日は沈み、夜という時間を迎えた第三新東京市。

ミサトの言葉通り、チルドレン達は意外なほど長い時間を過ごすことになった。

暇を持て余した時間を、間怠いようなプラグの中で。

 

 

 

僕は僕で僕

(116)

 

 

 


 

「…雨」

優しく降りそそぐ慈雨のような雨の中、JAのプラグ内で、マナが小さく呟いた。

プラグ内のモニターには、小さな雨粒が映っていた。

 

 

<作戦司令部>

 

「依然として使徒に動きはありません」

「…そう」

日向からの報告に、ミサトは静かに思考を巡らしながら答えた。

落下するなり、攻撃を仕掛けてくるなり、それなりの動きがあれば対処法もあるのだが、現時点ではその望みも薄い。

(やっぱり射撃策を…。でも)

ミサトは判断を決め兼ねていた。

あまりにも少ない使徒の情報を警戒して、あまりにも少ない使徒の動きを警戒して。

だが、このまま使徒と睨めっこをしていた所で埒があく訳でもない。

ミサトはスゥッと息を飲み込むと、決断の後押しの気持ちを兼ね、隣で珈琲を啜るリツコに訊ねる。

「ポジトロン20X、信用してもいい?」

「…急造仕上げだけど、それなりの威力は有るわ。但(ただ)し、それなりのね」

「何か含みのある言葉ねぇ。ハッキリ言ってくれる?」

リツコの説明を理解し難かったのか、ミサトは眉間に皺を寄せながら訊ねた。

その言葉に、リツコは珈琲を溢さないよう、ゆっくりと腕組みしながら答える。

「理論上は使徒に加粒子が到達するように設計されている。
但し、それは飽くまで理論上。使徒が理論を越えていれば、それまでの話ってこと。…御分かり?」

茶化すようなリツコの話し方に、ミサトは顔色を変えること無く、真摯な眼差しを見せて答える。

「要するに、本作戦で試験(テスト)しろ。そういうことね?」

コクリ。

ミサトの棘を含んだ問いに、リツコは静かに頷いて答えた。

その頷きを確認すると、ミサトは煩(わずら)わしげに髪を掻き上げながら指示を下す。

「作戦を第弐段階へと移行します。青葉君、弐号機への回線を開いて頂戴」

 

 

<弐号機、エントリープラグ内>

 

「雨ねぇ…」

地上の様子が映ったモニターを見て、アスカは気だるさを言葉に醸し出しながら呟くと、
長時間をプラグ内で過ごした所為か、体を軽く伸ばしながら、現状での作戦内容を思考する。

(肉眼での使徒の位置把握は困難だから、完全に照準はMAGI 任せってことか。…それはそれでいいんだけど。)

一息つき、背もたれに寄りかかると、モニターを見つめながら口を開く。

「早く指示出しなさいよね。…ったく、臆病者ばっかりなんだから」

-あら、臆病なのは悪い事じゃないわよ。-

「ミサト?」

アスカのボヤキに言葉を返したのは、ミサトであった。

其れまでのアスカの言葉を聞いていたのか、ミサトは苦笑の笑みを浮かべながら話しかける。

-多少の臆病さがあってこそ、作戦指揮が出来るってもんよ。-

「あ゛〜。もう分かったから、何の用よ?」

ミサトの言葉を愚痴っぽく感じたのか、アスカは苛つき気味に訊ね返した。

その問いに、ミサトは妙に真剣な面持ちを見せながら答える。

-現時点になっても、使徒に動きの気配は認められず。-

ミサトの言葉は、弐号機の出撃が来たことを示唆していた。

ゾワッ。

ミサトの言葉を理解した瞬間、アスカは全身が総毛立つ感覚を覚えた。

恐怖や不安からでは無く、戦いを前にした一種の高揚感からの感覚であった。

アスカはそれらの感覚を強引に理性で押さえ込むと、口元に不敵な微笑を浮かべながら答える。

「私の出番、って訳ね」

-待たせたわね。ガツンとやっちゃって頂戴。-

「了解」

作戦受諾の言葉と共に、操縦桿を握る手に力を込めるアスカであった。

 

 

<初号機、プラグ内>

 

アスカが高揚感に体を震わせていた頃。

全く逆の意味で体を震わせている少年が居た。

未知の記憶という感覚に怯え、恐怖し、小さく体を丸めながら不安に打ち震える少年。

シンジである。

(…何で?…何だよ?…何でだよ?)

シンジは走馬燈のように脳裏に描かれた感覚に怯え、何度も自問自答をしつつ、虚ろな瞳で呟く。

「この、感覚」 

だが、そんなシンジを他所に、プラグ内には、着々と進む作戦内容のアナウンスが響く。

-弐号機、発進準備に入ります。-

 

 

<零号機、プラグ内>

 

弐号機による射撃という作戦が決まり、地上に居るエヴァ三機には、マヤによる作戦説明が行われていた。

簡潔、手短、作戦の趣旨を説明するだけというものであった。

-これより、弐号機による迎撃作戦を展開させます。各自、別命あるまで待機していて下さい。-

-別命って…。弐号機がズドンって撃ち抜いたら、御終いじゃないんですか?-

零号機内には、マヤとマナの会話が映し出されていた。

その会話を、レイは少し冷めた瞳で見つめていた。

何も話すことが無いのか、話す理由が無いのか、それはレイにしか分からない。

だが、レイを他所に会話はマユミを加えて進む。

-私的に言わせて貰えば、万が一の為だと思います。万が一、射撃の瞬間に使徒が落下して来た場合を想定してとか…。-

-あ、なるほど。-

マナの納得の言葉に、マヤは苦笑のような表情で頷き、指示を下す。

-じゃ、そう言う事なので、各自待機任務に務めて下さい。-

-はい。-

-了解です。-

「…了解」

三者三様に了承の言葉を口にすると、マヤからの回線は切れた。

 

数分後。

全ての回線、他のチルドレンからの回線も切れた後。

レイはモニターに夜空を映し出した。

暗黒のような空、降り注ぐ雨、それらを瞳に映しながら、レイは淡々とした表情で思考する。

(…黒雲。)

黒色の雲。

不吉な雲。

物事の妨げになるものの象徴とされる雲の名を思考すると、レイは俯き加減に小さな声で呟く。

「暗い、匂い」

 

 

<第三新東京市、中央部付近>

 

夜雨の第三新東京市。

地上に射出された弐号機は、右肩からポジトロン20Xを下げ、確かな足取りで狙撃地点へと歩みを進めていた。

そして、プラグ内では、リツコによる作戦の最終説明及び補足が行われていた。

-照準の微調整はMAGI が行います。アスカは指示の出た方向に、ライフルを向けるだけ。いいわね?-

「分かってますぅ〜」

悪態ここに極まれり、と言わんばかりに舌を出して答えると、アスカは鼻頭に触れながらボヤキ声を上げる。

「ったくもぅ。どいつもこいつも、全然ッ信用して無いんだから!」

その瞬間であった。

プラグ内、アスカの視界の片隅に光が入ってきた。

(ん、何?光った?…ッ!)

思考した瞬間、アスカは驚きと苦痛が入り混じった表情を見せ、声を上げる。

「何ッ?!何なの?!入って来るッ?!私の、私の中にッ!!」

 

アスカの視認した光は、使徒から放たれたものであった。

光は第三新東京市の中央部を照らし出し、弐号機を包み込んでいた。

使徒の光に包まれた弐号機に中で、アスカは苦痛に喘ぎ、叫びにも似た声を放つ。

「厭ッ!何ッ、何よッ、こいつ」

-アスカッ?!-

ミサトの声が聞こえないか、アスカは両肩を抑えながら声を上げる。

「厭ッ!心を覗かないでッ!!」

 

 

<四号機、プラグ内>

 

-厭ッ!心を覗かないでッ!!-

アスカの声は四号機にも届いていた。

悲痛、苦痛、心痛、様々な痛みが入り混じった嘆きのような声が…。

その声を聞き、マユミは静かな口調、穏やかだが、芯のこもった口調で呟く。

「アスカ…さんが」

 

 

<作戦司令部>

 

「…うわぁ」

弐号機操縦者、アスカの心理グラフを観測していたマヤは、驚きのあまり、奇妙な発音で声を上げていた。

人間は驚きが大きすぎると、奇異な声を上げる時がある。

その良い例であった。

「マヤ、弐号機の状態は?!」

マヤが驚きの表情で硬直しているのを見かねてか、リツコが声を上げて訊ねた。

その声に我を取り戻したのか、マヤは焦り混じりに報告する。

「あ、すみませんッ。ア、アスカの心理グラフが崩壊を起こしかけています」

-こ、こッ、こんちくしょおぉぉぉぉッ!!-

突如として作戦司令部内に、アスカの力強い声が響いた。

その声に続き、職員達が声の目的及び結果を報告する。

「弐号機、照射!」

「駄目です!陽電子、消滅」

アスカの声は虚勢に彩られたものだった。

最後の意地を振り絞り、衛星軌道に位置する使徒を、ポジトロン20Xで撃ち抜こうとしたものであった。

しかし、陽電子は使徒のATフィールドに阻まれる、という結果を残したのみであった。

惨憺たる有様。

アスカの行為を形容するには、この言葉が最も適していた。

「光線の分析は?!」

収まりを見せない緊急事態に、ミサトは事の次第を把握しようと、使徒の情報を訊ねた。

その問いに、日向が答える。

「可視波長のエネルギー波です。ATフィールドに近いものですが、詳細は不明です」

「アスカは?」

「危険です。精神汚染区域に突入しました!」

最悪な状況であった。

使徒の情報不足、精神汚染されるアスカ。例えて言うのであれば、八方塞、四面楚歌のような状況であった。

-い、いゃぁぁぁぁぁぁッ…。-これ以上、御願いだから心を覗かないでッ!!-

「心理グラフ、限界!」

司令部内に響くアスカの悲鳴を受け、マヤが悲痛な表情で報告した。

その報告を聞き、リツコの隣で状況を静観していた女性、赤木ナオコが落ち着いた雰囲気を漂わせながら口を開く。

「精神回路がズタズタにされている。これ以上の過負荷は危険過ぎるわね」

ナオコの言葉を受け、ミサトは弐号機のモニターへ向かって指示を下す。

「アスカ、戻ってッ!弐号機を撤退させて!!」

即断に近い指示であったが、そのミサトの指示すらも水泡に帰す。

-駄目ッ。動けないッ!厭、やめて!駄目!痛い!痛い!痛い!痛い!痛いッ!厭ぁッ!!-

精神を弄られながら、弐号機の操縦を行わせるのは、酷であり、不可能に近いものだったからである。

そのことを把握すると、ミサトは直ちに別な指示を模索する。

「プラグの緊急排除は?!」

「駄目です。精神回路と共に(信号回路が)断線しています」

「…くッ」

コダマの報告に、ミサトは口惜しそうに唇を噛み締めるだけであった。

が、事態はそれだけで留まらない。

慌しく作業を進める職員の一人、青葉が声を上げて報告する。

「JAより、回線です」

「この非常時にッ?霧島さん、何?!」

ミサトは苛立たしさをそのままに、JAとの回線を開いた。

-ミサトさん!山岸さんが四号機で!-

「!」

マナの報告に、ミサトは驚きの声を発することすら出来なかった。

 

 

<第三新東京市>

 

「厭ぁぁ…」

使徒の精神波攻撃に心を弄られ、犯され、玩ばれ、アスカは悲痛の呻き声を発していた。

心の奥底にある、嫌な記憶、嫌な思い出、嫌な出来事を、使徒に掘り起こされて。

記憶。

小さな頃、母を失ったばかりの頃の記憶。

『どうしたんだ、アスカ。新しいママからのプレゼントだ。気に入らなかったのか?』

父の言葉、幼子を馬鹿にするような、見下したような言葉。

アスカは、父の言葉を頑なに拒絶する。

「いいの」

アスカは父から貰ったプレゼント、猿の人形を引き裂き、踏みつけると、敵意の篭った瞳を見せながら言葉をつなぐ。

「私は子供じゃない。早く大人になるの。ぬいぐるみなんて、私には要らない」

アスカが苛烈な言葉を吐いた途端、父のイメージが消え、今度は母のイメージが現れる。

懐かしい、だが、忌まわしい、母の記憶。

それらを感じ取ると、アスカは母へと声を上げる。

「だから私を見て!ママ!ママ!お願いだから、ママをやめないで!」

『一緒に死んで頂戴』

返ってきた母の言葉は、辛辣なものであった。

母が命を絶つ寸前に吐いた言葉。

自らの死を子供と共有しようという、大人のエゴの塊のような言葉。

醜いまでの情念が含まれた言葉。

その言葉に、アスカの心は殴られ、破かれ、引き裂かれた。

アスカは叫ぶ。

「ママ!お願いだから、私を殺さないで!厭!私はママの人形じゃない!
自分で考え、自分で生きるの!パパもママも要らない!一人で生きるの!私は私で私だもの!!」

 

弐号機、プラグ内。

小さく膝を抱え、蹲(うずくま)るアスカは、震えながら微(かす)かな声で呟く。

「そんなの思い出させないで…。せっかく忘れてるのに掘り起こさないで…。そんな厭なことばっかり…、もうやめて、やめてよぉ」

アスカは小さく肩を震わせながら言葉をつなぐ。

「汚された、私の心が。シンジぃぃ、汚されちゃったぁ…。どうしよう…汚されちゃったよぉ」

 

 

<初号機、プラグ内>

 

-シンジぃぃ、汚されちゃったぁ…。どうしよう…汚されちゃったよぉ。-

アスカの声は、初号機内のシンジの元へも届いていた。

シンジは体を丸めたままの姿勢で小さく呟く。

「…アスカ」

-弐号機、活動停止。-

-四号機、弐号機に接触します。-

シンジの呟きの後に伝えられる、弐号機の状態報告。

それらを聴覚に響かせると、シンジは静かに顔を上げ、虚ろな瞳で口を開く。

「行かなきゃ」

 

 

<四号機、プラグ内>

 

四号機は弐号機の側まで接近し、押し倒すと、馬乗りの姿勢になった。

中に乗ったアスカを庇うように、包み込むようにして。

 

「アスカさん!アスカさん!アスカさんッ!!」

馬乗りになった四号機の中で、マユミは何度もアスカに呼びかけた。

数少ない友人を失うまいと、必死な形相で。

そんなマユミの祈りにも似た声が届いたのか、四号機にノイズ混じりの弐号機からの回線が聞こえてくる。

-…厭、もう厭。-

疲れ切ったような、精神を壊されたかのような、アスカの呻き声が。

「しっかりして下さいッ。アスカさん!……ッ?!」

アスカの声に、マユミが声を上げた瞬間、突如として違和感が襲った。

マユミの脳を静かに撫でるようにして入ってくる異物的感覚。

その感覚に、マユミは嘔吐感を露にしながら思考する。

(うッ…何?)

 

 

<作戦司令部>

 

これ以上、ミイラ取りを増やす訳にはいかない。

『ミイラ取りがミイラとなる』という愚を犯した四号機、それらを踏まえた上で、ミサトは次の作戦を展開する手筈を整えた。

JAによる予備のポジトロン20Xでの、使徒狙撃作戦である。

職員達は、弐号機・四号機の状態を観測しつつ、JAの射撃準備を行っていた。

「可視波長のエネルギー波、今度は目標を四号機に固定しました」

「弐号機操縦者の精神過負荷、止まりました。ですが、精神回路は断線したままです」

「四号機の心理グラフ崩壊していきます!数分の後、精神崩壊の危険性が予測されます!」

「チッ!」

職員達の報告に舌打ちすると、ミサトは零号機とJAのモニターを見据え、真摯な瞳で話しかける。

「これ以上、被害を増やす訳にはいかないわ。レイはその場で待機、いいわね?」

-…了解。-

「霧島さん、ポジトロン20X、任せたわよ」

-分かってます!-

バイザー型のモニターを装着したマナは、語気強めに言葉を返した。

その言葉に頷くと、ミサトは職員達に作戦開始を促した。

職員達は、作業の進行過程を正確に報告する。

「地球自転、及び重力誤差、修正0.03」

「薬室内、圧力最大」

「最終安全装置、解除」

「全て発射位置」

職員達の言葉通り、照射ランプが揃い、ロックが外されると、マナは力強くトリガーを引く。

-射ぁッ!-

マナの掛け声と共に照射される陽電子のビームは、雨雲を突き抜け、成層圏を突破し、衛星軌道に達し、使徒に直撃するものと思われた。

が、突如として、事態は暗転する。

使徒はATフィールドを張り、陽電子のビームを弾いたのである。

作戦司令部には、その無情なまでの光景が克明に映し出されていた。

「駄目です。この遠距離でATフィールドを貫くには、エネルギーがまるで足りません」

「しかし出力は最大です。もう、これ以上は!」

職員達の報告を受け、ミサトは次の策を模索しようと焦り混じりの表情で訊ねる。

「目標がJAの射程内に移動する可能性は?」

「0.02%です」

「クッ」

残酷な報告に唇を噛むと、ミサトは口元に手を当て思考を巡らす。

(そこまで悠長な時間は無い。だとしたら、だとしたら…どうすれば。)

 

JAによる射撃作戦が失敗する中、リツコは使徒の解析及び、操縦者の生命維持作業を進めていた。

思考を巡らすミサトを尻目に、職員の一人が報告する。

「四号機、心理グラフ、シグナル微弱!」

「LCLの精神防壁は?」

あくまで冷静に、リツコは現状把握を進めようとしていた。

否、冷静に進めなければならなかった。

緊急事態であるからこそ、焦りを見せてはいけない。そのことを熟知していたからである。

「駄目です。効果ありません」

「生命維持を優先させて、エヴァからの逆流を防いで」

「はい」

職員が作業を進めるのを確認すると、リツコは、モニターに映し出される使徒の光を見つめながら呟き声を立てる。

「この光、…操縦者の精神波長を探ってる?」

リツコの呟きが聞こえたのか、隣に立っていたナオコが静かな口調で話しかける。

「でしょうね。操縦者に興味があるのか、精神波長に興味があるのか、そこまでは判断出来ないけど」

「操縦者、精神波長、探す」

ナオコの言葉を元に、リツコは思考を巡らし、使徒の意図する所を推察しようとした。

だが、その思考は職員の報告によって遮られる。

「初号機より、回線です。繋げます」

「…噂をすれば、ね」

職員の報告を聞き、ナオコは自嘲気味に微笑むだけであった。

 

作戦司令部に映し出された、シンジからの回線。

シンジは青白い病的な顔色を見せながらも、芯のこもった口調で話しかける。

-僕が初号機で出ます。-

「いかん。目標は操縦者の精神を侵食するタイプだ」

シンジの言葉に答えたのは、冬月であった。

その冬月の言葉に続き、ゲンドウが重い口を開く。

「今、初号機を侵食される事態は避けねばならん」

-アスカが待ってるんだ。呼んでるんだ…。だから、行かなきゃ。-

シンジは虚ろな瞳を見ながらも明確な意思を口にした。

未知の記憶という不安を抱えながらも、今、現時点で自分がやらねばならぬ事を、潜在意識的に理解していたからかも知れない。

だが、シンジの意見は司令部にとって迷惑極まりないものであった。

唯でさえ、二機のエヴァが使徒の光に侵されている現状で、その意見は愚挙にも等しい行為と思えたからである。

シンジのモニターを見据え、ミサトは真摯に話しかける。

「シンジ君。私達は、これ以上被害を増やしたくないの。分かって頂戴」

-ミサトさん…。……ああ、そう言えば思い出しました。加持さんの花。-

「え?」

-黄色の花。西瓜の花。僕が知ってる花は、黄色の西瓜の花。-

驚きの表情を見せるミサトを他所に、以前、訊ねられた花のことを思い出し、シンジはそれを伝えるに至った。

虚ろな瞳、淡々とした口調ではあったが。

「あ、ありがと。って、記憶が?」

ミサトは驚きの色も露に、シンジに記憶のことを訊ねようとした。

だが、その問いは職員の報告によって遮られる。

「パルス微弱!四号機操縦者、危険域に入ります!」

「目標、変化無し。相対距離、依然変わらず」

職員達の報告を聞き、シンジはモニターから視線を逸らしながら呟く。

-山岸さんが…。-

それまでミサトとシンジの会話を静観していた冬月は、モニターを見つめながら、隣に座るゲンドウへと囁くように訊ねる。

「記憶が戻りつつある。兆候か…。どうする?碇」

ニヤッ。

冬月の問いに、ゲンドウは不敵な笑みを見せると、初号機、シンジへと指示を下す。

「…分かった。シンジ、ドグマを降りて槍を使え」

 

 

<零号機、プラグ内>

 

ドクン。

レイはゲンドウの言葉を聞いた瞬間、自らの心臓の鼓動が一瞬早くなるのを感じた。

(碇君が槍を。)

シンジと槍、それらのことを認識すると、レイは赤い瞳を大きくし、操縦桿を握る手に力を込めながら思考をつなぐ。

(ロンギヌスの…槍を。)

 

 

<作戦司令部>

 

「ロンギヌスの槍を…か」

『槍』という言葉に、冬月は驚く訳でも無く、静かな口調で呟いた。

その呟きを無視するかのように、ゲンドウはモニターのシンジへと命令する。

「ATフィールドの届かぬ衛星軌道上の敵を倒すには、それしか無い。シンジ、急げ」

-う、うん。-

戸惑いの色を見せつつも、シンジは受諾の言葉を口にし、モニターを切った。

その直後、ミサトは事の次第に気づき、ゲンドウへと声を上げる。

「しかし、アダムとエヴァの接触は、サード・インパクトを引き起こす可能性がッ!
あまりに危険です!碇司令!やめて下さい!」

ミサトは指示の撤回を求めた。

だが、その答えは冷徹なまでの沈黙であった。

(嘘…欺瞞なのね。セカンド・インパクトは、使徒の接触が原因ではないのね。)

ミサトは冷めた瞳を見せながら視線を逸らすと、衛星軌道上の使徒を見つめ、思考をつなぐ。 

(だったらセカンド・インパクトの原因は、…何?)

 

-セントラルドグマ、10番から15番まで開放。-

-第6マルボルジェ、初号機通過。続いて16番から20番、開放。-

次々と解除されるセントラルドグマへのロック。

それらの報告を聞きながら、冬月は静かに静観するゲンドウへ訊ねる。

「老人達が黙っていないぞ」

「ゼーレが動く前に、全てを済まさねばならん。…今、エヴァ二体を失うのは得策では無い」

「かといって、ロンギヌスの槍をゼーレの許可無く使うのは、面倒だぞ」

「理由は存在すればいい。それ以上の意味は無いよ」

「理由?…お前が欲しいのは口実だろう?」

あくまでも表情を変えることなく、冷静に答えるゲンドウに、冬月は揶揄を込め、皮肉るような口調で話し掛けるだけだった。

そして、職員の報告が司令部に響く。

-初号機、ドグマ最深部へ到達。-

 

 

<セントラルドグマ、最深部>

 

昇降機に乗り、ドグマ最深部へと辿り着いた初号機は、そこにあるものを視界に入れた。

LCLに浸されたようにそそり立つ十字架に磔となった、巨大な生物のようなもの。

その胸に突き刺された巨大な槍、ロンギヌスの槍を。

「これが…槍」

シンジは驚きの色を瞳に映し出しながらも、初号機をLCLの中へと足を入れさせた。

腰近くまでLCLに浸らせると、初号機は一歩一歩、確実に巨大な生物の元へと歩み寄った。

ギュッ。

生物の前まで来、その胸に突き刺さった槍を手に取ると、シンジの脳裏に何かが描かれた。

揺さ振られる感覚。

脳を直に触られる感覚。

だが、不快ながらも、記憶の霧が晴れていくような感覚。

(うっ…。何だ、これ。)

自らの感覚に、そんなことを思考した瞬間、シンジは心臓の鼓動音を聞く。

ドクン。

何処からか聞こえてくる鼓動音を聞きながら、シンジは一つのことを思い出した。

(そうか。僕は知ってる。この槍を知っている。)

ギュ、ギュッ。

生物の胸に突き刺さった槍を引き抜きながら、シンジは芯のこもった口調で呟く。

「そうだ。僕が刺したんだ」

 

 

<作戦司令部>

 

「初号機、地上に出ます」

ロンギヌスの槍が引き抜かれると、初号機は直ちに地上射出される運びとなった。

勿論、一刻も早く、弐号機、四号機を救出する為である。

このまま、作戦は遂行される。誰もがそう思った瞬間であった。

職員の一人が、第三新東京市での異常事態を報告する。

「…ッ?!零号機が初号機の射出位置に向かっています!」

「はぁ?!」

理解出来ない報告に、ミサトは素っ頓狂な声を上げた。

その声に、青葉が焦りと驚きの入り混じった表情で報告する。

「間違いありません。零号機です!」

青葉の言葉を聞き、事態を把握すると、ミサトは零号機への回線に向かって声を上げる。

「レイ、何やってんの!待機してなさいって言ったでしょ!」

-…無視します。-

返ってきたレイの作戦放棄の言葉に、ミサトは憤怒の表情を露にしながら声を上げる。

「レイッ!」

 

急変する事態の中、司令席の二人は動じた様子も見せず、静観の姿勢を見せていた。

初号機の射出付近へと駆け寄る零号機の映像を見据えながら、冬月は静かに口を開く。

「鈴か…。まさか、こんな形で鳴り始めるとはな。
監視していたつもりが、実際は我々が監視されていたということか」

冬月の言葉に、ゲンドウは短く答える。

「鈴の音は触れれば止む。それだけのことだ」

 

 

<地上>

 

夜雨の降り注ぐ第三新東京市に射出された初号機。

その中で、シンジは周囲の状況を把握した。

「…夜。それに雨だったんだ」

-シンジ君、零号機が接近してるわ。注意して!-

唐突なミサトからの回線に、シンジは戸惑いの声を上げ、思考する。

「え?零号機?」

(何で零号機が…。)

 

重たげに響く、零号機の駆ける音。

駆け音は、零号機が初号機の前まで姿を現すと、次第に`ゆっくり´としたものになり、対峙した形となると、その音は止んだ。

零号機の中で、レイは初号機をモニターに映しながら小さく呟く。

-碇君…。-

初号機の前に立ち塞がった零号機に、シンジは理由が判らないといった表情で口を開く。

「零号機。…綾波が、乗ってるんだよな」

 

夜。

雨の降りしきる第三新東京市で、何かが始まろうとしていた。

 

 

 

つづく


(115)に戻る

(117)に進む

 

あとがき

これから先は、自由に書かせてもらいます。
どこまで自由に書けるか判りませんけど。(苦笑)

PC—pŠá‹¾yŠÇ—l‚àŽg‚Á‚Ă܂·‚ªƒ}ƒW‚Å”æ‚ê‚Ü‚¹‚ñz ‰ð–ñŽè”—¿‚O‰~y‚ ‚µ‚½‚Å‚ñ‚«z Yahoo Šy“V NTT-X Store

–³—¿ƒz[ƒ€ƒy[ƒW –³—¿‚̃NƒŒƒWƒbƒgƒJ[ƒh ŠCŠOŠiˆÀq‹óŒ” ‚ӂ邳‚Æ”[Å ŠCŠO—·s•ÛŒ¯‚ª–³—¿I ŠCŠOƒzƒeƒ‹