人工進化研究所。
空虚と絶望が交差した部屋は、空虚だけが支配していた。
少女。零号機操縦者、『綾波レイ』の姿が消えていたからであった。
僕は僕で僕
(120)
<作戦司令部>
大涌谷。
使徒の出現位置であり、今回の主戦場と想定された場所である。
作戦司令部の中央モニターには、深緑繁った山間部と16番目の使徒の映像が映っていた。
「膠着状態ね…」
中央モニターの映像に、ミサトは独り言のように呟いた。
モニターには、使徒の映像の他に、山腹部で互いに距離を置き、スナイパーライフルを構える、エヴァ二体の映像が映し出されていた。
地上への遠距離射出後、使徒への接近の試み。
ここまで、作戦としては上出来である。
だが、作戦内容としては無きに等しい。
敵である使徒の動きが、皆無。故に本来の目的である、情報収集が果たせずにいたからである。
(こちらから仕掛けてみる?…駄目ね。迂闊に手を出すと、噛みつかれる。前回の二の舞になる可能性がある。…ったく、癪な相手。)
慎重。
前回の戦闘で得た反省を活かし、今回は、慎重に慎重を期した作戦展開を見せていた。
司令席。
ゲンドウと冬月は、膠着状態の戦闘を寡黙に見つめていた。
そこへ、背後から声が響く。
「何をなさってるんです」
過分に怒気を含んだ言葉。
唐突に放たれた感のある言葉に、冬月とゲンドウが視線をやると、そこにはナオコが白衣片手に立っていた。
苛立たしげに、眉をひそませながら。
「赤木君か。何用かね?」
「何をなさっているのかッ、私の問いが先です」
冬月の問いを語気荒く退けると、ナオコは二人を睨みつけるような視線を見せた。
怒り。
何故ナオコに激情が湧き起こったのか理解出来ず、冬月は呆気に取られたような表情を見せつつ、視線を下げた。
怒りの矛先は、恐らく自分では無く、視線を下げた先に居る人物、ゲンドウであろうことを推察して。
その推察宜しく、ゲンドウが静かに口を開く。
「見ての通り、使徒戦だ。私はネルフ総司令。無視する訳にもいくまい」
「違います」
無表情にゲンドウが放った言葉を否定すると、ナオコは湧き上がる激情に眉を震わせた。
止め処無い、怒りの感情。
だが、声を上げて罵る訳にはいかない。
会話内容が、周囲に漏れては不味い事情があるからだった。
ナオコは怒りを知性で押し殺すようにして平静を装うと、手に持った白衣を差し出しながら言葉をつなぐ。
「貴方は司令である前に、『碇シンジ』の父親で在るべきです。
貴方なら、貴方になら、彼を救える可能性を見出せる筈です。違いますか?碇所長」
(…そういうことか。)
所長。
数年前のゲンドウの肩書き、人工進化研究所・所長。
冬月は懐かしい響きのある言葉を聞き、ようやくナオコの怒りの理由を悟った。
死に至る病。シンジの病。
絶望的な死の病が、ナオコという聡明な女性を、怒りという激情に走らせたことを。
だが、冬月は、敢えて口を挟むような真似はしなかった。
少なからず、ゲンドウの回答が気になったからであった。
間。
短い間が三人の間に流れると、ゲンドウが自嘲気味に口を開く。
「実験、試験、治験、軽く見積もっただけでも数年はかかる。それを使徒戦を差し置いて実施しろなどと…。無駄な行為、愚行だよ」
「ッ!」
冷徹、冷淡、冷酷。
残酷なゲンドウの言葉に、ナオコは怒りが頂点に達したのか、白衣を投げつける仕草を見せた。
だが、その行為は仕草だけで終わる。
驚きの表情で動きを止めるナオコ。その瞳に映るもの。
ゲンドウの胸倉を掴む、冬月の姿だった。
日頃、穏健な雰囲気を漂わせている分、その行為はナオコの目に奇異なモノに映った。
だが、冬月はナオコの視線など無視し、静かに、激情を漂わせながら話しかける。
真摯に睨みつけながら。
「子を捨て、妻を捨て、人類を選ぶ。…それは、委員会と何ら変らぬ未来を選ぶということか」
「離せ、冬月」
ゲンドウは司令として、あくまで冷静に言い放った。
どのような状況に陥っても動じない男、まさに司令という職に相応しい男である。
その言葉を受け、冬月は自らの立場を理解してか、ゲンドウを理解しようとしてか、胸倉を掴んでいた手を離した。
尋常ではない空気。
穏やかならざる雰囲気。
司令と副司令が反目し合うという異常な状態の中、ゲンドウは整然と衣を糺すと、静かに口を開く。
「私は計画を裏切る気は無い」
「どちらの計画だ」
「冬月、私を失望させるな。
私は…人類よりも自らの幸せを願う、傲慢で驕慢な、ヒトという救い難い生き物だ」
「…」
真意。
ゲンドウの真意を図りかね、冬月は沈黙という形で次の言葉を待った。
「我々の計画は予定通り実行される。若干のズレは修正範囲内だよ。
シンジに死すべき時が来るというならば、時を緩めてしまえばいい。…エヴァという揺り籠の中でな」
(時を緩める?…エヴァという揺り籠。)
朧げながら見えてきた真意。
冬月はゲンドウの言葉を元に推測を始めた。
この男と共に遂行するべき計画、シンジの死という計画のズレの修正、時を緩めるという行為、エヴァの揺り籠という言葉の意味を。
推察の最中、それまで二人の話を静観していたナオコが口を挟む。
「意図的な過剰シンクロ?」
過剰シンクロによるLCLへの融解。
遺伝子そのものを再構築する為の、意図的なコアとの接触。
ナオコの言葉の意味は、まさしく其処であった。
だが、ゲンドウは不敵な笑みと共に、ナオコの推論を退ける。
「悪くは無い。だが、そのままでは委員会の格好の餌食だ」
理解。
ようやくゲンドウが実行しようとしていることを理解し、冬月は納得した瞳を見せた。
冬月は軽く腕組みした格好で、自らが推測した計画の修正法を述べる。
「…四号機の見せた可能性か」
不敵な微笑。
口許だけで短く微笑むと、ゲンドウは静かに肯定の言葉を口にする。
「ああ、その通りだ」
再び司令部。
一向に動きに変化が見られない使徒。
このまま時間を浪費するだけかと思った矢先、使徒の識別コードを見ていた日向が声を立てた。
「パターン、青からオレンジへ周期的に変化しています」
「どういうこと?」
理解不能な報告であった。
パターン青は、使徒であると判明したときの呼称。
パターンオレンジは、対象が正体不明の時の呼称。
即ち、使徒が周期的に、体の構成要素を変化させているということになる。
その問いに対し、マヤが手許のMAGI のモニターを見ながら報告する。
「MAGI は回答不能を提示しています」
スーパーコンピューターMAGI ですら回答を拒むほど、難解な敵。
何とも言い知れぬ不安が、司令部内に充満するかと思われた時であった。
MAGI を制御する人物、リツコが中央モニターを見つめながら口を開く。
白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、妙に冷めたような表情で。
「一つだけ、分かったわ」
「何?」
「あの形が固定形態で無い、ってことがね」
リツコのとの会話から得た知識を元に、ミサトは真摯な眼差しで思考する。
これまでの使徒戦との比較、今後の見通し、対処策を。
(不定形生物。第11使徒以降の専売特許ね。化学兵器並に厄介。…いえ、対処策が不明確な分、こちらが不利。)
結局、ミサトの結論は`亀´であった。
手も、足も出さず。
堅固に守勢に回った方が、活路を見出せるのではないか?
憶測に近い作戦であるが、正体不明の敵に対処する手段としては、ある程度有効な策であることは確かである。
ミサトは回線を手に、弐号機とJAへ指示を下そうとした。
「アスカ、霧島さん、もうしばらく様子を見」
だが、唐突なアスカの声に遮られる。
-来るッ?!-
<弐号機、プラグ内>
弐号機操縦者は屈強である。
他のチルドレンと比べても、見劣りするものではない。
戦闘目的、戦闘能力、戦闘的勘。
バランスという点で見れば、恐らく、この少女の右に出るものは存在しないであろう。
少々過分なまでの誉め言葉かもしれないが、この少女は、天才を自負してもいい程の戦闘的センスを持ち合わせている。
そして、使徒と睨め合い、戦闘センスが鋭敏に研ぎ澄まされた一瞬。
それまで定点回転を続けていた使徒は、回転を止めると、紐状に変化し、まるで海蛇のように襲い掛かってきた。
「来るッ?!」
敏。
アスカは使徒の動きを見逃さず、感覚的な動きで対処を開始していた。
弐号機の腰を浮き立たせると、一寸後ずさりを見せた。
この時、パレットライフルを放つという手段もあったのだが、戦闘的勘でトリガーを引かなかった。
もし撃っていたとしたら、恐らく使徒に回避され、逆撃を喰らっていたであろう。
刹那の判断力。
アスカは右腕でパレットライフルを担ぐと、使徒の動きを読む為、両の眼を見開いた。
尋常でない速度で襲い掛かる使徒。
使徒の動きを逃すことなく、追い詰める青い瞳。
光の紐、使徒が弐号機に接触しようとした瞬間。
「どんぴしゃッ!」
アスカは研ぎ澄まされた反射神経で、使徒の体を掴んだ。
弐号機が力強く左手で使徒を握ったのを認識すると、アスカは何の躊躇(ためら)いも無く攻撃を仕掛ける。
足で紐の胴体部を押さえ込み、右肩のパレットライフルでの、零距離射撃。
苛烈な攻撃。
弐号機右肩に担がれたパレットライフルから、アスカの肩に衝撃が伝わる。
誰もが決まった!と思った瞬間、アスカは舌打ちをしていた。
「ちぃッ!」
確かに攻撃を、零距離射撃を加えた。
だが、使徒は`かすり傷´どころか、何の変化も見せていなかった。
迷。
困惑にも似た迷い。
使徒が無傷だったことが戦闘判断を迷わせたのか、アスカは一瞬だけ隙を見せた。
そして、そんな心の隙を使徒が見逃す筈は無い。
柔。
瞬時に柔らかな動きを見せると、使徒は体の末端部分を伸ばし、弐号機の腹部に接触する。
弐号機腹部に突き刺さる、使徒の紐状の体。
接触部分からは、植物の葉脈の筋のようなものが広がっていく。
腹部から胸、胸から全身へと。
同調。
弐号機とシンクロしているアスカにも、葉脈の筋が広がっていた。
真紅のプラグスーツに浮き立つ葉脈。
歪む顔。
「あ゛ぐ…」
苦痛、快感。
貫かれる苦痛に顔を歪め、脳を刺激する快感に頬を染める。
異常とも取れる感覚が精神を犯す。
最悪な状況、混乱する感覚、アスカは必死の形相で呟く。
「…こいつ、弄(なぶ)る気?」
<作戦司令部>
(使徒が積極的に一時的接触を試みている?…弐号機と。)
弐号機の精神波系データを見つめながら、リツコは思考を巡らしていた。
使徒の目的、行動原理、その真意を知ろうとして。
だが、事態は思考を進めることを許さない。
「弐号機の生体部品が侵されていきます!」
弐号機のモニターを見ていたコダマが、声を上げて報告したからだった。
断。
使徒への思考を断ち切ると、リツコはコダマのモニターを見つめ、焦りにも似た表情で口を開く。
「危険ね。既に5%以上が生体融合されてるわ」
リツコの言葉に軽く舌打ちすると、ミサトは瞬時に作戦を構築し、JAへ指示を下す
「霧島さん、待機任務解除ッ。使徒に300迄接近したら、ATフィールド最大でライフルを目標後部に撃ち込んでッ!」
-了…って、弐号機に撃ち込むんですか?!-
「使徒は弐号機を侵食してる!
つまり、弐号機にダメージを与えないことには、使徒は逃げ出さない!以上説明終了!分かったら走るッ!」
-は、はい!-
作戦内容を理解したマナは、直ぐ様行動を開始させた。
その会話を聞いていた日向は、感嘆の瞳をミサトに注ぎながら思考する。
瞬間的に下された指示、判断力、作戦能力に脱帽して。
(凄ぇ…。)
実際、ミサトの作戦指揮官として能力は高い。
彼女自身は気づいていないが、『葛城ミサト』という指揮官は、本来、守勢と逆境の中でこそ真価を発揮する指揮官である。
守勢や逆境の中にあって、勝利の活路を見出し、大胆さと綿密さで構築された作戦を導き出す。
それが、『葛城ミサト』という指揮官の特出した能力であった。
指示を下した後、ミサトは中央に映る弐号機の映像を見つめながら、リツコに訊ねる。
「私の指示に修正の余地は?」
「無い。…今の所ね」
その言葉に安堵したのか、小さく頷くと、ミサトはマヤへと弐号機の状態を訊ねる。
少なからず、アスカの状態が気懸かりなのであろう。
「弐号機の映像モニターは?」
「使徒に侵食されたものと思われます」
「信号回路も?」
「はい。同時に侵食された模様です」
脆い精神、信号回路。
毎度の如く厄介な状況に、ミサトは奥歯を噛み締めながら思考する。
(Sound Only…か。)
<弐号機、プラグ内>
(好きに、…好きにさせない。)
足許にLCLが残ったプラグ内。
アスカは絶え難い感覚に心を支配されまいと、必死の抵抗を行った。
LCLを緊急排除し、ヘッドセットを外し、プラグスーツの機能も全面排除した。
だが、使徒の侵入は止む気配を見せず、侵食の幅は、より広がっていた。
葉脈が大腿部へ、首筋へと広がっていく最中、アスカの意識は深層へと潜る。
否、潜らされた、と言った方が近いかもしれない。
深。
深く、深く、潜っていく意識の中、アスカは人の気配を感じる。
(誰?エヴァ?…違う。私以外の違う何か。)
ゆっくりと目を開け、周囲を見回す。
オレンジ色の広大な草原。
何故か沢山の扉が点在する草原。
異種異様な光景を瞳に映すと、アスカは朧げに感じた気配に向かって問い掛ける。
(アンタ、誰?使徒?)
明確な、声。
アスカの頭に伝わってくる、聴き覚えのある声。
「ねぇ、私と一つにならない」
自分の声。
電話などで聞く自分の声だと判断とした時、朧げな感覚は確かなものとなり、気配は人の形となって姿を、存在を現した。
瓜二つ、全く自分と同じ姿を持つ存在。
恐らく使徒が精神的に構築した存在であることは間違い無い。
だが、アスカはそんなことに気づかず、唯自分と同じ姿を持つ存在に向かって、ある種の感覚を憶える。
嫌悪感。
胸の奥から湧く嫌悪感に顔を背けるようにして、アスカは使徒に答える。
(厭。私は私。アンタじゃないわ。)
「そう。でも、駄目。もう遅いのよ」
淡白。
冷淡にも取れる口調で言い放つと、アスカの姿を持つ使徒は、気味の悪い、歪んだ微笑を見せながら言葉をつなぐ。
「私の心をアンタにも分けてあげる。この想い、アンタにも分けてあげる。…ほら、心が痛いでしょ?」
痛。
肉体的苦痛とは違う、痛み。
精神、心の奥底で悲鳴を上げている自分の心。
誰にも見せたことの無い部分。誰も知らない、知ってくれない部分の痛み。
使徒の口にした`痛み´という言葉に対し、アスカは自らが隠し、封印していた扉を開ける。
(痛い?違う。…独りぼっち?厭。
一人は厭。一人は厭。一人は厭。孤独は厭。孤独は厭。孤独は厭。誰か、誰か私を見て。…私を、私を見て。)
曝(さら)け出される心の奥底。
抉(こ)じ開けられる、心の一番大事な部分。
心臓を撫でられるような感触をアスカが抱く中、使徒の声が心に響く。
「一人が厭なんでしょ。それを寂しいというの」
(寂しい?)
「悲しみを隠し続ける、アンタの心よ」
(あっ…。)
心の奥底に隠されていた真実。
自分自身ですらも気づかなかった真実。
寂しさ。
悲しさ。
それらを忘れる為、堪える為、封印していた筈のものが頬を伝う。
涙。
アスカは頬から伝うものを、両手で受け止めながら呟き声を立てる。
「涙?…泣いてる?私が?…泣くこと、止めたのに」
衝撃!
アスカが呟き声を立てた途端、弐号機プラグ内に衝撃が走った。
醒。
衝撃と同時に、自意識を取り戻したのか、アスカは我に返ったような瞳を見せ、周囲に映る映像を見た。
スナイパーライフルを構える、JA。
衝撃の理由を把握するのと同時に、回線が聴覚に響く。
-アスカッ、生きてる?!直ぐに使徒を追い出すから我慢しててッ!-
鈍い衝撃。
揺れる弐号機と共に、体全体の硬直が、葉脈が緩む感覚。
(使徒が逃げる…?)
感覚から思考したアスカは、瞬時に事の次第を理解した。
マナが自分を攻撃した理由、葉脈が緩んだ理由、使徒が逃げ出す理由を。
操縦桿を荒っぽく握ると、アスカは不敵な笑みを見せながら呟く。
「…駄ぁ目。逃がさない。マナを犯させない」
抱。
弐号機は腹部を押えるようにして、使徒を抱き込む姿勢を見せた。
使徒は弐号機に動きを抑制され、逃げ道を無くした。
急速、急激、急転。
加速する使徒戦。
ある種、異常にも見れるアスカの行動。
その行動は作戦司令部に、緊急事態として認識される。
使徒が急激に弐号機を侵食する映像。異常な光景が映し出されるモニターを見て、司令部の面々は驚きの声を上げる。
-アスカッ!何やってるの?!-
-ATフィールド、反転!一気に侵食されます!-
-使徒を押さえ込むつもり?!-
頬にまで広がった葉脈。苦痛と快感。
異様な感覚を抱きつつ、司令部から伝る音声を聞くと、アスカは不敵な微笑のまま呟く。
「この使徒は危険。絶対にマナじゃ耐えられない。鋼鉄の心を持ってたって、絶対に耐えられない。私が保証する」
-霧島さん、弐号機のプラグを強制射出!-
-了解!-
ミサトの声、マナの声。
二つの声を認識すると、アスカは穏やかな微笑を見せて呟く。
「馬鹿。どいつも、こいつも馬鹿ばっかり」
馬鹿みたいに優しくて、馬鹿みたいに想ってくれて、馬鹿みたいに心配してくれて。
愛しいぐらいに、抱きしめたくなるぐらいに、大切なもの。
ありがとう。
心の中だけで感謝の言葉を呟くと、アスカは自意識へと潜り込んでいる使徒へと、思考で話しかける。
(今、私が何考えてるか、分かる?…分かるわよね、私なら。)
不遜。
不敵な笑みを見せると、アスカは楽しそうに口を開く。
「そう。ママと一緒」
葉脈の浮き立った腕で、弐号機にプログナイフを装備させると、勢い良く自身の頭部へと突き立てる。
溢れ出る鮮血。
薄れ行く意識の中で、アスカが脳裏に描いたもの。
少年の微笑、少年の言葉。
生きてる限り、アスカの勝ちだよ。
<作戦司令部>
騒然とした司令部。
弐号機の行動に呆気にとられ、誰もが驚愕の瞳を見せる中、JAからマナの混乱した声が響く。
-アスカが、アスカが、アスカがぁぁぁッ!!-
「霧島さん、しっかりしなさいッ!」
ミサトは激情を押し殺し、マナを落ち着かせようとした。
だが、取り乱した心は、そう簡単に戻るものでは無い。狂乱したかのような、マナの悲鳴が司令部に響くだけであった。
その最中、コダマが声を上げて報告する。
「弐号機操縦者、心音微弱!生きてます!」
「救護班を!」
「はい!」
「使徒は?!」
「パターン青、使徒健在!」
職員達との会話。
祝報と訃報を同時に受け取ったような印象のある会話。
ミサトはその報せから、訃報だけを受け取ると、マナへ舌打混じりに指示を下す。
「ッ!霧島さん、来るわよ。距離を大きく取り、攻撃を加えながら後退!アスカを回収してる間、使徒を引きつけて!」
だが、返ってきた言葉は悲鳴だった。
-アスカがぁ!-
取り乱した少女の声を聞き、ミサトは煩わしげに髪を掻き上げると、張り裂けんばかりの声を上げる。
「霧島さんッ!アスカは生きてる!だから助ける為に力を貸してッ!」
-あすかぁ…え?-
我に返ったマナの声。
その声を確認すると、ミサトは直ちに先程の指示を下し、次の策を模索する為の思考に入った。
撤退か、攻撃か。
現時点では、二者択一の選択しか残されていなかった。
(今が好機であり、危機。…攻める?…でも、数が足りない。霧島さんだけじゃ、荷が重いわね。)
正直、ミサトは作戦の方針を決めかねていた。
本来ならば、此処で一気に攻勢に持って行きたいのだが、それを実行するだけの余裕、数的余裕が無いことが、決断の邪魔をしていた。
決断と迷いの最中、職員の声が響く。
「葛城三佐!」
「何?」
「零号機ケイジから回線です!」
「後にして…って、零号機ケイジぃ?!」
報告の内容に虚を突かれ、ミサトは驚きの瞳で声を上げた。
それもさもあらん。
使徒戦中、操縦者のいない零号機ケイジから回線が入ることなど、考えられないことだったからである。
ミサトの驚きを他所に、司令席から回線が入る。
-こちらで受けよう。三佐は指揮に専念してくれたまえ。-
「は、はい」
戸惑いつつ言葉を返すと、ミサトは作戦の修正が有り得ることを考慮に入れた。
零号機参戦の可能性という、考慮を。
司令席。
ナオコは救護班の応援に向かった為か、その姿は無い。
ゲンドウ、冬月の姿があるだけだった。
零号機ケイジからの回線を繋げると、そこには専属操縦者が映っていた。
予想通りだったのか、ゲンドウは不敵な微笑を見せると、静かに話しかける。
「綾波レイ。なぜ、ケイジに来た」
-鍵…鍵が掛かってなかったから。-
「違う。零号機へ足を運んだ意味、自らの意思のことだ」
-私は…私。私は零号機操縦者、綾波レイです。-
「使徒と戦うべく、ケイジまで来た。そうとって良いのだな」
-はい。-
「戦う目的は補完計画か?」
-分かりません。…でも、確かなことが一つ。私の中の壊れそうな何かを守る為、…私は戦います。-
ゲンドウの言葉、レイの言葉。
二人の会話を聞いていた冬月は、自嘲するような微笑を見せて思考する。
(芽生えたな…。人の想い、偽りの心が。)
そして、冬月の思考を他所に、ゲンドウの決断は下される。
「搭乗を許可する」
プツ。
指示を受けると、レイからの回線は切られた。
零号機専属操縦者再登録。
一分にも満たない会話で決められた事柄に、冬月は皮肉るような口調で話しかける。
「敵だった者をも利用する。貴様らしいな」
「綾波レイは必要だよ。シンジの為にもな」
「お前が欲しいのは素材だろう。息子と同じ病を持つ、実験の素材として」
不敵な微笑。
それだけで冬月の言葉に答えると、ゲンドウは席を立ち、司令部全体へと指示を出す。
「これ以上被害を増やすわけにはいかん。零、初、参号機、出撃だ」
「宜しいんですか、司令?!」
ミサトの問いに、ゲンドウは中指で眼鏡の位置を直すと、静かに答える。
「出撃だ」
つづく
あとがき
イマイチ感覚が足りない。