出会い、行く先も一緒だった為、二人並んで歩いていたのであった。

入室するなり、青葉は誰に話しかけるという訳でもなく口を開く。

「感情というものは難しいな。特に恋愛感情って奴」

「?」

「恋愛感情に勝てるものは無いのかも知れない。愛だな、愛」

「あ、愛ですか…」

意味のわからない発言の連続に、コダマは戸惑うだけだった。

だが、青葉は彼女の戸惑いなど気にしない。

唯、自分が納得出来れば良かっただけだった。再認識出来れば良かっただけだった。

レイと自分の関係を。

青葉は手近の椅子に腰掛けながら話す。

「見守り支える感情ではなく、求め合い支え合う感情。根本的に俺と違ってたんだ」

「感情」

「とりあえず俺の負けだな」

「負け?」

「シンジ君に負けたのさ。美味しいところ全部持ってかれちまった」

全く理解出来ない。

青葉が何を言っているのか、何のことを言っているのか、コダマには全く理解出来なかった。

このまま謎な会話を進められては更に疑問が増すばかり。

背後の机に寄りかかると、コダマは疑問を解消すべく訊ねる。

「…その話って、私が関与したデータが影響してます?
それとも、さっきの入力作業ですか?初号機関連だったみたいですけど」

「入力?」

今度は青葉が疑問符を発する番であった。

入力作業が行われていた事実も知らないし、それが初号機に関することなど知る筈もない。

青葉は更に疑問符を発して入力作業のことを訊ねようとしたが、その答えは意外な所から得られた。

椅子の後ろ側、部屋の隅、高く積み上げられたナオコの蔵書の陰からであった。

「希望を構築するための入力作業よ」

「え?あ、赤木博士?いつから?」

驚くコダマの瞳には、本を片手に直立するナオコの姿が映っていた。

ナオコは二人の姿を一瞥すると、本を小脇に抱えた格好で口を開く。

「貴方達が入室してくる前から居たわよ。それと、コダマさん。入力が終わったからって気を抜いては駄目」

「は、はい」

「よろしい。じゃ、これあげる」

緊張混じりのコダマの返事に頷くと、ナオコは脇に抱えていた本を差し出した。

ノイマン著、『人工頭脳と自己増殖』という題名の本であった。

「へ?あの?」

「片付けものしてたら出てきたの。昔、読んでた本。MAGI の発端となった本でもあるわ」

「凄〜い。頂いちゃっていいんですか?」

「どこにでもある文献よ。それに、今となっては古い知識ばかり」

「そ、そんなことないです。ありがとうございます!」

予想以上に喜んでくれたコダマに苦笑すると、ナオコは机の上にあった資料の束を取り、差し出しながら話しかける。

「御礼と言っては何だけど、この資料、リツコに渡して来てくれない?」

「お安い御用です」

洒落た敬礼の仕草で受諾の言葉を口にすると、コダマは軽やかな足取りでリツコの許へと向かった。

二人きりになった室内。

横目で窺うように青葉を見ると、ナオコは神妙な面持ちを見せ、首の辺りを軽く触りながら話しかける。

「綾波レイは、どちらを望むのかしらね。…絶望の現実と、無謀の未来と」

 

 

<アスカの病室>

 

最悪だった。

欲情に身を任せ、興奮に体を絡め、全てを委ねた時点では興奮と快感が体を支配し、最良とも呼べる状態だった。

だが、うなじを吸われ、荒々しく上着のボタンを外され、アスカの指が胸に触れた瞬間に感覚が一変した。

強烈な感覚が脳を貫く。

震える肌。

全身に虚脱感が走り、異常なまでの嘔吐感がシンジを襲う。

息を飲み込み、嘔吐感を抑える。

下腹部に力を込め、虚脱感から回復しようと努める。

だが、アスカはシンジの様子に気づくことなく、唇を吸おうと顔を近づける。

堪らない。

抑えきれない感覚にシンジは虚ろな瞳で呟く。

「…気持ち悪い」

 

数分後。

室内には鬱屈とした時間が流れていた。

アスカはベットに戻り朧げな瞳で、上着のボタンをとめるシンジを眺めていた。

上着の第2ボタンをとめ終わろうとする時、アスカが無機質に呟く。

「私、汚れてる?」

シンジは不思議な言葉だと思った。

今までのアスカには不釣合いで、奇異な言葉に感じられた。

(何でそんなことを訊くんだろう?)

違和感を感じながら、シンジはアスカの瞳を見つめた。

真っ直ぐに注がれる青い瞳。

だが、どこか焦点の定まらない瞳。

(…やっぱり何か変だ。)

異常ではない、だが微妙に様子が違う。

不確かな不可思議なものを感じるシンジに、アスカは更に問いかける。

「ねぇ、私、汚れてる?醜く、汚く、歪んでる?」

汚損。

アスカは自己疑念を抱いていた。

求愛、拒絶。疑念を抱く理由は簡潔であった。

使徒に心を犯され、弄られ、辱められた。

拒絶の後、その記憶を思い出したからであった。

「き、綺麗だよ。綺麗な髪だし、瞳だし、肌だって白いし…」

緊張気味のシンジの言葉。

埋まらない。

そんな答えじゃ、損なった心は満たされない。

上面だけを見た言葉は要らない。胸の奥に届く言葉が欲しい。

乾き。

心を潤す言葉が欲しい。

「心は?」

飢えた問いに返ってきたのは、戸惑いの回答。

「僕には見えない。でも、僕より綺麗な筈だよ。…絶対」

悲しい。

シンジの言葉が悲しかった。

他人と比べて自分を蔑んでいる。悲し過ぎる生き方をしているシンジを感じてしまったから。

ゆっくりと額の包帯に触れると、アスカは俯き加減に呟く。

「自己軽蔑」

だが、呟きに対しての言葉は意外なものであった。

「違う、と思う」

小さな驚きの瞳を見せるアスカを他所に、シンジは自分の胸を抑えながら言葉をつなぐ。

「僕は人間じゃないのかもしれない。…僕は僕じゃないのかもしれない」

何を言ってるの?

哲学的なことを話すような奴だったろうか?

自己悲観の辿り着く先だとでも言うつもりなの?

脳裏に疑問を浮かべた瞬間、更なる驚きがアスカを襲う。

院内、ネルフ施設全域に奇妙なアナウンスが流されたからであった。

-D20が発令されました。現時刻をもってネルフ本部は破棄されます。
ネルフ全職員、関係者は速やかに退去してください。繰り返しお伝えします。D20…-

奇妙を通り越し、異常であった。

使徒の警報・勧告が無い中での本部破棄の放送。異常事態である。

アスカは驚きに彩られた瞳を見せながら声を立てる。

「退避勧告?職員全員?」

無感動。

驚きも焦りも感じないのか、シンジは表情の無い顔を見せて思考する。

(…厭だ。)

 

 

<MAGI 中枢部>

 

食後の一服ならぬ仕事後の一服をしていた時、ミサトは退避勧告を聞いた。

煙草を缶に入れ、火を消すと、ミサトは緊張した表情で思考する。

(放棄命令?警報も鳴らさずに?冗談でしょ?)

怪訝な思いを抱くミサトであったが、いつまでも思考している訳にはいかない。

軽い舌打ち混じりに、現状に一番適した言葉を呟く。

「何にしてもヤバイッ」

 

 

<司令室>

 

ゲンドウ不在の司令室では、冬月が一人の男を出迎えていた。

先刻、ゲート前で質問を受けていた覆面義足の男であった。

赤いラインの入った覆面。覆面からはみ出した黒髪。くたびれたワイシャツにスラックス。

両手はスラックスのポケットに突っ込んだままの格好。大胆とも感じられる姿であった。

冬月は男を一瞥すると感慨深げに話しかける。

「よく生きていたものだな」

「悪運、と言いたい所ですが、正直な所まだ利用出来る価値があると思われたようです」

男の口にした苦笑混じりの言葉に、冬月は瞬時に推察した。

彼が生還出来た理由、その裏にある組織を。

「日本政府か」

冬月の言葉に対しての男の回答は、肯定と取れる無言の頷き。

推察が事実と重なったことを認識すると、冬月は今後の見通しをかねて訊ねる。

「…交渉は失敗かね?」

「結果的に言えば失敗です。
委員会の手が伸びていると見て間違いありません。近いうちに大挙して訪れる筈です」

「それを知らせる為に?」

「いえ、本来の目的、私が来た理由は別にあります」

「この報告よりも重要な目的…。フィフスかね?」

現実課題として一番重要な問題。フィフス・チルドレン、五番目の適格者。

冬月は現状で最も適したと思われるものを推察し、訊ねてみたが、
男は苦笑いのような微笑を見せ、小さく首を振って答えるだけだった。

不正解の意思表示。

首を横に振るという行動をそのように認識すると、
理由のない男の来訪に疑念を感じたのか、冬月は一瞬訝しげな表情を見せた。

欣。

冬月の表情を見逃さなかったのか、
男は義足を軽やかに鳴らすようにして立ち位置を糺すと、穏やかな表情で口を開く。

「…墓場。墓場に入る為って所です」

 

 

<ゲート前>

 

ネルフのゲート前で、灰色の髪を持つ学生服姿の少年が警備員に呼び止められていた。

警備員の職務質問に対し、少年は満面の笑みを持って答える。

「カヲル。四号機操縦者、渚カヲル」

 

渚カヲルは赤い瞳をしていた。

 

 

 

つづく


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あとがき

ウソヲツキマシタ。

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